―――第七学区、
「鉄雄が!?」
金田も、甲斐も、山形も、ジョーカーの口から出てきた言葉に耳を疑い、聞き返した。
「てめえ何度も言わせる気か!排気音で耳潰れっちまったのか!?」
ジョーカーは口角泡を飛ばしながら喚いた。
その後ろでは、黄泉川が考え込むような表情で黙って座っている。
「昨日の夜のことだ―――突然、ふらっと来やがったと思ったら、物を浮かせたり、地響きを起こしたり―――なんだ、あいつはレベル0だったんじゃねえのか!?」
「いや、それは、確かにあいつは―――」
「俺はあいつにやられて、気を失って―――気付いたら、なっ、仲間が3人―――俺のすぐ横で、血塗れで―――あっ、頭をわらっれて―――」
ジョーカーの声は急に小さくなっていった。そして、両手で顔を覆って俯いた。
「おいィ、こいつが言ってること、マジなんか?」
甲斐は、ジョーカーの言うことを素直に呑み込めず、近くに立つ高場に聞いた。
高場は少し首を傾げた。
「その件に関しては、我々も今調査中で―――」
「タラタラしてんじゃねーぞ!何でこういう時に限って役に立たねえんだ、警備員が!!あいつを早く何とかしろ!人が殺されてんだぞ!」
ジョーカーが今度は急に顔を上げて叫び、両手で数度アクリルガラスを叩いた。
後ろの黄泉川は、そんなジョーカーを制止するでもなく、下唇を噛んでいた。
「ジョーカー!」
金田は厳しい声色で言った。
「なぜだ!なぜ鉄雄はお前らを襲った!?この間の仕返しだってのか!?」
金田の言葉に、ジョーカーは顔を一層歪めて、今にも泣きだしそうだった。
「そうだ……いや、そうじゃない……」
「なんだよ、はっきり言え!」
「分かんねえんだよ俺にも!」
山形の苛ついた言葉に、ジョーカーも怒鳴り返した。
「そりゃ、俺達とお前らは、今まで散々やり合ってきたさ。血を流したことだって一度や二度じゃねえ。だが―――だが、あんな、虫けらみたいに殺すなんて、一回もなかったろう……!」
情緒不安定に、ジョーカーの話しぶりは浮き沈みする。ジョーカーは、今度は声を潜めて、金田に充血した目を向けて、話し始めた。
「あいつは言ってた……お前らにヨロシクって……他のチームを、叩き潰しにいくと……『帝国』と、名乗っていた」
「帝国……鉄雄が……」
金田は、その名を噛み締めるように呟いた。
「あんたらだって他人事じゃねえぞ!」
ガタン、と椅子を鳴らして、ジョーカーは立ち上がり、指を高場に向けて言った。
「警備員も、
ジョーカーは恨めし気に黄泉川を振り返った。黄泉川は、眉間に皺を寄せた。
「―――人死には増えるぞ!俺には分かる……」
重苦しい沈黙が室内を満たした。
金田は暫く黙っていたが、やがて口を開いた。
「そうか……それで、てめえは尻尾巻いて逃げ出して来たんだな?ジョーカー」
ジョーカーが、金田の言葉に、怒りの形相を表した。
「……んだと?」
「仲間をやられて、それで、アンチスキル様に泣きついたってか?」
金田は、拳をギュッと握り締めた。
「怖気付いてんじゃねーよ!仲間がやられたってんなら、その落とし前をつけるもんだろうが!それでもクラウンのボスかよ!」
「金田!」
高場が、立ち上がろうとする金田の肩を抑えた。
「何とでも言え、この野郎……!」
ジョーカーは声を上擦らせた。
「てめえも会ってみれば分かるさ、人を殺した後に、あんな顔ができるんなら……あいつは……怪物だ
てめえの身内なら、てめえがあいつを何とかしてみやがれ、くそったれ……」
黄泉川が立ち上がり、ジョーカーに近づいた。
「時間だよ」
ジョーカーは俯いて立ち上がり、金田達に背中を向けた。
まるで、残り火すら燃え尽きてしまったかのような雰囲気だった。
「言われなくてもそうするぜ」
部屋を出て行こうとするジョーカーの背中に向かって、金田が言い放った。
甲斐と山形が、金田を見つめた。
「あいつは、俺の昔馴染みだ―――あいつが何かおっぱじめようってんなら、俺が止めてみせる」
「金田……」
甲斐が声をかける。
金田は、決然とした表情でジョーカーの背中を睨んでいた。
ジョーカーは、少しだけ金田の方を振り返り、それから黄泉川に連れられて、面会室を出て行った。
「なあ、警備員は、あいつの言ったこと信じてんのか?本当に、鉄雄が人殺しをしたってのか?3人も?」
山形は、高場に重ねて聞いた。
「彼は、昨夜―――いや、日が変わった後か―――深夜に、十学区の支部に駆け込んできた。血塗れでな」
山形は「えっ」と言葉に詰まった。
「クラウンというそのチームの根城は、既に、島鉄雄とその交際相手が襲われた直後から、我々がいくつか抑えたんだ。それで、クラウンは次々にメンバーが抜け、弱体化していた。それで、最後に残った拠点が、第十学区の外れにある、今は廃墟になっているボウリング場だ。彼が言うには、そこに島が現れたということなんだが……」
「で、そこに当然オマワリしたんだろ?」
「もちろん、すぐに踏み込んだんだが」
甲斐の問いに、高場は煮え切らない答え方をした。
「彼が言うような、3人分の死体は……無かった。だが、ボウリング場のある一か所から、大量の……血痕が見つかった。血生臭い事が起きて、間もなかったのは、確かだ」
「クラウン内の仲間割れってことも考えられねえか?」
甲斐が疑問を口にした。
「元々、ドラッグでイっちゃってる連中だし、キめ過ぎて錯乱したとか……」
「何にせよ」
バタン、と今度は金田達の要る側のドアが開き、黄泉川が入って来た。
「今の時点では、島君が関与したってことに、決定的な証拠は無いじゃん。あのジョーカー君の証言だけだからね」
「あいつは―――ジョーカーは、どうなるんだ?」
山形が、黄泉川に聞いた。
「彼はね、保護を求めてきたの。
元々、彼には、違法薬物や暴力、恐喝に関わる様々な容疑があるから、もちろん、捕まえたんだけど―――彼は、それを全て認めるって。そして、何でもいいから、安全な所に居させて欲しいって」
「萎んじまったんだな、アイツ……」
山形の言葉を聞いて、黄泉川が視線を床に落とした。
「そう。チームをまとめ上げてた彼が、恐怖に怯える位のことがあったのだと思う。島君がどうかかわっているかは、まだはっきりとは分からないけれど……
けれども、こないだの月曜日の件、そして今回の件。彼が急激に能力を高め、それを敵に行使しているって疑いは、強くなった」
「けれど、どうしたってんだよ?」
山形が吐き捨てるように言った。
「あいつが、なんでそんな急に力を?」
「……アーミー」
接見台の上で握り締めた手を見つめながら、金田が静かに言った。
黄泉川は、金田の言葉を聞いて、静かに頷いた。
「高場先生とも話したのだけれど……私達も、その線が強いと思う。
ねえ、7月2日に、住宅街で、アーミーとやり合った時のこと、覚えてる?」
金田達3人は、顔を見合わせた。
「あの、奇妙な子どもと、ウニ野郎に、散々な目に遭わされた日か……」
「勘違いしないで。あれは、元はと言えばキミらが悪い。
……まあ、それはともかく、あの日、現場から
詳しくは言えないけど、要は、精神状態を無理やり安定させて、演算能力を急激に高めるような薬なの、それ」
「何!?」
金田達は、先日、春木屋で駒場が言ったことを思い出した。
―――
「ああ、それなら聞き覚えがあるぜ、
金田が静かに言い、黄泉川が頷いた。
「やっぱり、噂になってるじゃん?警備員にも耳に入ってるの、そういうものが静かに出回っているって話は」
「じゃあ、俺らが聞いたのも、鉄雄が能力を上げたってのも、アーミーのその
「断定はできん」
山形の言葉に、高場が答えた。
「奴らは極端に秘密主義だ―――こちらが捜査のために問い質した所で、素直に答えを見せてはくれんだろう」
「てめえらがまどろっこしいってのは、俺もジョーカーに同感だぜ……」
金田は静かに言うと、立ち上がった。
「あいつは―――鉄雄のことなら、よく知ってるさ
養護施設の時から、ずっと一緒だったからな。クラウンの連中の城に、一人で
それが、急にタガが外れちまったってんなら―――」
金田は、言葉を区切り、甲斐と山形を見やった。
「俺はあいつに会う。会って―――止めてみせる。」
「でもさあ、金田ァ、これからどうする気だよ?もしもあのジョーカーの野郎が言ったことが本当なら、まともにいったらヤバいんじゃねえの?」
甲斐が、バイクの状態をチェックしている金田に聞いた。
ジョーカーと面会した後、金田達は黄泉川に案内されて、没収されたバイクの保管庫へと来ていた。
「ともかく、鉄雄の奴を見つけなきゃ、話になんねえ」
フロントに手を置き、金田が答えた。
「情報を得るンだ……他のチーム、工業科の奴ら、駒場達……奴を見つけ出す」
「気を付けて」
金田達は、声を掛けた黄泉川の方を見た。黄泉川は柔和な笑みを浮かべている。
「それを返すのは、私たちがキミらを信頼している証でもあるじゃん
キミたちのような―――アー、元気がいい若者はね、きっとキミ達なりのやり方で解決しようとするじゃん?
でもね、私は、若い子たちに、傷ついてほしくない」
黄泉川は、優しい目で金田達を見ている。甲斐と山形が、気恥ずかしそうに顔を背けた。
「高場先生だって、私だってそう。事件が起こっているからには、キミらだけで突っ走らないで。話が本当なら、ただのスキルアウトの小競り合い以上に危険がある。
そういう事態は、私ら警備員が、必ず解決する」
「ありがたいお言葉、身に染みるぜえ、センセ」
金田は、ヘルメットを被って不敵に言った。
「だけどよセンセ!鉄雄は、俺らの仲間だ……最後には、俺らがケリをつけてやるさ」
「ああ!」
山形も、金田の言葉に威勢よく同意した。
「あいつは、根っこは気の弱い坊っちゃんさ―――俺が突き詰めてやるさ」
甲斐は、金田と山形に笑いかけてから、黄泉川の方を向いた。
「なあ、黄泉川センセ……バイク、キレイにしてくれて、ありがとう、ございました」
「おっ、気付いた?」
黄泉川が、にっ、と歯を見せて笑った。
「偉いぞォ、感謝は素直に言えないとじゃん!
私も、乗り物は好きだからねぇ、預かったからには、大切にするさ―――キミらが余計な違反をしない限りはねー?」
「肝に銘じときますよ」
甲斐が言う頃には、金田と山形はもうバイクに乗り込んでいた。
「行くぞ!」
そして、3人は唸りを上げて、車庫から明るい道へと走り出ていった。
「制限速度と一時停止は守れよォーーー!!」
走り去る3人に、黄泉川は叫んだ。
「黄泉川先生、大丈夫でしょうか……」
3人を見送った黄泉川の背中に、高場が声をかけた。
「なァーにィ、高場先生。そんなマッシブなのに、弱気になっちゃって?」
「俺も、長い事、あの職業訓練校で教師をやってきました」
高場が静かに語った。
「血気盛んなガキどものことです。血を見たことも何度だってあります。
ただ、昨日の現場は―――背筋が、何というか、ぞっとしたんです。何か、ただのケンカでは済まない、残酷な、一方的な蹂躙のような……」
黄泉川は、静かに高場の言葉を聞いている。
「彼らだってこのままじゃ無事で済まないのではないか……そして島が、もしも警備員にも矛先を向けているのだとしたら―――我々も、心してかからないと危ないと思うのです」
「同感じゃんよ、高場先生」
黄泉川ははっきりと頷いた。
「私もね、実は気になることがあって―――」
黄泉川の言葉に、高場が瞬きをした。
「高場先生。今回の件、絡んでるのは、本当にアーミーだけだと思う?」
「……どういうことですか?」
「あのアーミーの落とし物のカプセル。あれを、先生んとこの牧子ちゃんに解析してもらったけど―――あれは、本当に強力。強力過ぎて、一般のカリキュラムの感覚で服用したら、例え一粒でも、間違いなく精神に悪影響を及ぼすじゃん?
島君が、能力をコントロールできているなら、それはアーミーだけじゃない。他の手が加わったような気がするんじゃん」
「他の……誰だと?」
「そこはまだ……」
黄泉川がため息をついて、先ほど3人が出て行った車庫の出口を見た。
「ただね、高場先生。私は何だか―――相手が、もっと別のどこかにいる気がするんじゃんよ……」
黄泉川と高場は、オレンジの夕日が差す、外の風景を見つめていた。
「ああ、おい!なんでこんなスピード上がらねえんだ!?」
「ストロークが短くなってんじゃねえのか?」
「あの警備員!細工しやがったなあ!これじゃあ買い物のスクーターだぜェ!?」
学校帰りの多くの学生達に好奇の目を向けられながら、金田達3人は、制限速度きっかりから何故かスピードの上がらないバイクに跨って喚いていた。
「……あいつら、どっかで見たような……」
雑踏に混じって、上条当麻も、妙にゆっくりとしたスピードでうるさく通り過ぎるバイクの一行を見ていた。
「……いや、余計なことは考えるな……早いとこ行かないと、半額のシールが無くなる……またビリビリに絡まれたら、貴重な夕飯が消し炭になるし……善は急ごう、ウン」
何事かを自分自身に言い聞かせて、上条は帰路を急いだ。
―――
「―――以上申し上げたように、盗聴の結果、41号の行方に関しては、警備員もまだ掴めていないとのことです。10区のボウリング場跡は、もぬけの殻でした。引き続き、我々としても、職業訓練校の関係者を洗い、捜索を続けます。
そして更に、この少年……上条当麻。第七学区の高校に通う、1年生です。先般の、実験体26号の脱走事案に際し、学生街での逃亡を手助けした疑いが持たれています。バイカーズの者共だけでなく、こちらもやはり拘束対象と見做すべきかと」
「何度も言わせるな。その件に関しては一度終いだ」
黒服の部下の一人、門脇が報告する内容について、大佐は椅子にかけて、足組みをしながら憮然として言った。
「しかし、このままでは、我々アーミーの威厳が―――」
「勘違いしてはならん」
大佐は立ち上がり、食い下がる門脇に対してピシャリと言った。
「我々の任務は、名目上、あくまで、学園都市と本国との境界防衛だ。この学園都市のど真ん中で、今更スキルアウトでもない一学生に手錠をかけてみろ。警備員や統括理事会、それだけではない!算盤弾きにしか目がない、本国幹部会のバカどもに付け入る隙を与えることになるぞ!」
「お言葉ですが、大佐!」
猶も門脇は食い下がった。
「先ほども申し上げたように、ナンバーズの『カプセル』が……あちらの手に渡っているのはほぼ確実かと!このままではジリ貧です、一度はっきりと行動に移すべきです!」
大佐は、門脇を厳しく見据えた後、目を閉じた。
「……不確かな情報で、警備員とまともに対立することがあってはならん」
大佐は、再び目を開けて言った。
「いずれにしろ、今は、まだその機ではない。お前の任務は何だ?」
「―――41号の、島鉄雄の捜索です」
「分かったら、任務に戻れ!これ以上野放しにしてはならん!」」
「……はい」
門脇は逡巡した後、短く返事をし、それ以外に何も言わず、踵を返して部屋を出て行った。
部屋を出て行く黒服の背中を、大佐は厳しい表情でじっと見つめていた。
「……やはりそう簡単には打って出ねえか……」
廊下でふと立ち止まった門脇は、外したサングラスのレンズを拭きながら、独り呟いた。
「……ならば、こちらから仕掛けるしかない」
門脇は、何事かを決意した様子でサングラスを掛け直すと、再び歩き始めた。
40話まで来て、未だに美琴も一方通行も出ていない
禁書のキャラクターの活躍が物足りなく感じている方がいましたら恐れ入ります。
やっと折り返しです。両原作の人物をバランスよく絡めて、上手く物語を展開出来たらと思っています。