―――第六学区、工業団地内幹線道路
「礼を言う」
「えっ?」
アーミーと帝国との交戦に巻き込まれてから、再び走り出した車内の中で、サカキが唐突に口を開いた。上条は目を丸くした。
「帝国―――41号と遭遇するのは想定外だった。アーミーばかりを警戒していたが、あれ程まで強大な能力を行使するとは、予想以上の仕上がりだ」
「41号って、あの、なんかバイクに跨ってた奴?」
車が浮上した時、じっとこちらを獣のような目つきで捉えていた少年のことを、上条は思い出した。両足をつけずに、なぜ静止状態で直立していられたのか、周囲が騒乱状態だった中で、彼の姿だけが、写真を切り抜いて貼り付けたようで、上条にとっては不気味だった。
「けど、俺、礼を言われるようなことはなんも―――」
「右手で、41号の
サカキが発した一言に、上条は一瞬言葉を失う。
「……知ってるのか?」
上条は、膝の上に置かれた自分の右手をちらりと見やった。
「
サカキが、ヘッドレストの脇から、幼い外見の横顔を覗かせて、上条の名を呼んだ。この車に連れ込まれてから、彼女が顔をこちらに向けたのは初めてのことだった。
「お前のその力を、ミヤコ様は見込まれた。我々はお前を、ミヤコ様の元へ連れて行く」
ミヤコ様。再び挙げられたその名を、上条はどこかで聞いた覚えがあった。
操業を終えた工場の敷地内にある広大な駐車場に、バタバタとけたたましい音を立てて一台の輸送ヘリコプターが着陸した。地上の投光器から投げかけられた光が、機体の後部ローター付近にあしらわれている2つの盾と桜が重なり合った紋章を映し出した。
地上で待機していた部隊の責任者が、期待から降りた人物に駆け寄った。
「大佐!」
「被害状況は」
「はっ、
「被害だ。こちらの損害を聞いている」
顔を少しだけ部下に向けながらも、歩みを止めずに大佐が言う。報告を行う部下は、大股の大佐に歩調を合わせようと小走りになった。
「はっ……8名負傷。内3名は自力で立てません。1名は、全身に火傷を負い、緊急搬送されています。また、2tが1台、1/2tが3台大破しており……」
大佐が足を止めた現場は、数十分前にアーミーの警備隊と帝国が交戦した場所だった。既に火は消し止められているが、路上に散らばる様々な色のガラス片や、細かな車両部品、微かに漂う焦げた匂いが、戦いの跡を残していた。眉間に皺を寄せた大佐が、口を開いた。
「それ程の被害を……襲撃してきた奴等の中に、能力者は?」
「画像は不鮮明ですが、隊員の目撃情報や、拘束した襲撃犯からの自供によると……例の手配中の
大佐は、現場から少し離れた所にブルーシートを張って設けられた、間に合わせのテントへと歩み寄った。
そこでは、半身に痛々しく包帯を巻かれた隊員が横たわっていた。隊員は、大佐の姿に気付き、片腕で体を支え、起こそうとする。
「大佐……!」
「よせ。そのままでいい」
大佐が手を挙げて制した。しかし、片手を地面についた隊員は、頭をもたげ、黒煤に塗れた顔を大佐に向けて、はっきりと喋った。
「見ました……奴です。41号が、島、鉄雄が……奴は、火の手を巻き上げ、まるで旋風を吹かせたように、我々を、車ごと持ち上げたんです」
「確かだな?」
「奴は、バイクに跨って、ただこちらをじっと、見ていました……じっと、見ていたんです。あれは、間違いなく、奴です……!」
ご苦労だった、と声をかけ、大佐は目を暫く瞑ると、簡易テントを後にした。
大佐は、付き従う部下に向かって指示を飛ばす。
「ラボのドクターに連絡をとれ。この学区を中心に41号の反応を
「分かりました」
テントから離れた所で、ふと大佐は足を止めた。
「拘束した連中を片っ端から尋問し、奴等の根城を吐き出させろ。少々手荒な手段を使っても構わん」
「はっ!」
「何としてもだ」
大佐が、自分の背丈ほどに隆起し、地震の爪痕の如く割れ砕けた道路を睨みつけて言った。
「41号を捕まえるのだ。アンチスキルに先を越されてはならん。我々の手で始末をつけるのだ」
夜 ―――第一二学区
学園都市の東端に位置する一二学区には、神学系の学校が集中している。月曜日の夜とあって、人通りは少なく、上条が乗る車が走る通りも閑静な雰囲気を纏わせている。夜空にぼんやりと黒く浮かぶ建物のシルエットの中には、東西の様々な宗教を思わせる佇まいの物があり、上条の住む第七学区との違いを主張していた。
上条は、車窓の外に、一際高く聳え立つ塔を見た。それは電波塔のように高さの割に細長く、先端は鋭利だった。塔の道路側に向いた一面には、円と、円から蜘蛛の巣のように走る幾つもの筋が刻印され、オレンジがかった光でぼうっとライトアップされていた。それと似たロゴを、上条は街中で目にしたことがあった。確か、近年急激に信者の数を増やしているという、新興宗教団体の用いる印だ。
車は、荘厳な2対の門柱の間を抜け、塔が立つ敷地内へと入って行く。嫌な予感がした上条は、隣のミキへと顔を向ける。
「あの、もしかして、俺をわざわざこんな学園都市の端まで連れて来たのは、宗教の勧誘ってことはない……よな?」
厳めしい面立ちのミキは、黙ったまま鋭い目を上条に向けた。上条はそれを、否定だと受け取ることにした。
車はやがて、駐車場の一画に停められた。
「降りろ」
ミキが短く言葉を発し、上条は従った。
駐車場では、少女達と同じく白装束を身に纏った大人が数名待機していた。しかし、サカキ達とは異なり、僧帽を被っていて、きっと剃髪しているのだろうと上条は思った。
「ご無事で何よりです、皆さま」
僧の一人が、目を伏せて言った。
「ミヤコ様が、拝殿でお待ちです」
サカキは軽く頷くと、上条に視線を送った。
「来い」
「ほんとうに勧誘なのかな……」
上条が呟くと、ミキが背中を強めに押した。上条は唾を飲み込んでから、サカキや僧達の案内に従い、建物の中へと入って行った。
夜間とあって、上質な木造の拝殿内に、一般の人の姿は見当たらなかった。上条を囲むようにして、白衣の者たちは無言で歩いていく。床板を踏みしめる一団の足音だけが響いた。
「上条殿」
やがて一団が足を止め、僧の一人が静かに呼んだ。
「ミヤコ様は中に居られます。さあ」
僧達も、サカキ達3人の少女も、皆顔を伏せている。上条は一呼吸置いてから、案内された扉の中へと入った。
広大な間だった。上条から見て向い側の壁一面に、太陽の様に光を発する、巨大な
その浮彫を背にして、一人の人物が鎮座していた。
「上条当麻……よく来たね」
しわがれた声が、上条へと届いた。