【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

34 / 123
34

 

 

「せ、先輩……」

 

 

「そ、カオリ先輩」

 ユミコと呼ばれた、リーダー格の3年生が、小馬鹿にしたように涙子に言った。

「まさか、アンタのことをパイセン呼ばわりしてくれる後輩がいたとはね!まあ、アンタの声を聞き分けられなかったようだけど!お耳が悪いのかな?」

 ユミコが、背中を壁にもたれかけたカオリに向かって、意地の悪い笑みを浮かべた。片手には、カオリの携帯電話を掴んでいる。

 

 涙子は辺りを見回した。ここは袋小路で、自分とカオリの他には、上級生が4人。さっき、自分を連れて来たユキという3年生を含め、涙子の背後は、いつの間にか3人が固めている。

 おまけに、すぐ脇の石垣の上にある道路では、重機を使った掘削工事が行われているらしく、ここで大声で会話したところで、離れた所には聞こえそうにない。

 涙子は、自分が誘い込まれたことに気付いた。

 電話してきたのはカオリではない。なぜ自分は、そんな事にも気付けなかったのだろう。

 情けなさと悲しさと、今、目の前で起こっている状況に対する恐ろしさとで、涙子は心臓がばくばくするのを感じた。

 

「るいこ、ちゃん、ごめん……」

 力無くカオリが言ったのを聞き、涙子はますます不安になった。

 口元を殴られたのだろうか、青痣がはっきりとできており、唇の端からは血が垂れていた。

 

「そんな……どうして!」

 涙子の胸に、急にこみ上げるものがあり、叫ばずにはいられなかった。

「どうして、こんな事するんですか!!」

 

「どうしてかって?アンタ、何も知らない訳ないよね?」

 アハッ、と笑いを漏らしながら、ユミコがカオリの携帯電話を弄びながら言った。

「―――まあ、世間知らずの1年生に、先輩として教えてあげようじゃん。

 うちの学年はね、入学した時から、物がよく無くなるんだよ。始めはシャーペンやら筆箱やら、教科書やら……それが、だんだん金まで消えるようになった。

 不思議なことにね、物が無くなる日には、決まってこのチビの不良女が学校に来てるの」

 ユミコが、座り込むカオリのスカートの裾を、グリグリと踏みつけた。カオリは、俯いたままだ。

 

「クラス替えしても、3年生になっても、それは続いた……だったら、犯人に制裁して、金を取り返すのが、筋ってもんじゃない?」

 

「そんな―――証拠もなしに、そんなこと……」

 涙子は、今にも恐怖で涙が溢れそうになるのを必死で堪えながら訴えた。

「……そっ、そんなに困ってるなら、風紀委員(ジャッジメント)に言って……」

 

「へえ、あのカタブツ達に?」

 ユミコがせせら笑った。

「言ったところで、どうにかなった?ならないよねェ、ユリ!」

 急に名前を呼ばれたユリが、ひうっ、と声を出してユミコの方を向いた。

 

「あんた、こないだ財布盗られたっしょ?」

 

「あ、うん、なくなった」

 

「風紀委員に言った?」

 

「それは、その……」

 

「言って、あいつら何かしてくれた?金が戻って来た!?ユリ!」

 

「えっと……」

 ユリは、誰とも目線を合わせない。地面ばかり見ている。

「お金は、そのまま……」

 

「ほぉーら」

 ユミコが満足気に、涙子の方を見た。

「あいつら、自分の目の前でコトが起こんないと、所詮は何もできないんだよ。

 先生達だってそうだよ!泥棒学年なんてあたしたちのことを呼んでる位だからね……何回授業を潰してお説教の時間を作ろうが、ドートクの話を聞かせようが、終わってないんだ!教師だって解決できないんだよ……そうだよね、みんな!?」

 同意を求めてくるユミコに対して、ユリや他の上級生が、引きつった笑い声を出す。

 たっぷり語り聞かせてくるユミコに対し、涙子は返す言葉が見つからなかった。不安が膨らみ過ぎて、喉元でつっかえてしまっているようだ。

 

 そんな涙子の様子を目ざとく察して、ユミコが顔を寄せてくる。

「あんた、いるんでしょ?風紀委員のオトモダチ」

 

 涙子は顔を上げて、目を見開いた。

 

「試しに呼んでみたら?あのお花畑の子をさ……助けてくれるかなぁ?」

 

 初春のことを、何で知っているんだろう。

 

 ユミコの言葉に、涙子はポケットの携帯電話に手を伸ばして、しかし動けなくなった。

 初春は、助けを求めれば、多分来てくれる。

 でも、初春一人が来たところで、この上級生多数に囲まれる状況で、何ができる?

 それとも、風紀委員の他の先輩や、先生を連れてきてくれるだろうか。

 だとしても―――

 

 助けてくれるのだろうか?

 カオリさんを。

 いや、()()()()

 

 涙子は、顔を腫らせたカオリに一瞬目を向け、それから目を瞑った。

 

 そうだ、考えてみれば、変な話だ。

 たかだかここ数日で知り合ったばかりの、学校にまともに通えていない他学年の人のために、なぜ自分はこんな追い込まれているんだろう。

 私は、関係ない。

 関係ないじゃないか。でも……。

 

 冷静に考えようとすればするほど、不安や疑念が次々と湧いてきて、涙子はどうすればいいのか分からなかった。

 

「そうだそうだ……別にあんたみたいな1年生を呼んだのは、嫌みを言うためじゃあないんだよ、ウン」

 勝手に自分で自分に相槌を打ちながら、ユミコは改めて涙子を見据えた。

 カオリが、不安げな表情で顔を上げた。

 

「アタシたちは、盗んだ金を利子付けて返せって、コイツに言ったんだけど」

 不快な物を見る目で、ユミコはちらりとカオリを見、それからまた涙子に視線を戻した。

 

「払えないっつーんだよね。でさ、聞くところによると

 佐天涙子チャン。あんた……コイツの友達だって?」

 

「えっ……」

 涙子は、喉がカラカラなのを感じて、ごくりと唾を呑みこんだ。

 友達、だっけ。

 

 涙子は再び目だけ動かしてカオリを見る。カオリが、何かを訴えるように首を振っている。

 

「……代わりに、払ってくんない?」

 

「ユミコ、それは……」

 ユリが、あんまりだ、というように言いかけたが、ユミコは一顧だにしない。

 

「どうなの?ねえ!?」

 

「あっ、あたし―――」

 

 友達になりませんか。

 

 誰がそう言ったんだっけ。

 ああ、そうだ。涙子は思い出した。

 私だ。私が、カオリさんと、友達になるって……

 でも―――

 

 目の前で、期待を隠さないでいるユミコの顔を直視できず、涙子は目を瞑った。

 そして、口を開いた。

「わたし―――」

 

「違うよ」

 カオリがはっきりと言った。

 涙子は、はっと目を開けて、カオリを見た。

 上級生たちも、カオリを見ていた。

 

 カオリは、背中を壁に擦りながら立ち上がり、傷ついた顔を上げた。

 血が一滴、カオリの顎で玉を作り、土に落ちて、染みていった。

 

「その子―――友達でもなんでもないの。あたしが勘違いしただけだから」

 

「ダメ―――」

 

 涙子は息を吸い、目一杯叫ぼうとした。

 けれども、口から零れたのは、自分でも信じられないくらい、震え、掠れた弱弱しい音だった。

 なんで?驚いて自分の首を抑えると、その指が震えているのが伝わって来た。

 

「アハッ!」

 ユミコが、顔を歪めて、腹を抑えて笑い出した。

「アッハッハッハ!!そう!そうだったんだあ!

 残念だったねぇ、おともだちになれなくて!涙子チャン!それとも―――その方が良かったのかな?」

 

 そんなことはない。涙子はそう言いたかった。

 私は、カオリさんと約束した筈なのに。

 どうしようもない敗北感が、涙子の心を、体を満たしていった。

 

「じゃあ、この場でぜーんぶ、払ってくれるんだよね?」

 

「ユミコ、もう―――」

 立ち上がったカオリにユミコが詰め寄り、ユリが何事か言いかけた時だった。

 

 

 

「やめてください!!」

 

 その場にいる全員が振り返った。

 カオリも、もちろん涙子も、声のした方を見た。

 

「風紀委員です!」

 初春飾利が、そこに居た。

 ポツリ、と、雨が少しずつ降り出した。

 

 

 

「―――チッ」

 ユミコがあからさまに舌打ちをして、涙子を睨みつけた。

「なんだ、呼びやがったのかよ、アンタ……」

 

「初春……ッ!」

 涙子の口から、やっと声が出た。

 小さな、けれども決然とした初春の姿が、なんだかとても頼もしく見えた。

 

「恐喝は校則違反であり―――犯罪です。今すぐ、やめてください!」

 初春は、小さな歩幅で、けれども堂々と、涙子達のほうへ歩いた。

 涙子の後ろを塞いでいた上級生3人が、初春の前を塞ごうとする。

 

 

「どいてください」

 初春が、自分よりも背の高い3人を前に、きっぱりと言い放った。

 

「いや、先輩3人前にしてさ……」

 ごにょごにょと、不満げに1人が言い始めたが、初春はその上級生の前に進み出る。

「ちょっと、あんた―――」

 

()()って言ってるんですよ」

 ローファーの爪先同士が触れ合うくらいの位置から、初春が相手の顔を見据えて言う。

 言葉には、有無を言わせぬ力が込められている。

「金、金、金ばっかりの成金に頭下げてばっかりの弱虫が、寄ってたかって、1年生を脅そうっていうんですか?」

 

「おい、口の聞き方!」

 ユミコが初春の物怖じしない言動に憤慨して、カオリの横から唸った。

 

 3人の上級生は困惑して顔を見合わせた。

 そして、ユキが目を伏せて、一歩横へ退いた。

 

「おい、ユキ!」

 ユミコが怒って名を呼ぶが、ユキは俯いたままだ。

 

 涙子には、その下を向いた口が、「ごめん」と呟くように動くのを見た。

 

 残りの2人の上級生が戸惑って突っ立っている。その内に、初春が構わず間を歩き進んだ。

 

 初春がユミコの前に立つ。

 カオリが、不安げな顔で初春を見つめる。

 ユミコは横を向き、チッ、と苛立って舌打ちする。しかし、すぐさま笑みを繕って初春を見下ろした。

 

「へえ。それで?」

 ユミコは、まだ余裕を保っていた。

「それで、どうすんの?風紀委員さん」

 

「ここでやめてくれれば、事案を上に報告するまでです」

 初春が答えた。

「けど、そうでなくても……いや、やめなさい」

 

「何?」

 癪に障ったように、ユミコがドスをきかせた声を放った。

「おい、1年生、脳ミソお花畑かよ。なめてんなら―――」

 

「あたしは―――!」

 涙子のすぐ隣まで来て立ち止まり、初春は叫んだ。

 初春の大きな瞳が、涙子を見た。

 怒りか、悲しみか―――涙を目一杯に浮かべている。

 それから初春は、カオリを見た。

 

「あたしは、自分の友達が、傷つけられるのを、許さない!」

 猛然と走り出し、初春は両手を伸ばし、ユミコのブラウスを掴んだ。

「何すんだ、てめえ―――」

 初春は、自分よりずっと背の高い上級生を、ドンと体育館の壁に押し付けた。

 何度も、押し付けた。

 

「だから、今すぐやめろぉぉぉ!!!」

 

 

 

 初春の必死な叫びが響き渡った。

 

「こいつ……!」

 ユミコが手を伸ばす。

 

「もう、やめようよ!ユミコ!」

 初春の頭の花飾りにユミコが触れかけた所で、ユキが大声を出した。

 取り巻きの他の2人も、流石に初春の叫び声で焦ったのか、落ち着かない様子だ。

 雨が、ぱらぱらと徐々に勢いを増している。

 

「……ふん」

 ユミコは、初春の腕を振り払うと、角の出口へと歩き出した。

「……行くよ」

 ユミコの言葉を聞いて、上級生たちはばらばらとその場を後にした。

 

 途中、ユリが何とも言えない表情で振り返って、涙子達を見たが、何も言わず、結局去っていった。

 

 

 

「……佐天さん、カオリさん」

 仁王立ちしていた初春は、ぽつり、優しい声色で言った。

 

「初春ぅ……」

 涙子が、ふらふらと初春に歩み寄った。

 カオリは、服の汚れを手で払い落し、乱れを直した。

 

「あたし、あたし……」

 涙子は、自分より小さな初春の両肩に手を食い込ませ、俯いた。

 いいんです、佐天さん。と初春が小さく呟き、佐天の片方の手に、自分の両手を重ねた。

 

 カオリが、2人の横を通り過ぎていく。

「……カオリ先輩?」

 初春が、カオリの方を振り返って声をかけた。

 俯いていた涙子も、そっと顔を上げた。

 

 カオリは、立ち止まったが、こちらを見ない。

 背中が、ひどく砂や埃で汚れている。

 

「ごめんね」

 ほとんど聞き取れない位の声だった。

 

「どうして、謝るんですか」

 初春が言った。

 

 カオリが少しこちらを振り返った。憂いに満ちた表情だ。

「2人とも、友達になってくれて、嬉しくなって

 でも、今日みたいに、やっぱり、巻き込んじゃうんだなって」

 

「そんなこと―――」

 

「ありがとう、でも、やっぱりごめん」

 カオリが、足を早めてその場を去っていく。

 

 いつの間にか、工事の音は止み、代わりに雨の音と匂いが辺りに充満していた。

 

「初春……あたし、怖かった」

 佐天の顔を、初春は見た。

 雨なのか涙なのか、その顔はぐしゃぐしゃになっていた。

「カオリさんと、友達になるって言った筈なのに―――」

 

「佐天さん!」

 初春は、弱気になっている佐天を一喝した。

「追いかけますよ」

 

「えっ?」

 

「カオリ先輩を!!」

 ぐいっと、初春は佐天を引っ張り上げ、グラウンドへ連れ出した。

 

「先輩を……」

 

「当たり前です」

 初春が手を離すと、佐天は相変わらず泣きそうな顔で、しかしちゃんと初春の横に付いてきた。

 

「私達―――友達ですから」

 約束したから。

 

 雨音を描き分けて進む初春の頭の中に、看護師の言葉が蘇っていた。

 

 (あの子の支えになってほしい……普通の友達のように)

 

 もちろん、やってやる。

 初春は、自分自身をそう奮い立たせた。

 

 

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか。

 カオリは、気付けば第七学区の学生街をふらふらと歩いていた。

 暗くなる時間帯で、しかも雨とあって、辺りの人通りはまばらだった。

 雨足が強まり、地面を踏みしめる度に、ローファーを履いた足が冷たかった。

 

 ふと、カオリが顔を上げると、行く手に、誰かが立っていた。

 傘を差さず、眼鏡を掛け、ヘッドフォンを身に付けた、学生らしき少年が立ち尽くしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。