【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「カプセルについて?ラボから脱走した島鉄雄のことではなく?」

『こっちに来た黒服の男はそういう趣旨のことを言ってました』

 黄泉川愛穂の耳に、通話相手の牧子の声が聞こえる。早口で、電話口にかなり顔を近づけて喋っているのだろう、囁くような声だ。

『もしもカプセルについて探っているのだとしたら、そちらにも別動隊が向かっているかもしれません』

「……まさか、情報が洩れている?」

『用心してください、奴ら、思った以上にやる気みたいです―――ごめんなさい、切ります』

 

 切迫した声の後に、ツー、ツー、と切断を知らせる音が聞こえた。

 黄泉川がたった今の話の内容について考えようとする前に、今度はドタドタという慌ただしい足音がした。

「黄泉川さん!」

 慌てたように駆け寄って来たのは、先ほど別れた筈の潮騒だった。

「げ、玄関に、アーミーが!」

 まさか。黄泉川が焦りに駆られて走り出すが、入り口へと辿り着く前に、肩を怒らせた工示が目の前に立ち塞がった。

 

「……嫌な客人を呼んでくれたな、黄泉川」

 黄泉川が工示の背後を見やると、黒服の男が複数名、建物から外への出入口を塞ぐようにこちらへ向かってきていた。揃いも揃ってサングラス姿で、壁をつくるように迫る様は、威圧感たっぷりだった。

 

「責任者は?」

「……私だ」

 先頭の黒服の男の問いに、苦々しげな顔をして工示が振り返る。

「何用だろうか、ここはアンチスキルの―――」

 工示の言葉を遮るように、黒服の男は手帳を開いて掲げた。

 

「警視庁及び防衛省合同保安局管下、特別任務警察、内務第三課、門脇だ」

 工示が何か言う前に、門脇と名乗った男は素早くジャケットの内ポケットに手帳をしまうと、今度はA4サイズの紙きれを一枚、工示の鼻先に突きつけた。

 

「東都裁判所からの捜査令状だ。只今から、本建造物『警備員(アンチスキル)第七三活動支部』を対象とした強制捜査を執行する。容疑は、アーミー(都市軍隊)所有資産の不正取得だ。指示があるまで、全員、その場を動くな!」

 

 門脇が言い終わるや否や、黒服の男たちの後ろから、青服に身を包んだ捜査員が大勢押し入って来る。

 

「お前があの紅白カプセルなんぞに拘るからだ……年休を追加申請する必要がありそうだな、畜生」

 工示の憎々し気な言葉を聞いて、黄泉川は黙り込んだ。額から冷えた汗が一筋流れるのを感じた。

 

 

 

 ―――第十学区、職業訓練校

 

「ワイルドコックとプリティボンバーズには連絡ついたぜ、金田。やるなら、今週の土曜、だ」

「おし!ビッグスパイダーはどうだった?山形」

「まあ、期待しないで聞いてくれ。クレジットを積めって言って来やがったあいつら、ふざけてやがるぜ」

「金だァ?やろォ黒妻のヤツ……シけたこと抜かしやがって」

「それってもしかして、駄洒落?」

「うるせェバカ」

「俺はそんな気がしたぜ。なんせここ1,2年であいつンとこ、やたらほかのシマ荒らしするようになったしさ……」

 

 今は大講堂での授業中だったが、教師の一方通行的な話には耳を一切貸さず、金田は甲斐、山形らと後方の席で話し込んでいた。金田達だけでなく、周囲の生徒もまともに講義を受けている者は皆無で、教師から注意が飛ぶことも最早なかった。

 

 すると突然、部屋の扉が開けられ、入ってきた人物ががなり声を上げた。

「金田ァ!甲斐ィ!山形ァ!!いるかァ!?」

 前髪を雄鶏のとさかのように奇妙に固め上げた、体育教師の高場だった。

 

「ゲッ、アゴだ……」

「なんだよ、俺ら指導食らうようなことしてねェぜ?」

 金田達は、慌てて破られたり落書きがされたりしている自分たちの教科書で顔を隠した。

 

「困りますな、高場先生、一言、断って頂かなければ……」

「あっ、申し訳ない!ご指導中に!ちょっとあいつら借りますよ」

 口ひげを生やした教官への挨拶もそこそこに、高場は丸太のような足を動かし、金田達の方へとやってくる。

 

「……何を話していた」

「別に」

 高場の問いに、金田は一顧だにしない。他の2人もそっぽを向いていた。

「お前ら、もしも敵連中と一戦交えようというなら……やめておけ、俺達だって見過ごす訳にはいかない」

「関係ねえだろ!」

 山形が急にガタンと立ち上がり言った。周囲の生徒の目が俄かに集まった。

「お前らアンチスキルはよォ!都合のいい時に善人面しやがって!!いいか、これは俺達の問題だ。俺達はアンタらに甘えて何とかしてもらおうだなんてこれッぽちも思っちゃいねェぜ!余計な首を突っ込むンじゃねェよ」

 

「いや、俺は……違う、それどころじゃないか、今は」

 高場は、反抗的な山形の態度を叱るでもなく、言いかけた言葉を呑み込んだようだった。

「それより、お前らすぐに来い。ホレ、早く」

「……なんだよ?」

 金田は目を丸くした。高場の顔は、金田達にとってお馴染みのへらへらした顔ではなく、存外に真剣なものだった。

 

 

 

 半信半疑の金田達が連れて来られたのは、長い間手入れがされていないであろう、教具室だった。埃臭い部屋の中に、いつ導入されたか分からないような古びたコンピューターやらケーブル、それらが詰まった段ボールが山積みにされている部屋だった。

 

「おい、こンなとこに押し込めてどうしようって―――」

「いいか、次の予鈴が鳴るぐらいで帰るだろう、それまで、大人しくしてろ」

 高場が、廊下に人気が無いことを確認してから、抗議の声を上げる金田達に向かって声を潜めて言った。

 

「よく聞け。アーミーの特務警察が、今しがたここに現れて捜索に入っている」

「喪服野郎共が?また鉄雄を探しに来たのか!?」

 甲斐が聞いたが、高場は首を振って否定した。

「いや、今回は恐らくそうじゃない……7月の最初の日曜に、住宅街でアーミー相手に騒ぎを起こしたろう。アレ絡みだ。お前達は顔を見られている」

「分かるように説明しろよ、アゴよりも脳ミソが縮んだか?」

 山形が食って掛かった。

「アンタらアンチスキルのお取り計らいで、俺たちにお咎めはナシってことになったんじゃねえのか?」

 

 山形の言葉に、高場はボリュームの多い黒髪を苛立たしく掻いた。

「そうなんだが……詳しい事情は話せんのだ、すまん。とにかく、黒服達に今お前達が見つかると、良くない―――」

「おい、テメェ、そんなテキトーな説明で済むと思うなよ、それでも教師かよ」

 山形と甲斐が高場に詰め寄るのを横目に、ふと金田は窓の外を見た。

 そこはちょうど、1階の保健室が見える位置だった。

 

 窓ガラスに近いデスクに両手をついて、緊張した面持ちで身体検査を受けている人影が見える。

 保健師の牧子だった。捜査官の手が彼女の体に伸びている。

「あンの野郎!人の女に!!」

 

 怒気を露わにした金田は言うが早いか、甲斐や山形、高場を押しのけて、けたたましい音を立てて引き戸を開け、廊下へ走り出していった。

 

「おォい!待てよ金田ァ!」

「何だか分からんが……俺も行くぜ、今モーレツにムカつくからな!!」

 甲斐と山形も、高場に目もくれず、後を追う。

 

「お前ら……あークソッ!!どうしてこう話が通じないんだ……!」

 額に手を当てて高場がぼやき、ドタドタと3人の後を追いかけていった。

 

 

 

「7月2日の日曜。第七三支部所属のアンチスキルの一員から、カプセルを一錠渡された、違うか?」

 厳しい顔つきをした女性捜査官から服装の身体検査を受けた後、牧子はその場に立たされ、尋問を受けていた。周囲では、黒服達が慌ただしく薬品棚を隅から隅まで探し回り、備品やら器具やらが散らかし放題になっていた。

 

「……知りません」

「何もこちらは、濡れ衣を着せようとしている訳ではない」

 顔をより近づけ、捜査官が威圧的に言った。

「はっきりとした根拠がある。お前は分析を依頼され、その結果を七三支部に送った筈だ。現物はどこに?」

「だから、私は知らない」

 自分よりも背の高い相手を睨みつけて牧子は言う。しかし、喉はカラカラに乾いていて、声が掠れているのが自分でも分かった。

 そんな牧子の様子を見て、捜査官は興味深そうに首を傾げる。

「……態度に現れているな。どうだ?」

「さあ、どういうことでしょう」

 

「あくまでもシラを切ると言うなら……捜査妨害でお前を拘束する。たっぷり、こちらの基地で話を聞かせてもらおう」

 体格の隆々とした、壁のような黒服が二人、牧子の両脇を固める。

 牧子は捜査官の方をじっと見つめ、ため息をついた。捜査官は、唇の端に薄く笑みを浮かべる。

「観念したか?」

「そうね……両手を挙げることになるかもよ、アンタらがね」

 牧子の放った言葉に、捜査官と黒服達が眉を上げる。

 

「何だと?」

 その時、俄かに廊下の方が騒がしくなった。

 その場の全員が、部屋の入り口の方を振り返る。

 叫び声と、怒号と、それらをまとめて切り裂くようなけたたましい音が迫って来る。

 

「これは、一体―――」

 女性捜査官の声は、断続的な排気音にかき消された。

 

 出入口を固めていた捜査官が頭を抱えて倒れ込む。何人もの生徒たちが、工具やバットを手にアーミーの捜査隊へと殴りかかって来た。

「お前らァ!!」

 牧子は呆れ果てて、天井を仰いだ。

 倒れ込んだ捜査官を呻かせ、その上から部屋の中に真っ赤なバイクで乗り込んできた人物が目に入ったからだ。

 

「土足で人様の学び舎に入るたァ!!どういう了見だおらァ!!そンで―――俺のカノジョに手ェ出すンじゃねえよォ!!叩き出せェ!!」

 相手の土足を勇ましく糾弾する金田自身はというと、真っ赤なバイクに跨り、唾を飛ばしながら、仲間を鼓舞している。金田のバイクチームのメンバーをはじめとした生徒達が、次々と捜査官や黒服達に襲い掛かる。

 アーミーの面々も、警棒を取り出し、応戦し始める。

 窓ガラスが割れ、椅子や机が倒れ、薬品の刺激臭が立ち込め、辺りはあっという間に混沌とした状態になった。

 

「あァッ!!」

 くぐもった声を上げて、先ほどまで牧子を尋問していた女性捜査官が、迫るタイヤを避けて転がった。

 代わりに、金田が狭い室内で、机や椅子やらをなぎ倒し、牧子の目の前でバイクを横付けした。

「よォ、12時の鐘が鳴るぜ、おねーちゃん」

「遅い」

 牧子は一言文句を言うと、金田の後ろに跨った。

「ていうか、馬鹿じゃないの、こんなに荒らして……」

 

「元はといえばコイツらがやったンだ、請求書ならアーミーに送ンな」

 金田は自慢のバイクをバックさせて転回する。倒れていた誰かの腕をタイヤで曳き、柔らかく何かを砕くような衝撃がある。それから弾けるように、中庭へと通じる扉から部屋を飛び出した。

 

「まあ、お前は安全なとこへ逃げな」

「ちょっと―――(しょう)ちゃん、アンタはどうすんの?」

「俺?あいつらを早く葬式から帰らせてやるさ」

 遠巻きに事態を見守っていた職員や生徒たちの輪に、牧子を降ろすと金田は不敵に笑った。

 

 

 

 アーミーの捜査員たちは何人かの生徒を拘束したが、混乱していた。何せ、暴れる生徒の数は50人を優に超え、数で捜査員たちを大きく上回っていた。

 

「ほ、本部に救援要請を!これは暴動だ―――」

「馬鹿!大佐に知られたらクビが飛ぶぞ!!」

「とにかく、まずは門脇さんに!」

 傷だらけの黒服同士が、口々に言い合う。

 

「お前らァ!やめんか、やめんかァ!」

 高場のように体力に自信のある教員たちが、力任せに暴れる生徒達を引き離しにかかる。

 混乱の中で、高場の腕が一人の黒服の横っ面にめりこみ、一瞬で昏倒させた。

 

「おいィ、アゴォ!!いいのかよォ!」

 甲斐が面白そうに声をかけると、高場は甲斐の襟元をむんずと掴んだ。

「お前ら、これ以上暴れるな―――今のは内緒な」

 甲斐を引きずりながら、一言高場は小声で囁いた。

 

「ああッ、金田ァ!!」

 鉄パイプを振り回す山形が叫んで指差した先では、金田が額から血を流し、大柄な黒服に羽交い絞めされていた。

「てめ、離せよこの野郎ォ!」

 金田はもがくが、上半身を捕まえられた上に、もう一人に足も掴み上げられ、怪我人のように持ち上げられ運ばれていく。

 

「埒があかん、何人か捕まえて、撤収だ!!」

 リーダー格の黒服が叫び、捜索にあたっていた面々は、数人の生徒を連れて慌ただしく出て行く。

 

「これは―――執行妨害だ。拘束する正当な理由がある」

 牧子を尋問していた女性捜査官は、息を荒げながら、金田の両手首に手錠をかけた。

 

「金田ァ!!」

 高場たちに制されながら、山形や甲斐は叫ぶ。

 割れたガラスや、倒れた棚、ツンとする刺激臭を残し、数分後には、それまでの喧騒が嘘のように、辺りは鎮まった。

 

「おいィ、どうすんだよ、金田が連れてかれたぞ!」

「どうするって―――俺たちだけでも、やれることをやるしか」

「へーきだろう、ちょっと暴れただけだしさ……」

 バイクチームの面々が口々に言う中、高場は額に汗を浮かべて目の前の荒れようを見ていた。

 

「高場先生!」

 保健師の牧子が駆け寄って来た。緊張した面持ちだ。

「ここに来たアーミーの連中は去りました。けど……七三支部と、連絡がとれないんです」

「黄泉川先生のところか!?向こうは無事か?」

 高場は嫌な予感がして、牧子に聞いたが、牧子は首を振った。

「十分前に一度話したんですけど、今は……黄泉川先生の携帯も、支部の窓口も繋がらなくて。もしも、強制捜査があちらにも入っていたら……」

 高場と牧子は、不安な顔を互いに見合わせた。 

 




本二次創作の金田は、原作より若干白いです。
保健師の女の子相手に、ゲスいことをしない程度には。

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