【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「あの、あなた、誰?」

 にやけた顔でこちらを見つめてくる金田に対して、ケイは再度誰何した。

 

「ああ、僕はね、この駒場君の知り合いでね、いやあ彼とは、もう腐れ縁ていうか?なかなかの仲ではあるんだけどもね」

 

「おい」

 駒場がほとんど口を動かさずに口を挟んだ。何となく、苛々しているのがケイに読み取れた。

「金田。わざわざナンパしに来たのか?なら、ほかを当たるんだな」

 

 駒場のそっけない言葉に、金田がわざとらしく肩を竦めた。

「なんだよォ、こっちはわざわざ半蔵にお前の居場所を聞き出して来てやったんだ、お前がとっとと電話に出てりゃあ、俺だってもっと早く話をつけられたんだぜェ!?」

「ミュートにしている。スパムが煩わしいのでな」

「年増みてェなこと言ってんじゃねえよ!そんなんだから霊長類以上人間未満扱いされるんだぜェ?」

 

「ヒトって、霊長類じゃなかったっけ」

 ぼそっと浜面が言ったのが聞こえなかったのか、金田は再びケイへと顔を向けた。

 

「しっかし、水臭ェなァ、駒場ァ!こんな陰気な店に何で来てンだと思ったら、美人さんとヨロシクデートとはねェ!!」

「おい馬鹿やめろ」

「陰気な店で悪かったね」

 駒場が珍しく焦った声を出した直後、チヨコがずいっとケイの横に立ち、金田を見下ろした。

 

「……ええと」

 金田は、自分の倍は肩幅の広いチヨコの姿を見て、一歩後ずさる。

「……ここは剛田商店でしたか?」

「金田、悪いことは言わない、謝れ。すぐ」

 冗談めかした金田の言葉に、ますます焦った駒場が小さく早口で言った。浜面は遠巻きに見ているだけだ。

 

 チヨコは小さく笑い、そして、隣のケイの肩に手を置く。

「ウチの()に何か用かい?」

 ケイは目を見開いて、チヨコの顔を見た。肩に置かれた手が、とても温かく感じた。

 

「あ、娘さん、でしたか……いやあ、器量の良い子だったもので、つい」

 金田は、冷や汗を浮かべる駒場の様子を他所に、まだ軽口を叩いている。

 

「まあ、自分の娘を褒められて悪い気はしないな」

 チヨコは笑みを浮かべて、もう片方の手を差し出す。ケイには、それが作り笑いだと分かった。

「金田クンていうのかい?よろしく頼むよ」

 

「へっ?」

 金田は、差し出されたチヨコの手を見て、困ったように周りを見回す。

 駒場は、額に手を当てて俯いている。

 浜面は、「握手しろよ、失礼だろ」と小声で言った。

 

「ああ、僕、金田って言います……駒場クンとはお友達で―――」

 金田が、へつらうような声で言いながら、ごつごつしたチヨコの手に、自分の手を差し出す。チヨコの手は、駒場に負けない大きさだ。

 そして、次の瞬間、金田の手首が、釣られたカツオのように捻り上げられた。金田が身を捩って、裏返った悲鳴を上げる。

 駒場が、あーあ、と声を漏らした。浜面は、おおっ、と感心している。

「おばさん……ありがとう」

 ケイはチヨコの顔を見て礼を言った。チヨコが作り物ではない、どこか楽しそうな笑みを見せると、ケイも笑い返した。

 

 それから、チヨコは金田をきっと睨んだ。

「ウチは一見さんお断りでね。冷やかしに来たんなら、とっとと帰りな」

「わ、悪かったです!痛い!折れる!離してくれって!」

 金田が顔を歪めて訴える。

「いえ、俺、マジメな用があるんです、ホント!駒場に、帝国(やつら)を囲むって話でさァ!」

 

「ちょっと待って、やつらって?」

 ケイは、呻く金田に聞いた。

「もしかして……帝国のこと?」

「へっ……何、知ってンの?お(ネー)ちゃん?」

 金田が、何とか首を捻ってケイの方を向いて言った。

 チヨコが駒場の顔を見ると、駒場は少しバツの悪そうな表情をした。

「ああ、悪い、チヨコさん……このバイク狂は、確かにこちらの知り合いだ。失礼を働いた」

 チヨコがフンと鼻を鳴らして手を離すと、金田は膝をついて息を吐いた。

 空気を切り替えるように、ケイは咳払いをしてから、口を開いた。

「何をしようとしているのか、聞かせてくれない?」

 

 

 

「つまり、君たちは……帝国と対決する気なの?」

 驚いたケイは、目を丸くして駒場や金田に言った。

 

「ああ」

 金田が不敵な笑みを浮かべて答えた。

「奴らは今、水面下でどんどん勢力を広げてる……あのおかしな、幻想御手(レベルアッパー)ってブツを餌に、どんどんその辺のクズを仲間に引き入れてやがるんだ」

 

「レベルアッパーのことを知ってるなら、相手が能力者ってことも分かってるの?危険だよ」

 ケイは、金田の言うことを無謀だと思った。能力者との相対に慣れている警備員(アンチスキル)ならともかく、風紀委員(ジャッジメント)でも手を焼きそうな連中を、戦闘経験が豊富とはいえ、無能力者の集団である駒場たちが倒すのは、難しい気がした。加えて、この金田という少年は、道端で粋がる不良の有象無象と何ら変わらないように見えた。

 今日、ケイ自身も帝国の手先と思われる男たちと戦った。しかし、ケイがその内の一人を倒せたのも、大能力者(LEVEL4)である黒子の存在があったお陰だと感じていた。

「アンチスキルやジャッジメントに任せた方が……」

 

「ケイ、って言ったな?」

 金田がケイの方へ顔を向けて言った。出会った当初の浮ついた雰囲気とは打って変わって、とても真剣な表情だった。

「これは、俺がケリをつけなきゃいけねエ話なんだ。奴らのボス―――そいつと向き合って、それで、……話をつけなきゃならねえ」

 

「島鉄雄君ね?」

 ケイの言葉に、金田はハッとした顔をして、駒場の方を見た。

 駒場が頷いたのを見て、金田は自分のブーツの爪先を見つめた。

「ああ……あいつが、アーミーに連れ去られたっきり、俺はあいつと顔を合わせちゃいない……だがよ、噂ばっかりデカくなって……クラウンのボスの座を乗っ取ったとか、能力(ちから)に突然目覚めたとか、……平気で人を殺したりとか、な」

 

「殺しを……」

 予想以上の言葉に、ケイが息を呑んだ。

 

「帝国のメンバーの、一番最初の数人……そいつらは、元々『クラウン』という名のスキルアウトの一団だった」

 駒場が、ケイの知らない情報を教える。

「その初期のメンバーが、今、島鉄雄に仕え、末端へ指示を出している。帝国の幹部という訳だ。なあ、浜面?」

 

「ああ」

 浜面が、表情を暗くして答えた。

「数日前、クラウンが根城にしていたボーリング場の近くで、死体が3人分見つかったんだ。クラウンから逃げ出した奴の話じゃ、島がやったんだと。その、念動力(テレキネシス)で―――」

 

「あいつは!」

 周囲の言葉に堪え切れなくなったかのように、金田が声を絞り出した。拳が握られ、震えているのを、ケイははっきりと見た。

「そんなことできるような奴じゃない筈なんだ」

「金田―――」

「うるせえ!」

 駒場が何か言いかけたが、金田は怒鳴り、遮った。

 

「俺はアイツと、小さい時から一緒だったから、よく分かってる……俺のチームでも、いつだって後から付いてきてた。気が小さくて、いつだって助けてやんないと……」

 金田の声が、だんだん小さくなっていく。その姿を見て、自分が知らない事情があるのだと察したケイは、黙っているしかなかった。

 

「待ちなよ」

 代わりに声を上げたのはチヨコだった。

「気になることが二つ。まず、レベルアッパーってのはそもそも何なんだい?駒場がさっき言ってた、クスリなのかい?」

 

「それは、違うんだ」

 答えたのは、駒場ではなく浜面だった。

「クスリは、あくまで奴らが元々クラウンだった時代からのドラッグ、連中のやり口さ。資金を得るためのね。その、レベルアッパーってのは……」

 説明に困ったように、浜面が駒場を見た。

 

「……レベルアッパーは、音だ。」

「音?」

 駒場の言葉に、チヨコが首を傾げる。

「なんだい、レゲエでもかけて、ハイになろうってのかい?」

 

「中身までは知らないんだ。ただ、俺たちに最近入って来る情報ではそう言われていて、奴ら自身もそう吐いた。最近俺らと諍いを起こした奴を捕まえたんだが、それらしいデータも確認した。帝国は、この音声データをコピーしまくって広めている。口コミで、ネットで……能力の強度(レベル)がその場で上がる代物だとな。当然、多くの無能力者(LEVEL0)たちが食いついている。更に、能力開発の壁にぶち当たってあぶれた、LEVEL1や、2、果ては3の連中もいるという話だ」

 

「俄かには信じがたい話だね」

 チヨコが腕を組み直して言った。

「じゃ、もう一つ……帝国が、どこを根城にしているのかは突き止めているのかい?」

 

「それは、これからだ。だが、奴らは決まって、夜になると六学区の環状線に現れて走り出すんだ。バイカーズだった名残だよ」

 金田が唸るように言った。

「そこには、幹部連中も含め、もちろん、鉄雄もいる……奴らが巣から出て来た所を、みんなしてネズミ捕りに追い立てるって寸法だ」

 

「金田……いつやる気だ?」

 駒場が低い声で尋ねると、金田が鋭く駒場を見返した。

「グズグズしてらんねえぞ。奴らがこれ以上仲間を増やす前に、駆除してやンなきゃいけねえ!」

「焦るな」

 熱くなる金田に対し、駒場の声は至って冷静だ。

 

「無能力者のピエロが何人集まろうが敵ではないが、今や相手は得体の知れない能力者の集まりだ。周りの、まだ帝国と対立しているチームを味方に引き入れて、こちらの戦力を整えるべきだ」

「てめえは、図体だけじゃなくてアタマも鈍いのか、あぁ?」

 自分よりもずっと背が高く、大きい駒場に、金田は構わず詰め寄る。

「俺はな、一刻も早く鉄雄のヤロォに話をつけたくて仕方ねえんだよ!!てめえがチンタラしてるんだったら、俺だけでもやるぜ!」

「お前こそ、頭に血が上ってるんじゃないのか?」

 

「まあまあ、よせよ。ここで言い争ってもしょうがねえだろ……」

 興奮した金田と、岩のような駒場の間に、浜面が仲裁に入る。

 

「ねえ、レベルアッパーが、能力を強くするって言うならさ」

 ケイは、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「君らは、何でそれを使わないの?」

 

「使わねえ。ったりめえよ……!」

 金田が笑みを浮かべて答える。

「ヨボヨボのジャンキーどもとは違う。そんなブツに誰が頼るかよ。俺たちァ、健康優良不良少年だからな!」

「なあに、それ」

 まるで決まり文句のように言い張る金田に、ケイが思わず笑う。途端に、金田の顔が弛緩した。

「わ、やっぱりケイちゃん、笑った顔もかわいいなあ!ねえ、あとで俺と、お茶でも―――」

 

「駒場君は―――」

 金田の言葉を無視して、ケイは駒場の方を向く。

「―――まあ、何となく分かるよ。そういうの、好きじゃないもんね」

 駒場が、ケイに向かって軽く頷いた。

「俺の主義には合わない。第一、レベルがタダで上がる訳がない。その裏には必ず、何か罠がある筈だ……」

「駒場さんは、俺らメンバーにも、絶対レベルアッパーを聞くなって言ってる。そりゃそうだ。考えてみたら、話が旨すぎるんだよ。何があったか、分かったもんじゃない。脳ミソをハックしてるんだぜ、きっと」

 駒場の言葉に、浜面が付け加えた。横で、金田が膨れ面をしている。

「何だよ、てめえらばっか、この美少女と先にイチャイチャしやがって……」

 

「でもさ、実際、能力者相手に、どうやって勝つつもり?」

「それは―――」

 ケイの問い掛けに、駒場が答えようとしたが、それは遮られた。

 店の入り口の扉が、再び乱暴に開けられたからだ。

 

 

 

「ここかあ?カネと武器が揃ってるっている、十区の便利屋さんはよォ!!」

 わざとらしく足音を立てながら、騒がしく何人かの若い男が入って来た。みな、顔の鼻から下をフェイスマスクで覆っている。マスクには、「帝国」と手書きで書かれている。

「ちょいと欲しいモンがあんだけどよ……タダでな!!」

 先頭の、黒髪を立たせた男が、左の掌を上に向けて差し出すと、そこにぼうっと火の手が上がった。

 ケイは、即座に警戒して身を固めた。すると、ケイを庇うように、二人の少年が立った。

 

「……どう勝つのか、百聞は一見に如かずってヤツだ……」

「ああ、丁度ムシャクシャしてたんだ。向こうからノコノコやって来てくれて光栄だぜ」

 駒場と金田が、鋭い眼差しで、押し入って来た帝国の者たちと向かい合った。

 

「……頼もしいじゃない」

 二人の背中を見て、ケイは、ふっと笑みを浮かべた。そして、改めて身体に力を込めた。

「私も、負けてらんないわね」

 




金田達は、原作では興奮剤のようなドラッグを服用している様子が描かれています。それでも、クラウンをジャンキーと罵っていますが。

この2次創作では、物語展開の都合上、より立場の違いを明確にするために、金田達はドラッグをやっていない設定にしています。

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