【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 ―――第一九学区、旧市街

 

「よくやったぜ、“ホーズキ”!」

 帝国の隊長が手を叩きながら部屋に入って来た。

 床には、白井黒子が気を失って倒れている。

 

「そうだ。名前のことを忘れてたから、蹴られた時はびっくりしたんだなあ、もう」

 仲間の手を借りて、縛られた()()をしていたホーズキ男が立ち上がり、服をはたいて言った。

()()()。お陰で相手から近付いてくれたんだ、逆に良かったかなあ」

 

「それにしても、まさかホントにノコノコ現れるたぁ……いくら風紀委員(ジャッジメント)っつっても、ガキは所詮ガキだな」

 隊長が横たわる黒子の体を蹴り飛ばした。黒子は天井を仰いでいるが、目は虚ろで、口の端から微かに涎が垂れていた。

 

「で、それで。このコ、どうすんの?」

 ホーズキ男がしゃがみこんで、眼鏡の縁を片手で上げ、黒子の顔を間近から舐め上げるように覗き込んだ。

「そうだ。好きにしちゃおうよ。かわいいしこのコ。うん」

 

「うっせえ、黙れロリコン」

 隊長が面倒くさげにホーズキ男に言った。それから、僅かに口角を上げた。

「ま、確かにここで甚振ったって、それはそれで楽しいだろうが……一四学区に良い買い手がついたのヨ。だから、まあ、見た目に傷はつけちゃあなんねえ。少なくとも、今はな」

 

「へえ?」

 

「こーいうまな板みてェな身体を好き好む、羽振りのいい連中がいるのヨ……で、こいつは、おもちゃになる。しかも、常盤台なんてェタグがついてんだからよォ。いい値段で買い取ってくれるって寸法さ。後で、()()()を送ってくれるらしいぜ」

 

「へえ。それはいい。それは、いいね」

 隊長の愉悦に浸った言葉に、ホーズキ男をはじめ、周りの仲間がニヤつきながら頷いている。

 

「こいつのケータイは?」

 仲間の一人が、隊長の命令を受けて、黒子の耐衝撃学生鞄から携帯電話を取り出す。

「カード抜いたら、それ以外はツブしとけ。ジャッジメントやら、常盤台の女共の連絡先が入ってるってなりゃあ、案外いい値段で売れると思わねえか……おい!メガネのボーズは?どこだ!?」

 

 隊長の怒鳴り声に、入り口から、挙動不審そうにあちこちに視線を送りながら、介旅初矢が現れた。

「ビクついてんじゃねえよ!量子変速(シンクロトロン)!」

 

「すっすいません……」

 蚊の鳴くような声で言い、介旅は隊長に頭を下げた。

 

「ゴキブリ駆除してんじゃねえんだからよ……で、“ピーナッツ”は持ってきたんだろーな」

 

「あ、ああ、ここに……」

 介旅が鞄から取り出したペットボトルには、暗緑色の液体が入っている。ボトルの中で、微かに発砲している。

 

「よし、じゃあ、お前。こいつに飲ませろ」

 

「え……」

 隊長が親指で指した先の、昏倒している黒子に気付き、介旅は目を見開いた。

「てめえ、ジャッジメントに恨みあるって言ってたろ。とりあえずそれ飲ませて、目が覚めてもまともに動けないようにすんだよ」

 

 介旅は、手に持ったボトルに視線を落とし、じっとしていた。頬を汗が伝っている。

 

「どうしたおらァ!」

 

「わ、分かったよ!」

 怒鳴る隊長に、介旅は顔を上げて2,3度素早く頷いた。それから、黒子の傍に膝をつき、ボトルのキャップを開けた。介旅は、黒子の半開きの目を見た。やや臙脂色の入った瞳が、うっすらと介旅の方に向いている。

 介旅は、唾を一度呑み込んでから、鼻でため息を小さくつき、ボトルの口を黒子の唇へと寄せていった。

 

「よォーし、あと、念のため、こいつの目を塞いどけ。万一正気に戻って、空間移動されたらおじゃんだ。何てったって、金の()るお嬢さんだ。丁重にお運びしなきゃあな。車は?もうすぐ来ンのか―――!?」

 隊長が指示を飛ばす部屋の外では、黒雲が立ち込め、雷鳴が遠くからゴロゴロと聞こえ始めていた。

 

 


 

 

 ―――第七学区、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部

 

 他の生徒と時折ぶつかりながら、初春飾利は事務室の入り口まで辿り着くと、手ごと叩きつけるように、人差し指を乱暴に認証パネルに当てた。立ち止まると同時に、抑えて来た空気が、咳となって口から飛び出す。もう片手を膝について、初春は荒く息をついた。

 初春の逸る心と裏腹に、パネルは軽い電子音を立てて、認証エラーを示す。

  

―――The login attempt is failed. Either the fingerprint or vein is invalid―――

 

「ふっざけんなッ!!」

 自分でも気づかない内に、初春は怒鳴り声で悪態をついた。同じビル内で働く一般人が何人か、怪訝そうに振り返った。再度指を押し付け、開きかけた隙間から小さな体をねじ込ませるように入室する。

 今にも涙になって溢れそうな怒りと不安、危機感をもって駆け付けた初春だったが、その気持ちに反して、室内の人影はまばらだった。初春は周りの様子に構わず、自身にあてがわれた席へと進み、席に着くや否や、パソコンを立ち上げた。

 

「初春さん」

 

「分かってますよ、固法先輩」

 常人離れした速度でキーボードをタイピングしながら、初春は隣に静かに立つ固法美偉に返事した。

「白井さんの救難信号(シグナル)の位置は一九学区。私達一七七支部の管轄じゃないってことは。ええ、カスリもしませんもんね、分かってます」

 

「現地の警備員(アンチスキル)に、緊急で駆け付けるように手配したの」

 固法の声の端々から、心細さが滲み出ていた。

「初春さん、風邪がひどそうだし、休んだ方が―――」

 

わたしの!

 バンッと初春の右手が机を叩き、固法は言葉を呑み込んだ。

仲間なんです、大切な……研修時代からの……それが、クズ共の巣に、ノコノコ飛び込んで入って、ほんと、何考えてんだか……」

 初春の両手は、全体休止(ゲネラルパウゼ)するピアノ奏者のように固まっていた。顔は、画面を見ることなく、俯いていた。

 

「……取り乱してごめんなさい。でも、一九区と言えば、学園都市でも一・二を争う過疎地帯……あんな破産地帯(フェイルドベルト)の治安維持に注力しようとは、理事会も普段から考えてないでしょう?現地のアンチスキルのやる気のなさは、私だって少し位耳にしてますよ。相手がスキルアウト風情だからって、七学区(ここ)やストレンジばかり警戒すればいいって思ってたんですよ、私。つくづく、バカですよね」

 

 初春が膝に向かって言葉を紡ぐ様は、ほぼ独白と言ってよかった。横に立つ固法が、何か言葉をかけようと、口を動かした、その時。

 初春の携帯が、着信を知らせた。

 

 初春は唇を噛み締めて、それを手に取った。それから、口を開く。

「……御坂さん……」

 

『初春さん!お願い!』

 空気を切るような音と共に、切羽詰まった声が、電話口から聞こえた。

『黒子の居場所へ、案内して!!すぐ!!』

 

「そうですよね。シグナルが、御坂さんの所にも届いて……」

 

『黒子は、あたしの……大切な後輩だから……だから!』

 

「止めても、行くでしょうね」

 初春は、ちらりと横の固法を見た。

 固法は両手を口元に寄せて、何も言わなかった。

「本来、ジャッジメントとしての私の立場で、一般人であるあなたに言える事ではないんですが……きっと私があなたの立場でも、同じことをすると思うんです。だから!」

 初春の両手指が、再びキーボードの上を踊り始めた。

「位置情報を送ります。あなたを……頼らせてください!」

 

 


 

 

 御坂美琴は、既に七学区を抜け出ていた。片手に付けたスマートウォッチから、初春の声がする。

『携帯電話の位置情報は途切れましたが、白井さんのシグナルは、まだ生きてます。髪留めの発信機が相手に気付かれていなければ……今は最初と同じ、旧市街の廃ビルから動いていません!』

 

「あの子のツインテールに触っていいのは、ルームメイトのあたし!」

 美琴は足で思い切り壁を蹴った。美琴は磁力を操作しながら、建物の鉄筋を伝って、街を縦横無尽に東へ向かって移動している。その様は正に稲妻のようだった。

「薄汚い奴らの手が触ったら、黒焦げにしてやる……!」

 

『今、その廃ビルに近い監視カメラの映像に、アクセスしてます。怪しい奴らが動いたら、分かるように!』

 

「初春さん……そんなこともできるの?」

 全力で駆けながら、美琴は機械操作に手慣れた様子の相手に驚かされていた。

 

 

 

 美琴と通話しながら、監視カメラ映像へのハッキングを試みている初春の肩に、別人の手が乗せられた。

「……先輩が止めてもやめませんよ。絶対に」

 

「ちがうの」

 決然とした表情の初春の肩に手を置いたのは、先ほどからしばらく押し黙っていた固法だった。

 

「研修の時からって、あなたはさっき言ったね……わたしだって、あの子が駆けだしの頃から面倒見てるから……!」

 初春は、表情を僅かに緩めた。肩に乗せられた固法の手が震えているのが分かったからだ。

 

「あの子は……白井さんは、いつも自分一人で解決しようとして、傷ついて。手の内が分からない内は突入しないって言ってるのに。私は、それをただ見てることばかりで、不甲斐なくて。この間の喫茶店の時だって……」

 

「先輩―――」

 

「だから!」

 初春の肩には、固法の両手が乗せられている。固法は跪いて、顔を上げた。眼鏡の奥の、濃藍の瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。

 

「あなたには、できることがある。初春さん、お願い、力を貸して……あの子を、救いたいの……」

 

 初春は、キーボードから片手を離し、固法の両手にそっと添えた。

「わかりました」

 決然とした口調だった。

「私は、私にできることをします」

 

 

 

『御坂さん!今どこですか!』

 

「なに!?今私は―――六学区!」

 一度立ち止まり、周囲の風景を見回してから、美琴は通話先の初春に返事した。

『ちょうどビルの入り口のあたりを映してる監視カメラがあるんですけど、誰か車で来ました!』

 

「!!帝国の奴ら……!」

 

『えっと、これは……』

 初春の返事を待たず、美琴は怒りに顔を歪め、再び走り出そうとする。

『待ってください……一人だけです……女のひと?』

 

「えっ?」

 御坂は、思わず聞き返した。

 午後の西日は、立ち込める黒雲にすっかり隠れていた。

 

 

 

 

 

 ―――第一九学区、旧市街

 

「いいか、十五分だ」

 エンジンがかかったままの車の運転席から腕を窓の外へ下げ、竜作が言った。

「これは、完全に任務外だ……しくじっても、すぐには助けられんかもしれん」

 

「いいよ」

 顔を向けることなく、ケイは短く返事をした。

「ありがとう。竜」

 

「ご武運を」

 竜は親指を立ててみせると、車を発進させ、人影の見当たらない通りを走り去っていった。

 

 ケイは、口を真一文字に結んで、廃ビルの入り口を睨んでいた。

 そこは、黒子が入って行った場所だった。

 

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