【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 7月15日 ―――アーミー本部 ラボ

 

「どうだ……何か感じるかね?」

 Dr.大西は、期待に胸を膨らませながら、ガラス越しに、ヘッドフォンを耳に当てる26号(タカシ)27号(マサル)の様子を観察していた。木山博士から譲り受けた、幻想御手(レベルアッパー)の音声波形データを、ここ数日研究者が解析を行い、それらがナンバーズにどう影響するかの予測を立てていた。41号(鉄雄)と異なり、元からいたナンバーズは、皆早老による免疫の低下を有している上、それぞれが何らかの身体の障害を抱えているため、慎重に実験の計画が立てられた。そこで、満を持して今回、比較的体調の良い2名に、幻想御手を摂取させる実験が行われていた。

 

「……楽しい」

 床に座るタカシは、大西相手には滅多に見せない笑顔を浮かべ、体を前後に軽く揺らしている。

 

「そうかな?」

 車椅子に腰かけたマサルは、怪訝そうな表情を浮かべている。

「ボクは、こういうのはあまり好みじゃないなァ。もっとさ、やっぱりクラシカルな音楽の方が……」

 二人の声は、ピンマイクを通して、隣のブースにいる研究者たちに伝わった。

 

「ほう?」

 大西は二人の反応の違いに、興味をそそられた。近くの研究員に声をかける。

「被験体の脳波(EEG)に変化は?」

 

「26号のβ波が+3%。実験前に比べ、高揚状態にあると言えます」

 

「ふむ……α波ではないのかね?音楽による精神集中を促すのであれば、βは寧ろ減少すると予測したが……」

 

 大西はブース内に設置されたマイクに向かった。

「26号!もっと具体的に感想を言ってくれ!」

 

 大西の声が、保育園(ベビールーム)のスピーカーから響く。

「……うん、なんだか元気が湧いてくる。この女の子?の歌、なんだかワクワクするよ」

 

「歌?」

 研究者たちは顔を見合わせた。

「……おい、君。ちょっと聞いてきてくれ」

 大西は、眼鏡を掛けた若い研究員に指示した。彼は難色を示した。

 

「ええ?しかしドクター、EQ(イコライジング)ヘッドフォンを用いずに聴くのは、危険だと―――」

 

「おかしいと思わないのかね?」

 大西は忙しなく歩きながら、周りの研究者に訴えた。

「木山博士も、41号も、『音』としか言っていない!『歌』等とは一度も言わなかったぞ?」

 

 大西の剣幕に、若い研究員は渋々ブースを出て、タカシとマサルがいるベビールームへと足を運ぶ。それから、不安そうな顔で大西を一瞥してから、タカシのヘッドフォンを取り上げ、耳に当てた。

 

「……」

 研究員は十秒程、ヘッドフォンから流れる音を聴き、やがて不思議そうな表情を浮かべて、タカシのピンマイクを借りて応答した。

 

「ドクター。……あの、これ、本当にレベルアッパーなんですか?」

 

「何?」

 大西が、研究員からの言葉に眉を顰める。

「どういうことだ」

 

「いや、多分、ていうか絶対、これ違いますよ」

 

「貸してみろ!」

 大西は小走りでベビールームへ入り、研究員のヘッドフォンを手に取った。

 

 ダンサブルなBPMで、ブーストの利いたバスドラムが響き、歯切れよく倍音豊かなシンセサイザーの音が広がる。その上から透き通った女性のボーカルが流れる。

 

「おい」

 大西は目を見開いて隣の研究員に言った。

「なんだこの曲は!?」

 

「アリサちゃんを知らないんですか、ドクター。鳴護(めいご)アリサちゃん!」

 

「あ、ありさ?」

 

「今ネットで人気急上昇中のストリートミュージシャンですよ!街中でもしょっちゅうかかってますし、SNSでも話題沸騰で!」

 研究員は顔を熱っぽく輝かせてまくし立てた。

 

「へえ、アリサちゃんて言うんだ」

 タカシが顔を綻ばせて言った。

「ねえねえ、もっと聞かせてよ!」

 

「タカシくん、話が分かるなあ、君は!それでドクター、実はですね、僕、アリサちゃん推しで、グッズとかもいっぱい買ってて……まさに、今をときめくJK歌姫!あ、ところで来週末、有給もらいますよ。ラジオの公開収録にダメもとで応募したら、いやあ、これが当たっちゃって!!ドクターもあとでネットの動画見てくださいよ、僕のおススメはですね―――」

 

 他にどんな曲がおすすめなのか、研究員の言葉を待たずに大西はヘッドフォンを押し付けると、小さな足を大股に開いてラボへ顔を出すなり、叫んだ。

「騙されたぞ!EQヘッドフォンなんてのも嘘っぱちだ!あれはレベルアッパーなんかじゃない!大佐に報告だ!木山博士をすぐに召還するんだ!」

 ラボのメンバーは一様に、慌てふためいた。

 

「ところで、これ、何の実験なのかなァ……」

 わたわたする研究員の様子を眺めながら、マサルが怪訝そうに呟いた。

 

 


 

 

 第一〇学区 ―――「帽子屋」

 

「おっす、駒場君」

 

「久しぶりだな、ケイ」

 自分より遥かに背の高い大柄な男、第七学区のスキルアウトのリーダーである駒場の姿を見て、ケイは快活に挨拶した。この外見でも、自分とそう年齢が変わらない少年だというのだから、見た目で人を判断してはいけないと、会う度にケイは思っていた。

 チヨコが第八学区の食堂に加え、時々開くこの「帽子屋」は、アンダーグラウンドの世界を生きるスキルアウトや暗部組織御用達の武器屋だ。表向きは、通称の通り、型落ちしたアパレル製品を主に扱う中古雑貨・古物商として営業していたが、実際、この店に来る客は、皆チヨコの調達する武器、それに関連する品物が目当てだ。ゲリラにとっては、大切な資金源の一つであったし、学園都市の多様な人物・チームとの情報をやり取りする上でも役立っていた。チヨコ本人が荒くれ共を捻じ伏せる力を持っていることと、絶妙にバランスを取りながら各勢力との商売関係を維持していたことが理由で、この店は、そうした裏の業界における中立地帯となっていた。

 

「今日は何を買いに来たの?」

「硝薬と、炭素繊維(カーボンファイバー)をな。チヨコさんとこは、俺たちのような貧乏人でも手に入るから、助かる」

 抑揚の少ない、機械的な喋り方で駒場が答える。この男はいつもこんな話ぶりで、その体格も相まって非常に近寄りがたい雰囲気を感じさせるが、心根は優しい、人間味のある人物だということをケイは知っていた。ケイが気軽に話せる、数少ない男性の一人だった。

 

「褒めてくれて嬉しいよ。マネーカード、もう少し弾んでくれたって構わないんだよ?」

 

「いや、チヨコさん……すまない、それは無理だ。今の騒ぎが落ち着いたら、どこかでこの恩を返そう」

 

ケイは、首を伸ばして、駒場の斜め後ろで所在なさげにしている金髪の少年を見た。典型的な不良の印象を与える見知らぬ少年に、ケイはやや顔つきを厳しくした。

「そっちの人は……」

 

「あっ……浜面です」

 片手を頭の後ろに添えて、少年が頭を下げる。

 

 駒場が、ケイと浜面を怪訝そうに交互に見て、それから浜面を肘で小突いた。

「初対面だったか?何度か会っていると思っていたが」

 

「この辺りの街路には()()じゃ入んないっすよ、俺、たいていドライバーじゃないすか、車で待ってたんだと思います」

 

 視線をおどおどさせる浜面を、ケイはしげしげと眺めた。

「ふーん……派手なカッコしてるけど、悪い人じゃなさそうだね、駒場君がそばに置いとくぐらいだもの」

 

「いや、その、大したことないっすよ」

 

 どこか煮え切らない態度の浜面を、駒場が興味深そうに見る。

「……看板娘に惚れたか?」

 

「からかわないでくださいよ駒場さん!」

 

 駒場がふっと笑みを見せたのを、ケイは物珍しく見た。ほとんど無表情なこの大男が感情を表に出すのは滅多にない。

 

「だらしないヤツに見えるかもしれないが、こう見えても運転の腕は確かだ。役に立つ」

 

「へえ」

 ケイは素直に感心して浜面に向かって言った。

「すごいじゃん。年、私とそんな変わんないでしょ?もう免許取ってるんだ?」

 

「いや、それは……」

 

「そこは、『持ってます!』って言っとくんだよ、(ぼっ)ちゃん」

 チヨコが、どこか楽しそうに言った。

「そうだろ?駒場」

 

「ああ」

 駒場は先程と同じく、薄く笑みを浮かべている。

()()()からな、この間」

 

「へえ、堅実だねえ」

 ケイが、事情を察して言うと、浜面はバツが悪そうに顔を俯かせた。

 しかし、馴染みの顔がもう一人いないことに、ケイは気付いた。

 

「あれ?そういえば、半蔵君は?」

「留守番だ」

「珍しいね」

「実は、その事も関係しているんだが」

 駒場が、ケイに向かって、視線をより鋭くした。

 

「ケイ……『帝国』について知っていることを教えてほしい」

「奇遇だね」

 ケイが返した。

「私もね、実はそのことで君らに話がしたくて」

 

 

 

風紀委員(ジャッジメント)は、あまり詳しい情報まで掴んでいないようだな」

 腕組みをした駒場が静かに言った。

「しかし、ジャッジメントを狙い打ちにするというのは……向こう見ずだな、帝国は」

 

「今日の事件で、私が話した子は……ジャッジメントが狙われたのは初めてだって言ってたよ」

 ケイは、昼に白井たちと遭遇した事件を振り返りながら話す。

「ただ、爆弾事件は前から何件か騒ぎになってたから、もしかすると、以前から狙っていたのかもね」

 

「妙だ。奴らは、あくまでスキルアウト内で勢力を伸ばそうと企んでいるものと考えていたが。ジャッジメントを敵に回せば、警備員(アンチスキル)だって黙っていないだろう。なぜわざわざ、蜂の巣を突つこうとする?」

 

「今は、アーミーだって漏れなく付いてくるさ。アンチスキルと共同で治安維持にあたるってんだからねぇ」

 チヨコが、眉間に皺を寄せて言った。

「駒場。アンタんとこと帝国は、今、やり合っているのかい?」

 

「まだ、にらみ合いといったところだが」

 駒場がチヨコに答える。

「小競り合いは起きている……やつらは元々、十学区の出のようだが、最近は七学区の俺たちの領分でも、薬物の取引を始めようとしているらしくてな。ジャッジメントにまで噛みつくようでは、迷惑極まりない……」

 

「所詮は身の程知らずってとこだろうね」

 チヨコがため息をついて言った。

「ちょいと気が大きくなり過ぎてるんじゃないかね?スキルアウト同士でやり合うならともかく、ジャッジメントやスキルアウト、加えてアーミーまで敵に回すんなら、それこそ……革命でも起こそうってのかね。どこにそんな自信があるんだか」

 チヨコは、途中、意味ありげにケイに目配せをした。

 

「あのさ、アーミーっていやあ」

 それまで、静かに話をきくばかりだった浜面が割って話に入った。

 他の3人の顔が自分に向いたことで、浜面はおどおどしながら話す。

「いや……実はさ、昨日の金曜日、アーミーの奴が、ウチの学校に来たんだよ」

 

「アーミーが?へえ、アンタ、どこの学校なんだい?」

「職業訓練校だよ……ここからあんま遠くないだろ?」

 チヨコの問いに、浜面は肩を竦めて答えた。

 

「でも、アーミーが何をしに?」

 ケイが尋ねると、浜面は駒場に顔を向けた。

 駒場が頷いた。話してもいいという了承のようだ。

 

「島鉄雄ってヤツ、知ってるかい?」

「島……?」

 ケイとチヨコは顔を見合わせた。

 

「ウチの学校の工業科のヤツなんだけど、元々は暴走族(バイカーズ)の下っ端だった奴だ。こいつがある日、どういういきさつだかは俺もよく知らないけど、アーミーに捕まった。アーミーの能力研究施設に送られたんじゃないかって話だ。で……ついこの間、そいつが脱走したらしい。それでアーミーは、特務警察をウチの学校に送って来たってわけ。まあ、大した手がかりもなく、引き揚げたけどね。島は、ここ最近、ずっと学校には来てないから」

 

「能力研究施設……」

 噛み締めるようにチヨコが口にした。ケイにも、今の浜面の話には心当たりがあった。

「竜が言ってた。最近、アーミーの研究施設に入れられた、若い男の子がいるって」

 

 二人の言葉に頷いて、駒場はチヨコの方を見た。

「チヨコさん、アーミーについては、()()()()()()()()()()()()()だ。アーミーは何を研究しているんだ?」

 

「……奴らの研究施設は、『ラボ』と呼ばれている」

 チヨコが静かに答える。

「表向きは、アーミーが主導する、軍事技術の開発・研究施設。その陰で、人の……能力開発も行っているらしい。この学園都市の中でも、奴らは寧ろ古株さ。ただ、奴らの手法は、ケイや駒場たちが受けた『カリキュラム』とは別物らしい。つまり、目立った成果を挙げられないまま、細々と続けているんだそうだ。実態は私らも、まだよく掴んでいないが……今月の初めに、第七学区の住宅街でガス管の破裂騒ぎがあったろ?私らの伝手(つて)によると、あの騒ぎは、アーミーに囲われている、古い実験体が起こしたんじゃないかって噂だよ」

 

「どうして、その島って人が、アーミーにいきなり研究されてるの?」

 ケイが、疑問を挟んだ。

「だって、職業訓練校(トレーニングセンター)の生徒やってた子が、いきなりアーミーの能力研究の対象になるなんて、変な話じゃない?前からずっとそうだったならともかくさ」

 

「ああ、奴は無能力者(レベル0)だった。ついこの間までは」

「この間までって?」

 浜面の言葉に違和感を覚えて、ケイが聞き返した。

「ああ。けど、いざ戻って来た島は……もうレベル0じゃない。能力者だ。それも強力な」

 

「……アーミーの研究を受けて、一気に能力が伸びたってことかい?」

 チヨコの質問に、駒場がゆっくり頷いた。

 

「そこでだ……チヨコさん、ケイ。幻想御手(レベルアッパー)って言葉に聞き覚えは?」

 

 聞き慣れない言葉に、ケイが疑問を浮かべて答えようと口を開けた。

 その時、入り口のドアが勢いよく開かれ、4人が一斉にそちらを向いた。

 

「おォい!!駒場のゴリラ野郎!探したぜェ!(ぜえ)(ぜん)携帯に出やしないんだから、このデジタル音痴!」

 

 黒いライディングブーツが、帽子屋の床を踏みしめた。大声を出しながら入って来たのは、赤いズボンを履いた、丸顔の少年だった。

 チヨコは顔を顰め、駒場は眉を少し動かし、浜面はあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「誰……?」

 ケイの知らない顔だった。

 少年は、ずかずかと店内を進んだかと思うと、ぴたりと足を止め、ケイの顔をまじまじと見た。

「あれえ……かわいいね、君!なんて名前?」

 

 気色悪い。それが、金田に対するケイの第一印象だった。


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