「噂にはなってたぜ。ドラッグを欲しがる、能力者の女学生がいるって
倒れ込んだ女が、駆け付けた救急隊によって搬送された後、マスターが呟くように言った。
倒れて動けなくなったのは、別に半蔵が止めたからではなく、中毒症状によるものではないかと、隊員が見取っていた。
「クスリを手当たり次第に探し、ふとキれたときに、どういう力なんだか、爆発を起こして相手を
別にこの街で、若い女が溺れていくのは珍しいことじゃねえ。ただ、その辺のチンピラを寄せ付けない位の能力者が、何で薬にハマる必要があるかってことよ」
「……分かんねェことだらけだな」
金田が険しい顔をして言った。
「あいつ、どこの誰だったんだろうな。それくらいの能力者なら、ちっとは表で顔が知られてる筈だ」
半蔵が言った。
女の持っていたバッグには、空の空き缶がいくつかと、ドラッグの僅かな残りだけが入っており、身元を証明するようなものは無かった。
金田は、中身が大分減ったグラスを揺らしながら考え込んだ。
駐車場で出会ったときの様子といい、あの女は、何かのっぴきならない事情を抱えてたのだろうか。
一気に、今まで使えなかった、能力を使えるようになる...
考え始めると、金田はどこか他人事とは割り切れなかった。
金田の手の中で、氷がからからと軽い音を鳴らした。
「……さっきの話の続きだが―――」
山形が暫くの沈黙を破って言った。
「何なんだ?クラウンの奴らのモンとも違う、
金田達が、駒場と半蔵、浜面の方を見た。
半蔵は仲間二人と視線を合わせた後、皆に顔を向けた。
「……噂は色々だ」
駒場が、単調だが有無を言わせないような圧の込んだ口調で言った。
「ある者は、それを、ドラッグの一種だと言う。またある者は、SNSに流れてくるミーメティックな写真だとか、
「全然掴めてねえじゃねえかよォ」
甲斐が呆れたように、頭の後ろで手を組んで言った。
確かに、このままでは、一体何が原因で、無能力者が能力を発現させる現象が起きているのか、探り当てるとっかかりも何もない状態だ。
だから―――浜面は、金田の方を見た。
「それでお前らは、俺たち
金田は、浜面の言いたいことを理解したらしく、小さく頷いた。
「そうだ」
駒場も肯定した。
「クラウンの奴らが言っていることが本当なら、島鉄雄という、お前達の仲間に何があったのか聞くことが、この騒ぎの元凶に辿り着く糸口になるはずだ」
「ああ、それについてはマジな話のはずだ」
そう答える金田の視線は、鋭かった。
「鉄雄がクラウンに襲われた日、鉄雄は―――アイツは、様子が、変だった……」
金田の顔がだんだんと俯きがちになり、隣の甲斐が心配そうに見た。
「……アイツのことは昔からよく知ってる。けど、あんな鉄雄は見たことなかった、俺は……」
金田の話しぶりは、最後は自問自答しているようだった。そんな金田の様子を察して、甲斐が顔を上げて、駒場達の方をみて口を開いた。
「……俺達、その日は
「なあ、その先生って……」
半蔵が急に口を挟んだ。
「その……でかかったか?」
甲斐と山形が顔を見合わせた。
「……何が?」
「なにがってそりゃ、ツインのフジヤマ―――」
「半蔵!無駄話は止せ」
何か慌てたように、駒場がやや上擦った声で言った。
金田が駒場と半蔵を見ると、駒場は珍しく、バツが悪そうな顔をしている。表情筋はちゃんと生きていたようだ。
半蔵はと言えば、にへらにへらと笑っている。はっきり言って、だらしがなさすぎる。
浜面が、やや呆れたように頬杖をついた。
「とにかくだ」
駒場が咳払いして言った。
「島鉄雄とこの先接触できるとしたら、お前達だろう……何が起きているのか、情報をこちらにも寄越してほしい」
「待て、何でそこまで知りたがるんだお前ら?」
山形が警戒の色を隠さず聞いた。
「さっきも言ったろ?」
いつの間にか、弛んだ雰囲気をリセットした半蔵が言った。
「スキルアウトが突然能力を持つってのは、原始人に研ぎ澄ましたナイフを与えるようなもんだ。第七学区は……他のとこもそうかもしれねえが……これまで、一応のルールがあって、その中で皆
「ハッ!お前らは、欲しくねえのか?そのブツがよ」
金田が挑発するように言ったのを聞いて、浜面は自分ならどうするか考えた。
もしも能力が使えるようになるなら……今まで、他人の尻に敷かれながら生きてきた惨めな自分から、抜け出せるかもしれない……
金田は、そんな淡い期待を抱かずにはいられなかった。
しかし、駒場も半蔵も浜面も、金田の言葉には首を振った。
「ない」
駒場の返事は、至極明快だった。
「俺達には、俺達の生き方がある。時には泥を啜り、他人の目を掻い潜って日銭を拾うような……高飛車な能力者共とは違う。奴らに相対し、見上げる程の高い壁に傷跡を付けて爪を研ぐのが、本当のスキルアウトだ」
「よっ、駒場のリーダー!」
半蔵が心から嬉しそうに囃した。その横では、浜面が納得したように何度も頷いている。
駒場の言葉は、金田の心の底に溜まりかけていた淀みを、少しずつ澄ましていくようだった。
「ウチのリーダーさ、こんな仏頂面してっけど―――」
半蔵の言葉に、駒場の視線が一瞬鋭くなる。
半蔵は構わず続けた。
「それでも、弱い者には手ェ出さねえし、ドラッグもナシだ。人間ってモンを愛してるんだぜ」
「へっ、小難しいこと言いやがって」
金田の口調は悪かったが、浮かべている笑みは、期待通りの答えに満足している証だった。
「俺らだって、今更そんなもんに頼るヨタヨタじゃあねえさ―――なア!?」
金田の声に、山形も甲斐も力強く頷いた。
そして金田は、仲間である鉄雄に起こっていることを明らかにしようと、決意を新たにしていた。
そのためには、共に戦う繋がりを広げておくことは必要だ。
「だがよ、タダで情報をやるって訳にはァいかねェな……」
金田が、不敵に笑みを浮かべて駒場達を見た。
「……」
「……」
金田も駒場も、暫しの間、無言で視線を丁々発止した。
「……3分の2だ」
「……もっとだ」
「……4分の3」
「ケチらないでいこうぜェ、リーダー?」
「半蔵。俺とお前とで折半だ」
「えェ!?そりゃないっすよリーダー!」
金田と駒場の交渉に突然巻き込まれた半蔵が、情けない悲鳴を上げた。
「リーダーが全部払ってくださいよ!」
「ダメだ……先月のマンホールで得た金は尽きた」
「おい、浜面君!お前も出せ」
「いや、俺水しか飲んでないっス……」
「どうなんだ!?払うのか?払わねェのか!?」
金田が痺れを切らしたように啖呵を切った。
駒場の額から、汗が一筋流れた。
「……」
「……」
「……払う」
「いいぜェ、おともだちになろうじゃねえか……」
「ああ」
交渉成立らしい。半蔵は諦めたように顔を手で覆って、天を仰いだ。
金田が連絡先を交換しようと携帯電話を取り出す。
「今日突然出会った同士で、共闘かー、燃えるねぇ」
「案外、収穫はでかいと思うぜ。浜面だけじゃ一〇学区にまでなかなか顔は利かねえ。いざとなったら、お前らバイクチームの力を借りるかもしれないぜ!」
「あくまで、俺らの顔を立ててくれよな?」
甲斐と半蔵がクックッと笑い合った。
その様子を見ながら、この二人は気が合いそうだなと浜面はふと考えていた。
「浜面君もなかなかだぜェ?」
半蔵が笑いながら肩を叩いてきたので、浜面は思わず身を竦めた。
「お前らはバイク専門?かもしんねえけど、こいつは4ツ足、トラック、とにかくタイヤが付いてるものなら一通りいける!俺が保証するぜ」
「へえ?ひょっとして、重機なんかもいけちゃう?」
山形が興味を惹かれ、浜面へと顔を向ける。
「あ、ああ、昔、建設現場で親方がやらしてくれたことがあってさ―――」
浜面が口ごもりながら答えると、山形がぱっと顔を輝かせた。
「そりゃいいじゃねえか!ちょっと仕事頼まれてくンねえ?」
「何だよ、急に」
「いや、最近先輩のつてで貨物倉庫を一つ貸してもらえたんだけど、そこでさ―――」
山形たちが、その倉庫で何を企んでいるのか、浜面が知ることはなかった。
「おい」
一同の弾む会話が、金田の不機嫌そうな一声で静まったからだ。
「何してんだよ」
金田は訝しげに駒場を見つめている。
……様子が変だ。
駒場は、巨大な掌に、ちょこんと携帯電話を乗っけて固まっている。
「どした?」
「いや、こいつ、さっきから……」
甲斐の訝し気な声に、金田が返した。
駒場は、もう片方の手の人差し指を画面の上に浮かせたまま、固まっている。
「おい」
不意に、駒場が顔を上げて言った。そして、金田に向かって、携帯電話の画面を突き出した。
「どうやるんだ?」
―――某所
木山春生は、非常灯に薄暗く照らされた廊下を歩いている。
患者の精神ケアを目的とした施設は、日中であれば、ふんだんに採光できる造りになっていたが、消灯後のこの時間帯では、頼りない薄緑色の灯りしかなかった。
人によっては恐怖心を煽られるであろうその廊下を、木山は静かに、しかし迷いなく進んでいく。
『面会謝絶』と表示されたとある病室の前で木山は立ち止まり、暗証ロック端末に、手をかざした。
すると、端末がひとしきりノイズを発した後、沈黙した。
木山は取っ手に手をかける。ほとんど音も立てずに、ドアがスライドして開いた。
病室では、ブラインドが下げられていないのだろうか、窓のカーテン越しに、月明かりが柔らかく差し込んでいた。その明かりが、ベッドを照らし、そこに一人の患者が眠っていることを、黙しながら語っていた。
「教職員緊急メールを見たんだ。最近登校していないそうだが、まさかドラッグ中毒になってこんなところに入院しているとは……みんな心配しているよ、きっと」
木山はベッド脇の椅子に腰かけて、優しい声色で言った。
ベッドの人間は、布団を被ったまま、身じろぎもしない。窓辺を向いて横たわっており、枕に乗せた頭から、長い黒髪が、白いベッドへいくつもの川筋を作って流れ出ていた。
「元々
木山は、持ってきた紙袋から、一束の花と小さな花瓶を取り出し、窓辺に生けた。
そして、紙袋を、病室の机の上に置いた。
「……きっと、君の助けになるものを届けたよ。お見舞いさ」
木山は薄く笑うと、立ち上がって出入口へと戻っていった。
「お大事にね。釧路君。」
木山が病室を出て、扉をすっと閉めた時、ベッドに横たわる
そしてばっと起き上がり、先ほどまでの静寂が嘘のように荒い息をつきながら、紙袋をガサッと逆さにした。
ベッドの上にぽとんと落ちた携帯型の音楽プレーヤーを、月明かりが照らし出していた。
(2022/12)浜面と駒場たちの関係を原作準拠にしました。
「とある」SS巻によれば、本編より前の冬の時点で、浜面、駒場、半蔵の3人は一緒のチームを組んでいるようです。