7月15日 夜―――第七学区、とある病院
「大体、白井さんはいっつも猪突猛進過ぎます!視野狭窄というか狩人気質というか、もっと物事を俯瞰して考えてですね!いくら帝国の念話能力者から一言吹き込まれたからって、周りに一言も相談せずに突っ込みます、普通!?明らかに罠でしょう、罠!今回は御坂さんが助けに行ったから何とかなったかもしれませんが、あと一歩遅かったらスキルアウト共の玩具になってたかもしれないんですよ!?」
この調子で、初春飾利はもう10分以上マシンガンのように説教を撃ち続けている。初めは神妙な顔をして聞いていた黒子も、途中から辟易した様子を隠さなくなっていた。隣で聞いている御坂美琴も、流石に黒子が可哀そうに思え、初春を宥めようとしていた。
「ま、まあ初春さん、私からもきつーく言っとくから!もうすぐ面会時間終わりだし、今夜はもうこの辺で……」
「そう!御坂さんにあなたの居場所をナビゲートしたのは、誰だと思ってます、白井さん!?そう、わ・た・し!この初春飾利が、規定違反を顧みずにあのボロ街の監視カメラにアクセスしたからです!ああ~、固法先輩が目を瞑ってくれたから良かったものの、ほんっと焦ったんですから!ログ残さないようにするの大変なんですからね、ここだけの話!」
「なら、そんな大声で怒鳴らなくても……ここ、個室と言えど、病院ですのよ」
「バレたら始末書じゃあ済まないんですよ、いつもの白井さんみたいにはね!」
眉をへの字に歪めて、皮肉を込めて呟く黒子に、初春はぴしゃりと言い放った。
「帝国」の一味に拉致されかけた白井黒子は、正体不明の能力者の攻撃を受けて一時的に意識を失っていたと分かり、七学区の病院に一晩入院することになった。一通りの検査や点滴を受けた後、ベッドに寝かされた黒子自身は、もう問題ないと言い張ったが、御坂や初春、それに先ほどまで見舞いに来ていた固法美偉から、今夜は部屋を一歩も出るなと口を揃えて厳命されていた。
「まあ、でも……まず、白井さんが居場所を突き止めようとした、強盗事件の仲間が見つかってよかったですけどね。暴行された上にクーラーのない部屋に閉じ込められて、かなり衰弱してたみたいですけど」
ややトーンを落とした初春の言葉に、黒子も一息ついて頷いた。
「類は友を呼ぶと言いますから、同情はできませんけど……あの発火能力者の男も、少しは安心するでしょう」
「黒子、あんた、ほんとーに大丈夫なの?」
念を押すように、美琴が黒子の顔を覗き込んで聞いた。
「なんか、クスリみたいなの飲まされたってんでしょ?ヤバくない?」
「ですから、それはさっきも申し上げた通り、全く問題ないですの、お姉様」
黒子が、美琴を安心させるように、僅かに笑みを浮かべて答えた。
「私が倒した、2人の帝国の見張り役……奴らはそう言い張ってるらしいですけど、血液検査に加えて、さ、採尿もしましてよ!?薬物反応も何も出てこなかったんですもの。何を飲まされたかは得体が知れず、そりゃ気味が悪いですけれど、この通り、黒子の頭は冴えておりますの」
「本当に?」
「本当ですわ、お姉様!どうしても疑わしいのであれば、今のお姉様の下着の色とフォルムを当てて差し上げましょうか?」
「ごめん、やっぱり普段からアンタの頭はぶっ飛んでたわ」
美琴が冷たく言い放つと、エノコログサを取り上げられた子猫のように、黒子は目を点にした。初春は、顔を俯かせて、なぜかやや赤面していた。
「て言うかさ、帝国って、そんなに能力者揃いなの?」
黒子の言動で室内の空気が冷えた所で、美琴が疑問を口にした。
「スキルアウトチームって聞いてたから、てっきり無能力者の不良の集まりだと思ったけど……」
「LEVEL0の者が武装して組んだ徒党、という定義からは外れますね、確かに」
初春が天井の照明を見上げながら考える。
「銀行を襲って捕まった、
「うだつがあがらず道を外した能力者が、帝国に次々に合流しているとか?」
黒子の推測に、初春が首を振った。
「それがですね、今まで逮捕された帝国の下っ端連中の身分を調べてみると、どうも、書庫に登録されている
「妙ですわね」
黒子も視線を上に向けて考え込んだ。
「短期間で能力を上げるだけの努力をするとも思えない連中が……元々レベルの低かった者が急激に力をつけたとすれば、それこそ初春の言うキューブリックの映画紛いの奇跡が起きたとでも?一体、どんなからくりが?」
「そういえばさ、黒子、ケイさんが何か言い残していかなかったっけ?」
美琴が思い出したように言った。
「ほら、何だっけ、れべ、レベルをあげる……」
やや間があって、レベルアッパー!と美琴と黒子がユニゾンして言ったが、初春は合点がいかない様子だった。
「すぐピンとは来ない名前ですね……新手のドラッグの隠語か何かですか?」
「いや、そう……ケイさんがおっしゃってましたの」
「その、ケイって人も、何だか怪しい感じじゃないですか。お二人の話を聞いていると」
訝し気に初春が言った。
「そりゃあ、喫茶店での爆破事件の時は、一般人なのに加勢してくれて、正直ありがたいと思いましたよ」
初春はちらりと美琴の方へ視線を送った。
「―――けれど、どう突き止めたんだか、私達と同じように情報を掴んで、また黒子さんの前に現れるなんて、妙ですよ。しかも銃を持ってたって言うし」
初春の言う通りだ。美琴は暫し考え込んだ。
帝国がジャッジメントを狙って事件を引き起こしていることが分かった以上、今回、黒子をおびき寄せた場所に、一般人である筈のケイが居合わせたのはおかしい。そして、黒子が言うには、発火強盗事件の犯人グループの一人が、帝国に人質に取られていると情報をもたらしたのも、ケイなのだ。帝国と裏で手を結んでいて、黒子を罠に嵌めようとしたというのは、充分にあり得ると感じた。
一方で、運び屋と呼ばれるらしい、金髪の
「初春。一応、そのレベルアッパーって言葉について、アンチスキルに問い合わせてみません?」
黒子の提案する声で、美琴は顔を上げた。
「そうですね。もし帝国がらみの言葉なら、犯人たちからの事情聴取で得られているかもしれませんし……まあ、まるで時限爆弾が作動したみたいに、ドラッグ中毒で錯乱する奴が多いらしいですから、どれだけ有用な情報が得られているか、分かったもんじゃないですけど。あ、ドラッグといえば」
初春が手を軽くパンと叩いた。
「白井さん、虚空爆破事件の犯人、目星がついたってのは、固法先輩から聞いてますよね?」
初春の言葉を聞いて、黒子がベッドから体を起こした。
「そうでしたわ!だれ?どこの輩ですの?」
「いや、それが……」
初春が戸惑ったような表情をしたので、美琴は首を傾げた。
「第一容疑者はシロ?」
黒子が目を丸くして言った。
「ええ」
初春が頷いた。
「虚空爆破事件では、
これから極楽浄土へでも行こうというのか、また縁起の悪そうな名前だと美琴は思った。
「で、なんでそのクシロさんは容疑者から外れたの?」
「はい。最初、アンチスキルは、釧路さんの行方を捜索して、在籍校にも当たったらしいんですけど、彼女は7月8日からダルクに入院中で、アリバイがあるんです。それも重篤で、まともに動ける状態でもないらしくて……」
「
黒子が薬物を飲まされたという疑いもあり、美琴は顔を曇らせた。初春が言葉を続ける。
「その釧路さん、学校も大分前から欠席しがちだったみたいで」
「あんたが一生懸命やってるっていうのに、学園都市の風紀も何もあったもんじゃないわね。ねえ、黒子?」
美琴は黒子の顔を見るが、黒子は険しい表情のまま、返事をしなかった。
「どうしたの、黒子?まさかまた頭の中で声がしてんじゃないでしょうね!」
「え?ああ、そんなことありませんわ、お姉様。ただ、何か引っかかる気がして……」
「何かって?」
黒子の様子を、美琴は訝しんだ。しかし、黒子は違和感の正体を突き止められないようだった。
「ただ、第一容疑者がシロだとして、そこでヒントになりそうなのが―――」
「帝国に絡む、急激な能力の向上……」
初春の言葉の続きを、美琴が受けた。初春はもう一度頷く。
「さすが御坂さん!釧路さんほどではないにしろ、この学園都市にはあと3人量子変速の使い手がいるようです。その中の誰かが、帝国と手を結んで、爆破事件を引き起こしているとみていいでしょう。今、アンチスキルの先生方が、その3人について調査している所ですよ」
「隠れ抜くことはできませんわ」
黒子は静かに、だが決然とした口調でいった。両手は、白いシーツをぎゅっと握り締めていた。
「お姉様、初春。今回、私は迂闊でした。ごめんなさい。そこを救って頂いて、感謝しておりますわ……だからこそ、初春。私たちジャッジメントは、互いの手を携えて身を守る。奴らに、決して負けませんわ」
「ええ、互いに、力を合わせましょう」
初春も表情を引き締めた。
「私、白井さんにも怒りましたけど、もちろん、その何倍も、いや、何十倍も、帝国に怒っているんです。仲間を傷つけられるのは……白井さんを傷つけられて、私だって腸が煮えくり返ってますからね。絶対に、このまま逃がしたくはないですよ」
「私も」
美琴の静かな言葉に、黒子と初春が顔を向けた。美琴には二人の気持ちが、この病室にいる間に痛いほど分かったし、同時に帝国というチームに対する憤りがより高まっていた。
「私だって、元々はただの
「お姉様……」
ベッドの上の黒子に、美琴は優しい笑みを向ける。
「黒子!いい?ほんとーに、一人で突っ走らないこと。逆に、アンタがいくら止めても、私は帝国と戦えるチャンスがあるなら、やるよ?何てったって、あなたのルームメイトは、
そして、美琴はポンと黒子の頭に片手を乗せた。
「そこらの有象無象には負けない。私がついてるから!」
黒子の目が、潤んだ。
「お……おねェえさまァあああ!!!」
黒子の歓喜の叫び声と、黒子が美琴に抱き着いた拍子に響いた物音で、流石に看護師から注意が入った。そして、面会時間も過ぎていたということで、美琴と初春は黒子に別れを告げ、病室から出て行った。
「……釧路……はて、どこかで聞いた気が……」
一人残った病室で、黒子はベッドに横になり、天井を見上げながら呟いた。
ベッドはとても柔らかかったが、黒子はその夜なかなか寝付けなかった。それは、普段の寮と異なる環境だという理由だけではない気がした。
―――第一九学区
「クソッたれ!」
部屋の中を忙しなく歩き回り、隊長が悪態をついた。
「折角、ジャッジメント供を縮み上がらせて、俺たちの力を示す絶好のチャンスだったのに……あの野郎……」
手には、携帯電話が固く握り締められていた。先ほど、運び屋の一団と、見張り役に残しておいた手下が、全員アンチスキルに捕まったという連絡を受けた所だった。人質にとった筈の、向こう見ずなジャッジメントの女にも、連続発火強盗のメンバーにも、逃げられてしまった。
誰が、この事態を招いたか、隊長には心当たりがあった。
「鳥男から連絡がありました……アイツ、俺たちと別れてから、七学区の自分の寮には戻ってないみたいです。行方を眩ましてます」
部下の一人が、隊長に報告した。隊長は歯噛みした。
「自白してるようなモンだな……いいだろう」
隊長は、報告を上げた部下に顔を向けた。
「その部屋の扉に、適当に脅し文句を刻んどけ……見つけ次第、クスリで潰すぞ。奴は裏切り者だ」
「ですが、鉄雄様の意向は……」
「今、その鉄雄様とは連絡がとれねえだろうが」
隊長は苛立たし気に、部下に顔を寄せた。
「だから、今ここでのリーダーは俺だ。近くにいるメンバーに連絡とれ。夜の内に脅しとくんだよ!