【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 日曜日の昼前、公共施設が立ち並ぶ明るい通りに似つかわしくない黒煙が僅かに残り、夏の空へとその残滓をたなびかせていた。救急隊が到着し、負傷した人々を次々に運んでいく。 

 

 あっという間だった。爆炎の中から現れた帝国の新手。黒髪を逆立て、炎で服が焼けたのか元々着ていなかったのか、隆々とした上半身は裸だった。妙に長い両腕を揺らして歩いてくる奇抜な様は、都市伝説に現れる怪異のようで、黒子は足が竦んだ。

そんな人物と対峙した御坂美琴は、電撃一閃を放ち、彼を昏倒させた。

たったそれだけだ。黒子が捕縛した二人と合わせて、アンチスキルが取り調べを行い、連続発火強盗事件は、解決へと一気に向かうだろう。

一度目の爆発は、詳細は不明だが、ビルの上階から落下した金属缶が爆発したとの情報があり、恐らく帝国の別の者ーーーグラビトン(重力子)を操作する能力者の仕業に違いない、ということで、アンチスキルやアーミーが付近の捜索を行っている。

 そして、一度目の爆発の混乱に乗じて、3人の男が銀行に押し入った。火炎操作能力者(パイロキネシスト)風力使い(エアロシューター)、そして、詳細は不明だが、美琴が倒した念動力使い(テレキネシスト)の大男。当然、銀行内に潜んでいたアンチスキルが捕縛にかかったが、なんと、大男に全員返り討ちにされ、腕や脚の骨を折られてしまったという。犯人たちが銀行から脱出した後にアーミーの兵士が多数負傷したのも、ほとんどが大男の力による者だったという。

 

「あの半裸男―――それなりの手練れだったのかもしれませんわね」

 黒子が美琴の隣で言った。

「アンチスキルは彼らなりの戦術で、当然、念動力使いには対応できる筈ですのに」

「まあね。けど、飛び道具で先制すれば、大したことなかったね」

 美琴は涼しい顔で言った。手には、チョコレートサンデーのカップが握られている。

 犯人捕縛に協力した「一般人」として、先ほどアンチスキルの一人から貰ったものだ。もっとも、彼女の介入はこれが初めてではなく、その力の強さ故に、過剰防衛すれすれのこともあったが。

 

 

 

「本当に、外見はただの学生だな」

 背後から、美琴に声をかける者がいた。

「君が、超電磁砲(レールガン)か……第3位の」

 2m近くの背丈があろうかという、大男だった。厳めしい四角い顔に、脇を刈り上げた短髪。他の兵士とは異なり、真夏の炎天下に似合わないスーツ姿だが、そのジャケットは内側の立派な体躯を隠し切れないようだった。

 

「礼を言う」

 頭を全く下げず、こちらをじっと見下げて、男が言った。低く、圧を伴った声だった。

「我々の兵が、全く歯が立たず、戦闘不能にされた。8人だ。それを君は、ものの数秒で片をつけた」

「それは……」

 

「言っときますけど!」

 突然話しかけられて、美琴が返事に窮している間に、横から黒子が割り込んできた。なぜか、怒っているようだった。

「あんなものじゃありませんからね。お姉様の実力は!それこそ、あなたがたアーミーが束になっても敵わないくらいのお力がありますの!」

「ちょ、黒子、失礼だって……!」

「大体、この学園都市の治安維持は、本来我々の管轄ですの。仰々しい身なりで街に出てくるなら、アーミーの皆さんには是非とも対能力者の対応術を研修して頂き、我々との円滑な連携と情報共有を図って頂きたいですわね!」

 

 黒子の直情的な訴えに、アーミーの上官らしき大男は目をじっと細めた。

風紀委員(ジャッジメント)か」

 男は、黒子の腕の腕章に目をやって言った。

「君が、犯人2人を拘束するところも見ていた。あれは……見事な瞬間移動だ」

空間移動(テレポート)でしてよ。お褒めの言葉をありがたく受け取っておきますので、そこのところ、お間違えなさらぬよう!」

「威勢がいいな。そして、……健全だ。我々が敵わない訳だ」

 美琴は耳を疑った。「健全」と言ったか?美琴の知る限り、黒子は健全の意味するところから惑星の裏側にいるような人間だ。

 難しい顔をしている美琴をよそに、大男は踵を返して去っていった。

 

「アーミーの司令官でしてよ」

 黒子が美琴に囁いた。目は遠ざかる、岩のような背中を睨んだままだ。

「ああ、思い出した!こないだニュースで記者会見してた……」

「ええ。今月の初めでしたか、私は見かけたことがありますわ。その時もアーミーには、こちらの管轄の案件を横取りされまして。大方、本国の防衛省から、この学園都市を監視する目的で派遣されてるのでしょうが……こちらとの連携をする気があるのかどうか。どうも子供扱いされている気がしてなりませんの」

 それで、あんな風に食ってかかったのか。美琴は納得した。

 

 

 

「あれを見たか」

 後ろから付いてくる黒服の側近、門脇に向かって、敷島大佐が低く言った。

「第三位ですか。間近で見たのは初めてですが、なんともはや……あれで本気でないとするなら―――」

「違う」

 大佐は苛立ったように門脇の言葉を遮った。

「ジャッジメント―――テレポーターの方だ」

「はあ……」

「生き生きとしているものだな。学園都市の能力者というのは。対して、我々のナンバーズは……薬を与え続けなければ、生きていくことも侭ならない。中身は子どものままだというのに。我々が、あのような姿に変えてしまった……」

 少しの間、俯いた大佐の顔には影が差していた。しかし、すぐに顔を上げた。

 

「あの犯人共を、こちらの手に拘束する」

「しかし、大佐……今月結んだアンチスキルとの合意では、共同作戦に於ける一次的な逮捕権は、学園都市側にあると」

「我々の兵士がやられているのだ!あのテナガザルもどきに!」

「それは―――」

「元来の地位協定を持ち出せ。17条の2、専属的裁判権だ。これは、我々アーミーに対する攻撃行為だとな。そして、何としても、『帝国』の指揮者を暴かねばならん!」

 大佐はより大股で歩き、車に早々に乗り込むと、開けられたドア越しに指示を飛ばした。

「この事件には、木山春生と、41号が関わっているに違いない。探し出せ!」

 

 

 

「なあ、話を聞いてくれって!」

 懇願する大声が聞こえ、黒子と美琴はそちらを見た。で両腕を巻かれた2人の若い男が連行されていく。黒子が拘束した2人だ。連れ立つアンチスキルが黙って歩かせようとするが、2人は必死の表情だった。その様子を見て、黒子はため息をつきながら歩み寄っていく。

「見苦しいですわよ!」

 2人に向かって黒子がピシャリと言った。

「言い訳なら、先生方に、取調室で丁寧にお話することですわね」

 

「おい、ジャッジメントのアンタ……頼む、ちょっとでいいから、聞いてくれ!」

「何のことですの?……というか、ひどい顔してますわよ、あなた」

 黒子は眉を顰めた。黒子に顔を向けた相手は、パイロキネシストの若い男だ。フェイスマスクを取り払われ、素顔が露わになっているが、顎の辺りにくっきりと目立つ紫色の痣ができていて、痛々しい見た目をしていた。

「顔のことはどうでもいい!俺の自業自得なんだ、それより―――」

 

アンチスキルの制止を振り切って、男が痣のある顔をずいっと黒子に近づけた。思わず黒子は身を引いた。

 

「聞け―――俺らの仲間が一人、やつらに捕まってる。ああ、この仕事をしくじったんだ、殺されちまう!!」

「や、やつらって?」

「帝国だよ!!」

 男がアンチスキルの男性教員2人に捕まえられて、無理やり引き下がらされた。なおも、男は必死に言う。もう1人の犯人も、泣きそうな顔をしている。

「丘原のアニキ……」

「いいか、ジャッジメントでも、アンチスキルでも、なんでもいいんだ!あの念力猿を見ただろう!あいつらはヤバいんだって、何とかしてくれ―――」

 いい加減にしないか!とアンチスキルに制された男は、そのまま護送車両へと連れていかれた。

 

 黒子はハッとした。今朝から何かを忘れている気がしていたが、ケイから受けた昨晩の電話だった。

 

 ―――連続発火強盗の犯人の1人を捕まえた。仲間が帝国に捕まっていると言っているが、詳しく話を聞いてやってほしい。嘘を言っているようには見えない―――

 

 しかし、昨日逮捕されたそのメンバーは今、急性薬物中毒の治療で病院送りになっている。詳しく話が聞ける状態ではない。たった今拘束されていった男の言葉だって迫真ではあったが、既に逮捕された以上、ここからはアンチスキルの仕事だ。

 

「……なんか、色々あるみたいね」

 さほど興味なさそうに、美琴が呟いた。

「……まあ、単なる仲間割れでしょう。犯罪者グループではよくあることでしてよ」

「そだよねー。あのさ黒子、このあとまだ仕事ある?フリーならさ、ちょっち買い物して、それからお昼でも……」

 美琴が黒子に向かって言ったが、途中で尻すぼみになった。黒子がこめかみに手を当て、突然黙り込んでしまったからだ。その表情は、ひどく深刻そうに見えた。

 

 

 

「……黒子?」

「はっ、お姉様?」

 怪訝に思った美琴が重ねて呼ぶと、黒子はハッとして表情になって美琴の方を向いた。

「お姉様には……いえ、なんでもありませんわ!」

「え?」

「あの、こ、この後でしたら、招集がかかってますので―――申し訳ありません、終わったら連絡しますわ!」

「ああ、そう……じゃ、その辺テキトーにぶらついてるね」

「申し訳ありませんわ!」

 黒子は気もそぞろに、他の風紀委員が集まっている方へ駆けて行った。

「……どうしたんだろう」

 街風が通りを吹き抜け、たなびく黒煙を青空へ散らしていく。美琴の心が、少しだけざわついた。

 

 

 

 午後 ―――第一九学区、旧市街

 

 日が陰るにしたがって、黒雲が上へ上へと、漏斗の形を広げつつあった。冷たさを引き連れて風が人影のない街路を走る。

 

「ここが……」

 白井黒子は一人、物言わずにぽっかりと口を開けた、廃ビルの入り口に立っていた。

 




帝国の念動力使い……AKIRAコミックス第4巻に登場し、アメリカ軍の潜入部隊を攻撃した、帝国育成能力者第1号。ジョージ山田中尉曰く「手長猿」。

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