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7月16日 午後―――第七学区、
「それで、君はどういう経緯で、あの廃ビルで見張り役をしていたんだ?」
「えっと……レベルが上がるっていうモノを、仕事をこなしたら売ってくれるっていうから。スーツケースを、別の人の車に積み込むだけだって聞いて、それで……」
「その『レベルが上がるモノ』の名前だが、次の言葉に心当たりはあるか?『ピーナッツ』『レベルアッパー』『バケモンのおやつ』……」
「しっ知らないです。ほんと、ただ、レベルがすぐに上がる魔法みたいなモノがあるって、みんなの間でも噂になってて……それがどんなのとか、名前はなんだとか、そこまでは」
「女子生徒の誘拐及び監禁をどんな手順で行ったんだ?」
「ほ、ほんと、あのビルに呼び出されるまで、まさかあんなことするなんて知らなかったんです!ほんとですよ!まず僕は誘拐してないし、途中から頭がパニックになって―――!」
「落ち着いて話せ。君の関与度合いを聞いているんじゃない。見た事、聞いたことを言ってくれればそれでいい」
「……あ、あのビルに入って、部屋に連れられて、そしたら、女の子が、倒れてました。それを、偉そうな幹部連中?が、僕に、手足を縛って、目隠しをしろって……こ、断れなかったんです!見たからには、やらなきゃ同じような目に遭わせるって。で、別のヤツが、ボトルに入った、ジュースみたいなものを飲ませてました。あ、あれは一体……」
「続けて」
「えっと、えと、それから、もう少し年のいったスキルアウトっぽい男たちが来て、その後……その後、客?だか邪魔?が入ったとかで、僕ともう一人のヤツがあのスーツケースを見張ることになって……『そいつは暫く動かないから安心しろ』って言われました。で、偉そうなやつらは先にビルを出てったんです。残った僕はケースを見てて、でもそれが突然消えて……なぜか、中から出て来たあの子は目隠しも縄もしてなくて。だから、ただびっくりして。それから、すぐ蹴飛ばされて……あっという間だったから、痛いとかじゃなく、ほんと何が起きたのか。でも、僕が倒されて、あの子が風紀委員だったってことは、一件落着なんですかね?ああもうとにかく!どうか、学校には、親には知らせないで!僕は帝国とかいう連中と手を組んだつもりなんて全然……」
「下っ端も下の下のやつだな、これは」
アンチスキルの一人、工示は、ミラーガラス越しに取り調べの様子を観察していたが、ため息をついて傍にいる同僚へと向き直った。眼鏡の奥の瞳には、取調室と対照的に仄暗い室内とあって、疲労の色が一層濃く浮かんで見えた。取り調べを受けているのは、マッシュルームカットの、肥満気味の少年だ。
「鋼盾掬彦……七学区の高校に通う16才、判定は無能力者。学級では目立たない存在。登校で大きく目立つ欠席・遅刻傾向は無し……僕が担任するクラスに、毎年必ず一人か二人はいるようなやつですよ」
工示の隣で、同僚である潮騒が、タブレットの画面を眺めて、つまらなそうに言った。
「連中のオツムがよくないってのは分かりました。テレポーター相手に、目隠しとお縄で通用するって思ってたんですかね。白井黒子の技量の高さは、有名じゃないですか。体に直に触れてりゃ、そんなもの意味ないのに」
「薬物を飲ませようとして無ければ、その分析は正しいがな。今回はなんの手違いか、無害なものだったらしいが。厄介な相手だと私は思う」
あ、そうか。と潮騒は呟き、ため息をついてタブレットのカバーをパタンと閉じた。
「埒が明きませんよ、工示さん。帝国絡みで、スキルアウト同士の小競り合い、強盗、暴行、加えて
「それはどこも一緒だ。私だって不満さ」
工示は、取り調べを受ける鋼盾の様子を横目に、鼻を鳴らしながら言った。
「連れ去られたそのジャッジメントからの情報提供……『レベルアッパー』について、こいつは知らんようだ。そっちは他に何か聞いてるか?」
「捕まえた奴によって言うことがコロコロ違うんですよ」
頭を振って、潮騒が答えた。
「『レベルアッパー』だか『ピーナッツ』だか、『かぜぐすり』だか名前は一致しない。それが一体何なのかと聞かれれば、カプセル型のドラッグだって答える奴もいれば、飲み物だってヤツもいる。果ては、気分をアげる音楽だって言い張る奴も出る始末ですよ。川原の石の中からどうやって
「私に言われても困る」
にべもなく、工示は言った。するとそこへ、もう一人入室してきた。
「お話し中すみません。黄泉川さんから伝言です」
「何だ」
「103支部の科学班から、例の……アーミーのラボ製と思われるカプセルについて、第3次の分析結果が我々の支部へ届いたそうです……明日のミーティングの前に、工示さんに是非目を通しておいて頂きたいと」
入室してきた者からの報告を聞いていた工示は、あからさまに機嫌を悪くした。片方の目尻が、ぴくぴくと神経質そうに動いた。
「黄泉川はなぜあのアーミーの落とし物にそんな拘る?今、私は奴らのことなど考えたくもない。つい先日だって、発火強盗事件の犯人を無理やり連れてかれたばかりだぞ。目の前の事件を解決し、学生たちを鎮まらせるに今は集中すべきだろうに……」
「103ってことは……ああ、
苛々し気に話す工示の横で、潮騒が俄かに表情を明るくし、感心したように言った。
工示は、報告を述べた部下に対して疲れた顔を向けた。
「私はそんな解析結果に興味はない。いいか、黄泉川に伝えておけ。我々が今、何を第一に為すべきかを考えろと。兵隊連中の裾を踏んづけるようなマネをしている場合じゃないんだ。逆上せ上ったガキどもを何とかするのが最優先だろう」
「黄泉川さんが……大人しく引き下がるヒトじゃあないのは、工示さんもよくご存じでしょう?」
工示の後ろから、潮騒が肩を竦めて言った。
「アイツには、ミーティングで適当に発言させて、流して終いだ」
「まあまあ、工示さん。僕だって、アーミーの連中はいけ好かないですよ」
宥めるように潮騒が言ったが、工示はにこりともしなかった。
「ああ。だからこそ、余計なことは考えたくない。以上だ」
工示は、暗幕を背にして再び鋼盾がいる取調室の様子を覗き込んだ。
「ぼ、僕はただ……
取調官の前で、少年は頭を抱え項垂れていた。大きな体が、萎んで見えた。
夕方 ―――第七学区、とあるコンビニエンスストア
上条当麻は、嫌な予感がしていた。
そして、彼のそういった予感は、必ずといっていいほど現実の物となる。
「不幸だ」
上条の目の前のATMは、バチバチと音を立てている。機体の上部からは煙がツンとした金属臭を伴って噴き出ている。
この事態の原因は自分―――ではない。と、上条は自分に言い聞かせた。
今もまさに、ショートを起こしている機械に拳を突きつけたまま、こちらを睨みつける少女のせいだ。
「無視すんなって言ってんの!ちょっとアンタ、聞いてる?」
しかし、今回はそれどころでない。癇癪を起こした少女が電流を纏って殴り付けたATMは、今にもきっとけたたましい警報を発するに違いない。上条は、少女を後目に後ずさった。
その時。
挿入口から、拍子抜けするような電子音を立てて、上条のキャッシュカードが吐き出されてきた。
「ま、マジか!よかったあああ!」
上条はカードを愛おしそうに指で摩り、大切に財布へしまった。
「ねえ、アンタ―――」
「いやさあ!何度やっても暗証番号違いで弾かれちゃうし?そしたら今度は原因不明のエラーで、カードをパックリ呑みこまれちゃうしさあ!これ無かったら再発行まで極貧生活まっしぐらだったぜ!お前の電撃に、今初めて感謝申し上げようと思いますよ!サンキュービリビリ!」
上条は嬉しさのあまり、先ほどの悪寒も忘れて少女の両手を握り、ブンブンと縦に振った。少女は呆れ返っている。
悪い予感も、常に当たるとは限らない物だと、その一瞬、上条は幸せな気分に浸れた。
数秒後に、異常電磁波を検知したATMが、苦悶の警報音をかき鳴らすまでは。
「ヤバいヤバいって!早く逃げなきゃ!」
後ろで電撃使いの少女が何か声をかけてくるが、お構いなしに上条は脱兎のごとく店外へ駆け出そうとする。
しかし、店の自動ドアを開けたところで、一人の人物が立ち塞がっていた。
「止まりなさい」
上条をそう言って制したのは、小柄な少女だった。
先程の電撃使いよりもさらに小さい。小学生と名乗っても違和感のない背丈だった。茶色い髪はまとまりがなくぼさぼさで、後頭部で中途半端に一つ縛りされている。学生街に似合わない、ズボンとシャツ共に真っ白という出で立ちだった。上条は無理やり少女を押しのけようとも考えたが、少女の右腕に付けられた物を見て、足が止まった。
「じゃ、ジャッジメント……」
口をぱくぱくさせる上条を、深緑の縞模様と、盾の形があしらわれた腕章を付けた少女が真っ直ぐに見つめた。
「店のATMが警報を……」
「待って!待ってください!あれは、あのビリビリ中学生の仕業で、俺はただカードを取り戻したくて―――」
「詳しい事情は、移動先で聞く」
少女が指さした先に、車が一台停まっている。
アンチスキルの車に違いない。最近は、ジャッジメントとアンチスキルが連携を強化していると上条は耳にしていた。上条の胸に、重たい不安が圧し掛かった。
「あの、事情聴取ならアイツだって―――」
「そちらなら、仲間が既に」
ジャッジメントの少女が上条の背後を見やったので、上条も振り返った。
店内では、戸惑った顔をした店員と、慌てた様子で何かをまくし立てる電撃使いの少女に対し、もう一人の腕章をつけたジャッジメントが話を聞いていた。体格のいい黒髪の少女だったが、なぜかこちらも上下共に白装束だった。
「こちらへ来なさい。上条当麻」
なぜ、自分の名前を知っているのだろうかと思ったが、これからアンチスキルにこっぴどくお世話になるのだという絶望感が、僅かな疑問を押し流すのに十分だった。上条は、小柄なジャッジメントに言われるがまま、コンビニのすぐ脇の路肩に停められた車の後部座席に乗り込んだ。
「お疲れ、サカキ」
上条は目を丸くした。運転席からこちらに声をかけたのは、大人のアンチスキルではなく、これまた白装束の少女だ。車を果たして運転できる年齢なのだろうか、パーマがかった金髪を振り向かせ、ややふっくらした顔を向けてくる。
「ありがとう、モズ」
「ミキは?」
「すぐ来る」
助手席に乗り込んだ、まとまりのない髪の少女と、運転席の少女が短く会話している。
「あのー、これって、アンチスキルの車じゃ……」
先ほどまでの絶望とは別の違和感を覚えた上条が口を開いたが、横から大柄な人物が勢いよく乗り込んできたので、途中で黙った。ついさっきまで、店員やビリビリ中学生と話していた仲間だ。
「行こう」
サカキと呼ばれた少女が言うと、モズと呼ばれた運転席の少女が車を発進させた。
上条の隣に座る屈強な少女は、じろりと視線を上条へ向けてくる。その鋭さに、上条は一度唾を飲み込んだが、我慢しきれなくなって再び口を開いた。
「なあ、教えてくれよ。お姉さんたち、アンチスキルじゃないだろ?全員ジャッジメント?こんな車で、俺をどこへ連れてく気……」
「上条当麻」
まとまりのない髪をした少女、サカキが、助手席から振り返って上条の名を呼んだ。
一切の親しみがない、無機質な声に、上条は背筋をピンと伸ばした。
「ミヤコ様が、お前に会いたいと仰せだ」
上条の伸びた背筋に、再び悪寒がぞくりと走った。
AKIRA原作で誰がかわいいかと聞かれれば、サカキだと答えます。新プロジェクトで動くミヤコ3人娘が見たいです。