【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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8/17 中盤の記述を改めました。


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 ―――第一九学区

 

「アンタ、レベルがいくつだっつったよ……?おい、黙ってないでなんとか言えよ」

「……さん」

「あぁ?聞こえねーな!」

「ッ、3だよ……喋るのも、辛いんだ、勘弁してくれ……」

「へえ、強能力者様が!そこらのスキルアウトと、女2人の寄せ集めにボコられて、のこのこ帰って来たってか!!ざまあねえなァ!!」

 

 「帽子屋」の女店主と、そこに居合わせた連中に返り討ちに遭い、丘原燎多は仲間2人と共に這う這うの体で、「帝国」の「隊長」と呼ばれる男に指定された場所に来ていた。そこは十九学区にありふれた、買い手のついていないビルの一角にあり、以前はカフェか何かとして使われていたであろう、空き店舗の一つだった。

 簡単な仕事、と鷹をくくっていた丘原達は、隊長から吊し上げを食らっていた。丘原には、明らかにこちらを見下す隊長に対し、反論することができなかった。理由の一つは、女店主に思い切り殴られた顎が痛み、話すのにも苦痛が伴ったこと。もう一つは、たった先ほど、仲間の一人がぼろ切れのように倒されるのを目の当たりにしたからだ。

 帝国の幹部らしき男の念動力を、「罰」として受けた仲間は、顔面至る所―――恐らくは体中に痣を作り、直視できない容姿になっている。そして今、隊長を前にして立っているのは、丘原を含めて二人。倒れた仲間は死んではいない筈だと、丘原には祈ることしかできなかった。

 

「本来ならば、お前ら全員、こいつと同じ刑罰に値するが―――鉄雄様は、我々帝国は、寛大だ……それに免じて、お前らにもう一度だけ、チャンスをやる」

 丘原達は顔を恐る恐る上げた。

「お前ら、武器調達より、こちらの方が本業だろう……?」

 隊長が丘原達に向かって突きつけた携帯電話の画面には、第七学区の街中にある、銀行の支店の位置が示されていた。

「いつも通り、ご自慢の能力で、金を奪ってこい。多ければ多い方がいい。決行は、明日、日曜日だ」

 

「あ、明日って―――せめて、病院行かせてくれ―――」

「うるせえ!」

 仲間が、急な命令に対して抗議の声を上げたが、隊長の一喝で黙り込んでしまった。丘原も同じ気持ちだった。今日の明日で、銀行を襲えと言うのは、いくらなんでも無茶すぎる。

 

「こっちだってな、てめえら2人ぽっちに期待はしちゃいねーんだ!……そこで、我が帝国の戦力から、1人同行させてやる」

「ど、同行って……」

 隊長が顔を向けた先には、先ほど、丘原の仲間の一人を滅多打ちにした男がいる。奇妙な外見の男だ。ヘアバンドで黒髪を真上に立たせ、タンクトップから出る二の腕は、オランウータンのように異様に長い。瞳は、薬物の影響か、淀んでいて、こちらを見ているのかいないのか、定かではない。そして、仲間の骨を折っている間、この男は、カンフー映画に現れそうな奇声を絶えず上げていて、それが丘原には恐ろしく思えた。

「こいつは“モンキー”ってんだ。お前らもよく見ただろう。強力な助っ人ってヤツだ……なあ?」

 長い腕の男は、隊長にゆっくりと顔を向けて、にっと黄色く変色した歯をむき出して笑った。

 

「そういう訳で、お前ら、すぐに準備しろよ。明日、上手くやれば、その笑える顎の治療費くらいは分けてやる。明朝、第七学区の学生街に集合だ。詳細は、追って連絡する。……いいか、もし逃げたりすれば」

 隊長は、革靴の踵で、倒れている仲間の頭を蹴飛ばした。

「こいつを見せしめとして、その辺に晒してやる。そして、その次はお前らだ。いいな!?」

 

 隊長に凄まれて、丘原は、健在の仲間と顔を見合わせてから、駆け足でその場を後にした。

 

 丘原達が立ち去った後、隊長はその場を忙しなく歩き回った。

「畜生……どいつもこいつも、使えねえヤツばかり……!

 おい、そいつをどっか適当に寝かせておけ。死んだらそれで構わない」

 隊長に指差されたモンキーは、床にのびている、丘原達の仲間を、雑に別の部屋へ引き摺って行き、床には赤黒い血の痕が残った。

 

((隊長。ご報告が))

 突然、頭の中で響き渡った声に、隊長はびくりと肩を震わせた。

「……いきなり能力で話しかけんなって言っただろうが」

((申し訳ありません。ご理解を))

「ふん」

 

 念話(テレパス)で話しかけて来た相手に対し、隊長は苛つきを隠さず答えた。傍から見ると、独り言のようだ。

 

「……で、鉄雄様は?……いなくなった?なんだよまた」

((カオリ、さんの名をしきりに口にされていましたので、その事ではないかと))

 相手の答えに対して、隊長は舌打ちした。

 

「……それで、資金不足の件はなんと?」

((ご意見を伺いましたが、任せる、の一言でした))

「ハッ!……ああ、そうかい。鉄雄様が戻られたら、知らせてくれ。

 それから、明日の銀行襲撃の件だが……モンキーに同行させるが、警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)も出張って来るだろう。お前に見張りを頼みたい」

((分かりました))

 

隊長は電話を切ると、暫く考え込んだ。

やがて、顔を上げた。その目には、光がぎらついていた。

「……いいじゃねえか。だったら、やりたいようにやらせてもらうぜ」

 

 

 

 ―――第十学区、「帽子屋」

 

「ええ?じゃあ、てめえ鉄雄のこと、(なン)も知らねえってのか?」

 金田の怒気を孕んだ声に、肥満体の男がビクッと体を震わせた。

「し、知らねえよ―――さっきも言ったろ、俺はそんな奴に、一度も会ったことねえよ……」

 

 帽子屋が襲われた後、ケイ達は捕まえた襲撃犯の一人を、店舗奥の、窓が無い部屋で尋問していた。時々、ケイやチヨコを含めたゲリラの会合場所として使われる部屋だった。普段、部屋の中央にあるテーブルは、今は壁際にどかされている。その代わりに、照明の真下にあたる位置に椅子が置かれ、肥満体の男が座らされていた。男は、両足を椅子の前脚に、両手を肘掛けに縛られている。駒場が浜面に促し、ペンチで男の右手人差し指の爪を摘んだところ、男は汗と涙を吹き出しながら、聞かれたことに何でも答えると必死になって言った。

 今日の襲撃犯たちは、帝国と名入れされた悪趣味なマスクこそ付けていたが、それは形だけだったという。元々、発火能力者を筆頭に活動していた不良グループで、今まで何件も、能力を利用した窃盗・強盗を繰り返していたのだと言う。

 そして、「幻想御手(レベルアッパー)」を入手することと引き換えに、帝国の依頼を受けた、という流れらしい。

 

「帝国は、どこを根城にしている」

 駒場が、レシートを印刷するかのように、事務的な口調で問う。手には、先ほどからペンチが握られたままだ。

「いや、だから知らないんだって!」

「なら、お前達と帝国の手の者は、どこで話をつけたんだ」

「じゅ、一九学区!環状線降りてすぐのとこだった。あそこの旧市街には、廃ビルがいっぱいあんだろ?その内の一画だ、名前なんてとっくについちゃいねえような……だがよ、そこが奴らの本拠地かどうかなんてマジで知らねえんだって!ちょ、ホントホントマジだって、信じてくれよ!」

駒場が興味なさげに再び男の指にペンチをかけると、男は自由に動かせる首をブンブンと水浴び後の犬のように振って喚いた。図体の割に、随分と小心者だと、ケイは思った。

 

「お前が会った、帝国の幹部連中って奴らは?どんな見た目だ?」

 部屋の出入口の扉を塞ぐように立つ、チヨコが厳しい目つきをして言った。まっすぐに自分を射貫くチヨコの視線を直視できず、男は俯いて、今度は蚊の鳴くような声になった。

 

「……俺らが会ったのは、3人。その内、喋ったのはほぼ1人だ。前髪を、なんだ、こう、リーゼントみたいに固めて、ネクタイを締めた、気障なヤツだった。奴は、後ろの取り巻きから、『隊長』と呼ばれてたよ。で、その後ろの連中は、どっちもガタイのいい男だった……ほとんど口を利かずに突っ立ってて、気味が悪かったよ」

 男の言葉を聞いて、駒場とチヨコが金田を見やったのに気づき、ケイと浜面も金田へ顔を向けた。

 金田は、やや考え込む仕草をしてから、顔を上げた。

 

「……多分、クラウンから鉄雄に付いてったヤツだ。あのピエロ共の中でもやたら見た目に気を使ってたから、覚えてるぜ。金庫番みてェな仕事してたから、俺らは、簿記係(ブックキーパー)って呼んでた。だが、ジョーカーのブタ野郎に顎で使われてたし、ひ弱で殴り合いには出て来ねえから、そんな隊長だなんて気取るキャラじゃないと思うんだけどな……」

 

「なあ、もう知ってることは全部話したぜ」

 拘束された男の懇願に、その場の全員が顔を向けた。そして、ケイが男に向かって言った。

「なに、解放してほしいの?」

 男は首を何度も縦に振った。。

「お前ら、帝国とやり合うつもりなんだろ?俺は、もうあいつらに金輪際関わらねえようにするからさ……他の仲間にも、よく言っとくよ。お前らの邪魔は、もうしねえ」

 

「で?そしたら、またどっかの銀行から、せこせこ金を盗むの?」

 ケイの問い詰める言葉に、一瞬、駒場と浜面が、バツが悪そうに顔を背けたが、ケイは気付かなかった。肥満体の男が言葉に詰まって、ぐっと顔を引いたその時、壁際に寄せたテーブルの上に置かれた携帯電話が、音を立てて震えた。男のポケットから取り上げた物だった。

 チヨコがテーブルに歩み寄り、手に取って画面の表示を眺めてから、男の目の前に突きつけた。

「これは、誰だ?」

「お、俺の仲間だよ。あの、ナイフ持った、小っこいやつがいただろ?―――きっと、俺を心配して―――」

 

 その場の面々は、顔を見合わせた。

「どうする?」

 チヨコの問い掛けに、ケイはある考えを思いついた。

 

「ねえ、みんなに聞こえるようにしてさ、ちょっと出てもらわない?ただし、こいつは―――」

 ケイは拘束されている男を指差した。

「何とか、私たちから逃げ出せた、っていうことにしてね。そしたら、なんか他にも情報が分かるかもよ」

 

「なるほど」

「いいんじゃね?」

 駒場と浜面が頷き、チヨコとケイは男をじっと見た。

 

「む、無理言うなって!この状況で、そんなうまく嘘つける訳―――」

「ゴチャゴチャ言うんじゃねえよデカブツ」

 慌てふためく男を、金田が罵った。

 

「うまいこと話を合わせろ。結果によっては、解放してやる」

「ほ、本当だな?―――分かったよ、やるよ……」

 チヨコの言葉に、男は力なく答えた。チヨコが振動する携帯電話の画面を操作し、男の眼前に再び向けた。

 

 男が口を開く前に、相手の急き込んだ声が響いた。

 

沼津(ぬまつ)!お前今どこだよ?』

「あ、ええと、なんとか……す、ストレンジの屋台尖塔に隠れてる」

『ストレンジ?まだお前十学区にいんのか!はええとこ、いつもの場所で落ち合おうぜ』

「あ、うん」

『それより、ヤベえことになったんだよ……!』

「なんだよ、何があったんだよ」

 ケイは、携帯電話から聞こえる、ノイズ交じりの声をしっかり聞き取ろうと、より集中した。

 

『丘原のアニキは、顎をやられてうまくしゃべれねえけど、俺と一緒にいる……けどな、末田(まつだ)が……帝国の連中に捕まった。もう何べんもボコられて、俺らが仕事をやり遂げねえと、きっと殺されちまう!』

「ま、マジかよ……」

 通話相手からの言葉を聞いたその場の面々に、緊張が走った。青ざめた様子の男は、言葉を詰まらせながら、相手に聞き返した。

「し、仕事って、なんだよ?」

『明日の日曜、午前中に、第七学区のいそべ銀行をやれってよ……しかも、監視役で、帝国のおっかねえ奴が付いてくるから、逃げられねえ!念動力(テレキネシス)だと思うけど、末田はそれで体中ボロボロなんだよ―――とにかく、これからいつもの場所に、すぐに来い!!いいな!?』

「ちょ、待っ……」

 肥満体の男が何か言う前に、通話はすぐに切られた。男が項垂れ、ケイ達は皆、表情を厳しくした。

 

「鉄雄の野郎ォ……随分(きたね)え手使いやがるじゃねえか」

 やや沈黙が流れた後、口を開いたのは金田だった。

「なあ、今の話がマジならさ、す、すぐ放してくれよ……仲間が殺されちまう……!」

 『仲間』という言葉に、金田や浜面、駒場にも思う所があったようで、すぐに返事をしなかった。

 

「解放はしてもいいと思う」

 ケイが言葉を発し、皆が注目した。

「けど、あんたがやるべきことは―――アンチスキルに自首することだと思う」

 

「はァ!?ここで今更捕まれって、なんで―――」

「いや、ケイの言うことは間違いじゃない」

 チヨコがケイの言葉を引き継いだので、肥満体の男は反論を呑み込んだ。

「状況を考えてみろ。今、お前は仲間を救いたい。お前らは、帝国に手綱を握られている状態で、身動きが取れない。なら、少しでも頼れる連中に縋るべきだ。

 それとも、これからあのデカい口叩く放火魔坊主と落ち合って、銀行襲って、それで帝国に貢ぐのかい?それで仲間が元に戻る確証はないだろう」

 

「奴らの狙いは、自分たちの力が上だと、周りに示すことだ」

 駒場が静かに言った。

「だったら、言う通りにした所で、奴らの思う壺だ」

 

「今は、アンチスキルも、ジャッジメントも、ましてやアーミーだって帝国を抑えようとしてんだろ?」

 浜面が言った。

「なら、明日のその仕事だって、案外、帝国のお目付け役ごとパクられて終わりかもしんないぜ?今の内に自首して、事情を洗いざらい正直に話す方が、まだ傷口は浅いかもな」

 それぞれの言葉を聞き、男は目を泳がせた。

「そ、それしかねえのか……

 なあ、あんたら、帝国とやり合うってんなら、あんたらが代わりに俺の仲間を―――」

 

「甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ!」

 金田が一喝した。

「確かに俺は、鉄雄に、帝国に一発食らわせてやるさ。だがよ、そっちの事情は、お前らのケツに点いた火だろ。てめえの仲間を救いたいなら、てめえで片をつけンだよ!」

「そんな……」

 項垂れる男に対し、ケイはやや柔らかい声色で話しかけた。

「あのさ、私は、この店をめちゃくちゃにしようとしたアンタらのこと、大ッ嫌いだけど……頼れるジャッジメントの知り合いがいるの。その子に話を通してみるよ。きっと、アンタの仲間のことも、何とかできる、超強い人だから」

 

「え?ジャッジメントにお知り合いが?」

 金田が少し身を引いてケイに言った。ケイは薄く笑みを浮かべた。

「まあ、今日の今日で、連絡先交換したばっかなんだけどね~。大丈夫、駒場君やチヨコさんに、迷惑はかかんないようにするから」

「あの、俺は?」

「なに、アンタ、やましいことあるの?」

 狼狽える金田を後目に、ケイはチヨコに了解を得てから、部屋を一旦後にして、自身の携帯電話を取り出した。

 電話をかける相手は、今日の昼に二回目の出会いを果たした人物だ。

 

 

 

「お待たせ。で、そいつなんだけど、私が連れてくから―――」

「おいおいィ?なんだコイツ?」

 部屋に戻ったケイを、怪訝な顔をした金田が出迎えた。

「急にさっきから、様子がおかしくなって……」

 金田の指差す先を見たケイは、ぎょっとした。

 

 男は、縛られながらも、膝を体に寄せて、まるで胎児のような姿勢をとるかのように、小刻みに震えていた。目は自分の膝を見つめて見開かれ、口は打ち上げられた魚のように、ぱくぱく開いたり閉じたりしていた。座った椅子が、絶えずゴトゴトと音を立てて揺れている。チヨコも、駒場も、浜面も、戸惑った様子で遠巻きに男を見つめている。

 

「あ、ああ……あ、き、ら……」

 ケイは、男が絶え絶えにそう言うのを耳にした。

 

 

 

『連続発火強盗事件について、有力な情報がありましたの!!』

 その日の夜。喫茶店での爆発事件に関する仕事を終え、くたくたの体で帰路についていた固法美偉だったが、白井黒子の急き込んだ声に、表情が引き締まった。

『犯人たちは、明日、第七学区のいそべ銀行を狙いますわ!ここで奴らを捕まえてやりましょう!!』

 




超電磁砲1巻冒頭に登場する、丘原燎多の仲間の名前を捏造しています。

(沼津……大きい人)
(電話の話し相手……美琴に車ごと吹き飛ばされた金髪の人)

物語の都合上、もう一人増やしました(末田)。

8/14 内容を修正しました。


念話の能力者について、禁書目録での描写と異なる部分がありますが、ご了承ください。

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