【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 ―――アーミー本部、ラボ

 

「さっきから虱潰しに探してるがね……これはどういうことだね」

 初老の研究者が困惑したように言った。丸眼鏡をかけ、鷲鼻が目立つ顔立ちだ。前頭部は剥げ上がっており、それと対照的に後頭部にはライオンの鬣のような白髪が広がっていた。

「41号の色調は#191970“ミッドナイトブルー”だ。で、それだけならまだいい。……振動数、振幅、周期、それら全てが一致する波長が何件検出されたと思う?8件だぞ!それも、六学区の、この30分間に限った話だ!」

 プリントアウトされた紙束をバサバサと片手の平に打ち付けながら、鷲鼻の研究者が言った。

「いくら、この街に180万人の能力開発途上の若造がいるからといって、この異様な近似の検出率の高さは納得しかねる。基準値に誤りがないかチェックするべきでは?」

 

「いや、……これは、大佐に申し上げていないことなんだが」

 隣で顎に手を当てて思案していた大西が、口を開いた。

「41号が行方不明になってから、当然、スキャンは行ったさ……するとだな、今こうして起きていることと同じように、似通った波長が多数見つかっていたんだ。ちょうど、10日……41号が脱走した日からな。しかも、検出率は日に日に高まっている」

 

「信じられん」

 鷲鼻の研究者は、苛立たし気に紙束をデスクに置き、懐に手を突っ込んで、中をまさぐる。煙草を取り出すと、忙しなく火を点け、吸い始めた。大西は何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わなかった。

「能力行使時の波長の揺らぎは、指紋と同じだ……こうも頻繁に同じパターンを、違う場所で同時多発するなど、あり得るか?それとも何か?幾つもの脳ミソをリモートで操っているとでも言うのか?セミに宿る病菌じゃあるまいし。まあ噂じゃ、7人の超能力者(レベル5)の中には、そんな芸当をやってのける奴がいるらしいがね……」

 

「……遠隔操作(リモート)か……」

 同僚が紫煙をたっぷり空中に吐き出したが、大西は気にする素振りもなく、考え込んだ。

(木山春生……一体、島鉄雄に何をした?それとも……この街に何か仕掛けているのか?)

 

 その時、分析室のドアが外側から数度ノックされ、2人の研究者は振り返った。

「失礼します」

 入って来たのは、黒服にサングラスを身に付けた男だった。大西には、彼が敷島大佐によく付き従っている男だと覚えがあった。

「特務警察が、こんな所に何か用かな?」

「ええ。あなたにお話ししたいことが。Dr.大西」

「私に?」

 大西は目を丸くした。

「また大佐から何か指示が?」

 

「……込み入った話です。来て頂きたい」

 黒服の男、門脇は軽く頭を下げる。

 

「……まさか、特務警察に何か目を付けられることでも?」

 タバコの煙をひとつ吐き、鷲鼻の研究者が冗談ぽく言った。

「まさか!しかし、一体……」

 大西がやや狼狽した様子を見せた。門脇はそれを見て、サングラスの奥の目を少しだけ細めた。

 

 

 

 ―――第一二学区、ミヤコ教団 拝殿

 

「待っていたよ」

「……あなたが、ミヤコ、様?」

 上条が問うと、上段に座る老婆は僅かに頷いた。

 奇妙な外見の人物だった。頬のすっかり垂れ下がった、皺だらけの顔はかなりの年齢を感じさせる。しかし、雛人形の大垂髪(おすべらかし)のようにきっちり結い上げられた黒髪は豊かで艶やかだった。上品な和装を身に纏い座っているが、それでも小さな体だということが分かる。丸い黒色のレンズの眼鏡をかけているが、上条にはサングラスのようにも見えた。レンズの奥の目は、窺うことができなかった。

 

「ええと……一体何の御用で?宗教とか、失礼ながら、毛先程も興味がない、のですが……」

 相手の目線が窺えない上に、ミヤコは顔を下に向けていて、表情もなかなか見えない。上条は、相手の反応を探りながら、ゆっくり話した。

 

「まあ、よく来てくれたよ。上条当麻」

 とてもゆっくりと、ミヤコは話す。久しぶりに訪ねて来た孫を出迎えているかのようだが、突然訳も分からず連れて来られた上条にとっては要領を得なかった。

 

「あー、……お嬢さんたちに半ば拉致されたようなもんなんですけど。あの子らは、ジャッジメント?途中からそんな風には思えなかったけれども」

 

「ああ……話は聞いているとも。途中、バイカーズの若造らとアーミーの小競り合いに巻き込まれたそうだね」

「いや、あれは小競り合いってレベルじゃなかったような」

 上条の反応が面白いのか、ミヤコはくっくっと僅かに肩を震わせながら笑った。相変わらず表情が見えず、声だけが聞こえるので、上条は寧ろ不気味に感じた。

 

「だが、お主らは息災だろう。お主自身の、その右手の力によって、41号の手から逃れ遂せた」

 やはり、この人も知っている。上条は少し顎を引いた。

「……あの女の子たちといい、あなたといい、どうして俺のことを?何が目的なんだ」

 

 上条の警戒心を滲ませた問いに、ミヤコは色とりどりに重ねられた袖を揺らした。

「いずれ(きた)る流れの淀みをの、引き戻してもらいたいと思うてな」

「……流れ?淀み?」

 上条が聞き返したが、ミヤコはただ首肯した。

 

 

 

「この学園都市では、至る所で能力の開発が行われておる。お主らが受けとるのは……そう、『カリキュラム』だったか」

 昔話を思い出すかのように、再びミヤコが訥々と語り出した。

「学徒が180万人。その内少なくとも4割が、レベル1以上と聞く……わしらの時代のより、よほど賢くやっておるようだの」

 

「時代って……」

 上条には、ミヤコの物言いに引っかかる所があった。

「あなたは、能力開発を受けた人?」

 

 上条の疑問に、僅かに笑みを浮かべてミヤコが答えた。上条には、自嘲しているようにも見えた。

「お主らに比べれば、遥かに原始的よ。血管よりも細いガラス管にな、こう、塩水を通して……電気信号を与えるのよ。脳細胞に、何度も、何遍も……そうして、遺伝子の変異を待つ……」

「いや、物は言いようだけれども、多分、あなたの時代と、そう変わってないことをやっているかと思いますよ。俺達」

 上条の言葉は謙遜でもなんでもなく、本心だ。「暗記術」や「記憶訓練」を名目に、その実、人体実験といえるものを、学園都市の教育機関はしょっちゅう行っている。脳へ至る血管に薬物を注射することは、時間割り(カリキュラム)で珍しいことではないし、頸部への電気刺激も上条は経験したことがあった。それが、合理的な手法の一つだと、学園都市では合意されているのだ。

「ただ、失礼なことを申し上げますが……あなたのような、お年を召された方が、昔能力開発を受けていたってのは、初めて聞いたけれど」

 

「そう気を使うな、若人よ。何せわしは、一度死んだ身なのだから」

 目の前の老婆は、果たして、輪廻転生の話でもし出すのだろうか。上条は、やはり宗教的な説法を延々と聞かされるのではないかと心配し、咳払いした。

「話を元に戻しますがね。こんな月曜初っ端の夜から、俺をここに連れてきた理由、あなたやあの女の子たちの目的を教えてもらいたいんですよ」

 

「すまんの……色々なものを目にしてきたのだ、老いた身は、時の流れに無頓着になるでの」

 ミヤコは、ゆっくりと顔を上げて、上条と初めて顔を合わせた。御座の両脇には灯篭が立てられ、そこには炎が暖色の明かりを揺らめかせている。眼鏡の黒いレンズが、炎の明かりを受けて、一度煌めいた。

「もっとも……噂通り、お主の見る世界を覗くことはできんな。霞がかっておるわ」

 

 上条は、ほんの僅かピリッとした静電気のようなものを感じ、右腕に一瞬目を落とした。

「……あなた、その目は」

 

「ああ、とうに盲いておるよ。(よわい)十の頃からな」

 ミヤコは、皺の深く刻まれた片手で僅かに眼鏡に触れた。

「もっとも……それ故に見える世界があるというものよ。人は、誰しも触媒としての力を秘めておる。わしは、触媒となる者の眼を通し、世の中を見渡しておる」

 

「それが、あなたの持つ能力という訳か」

「……そう、それも一つよの」

 上条はミヤコの言葉に首を傾げた。脳へかかる負担の大きさを鑑みて、一人の人間が持てる能力は一つだけである筈だ。義務教育でも習う、上条達学生にとっての常識だ。

 

「……その娘たちはな」

上条が疑問を言葉にする前に、ミヤコが話を続けた。

「わしの代わりに手足となり、よう動いてくれる。ほんに、善き娘たちよ。」

 気配を感じた上条が振り返ると、いつの間にか斜め後ろに3人の白衣の少女たちがいた。ミヤコに向かって跪き、(こうべ)を垂れている。

 

「彼女達は、あなたの配下なのか?ジャッジメントではなく?」

ジャッジメント(風紀委員)であることに偽りはないとも。ここの附属の学園の、所属生としてね。まあ、わしの命で、規定をほーんの少し飛び越え、方々の学外で働いてくれるがね。感謝しておるよ」

 上条の後方で、サカキ達が呟くような声で「もったいないお言葉」などと口にした。

 

「じゃ、俺をここまで連れて来たのは、越権行為って訳じゃんか」

 上条は皮肉を込めて呟いた。

「そうまでして、何が目的なんだ?」

 

「そうよのう……サカキ」

 ミヤコから名を呼ばれたサカキが、姿勢を一段と低くした。

「41号の力を、お前達は目にしたであろう。どう思うか?」

 

「はっ」

 サカキがきびきびと返事をした。

「ミヤコ様の仰せの通り、油断ならぬ念動力(テレキネシス)の使い手であると」

 

「遠慮はいらんよ、サカキ」

 ミヤコはサカキの方へ顔を向け、言葉を被せるように言った。

「正直に申してみい」

 

「……強大な力だと存じます。恐れながら、兼ねてより伺っていた、ミヤコ様のお見立て以上に……あれは本気ではないように見えました。憚りながら、我ら3人が束になってかかっても、勝てるかどうか」

 サカキの言葉に、更に後ろに控えるモズとミキは口を挟まなかった。

 

「うむ。……のう、上条当麻」

 サカキからの報告を受け、ミヤコが再び上条へと顔を向け、上条も向き合った。

「41号という少年は、わしが得た知見によればの。お前達学生とも、統括理事会下のプロジェクトとも異なる場で能力開発を受けた者。わしは、防衛省の管轄による所だと見ている」

 

「防衛省?」

 上条が聞き返した。

「この学園都市は、半分治外法権みたいなもんで……防衛省が自分らの手で能力開発をしてるなんて話は、聞いたことがないけれど」

 

「おるだろう。お主も今宵、出会った者たちだよ」

 外から。ミヤコの言葉に、上条はこの7月初めに、奇妙な子どもを手助けしたことで、軍隊と対峙したことを思い出す。

「アーミーが?」

 

「おう。奴等も研究所(ラボ)を持っておるのよ。それは決して大きくなく、細々としたプロジェクトじゃが、歴史は長い」

「でも、なぜそうと分かるんです?」

 

「……わしも、そのプロジェクトで力を開発された者だからの」

 ミヤコはそう言い、手首にかけていた数珠をじゃら、と鳴らした。その時動いたミヤコの右の掌に、紫色のゴシック体で「19」と描かれているのを、上条ははっきり目にした。入れ墨だろうか。

「お主は、その右手に『幻想殺し』を宿しておる。かねてより噂で耳にはしておった。それが、図らずもサカキ達の眼を通して、わしも見ることができたよ」

 

「あの、先ほどから話を聞いていると、思い当たるんですが」

 上条は、このミヤコという老婆が何を自分に頼もうとしているのか、何となく予想がついていた。

「あなたたち教団は、その41号っていう能力者を何とかしたくて……もしかして、そのために俺に力になれと?」

 上条はブンブンと首を振った。

「冗談じゃない、嫌ですよ!こちとら、アーミー絡みではいい思い出がなくてですね!そうじゃなくても毎日のように、不良やらレベル5の女子中学生やらに絡まれて、妙ちくりんな右手が1本あろうが10本あろうが、いつマジで怪我するかってヒヤヒヤしてんだから!それに、念動力相手じゃあ、トラックでも何でも投げ付けられたら、俺は一発でぺしゃんこだよ!不幸は向こうから問答無用でやってくるんだから、頼まれてまで引き受けたくはないです!」

「おい!お前!ミヤコ様の御前で失礼を!」

 後ろからサカキが窘めたが、嫌な予感が募り、構わず上条は一気にまくしたてる。何とかここから脱出したいとの思いが強くなっていた。

 

 そんな上条の焦る様子を見て、ミヤコはやや身を乗り出すようにした。

「いや、41号はきっかけに過ぎぬ」

 記憶から思い出を引っ張り、懐かしむようだったミヤコの声色が、一段、厳しいものになった。

「げに恐ろしきは……28号よ」

「28号?」

「ああ」

 ミヤコの眼鏡の奥から、視線が鋭く自らに刺さっているのを、上条ははっきりと感じた。

「上条当麻。お主がもうすぐ立ち向かうであろう相手は、28号……アキラだ」

 アキラ。

 ミヤコが口にした名を、上条は静かに反芻した。

 


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