【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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暴力的な描写を含みます。


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「おおォ!見ろ、浮いたぜェ!」

「超能力みたいじゃねェ!?コレ!」

「ばァーかてめェ、超能力って言うんだよ、マジで」

「なァなァ、俺の声、聞こえるゥ?俺、つい今朝まで、念話(テレパス)無能力者(レベル0)だったんだぜ!?」

 

 鉄雄の与えた「幻想御手(レベルアッパー)」を聞いてから、クラウンのメンバー達は、それぞれ無能力判定されていた筈の能力が、より強力な形で発現していることに、皆驚き、狂喜していた。片隅に置かれた古びたラジオからは、大音量で音楽が流れ、がらんどうのボウリング場に、いつになく活気ある声が響いていた。

 

「おい、お前らは、ここにいるヤツで全員なのか?」

 鉄雄が、はしゃいでいるメンバーに聞いた。

 

 今、この競技フロアに残っているメンバーは5人。

 小太りで、そばかすが多く、眼鏡をかけた男。

 よれたパイロットキャップに、サードアイを黒く描いた男。

 頭にハチマキを巻き、釣り目の、ピエロ鼻をつけた腕の長い男。

 筋肉質の、左腕にタトゥーを入れた、分厚い唇の大柄な男。

 そして、前髪を垂らし、気障な雰囲気を漂わせているYシャツを着た男だ。

 

「えっと……何人だっけ?」

「最近、一気に抜けたからなァ」

「ご、ろく、しち、はち……9人ってところか」

「バカヤロウ、なんでそんな時間かかんだよ、お前数も数えらんないのかよ」

 

「なら、ここにいる5人だ」

 鉄雄の一言に、その場の空気が一気に凍てついた。

「あのブタと、クズ3人は、いらねェ」

 

「で、でも―――」

「なあ」

 眼鏡をかけ、そばかすの多いずんぐりしたメンバーの男が、何か言いかけた。それを、鉄雄がギロリと目を向けて黙らせた。

 

「ここのリーダーは、誰だ?」

「それは……」

「あのブタ野郎にできなかった―――能力(ちから)を、お前達にくれてやったのは、誰だ?」

 鉄雄は、何も言わない5人のメンバーを見渡した。

 

「……この俺だ!!

 いいかァ、ここのリーダーは、たった今日から、俺だ!

 お前らが、こないだまで俺を追っかけ回してたのは……いいさ、ここにいるお前らには、不問にしてやる……

 安心しろ。お前らも、これからいい思いができんだからよ」

 

「いい思いって……」

 パイロットキャップの男が呟いた。5人のメンバーは皆、反応に困っている様子だった。

「揃いも揃って、シンナーで脳ミソ縮んじまってんのか!?

 いいか―――お前らは、もうレベル0なんかじゃねェ。そこらのスキルアウトのチンピラよか、ずっといい位置につけてんだ。

 今まで通り、コソコソ薬を売りながら、そこらのバイカーズや警備員(アンチスキル)共にケツを狙われるつもりかよ?」

 

「……そうだ」

 大柄な男が顔を上げて言った。

「前に、俺はアンチスキルに捕まって、更生院に入れられた……いつか、仕返ししてやりたいと、思っていた……」

 

「俺は―――風紀委員(ジャッジメント)の奴らをブチのめしてやりてェ」

 Yシャツの男が憎々し気に言った。

「学生時代、俺はあいつらのせいで、大学に進めなくなったんだ……ちょっと会計をちょろまかしただけなのに、人生狂わされて―――!」

 

 そうだ、そうだ。と、メンバーから一斉に怨嗟の声が上がる。

 警備員、風紀委員、他のスキルアウトチーム、高位の能力者。学園都市の仕組みそのものに対する、恨みを孕んだ声が、辺りに木霊する。

 

「そォだ……」

 鉄雄が両の手を広げて、笑みを浮かべて言った。

 メンバーの目には、今や能力を得た喜びに加え、復讐心の炎が宿っていた。

「今まで俺らを打ちのめしてきやがった奴らに、今度は俺達がやり返してやるのさ……俺らはもう、レベル0なんかじゃねえ。能力者だ。今からお前らは、俺のチームの幹部だ。

 いいか、このレベルアッパーを広めるんだ!チャチなクスリなんかより、よっぽどいい金になる!そして、新しく力を得る者が生まれる!そいつらも、俺達の配下だ―――いずれは、もっとデカく、もっと派手に、金を分捕れる、偉ぶってた奴らが、しょんべんちびり倒してガタガタ震え出す!

 燃やせ!増やせ!奪い取れ!俺達が、この学園都市を、ドン底からひっくり返してやるのさ!」

 

 鉄雄の言葉に今までになく力が込められた瞬間、辺りに衝撃が走った。電灯は明滅し、窓ガラスが幾つかバリィンと割れ、生温い夜風が一気に部屋をかけ抜け、木っ端や埃を散らした。

 その力の伝播も演出となり、鉄雄の言葉を聞いた5人から、鬨の声が上がる。

「いいぞ、鉄雄!」

「アンタが、俺達のリーダーだ!!」

「鉄雄様!!」

 

「鉄雄様……悪くねェ」

 鉄雄は、笑みを深くした。

 

「いいかお前ら。

 もうお前らは道化(ピエロ)じゃねえ。クラウンなんてダサい名前は捨てろ。なんかもっと、こう―――強そうな名前がいいと思わねェか……」

 

「新しい、俺達の名前……」

 メンバーが呟き、叫びが収まるのと入れ替わって、いつの間にかニュースに切り替わったらしい、ラジオからの声が聞こえてきた。

 

 

「―――国連事務総長は、先ほど発表した談話の中で、『強国が推し進める帝国覇権主義を捨て、今こそ、多様な価値観に基づく連帯を各国が……』」

 

 

「……帝国」

 Yシャツの男がぽつりと言った。

 

「帝国?」

「あぁ、どうでしょう?」

 聞き返す鉄雄に対し、Yシャツの男は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

 

 

―――とある薬物依存回復支援施設(ダルク)

 

「こちらです―――!」

「様子は!?」

「ふらっと歩き出したかと思ったら、急に倒れてしまって、話しかけても意識が朦朧としているようで―――」

 

 通報を受けた救急隊が、ストレッチャーを走らせて慌ただしく建物へ入っていく。

 

「―――この人です―――釧路さん、しっかりして!」

「聞こえますか―――瞳孔が開いてる、ひどい痙攣だ。薬物摂取の既往歴は?」

「ここに来たのが2日前で、その日にMDMA(合成麻薬)の一種を―――」

「カルテを早く!急性離脱症状だろう、搬送を―――」

 

 

 

 担架に乗せられた少女が、何事か口を動かす。

「―――何だって?」

「後で聞いてやれ、今は処置が優先だ」

 

「……ア……キ…………ラ……」

 

 焦点の定まらない目をした、釧路帷子の言葉は、喧騒の中で誰にも届くことは無かった。

 

 

 

―――第十学区 「スター・ボウル」跡

 

 冷たい衝撃と共に、ジョーカーの意識は暗闇から一気に引きずり出された。

「!?―――ゲホッゴホッ!」

 強烈に咳込んだ。と同時に、鼻につんと鉄の匂いが飛び込んだ。

 

「お目覚めかい?前リーダーさんよォ」

「……てめェは……」

 頭がまだくらくらする。焦点を合わせるのに少し時間がかかったが、目の前には、腕組みした鉄雄が立ちはだかっていた。

 ジョーカーは、片手をついて体を起こした。すると、手がぬるっとした感触を得た。

 

「……あ?」

 ジョーカーは、自らの手を見た。べっとりと、赤黒い血がついている。

 

「ヒッ」

 ジョーカーは息を呑んだ。

 自分の傍らに、血塗れのガスマスクが見えた。

 ジョーカーの周りには、鉄雄を襲った3人のクラウンのメンバーの身体が打ち棄てられていた。腕を奇妙な方向に折られている者、足が交通事故の跡のガードレールの様にひしゃげている者。そして、ジョーカーの傍らのガスマスクの男は、潰れたガスマスクが、辛うじてそこに頭が合ったのだと教えてくれていた。

 マスクとその周辺には、薄紅色のスポンジ状の物や、ライトグレーの破片が散らばっていたが、それらが一体何なのか、ジョーカーに考えを巡らせる余裕はなかった。

 

「お、お前……」

 ジョーカーは、目の前に立つ鉄雄から少しでも遠ざかろうと、後ずさりした。しかし、すぐ後ろは、ロッカールームの冷たい壁だった。ジョーカーが何度も壁を後ろ手で叩く度、赤い手の跡がこびりついた。

 

「まあ落ち着けって。てめェは、殺しはしねェよ」

 鉄雄が、愉悦の表情を浮かべて言った。

 ジョーカーは全く落ち着ける気分ではなく、ガチガチと歯を鳴らしながら震え始めた。

 

「アンチスキルでも、ジャッジメントでも、他のチームンところでも―――そうだ、金田ンとこ行って、ぜひともヨロシク言ってくれよ。

 たった今晩から、クラウンは生まれ変わった。これからは、この島鉄雄が率いる、帝国が、てめェらを叩き潰しにいくってな」

 鉄雄が高笑いすると、その背後からも、無理やり引っ張り上げたような、乾いた笑い声が上がる。

 つい先ほどまで、自分が率いていた、残りのクラウンのメンバーだ。皆、取り繕ったような笑顔を張り付けている。

 

「―――これ―――これは、どういう―――」

 状況が飲み込めず、恐怖に首を締め上げられながらも、ジョーカーは何とか言葉を継ごうとする。

 

「あァ!?分かったかよ、藁小屋のジョーカーちゃんよォ」

 バアンと、ジョーカーの近くの金属ロッカーが音を立てて浮かび、けたたましい音を立てて隣のスペースへと吹き飛んだ。

 その音に弾かれたように、ジョーカーは立ち上がった。

 

 逃げなければ。

 これまで、幾度もアンチスキルや他のチームとの抗争を潜り抜けて来た、ジョーカーの思考が、そう叫んでいた。

 

 足を一歩踏み出し、滑る。

 強かな痛みと共に、べたっと、床に湖を作っていた血が、ジョーカーのでっぷり太った腹に塗りたくられる。

 笑い声が更に高まる。

 何とか立ち上がり、嘲る声を背に、ジョーカーは無我夢中でその場を抜け出した。

 

 

 

「……なンだ、てめェら」

 ジョーカーが命からがら逃げ出した後、引き攣った表情をしている5人のメンバーに、鉄雄は苛々しながら言った。

 

「言いたいことあンなら言えよ、あぁ?」

 誰も、何も言わない。

 

「こいつらは、あの夜、俺をコケにしやがった―――だから殺した。

 だが、勘違いすんなよ―――お前らを許した訳じゃねえ。

 お前らには働いてもらう。もし、あのブタを追い掛けて逃げようってんなら―――」

 鉄雄は、物言わぬ3人の身体を一瞥した。

 

「―――こいつらみてェになる。スカスカの頭でも、分かるよな?

 分かったら、すぐこのゴミを片付けとけ。思ったよか、血生臭ェんだよ、死体ってのは」

 

 鉄雄は、忌々しげにその場を後にした。

 暫く、5人の残ったメンバーは動けなかった。

 

(……悪ィが、先生。あいつらだけは、許す訳にはいかねェ)

 鉄雄は、大股で歩きながら思った。

(強くなったからには、俺は―――カオリを辱める奴を、絶対に生かさねぇ。そう決めてンだ)

 

「……畜生、シャワー浴びてェ……」

 自分の体にこびりついた、生まれて初めて嗅ぐ強烈な血の匂いに、鼻を摘みながら、鉄雄はそう吐き捨てた。

 

 

 

 最寄りのアンチスキルの詰所に、血と涙に塗れたジョーカーが息も絶え絶えに駆け込んで、宿直をしていた職員を驚愕させたのは、それから暫く経ってからの事だった。

 


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