【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

4 / 123


「だから、さっき説明した通りだよ、なぁ、“先生”!」

 

 金田は声を荒げた。彼らバイカーズは、とある警備員の詰所に連行されていた。金田は殺風景な部屋の中に立たされており、かれこれ1時間近く尋問されていた。自分達を尋問している警備員は、部屋の中に2人いる。1人は大柄な男で、金田達が通う職業訓練校(トレーニングセンター)の体育を担当している高場という教師だ。高場は椅子にふんぞり返って座り、太い両足をと両手をそれぞれ組み、角張った顎を余計に突き出すようにして、威圧しながら金田達を問い詰めていた。もう1人は高速道路で金田達を拘束した、ジャージ姿の女性警備員だ。こちらは黄泉川という名前で、金田達の職業訓練校とは別の(多分もっと真っ当な)高校の教師らしかった。黄泉川は入口の扉の前で、腕組みをしながら立っている。何やら物思いに耽っているようで、この小1時間ほど、あまり高場の尋問に口を挟むことはなかった。

 

「1名が鼻を折り、もう1名が手首を折り、あと1名は全身打撲、レストランの窓ガラス弁償、器物損壊の、オ・マ・ケ、つきだ」

 男性の大柄な警備員が、片手をばん、とついて金田に正面から顔を寄せた。「こいつらはすべて、お前たちの敵対チームのメンバーだ。お前らがやったんだろう!金田、お前か?」

 

 高場の重力に逆らうように不自然に固められた前髪が、金田の鼻先まで来たので、あからさまに金田は顔をしかめた。

「ちがいます」

 

「山形!」

 

「勝手にチョンボしたんじゃないすか」

 

「甲斐ィ!」

 

「俺しょんべん行ってて……」

 

「ふざけやがって!これを見てみろ」

 高場は、タブレットを取り出して甲斐の真正面に突き付けた。

 

「レストランに突っ込んだやつの、監視カメラの映像だ。ここに映ってる顔は」

 高場は静止画の一点を拡大させた。

「お前だろう!」

 

「そのぉ、やつらがぁ、イケないクスリをばらまいてるっていうんでぇ、これはこらしめてやんないといけないなぁ~って思ってぇ―――」

 

「じゃあ、なんでまずあたしら警備員や風紀委員に連絡しなかったんよ」

 歯ぎしりする高場の背後から、唐突に黄泉川が声を発した。顔を上げて甲斐を見据えている。甲斐は高場に対する舐めた態度を一転、優等生的な笑みを浮かべた。

 

「はっ、先生方のお手を煩わせてはいけないと判断いたしましたっ!」

 

 こいつ、女相手にあからさまなんだよ。と、金田の隣に立つ、太眉の蛯名(えびな)が呟いた。職業訓練校には女性教師が殆どいないので、金田もこういった反応をしたくなる気持ちは理解できた。

 

「ドラッグが関わるとなると、暴走行為どころじゃなく、立派な犯罪じゃんね。そういうことは、君ら子どもでどうこうせず、私ら大人に任せてほしいんよ。」

 

 見栄を張るのかというくらい目つきを険しくする高場をよそに、黄泉川は淡々と言葉を続けた。その目つきは高場と異なり、怒りをはらんだものではなかった。むしろ、残念そうな、過ちを犯した生徒相手にどうすればよいか、悩むような表情だった。金田はそんな黄泉川の顔を直視できず、目を伏せた。甲斐達他のメンバーはどうだか分からないが、こういう“話を聞いてくれそうな”教師相手では、しかも女性となると、普段の態度や言動で反抗しづらくなるのだ。

 

「黄泉川先生!こいつらには生半可な言葉かけでは通じません!自白もとれたことですし、器物損壊と傷害で、合わせてマイナス5ポイントずつ、それと私の鉄拳指導で―――」

 

「前にも言ったと思うんですけど、高場先生。あなたの‘指導’は体罰です。痛みはその場での抑圧にはなっても、根本の矯正には繋がらないじゃんよ……」

 

「よみかわせんせー、別にいいっすよ、俺らが悪いんですからぁ」

 指を鳴らす高場を諌める黄泉川。山形が不貞腐れて言った。そうそう、慣れてるし。と甲斐が言い、別のある者はぐすんと泣き真似をし、別のある者は笑い出した。そんな生徒達の様子に憤慨して、高場がばんと机を叩いて吠えた。

「お前らぁ!ここに連れて来られている意味が分かっているのかぁ!」

 

 わかってませーん、どうでもいいでーす。と好き勝手に金田達が応えていると、黄泉川の背後のドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 失礼します、と入ってきたのは、1人の眼鏡を掛けた風紀委員(ジャッジメント)だった。彼女が扉を閉めるやいなや、黄泉川は風紀委員と耳打ちしながら話をしている。高場はそちらを気にするようでもなく、変わらずに金田達を睨みつけている。

 

「何の話をしてるんかな……」

 蛯名が金田に囁いた。

 

「さぁな……」

 金田には分かりかねた。先ほどまで高場の怒鳴り声やら、金田達チームの笑い声やらで騒がしかった室内が、今は不思議な緊張感に包まれていた。相変わらず威圧してくる高場のせいではない。黄泉川と風紀委員が小声で話している内容が、何か今までの尋問とは違ったもののように思えた。

 

 


 

 

 風紀委員は、黄泉川に別のタブレットを渡すと出て行った。黄泉川はそれを高場に見せた。高場は目を細めて、眉間に皺を寄せた。「これは、違法なんじゃ……」とか、「いーのいーの、それくらい私も怒ってんじゃん」などという会話が聞こえてきた。

 

「あのー、せんせー、質問いいですかぁ」

 沈黙に耐え切れなくなったのか、甲斐が手を挙げて静けさを破った。

 

「今説明してやるところだ!」

 

「高場先生、これは現場にいた私がするじゃんよ」

 高場が苛立たしげに言ったのを、黄泉川が穏やかに制した。黄泉川は椅子には座らず、高場の隣に立って金田達に向き合った。

 

「質問なら俺もあるぜ……」

 金田も静かに問うた。ここまでの尋問の中で、金田が一番知りたく、そしてまだはっきりしていないことがあった。

「あいつのケガはどうなんだ!?今どこの病院にいるんだ!?」

 

「島君のことも話すから、だから、話を聞いてほしいじゃんよ」

 黄泉川が言った。金田が最も気にしていたのは、鉄雄のことだった。あのとき、アーミーにヘリで運ばれてから、一体どうなったのか。高場はそれを聞いても、まともに答えず金田達を先に問い詰めるばかりだった。

 

「まず、どうして島君が事故を起こしたのか。風紀委員や君らの証言、あの旧市街の高速の監視カメラの映像を照合して辿ってみるんよ」

 黄泉川が説明を始めた。金田達は押し黙って耳を傾けた。

 

「固法や白井達、風紀委員は、旧市街手前のトンネルで火災警報が作動したのを受けて、島君と敵バイカーズ『クラウン』の2名の行先を想定した。それで料金所の先に検問を張ったんよ。私ら警備員もそこに向かった―――その火災は君らの仕業じゃないってことは調べてあるから大丈夫。それで、検問に先に来たのはクラウンの2名。内1名はその場で捕まえたけど、もう1名は強行突破を許した。それで、1名の確保と、もう1名の追跡に対応している中、間を空けずに島君がやって来た」

 黄泉川は一度そこで言葉を切った。

 

「島君、かなりスピードを出してたみたいでね。風紀委員達は島君が検問を突っ切るのを止められなかった。そして、島君は検問の先でバランスを崩して転倒していたクラウンのメンバー1人を、所持していた鈍器ですれ違いざまに殴った―――時速120kmで勢いつけて殴られて、鼻の骨を折るだけで済んだのは運がいいじゃん」

 

 あいつ、そんな張り切ってたのかよ……と山形が呟き、メンバーは顔を見合わせた。普段はチームの後ろを走る鉄雄だが、今夜は確かにトンネルで先行していた。そこまで意気込んでいたということだろうか。

 

「で、そのあとなんで鉄雄は事故ったんだ?」

 

「その場を直接目撃した者はいないんよ」

 黄泉川は、金田の問いに直接には答えなかった。「後から風紀委員が駆け付けようとしたんだけれど、ちょうど島君を介抱しようとしたところで、アーミーが来た」

 

「あとは、俺達も見た通りってことか……」

 金田が呟くと、山形が首を傾げた。

「なあ、その事故現場を映してるカメラはなかったのか?」

 

「ある。だけど、その島君が事故を起こしてから、アーミーが撤収するまでの15分間位が、綺麗に消去されていた」

 

 はぁ!?なんで?甲斐や蛯名が疑問を口にした。山形はぐっと顎を引いて、ゆっくりと言った。

「おい、その消したやつってのは……」

 

「多分、アーミーね」

 

「おい、だったら!」

 金田は拳を握り閉めて黄泉川に言った。

「黙ってるだけなんかよ?アーミー相手に、あんたら警備員ってのはそんな臆病なやつばっかなのか?」

 

「お前たちは分かっていない!」

 黄泉川が口を開く前に、高場が金田に怒鳴った。

「アーミーの方が、与えられている警察権はより高度なんだ。俺達はどう足掻いても教師の集まり。奴らはれっきとした軍隊だ。奴らが監視カメラの映像を持ってくといえば、俺達は逆らえん……」

 

「へっ。どうしたよ……いつもの威勢のいいアゴが縮んじまったか……?」

 金田は、普段偉そうなことを言う高場の弱気な発言に苛立って、挑発した。高場は何か言いたそうに口を開いたが、黄泉川がそれを制した。

「もちろん、私らも黙ってるばっかじゃないんさ。」黄泉川が金田に諭すように言った。「こっちに戻ってからも再三、問い合わせたんだけどね、向こうが言うには『捜査に関わることは答えられない』んだとさ。」

 

 黄泉川の説明を聞く内に、金田の頭の中では、疑問がどんどん膨らんでいった。

「くせぇな……」

 

「えっ、何の匂い?」

 ばか、ちげえよ。と、金田は山形に釘を刺す。それから、黄泉川に視線を戻した。

 

「鉄雄のは、ただの事故じゃねえ……アーミーが隠したがっているものはなんなんだ?」

 

「私も、それが気になるの。だからね―――」

 そこで、黄泉川はそこで少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。甲斐の顔がまたしても緩んだ。

「―――映像を取ってきた」

 黄泉川はそう言って、先ほど風紀委員から受け取ったタブレットを示して見せた。

 

 金田にはしばらく、黄泉川の言った意味が分からなかった。それは、他のメンバーも同じだったようで、互いに顔を見合わせた。

「あの、とってきたって……」

「そう、()ってきたの」

 タブレットをひらひらとさせながら、黄泉川が事もなげに言った。

 

「それってぇ、先生、ハッキングってこと?」

 甲斐が目を輝かせて聞くと、黄泉川は素直に頷いた。

「風紀委員の中に、その辺の技術に長けたのが居てね。普段はそれで私も注意するんだけど、今回はちょっとお願いしてね」

 

「でもいいのかなァ、アーミー相手にそんなことをしちゃって……」

 小太りのメンバー、由井が気弱そうに漏らしたが、黄泉川は毅然とした表情で答えた。

「君達に是非分かってほしいんだけど……私達警備員がアーミー(やつら)と違うのは、私達は教師だってこと。教師は子どもを守るもんじゃんよ。だから―――」

 

 ここで、金田は黄泉川にじっと見つめられ、思わず顔を引いた。黄泉川の目は、久しく金田が見たことのない、子どもを慈しみ、守ろうとする正しい大人の目だった。

「島君がどうして傷ついたのか、そして今はどこにいるのか。突き止めたいのは君らと同じ気持ちじゃんよ。ねぇ、高場先生!」

 

 急に名前を呼ばれて椅子に座ったままの高場がびくん、と肩を震わせた。

「も、もちろん、そうですとも!島は俺の生徒だからな!」

 思ってもないことを、と金田は内心で悪態をついた。

 

「高場先生、訓練校の子どもたちを守れるのは、まずはそこの教師たる貴方じゃんよ。だから、力に訴えるよりも、先にやるべきことがあると思うじゃん……」

「なぁ、その映像、早く見せてくれよ」

 縮こまる高場をよそに、金田は黄泉川に頼んだ。あの高速の事故現場から感じていた違和感を、吹っ切りたい気持ちが高まっていた。どうして、鉄雄は運ばれていったのか。アーミーが何を隠しているのか。それを知る手がかりを得たかった。

 

「いいよ。プロテクトを解き切れなくて、画質が荒いんだけど……」

 黄泉川は、タブレットを金田達が見られるように、テーブルの上に置いた。金田達は、顔を寄せ合って画面を覗き込んだ。画面には、誰もいない夜の高速を映す静止画が表示されていた。工事中の区間のためか、街灯の明かりもなく、暗視モードの画像はかなり見づらい。

 

「最初、島君に何があったのか、スローで再生するよ」

 そう言って、黄泉川は細い指で画面を弾いた。すると、断続的に映像が再生され始めた。

 

 道路上には、誰もいない。と、片側から光が差してきた。鉄雄のバイクのライトだった。ライトで道路が照らされていくと、道路上に何かが立っているのが映し出された。

 

「ん……?」

 山形が声を漏らすとほぼ同時に、金田は画面をタップして映像を止めた。

「おい、これ、なんだ……」

 金田は画面のほぼ中央を指さした。鉄雄のバイクのライトが照らす先に、明らかに人が立っている。よく分からないが、大きさからして子どもくらいの背丈だ。

 

「ひとまず、最後まで見てほしいじゃんよ」

 黄泉川が再び画面を操作し、映像が続けられた。ライトで何者かを照らした後、鉄雄はそれに気づいたらしく、バイクを急に横倒しにして止まろうとしている。と、数カット置いて、爆発が起き、道路上に炎と煙が上がった。

 

「おい、こりゃあ……」

 山形が声を漏らした。

 

「そういうことか、こいつのせいで鉄雄は事故ったんだな」

 蛯名が憎々しげに言った。

 

「けどよォ、なんかおかしいぜ」

 甲斐が蛯名と山形に視線を向ける。

「そうだ、人とぶつかって爆発なんか起こすかなァ」

 横から由井が疑問を述べる。

 

 その通りだ。人と、猛スピードで走るバイクとがぶつかれば、それはバイクが人を跳ね飛ばす結果になるはずだ。だが、この映像ではバイクが派手に爆発を起こしている。それこそ、何か壁のようなものにぶつかって、車体がひしゃげてガソリンに引火したかのような……。

 

「君達の疑問も最もじゃん、もう一度、この爆発の様子を見て」

 黄泉川は映像を戻して再生した。金田達は目を凝らして見る。

 

 ライトの明かりが差し込む。鉄雄のバイクが何者かを照らす。鉄雄がバイクを横倒しにする。何者かに鉄雄が近づいていく……。

 

「あっ」

 金田は映像のおかしいことに気付き、声を上げた。同時に、黄泉川が映像を一時停止した。まさに、炎が上がった所だ。

 何者かは、炎に照らされている。炎は、それよりも手前で上がっている。

 

「なんだぁ、生きてるぞ?」

 甲斐の声が裏返った。

 

「ぶつかったんじゃない……」

 金田はタブレットから顔を上げて、黄泉川に向かって確かめるように言った。「何か、バリアーでも張ったかのような……」

 

「そう、これを見ると、この中央の人物が見えない壁を張って自分の身を守ろうとしているように見えるの、目測、ざっと10M手前って所かな」

 頷きながら、黄泉川が金田に答えた。

 

念動力(テレキネシス)か、空気操作(エアロハンド)か……」

 高場も出っ張った顎に手を添えて唸った。

「能力者の可能性がある」

 

「まだね、この人物のことで続きがあるの」

 黄泉川が画面に触れると、止まっていた映像が動き出した。燃え立つ炎に照らされたその人物は、数歩歩いて―――。

 

「……おい、消えたぞ!?」

 

「なんだ、瞬間移動者(テレポーター)か!?」

 

「やっぱ能力者かこいつ!」

 口々にメンバーが思ったことを口にしていると、黄泉川が映像を止めた。

 

「この人物は、不自然に現場から消失。この後、風紀委員が駆けつけるも、アーミーがやってきて、島君を担架に乗せてヘリへ運び込んだの」

「鉄雄の様子はどうだったんだ?」

 金田は黄泉川に聞いた。

 

「映像を詳しく見たけど、まあ手足は無事みたいだし、本人も少し動いている様子があった。骨折や打撲があるかもってところ、恐らく命に別状はないじゃんよ」

 

 金田達が口を開く前に、黄泉川は言葉を継いだ。

「そこで、君達にお願いがあるじゃんよ」

 へ?お願い?と甲斐が素っ頓狂な声を上げた。

「そう。お願い」

 黄泉川は、悪戯っぽくウインクしてみせる。

「今夜の暴走の処分について、ポイントのマイナスとかはひとまず保留にしてやるじゃんよ」

 

「マジかよ!」

 甲斐や由井が頬を緩ませた。

 

「その代わりに何かしろってことか?」

 山形が黄泉川に聞いた。

 

「ちょっと協力してほしいじゃんよ」

 君達の仲間に何があったか、突き止めるためにもね。と、黄泉川は答えた。金田には、黄泉川の言葉やその立ち振る舞いが、隣に座る高場よりもよほど頼りがいがあるように見えた。

 

 

 

 




金田のバイクチームの、名無しのキャラの何人かに、名前をつけています。


蛯名……AKIRA1巻、高場の指導シーンで金田の隣にいる、頭頂部の髪がはねている少年。

由井……同じく指導シーンで甲斐と話している小太り気味の少年。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。