【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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登場人物の容姿に関して、HGPS(ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群)を患う人を想起させる描写がありますが、本作はHGPSを患う方々を差別したり、その方々に対して否定的な意見を述べたりするものでは決してありません。ご了承ください。




 学園都市のとある場所に、(アーミー)の管轄する病院がある。最先端の建築技術をもって立てられる施設が多い学園都市にあって、その無骨な外観は、快晴の夏空に向かって、静かではあるが異質さを放っていた。そこは一般の患者を受け入れるような場所ではなく、主に軍属の患者について扱う病院だった。

 

 その建物の中でも高層に位置する一室で、敷島大佐はDr.大西からの報告を受けていた。大佐は手を後ろに組み、足を肩幅に開いた休めの姿勢で、ガラス越しの外の風景をじっと見つめていた。岩のように佇むその姿勢は、背広で固めているとはいえ、如何にも軍人という気質を纏っていた。

 

「ここに移してから半日経つが、その島という少年の脳波について、何か分かったのか?」

 対して、Dr.大西は飾り気の無いデスクに向かい、椅子に座って何枚もの資料をめくりつつ答える。二人の視線は全く別方向にそれぞれ向かっている。

 

「彼がハイウェイを暴走している最中、26号をあわや跳ね飛ばす所だったようです。その時、26号は突進してくるバイクを防ぐため、能力を強力且つ瞬間的に展開しました。私の推測としては、その際に島という少年の脳波が26号の力に共鳴し、特異な形で検出されたのではないかと……今はそのような兆候は見られませんが、再び危急の状態に晒された時、もしくは外部からの刺激を与えることで、再現されると思われます」

 

(とし)は?」

 

「15才と、7か月ですな」

 

「今から伸びるか……?」

 大佐は振り返り、大西を見た。何か期待を込めた声色だった。

 

「個人差がありますからな」

 大西は厳しい表情で答えた。

「過去には18才を過ぎてから覚醒した例もありますからな」

 

「怪我の状態は?」

 

「頭部の包帯は外すのにもう少し時間がかかりますが、身体・精神共に至って問題ないとの見立てです」

 

 その時、二人の居る執務室のドアがノックされた。

「失礼します」

 入ってきたのは、黒服にサングラス姿の男だった。サングラスの黒色はかなり濃く、間近で見ても瞳を窺うことはできない。弦の根元の部分から張り出すように小型の機械が装着されている。

「ご報告申し上げます。26号が第七学区に出現。能力を使用し、騒ぎになっているようです」

 

「騒ぎだと?まだ捕まえられんのか」

 大佐の声色は、大西と話す時とは格段に変わり、非常に威圧的なものになった。

 

空間移動(テレポート)を繰り返すもので、追跡に全力を挙げておりますが……」

 

「今、どこにいる?」

 

 黒服の部下は右手でサングラスの機械端末に僅かに触れた。

「最新の情報では、同学区の商店街を逃走中とのことです」

 

警備員(アンチスキル)なぞに捕まってみろ、被験体(ナンバーズ)が明るみに曝されれば、奴ら鬼の首をとったように圧力をかけて来るぞ!」

 大佐は痺れを切らしたかのように大股で部屋の扉の方へと歩き出した。

 

「ドクター、島の処遇はひとまず経過観察とし、一旦帰せ。明日夜に再検査とする。()の追尾を抜かりなくするのだ」

 

「はァ、分かりました」

 椅子に座ったままの大西を残し、大佐は勢いよく部屋を出ていき、慌てて部下がそれに追随していった。

 

 大西は小さくため息をつき、紙資料をトントンと叩いてまとめると、傍らのパソコンのディスプレイを見つめた。

「一過性のものでないとするなら……この一致は……いやしかし……」

 大西の見つめるディスプレイには、赤や黄色、黄緑色など、鮮やかな色をいくつも帯びながら回転する王冠のような、独特な3Dの波形が映し出されていた。

 

 


 

 

7月2日午後 ―――第七学区 学生街

 

「結局のところ、全然分かんねェな、鉄雄のやつがどこにいンのか」

 甲斐が小石を蹴とばしながら言った。金田達は大学病院を後にして、これからの行動を打ち合わせるために、第一〇学区へと一旦戻ろうとしていた。

 

「特別な脳波だとか……まるで鉄雄が能力(ちから)に目覚めたみてェな言い方じゃん、あの医者さァ」

 

「胡散くせェよなァ」

 

「あいつ一人で抜け駆けとか、よしてくれよ……」

 チームのメンバーは口々に言う。

 

 カエル顔の医者が言うには、鉄雄の怪我自体は大したことはないものの、脳波に異常が見られたため、()()()()が関心を示して、移送されたという。昨晩の騒動からして、組織というのが十中八九アーミーの事であろうことは、金田達に容易に予測できた。

 

(まぁ彼らもそれなりの常識は弁えた人たちだからね?この都市(まち)の熱心な研究者に比べたら……すぐにずーっと身柄を拘束、なんてことはないとは思うがね?今日明日にでも君達の元へ帰るとは思うよ?)

 金田は、カエル顔の医者の言葉を反芻する。

(ただ、なんとなく、一度再会できたとしてもだ。彼を見放さないように、注意を払った方がいい気がするんだね……)

 

 金田は携帯電話に登録された番号を見た。「黄泉川せんせ」とある。

 

 いつでも頼っていいのだと、恐らく裏の無い善意で、黄泉川というアンチスキルの教師は言っていた。

 だが、何と説明したものか。

 鉄雄は脳みそに異常があるらしい、などと言った所でどうにかなるものではない。金田にはそう思えた。

 

「おいィ、なンか騒がしいぜ?あっち……」

 金田の思考は、唐突に山形が何やら指差して声を上げたことで遮られた。

 

「パトカー停まってんな……」

 

「行ってみようぜ」

 

 第七学区のこの通りは学生街であるため、休日ともなれば歩き交う若者が多く、寧ろ車はあまり通らないのだが、前方ではアンチスキルの警邏車両が数台、路肩に灯火を光らせて停まっていた。規制線が引かれているのか、前を覗こうとする人々で混み合っていた。

 

 渋滞の近くまで一行が来てみると、どうやら建物の看板の落下事故があったとか、ガラスが割れただとかという話が聞こえてきた。

 金田の隣で、甲斐が怪訝そうな表情を見せる。

「オンボロの店の看板が落ちただけだろ?の割にはさ、やたらうるさくね?」

 

「すっ、すみません!ちょっと通してください!」

 その時、群衆を掻き分けて、白いワイシャツ姿の男が飛び出してきた。金田よりは背が高く、男の突進を受けて、金田は思わず尻もちをつく形になった。

「っ痛ェ!」

 

「あっ、ごめん、悪い!」

 言うが早いか、男は足早に金田達の後方へ駆けていく。男はフードを目深に被った小柄な人物の手を引いていた。そのフードの奥の顔を一瞬見た瞬間、金田の脳裏に、警備員の詰所で見せられたタブレットの映像が蘇った。

 

「あいつだ!」

 

「え、なんだよ!?」

 金田が座ったまま叫んだのに対して、甲斐が困惑して聞き返す。

 

「今通ったちっこい奴!鉄雄が事故ったときのあのガキだ!」

 

「えェっ!?」

 

「ンだと!追うぞ!」

 山形が金田を助け起こした。

 

「でっ、でも、その辺のアンチスキルに知らせた方が―――」

 

「バカか甲斐(てめェ)!あいつの所為でよォ!」

 

 金田は尻についた砂を払いながら言った。

「―――俺らの仲間が怪我してんだよ!一発殴ってやんねェとな」

 

 金田達は、は先ほどの男が曲がった路地へ向かって走り出した。

 

 


 

 

 まさか自分がアーミーに追われる身になるとは、終ぞ考えたことはなかった。

 

「―――おい、大丈夫か?」

 暗がりの裏路地へ曲がった上条は、息をつきながら、ここまで手を引いてきた子供へ問いかけた。

 正確には、子供と言い切っていいのか分からない。老人と言った方が正しいのだろうか?体格は小学生の低学年ほどのその老人の顔をした人物は、先ほどの看板落下騒ぎの時、ひどく怯えた顔で上条の方を見た。

 

 

 

 ―――数分前

 

「逃げなきゃ」

 

 そう言った彼の声は、外見に反してとても幼い、子どものものだった。しかし、彼はすぐその場にうずくまった。

 

「えっ、あれ、だ、大丈夫―――です、か?」

 聞き方に戸惑いながらも上条は駆け寄り、膝をついてその小男を気遣った。

 

 改めてよく顔を見ると、ただ老いている、というだけでなく、ひどく不健康そうな顔だった。頬骨がはっきりと浮き出たその肌の色は、およそ日の下で暮らす元気な子供のものとは程遠い土気色をしていて、大きな瞳が一層彼の異質さを際立たせていた。そんな彼はひどく汗をかき、苦悶の表情を浮かべていた。

「えぇっと……」

 病院へ連れて行った方がいいのだろうか?

 

 思案している内に、周りに野次馬が増えていくのを上条は察した。とりあえず、あまり変に注目を集める前に、なんとか穏便にこの場を切り抜けた方がよさそうだ。上条はそう考え周りを見渡した。すると、先ほど小男が出て来た路地に、数人の男がのびているのに気づいた。先ほどこの小男に絡んでいた不良たちだ。

「……まぁ、因果応報ってことで」

 

 手前に倒れていた不良が着ていたパーカーをはぎ取り、小男に着せた。かなりダボダボな恰好になったが、却って今はその方がいいのだろう。フードを被せると、顔は影になって間近で見なければ分からないはずだ。

「その、じゃあ病院へ―――」

 

「そこの少年、止まりなさい」

 事務的な、しかし通る声が後ろから聞こえた。俺のこと?上条は振り返った。

 深緑色のキャップと、真夏に似つかわしくない長袖の上着、白色のズボンを履いた、屈強そうな男がいた。帽子の正面に、三角形を2つ重ね、その上に桜をあしらった紋章がある。警備員、ではなく―――

「ア、アーミー?」

 

「その人物は要注意人物だ。我々が追跡していた。我々が引き取る。」

 アーミーの男が言った。有無を言わさぬ迫力があった。男の後ろでは、別の数人の仲間が野次馬を遠ざけている所だった。人払いをしているのか?なぜ警備員でも風紀委員(ジャッジメント)でもなく、学園都市と本土との境界を警備している筈の(アーミー)がここにいる?

 

 いや、それよりも―――上条は小男を見た。フードを目深に被って顔は窺えないが、上条の背後に回り、アーミーから隠れるようにしていた。

 震えている。

 

「あの―――この、子ども?なんかひどく具合悪そうなんで、病院に―――」

 

「我々が預かる」

 徐々にアーミーの男が距離を詰めてきた。帽子の鍔に隠れてよくは分からないが、射抜くような油断の無い視線を感じた。

 

 まずい。ここから離れよう―――そう本能的に恐れた上条は、右手に捕まる人物をみやった。

 

 いない。

 

「えぇ!?」

 上条は辺りを見回した。あの印象的な風貌はどこにも見当たらない。

 

「飛んだぞ!!」

 

「探せ!」

 アーミーの兵士たちが叫び、色めき立った。彼らの視線の先を負うと、小さな背中が、兵隊の隙間の向こうに駆けていく姿が辛うじて見えた。

 まるで、一瞬でジャンプして何人もの大人の壁を乗り越えたようだ。上条は狐につままれたような気持ちになった。 

「おかしいな、さっきまでそこに……」

 

「おい、君」

 

 上条に詰め寄って来たアーミーが、相変わらず厳しい声色で言った。

 

「両手を壁について、背中をこちらへ!」

「え!?ちょ、ちょ待って!俺はただの健全な男子高校生―――」

 

「両手を壁について、背中をこちらへ!」

 2、3人の屈強な兵士に気圧されて、上条はごくりと唾を呑んだ。

 

「はい、はい……」

 言われた通り、上条は近くの店舗の外壁に両手を突き、地面を見つめた。

 

 誰とも知らない手が、自分の身体を、上半身から靴まで、乱暴にばんばんと叩いて身体検査をしていく。

 

「こちらを向きなさい」

 大人しく従おうと、上条は努めて平静を装って兵士の方を向く。

 リムが奇妙に飛び出た、半分だけのゴーグルのような片眼鏡を装着した兵士が、2、3秒上条を直視した。

 

「……該当者ナシ。反乱分子ではありません」

「よし、もう行ってよし」

「ホラホラ、全員下がりなさい!ここ一帯を只今から非常帯とする!」

 

 言うが早いか、上条は兵士に背中を押されて、他の野次馬の渦に押し込められた。

 アーミー達は、道を塞ぐようにテープを張ったり、警戒したり、別の路地へと散開したりしている。

 

「……くそっ、何だよ……平和が一番だっての……!」

 上条は小さく悪態をつくと、頭を振り、先ほどの嫌な経験を忘れようとした。

 

 そうして1、2分歩くと、騒ぎの現場からは大分離れ、いつも通りの賑やかな通りに戻っていた。

 しかし、不安そうな顔をしていた、彼は、大丈夫だろうか。

「……無事、逃げろよ」

 

 アーミーへの不満から、愚痴るように呟いた、その時だった。

 

 ぐいっ、と、予想外の力に引っ張られ、上条は、大人一人がやっと通れる位の、ビルとビルの隙間に連れ込まれた。

 

「……は?」

 先ほどの小男だ。

 上条が着せたぶかぶかのパーカーのフードを、ちらりと上げて上条を見上げた。

 

「ありがとう」

 

「へっ?」

 小男から突如感謝を述べられたことに、上条は戸惑った。

 

「ああ、あんな不良共のことは、別にどうってことないけどさ。だけど―――」

 上条は背後を見た。明るい通りに、こちらを探る人の目は無い。

 それからすぐに、小男の方を見やった。

 

「何仕出かしたんだか知らないけどさ、早く逃げた方が……」

 

「―――こっちから反応があったんだ!」

 上条の嫌な予感は当たるものだ。狭い空間に反響するように、大声と、いくつかの足音が聞こえてきた。

 ヤバい―――上条は、赤の他人の振りをして、その場を離れようとした。

 

 しかし―――小男がひどく咳込んだのを聞き、振り返った。

 

 小男は、やはり先ほどまでの蒼白な表情で、上条の腕の袖を掴み、何度か引っ張った。

 

 助けてほしい。皺の刻まれた顔の中で、明るく光る瞳が、明らかにそう言っていた。

 

「―――あぁッ!もう!」

 上条は頭を1・2度振ると、左袖にまだしがみつく小男を見た。

「不幸だよなぁ」

 上条は小男を引っ張って、路地の反対側へと向かって駆け出した。

 

 ひとまずはここを離れたい。そして、適当な所で彼を誰かに―――俺を追いかけてこない誰かに、引き渡そう―――。

 

 

 

 そうして、現在。

 なぜ、自分は今、別の不良にも追われているのだろうか。

 

 再び走り出した上条は、息を切らしながら、自問自答した。

 

「待ちやがれェ!」

 

「そいつに用があるんだよォ!」

 ツナギを着たり、やたら厚底のブーツを履いたり、前髪を上に反らしたりと、なんとなく古風な感じのする不良たちだ。もっとも、髪型に関しては、自分も学友に「ウニ」などと呼ばれる位個性的ではあるが。

 

 上条は走りながら、己の左手にしがみついてついてくる小男のことを考えた。所詮子供と同じ足だ。このままではいずれ追いつかれる。

 振りほどいてしまえばいい―――のに。

 彼はひどく咳き込んでいた。左手を握る手もひどく汗ばみ、熱を帯びているのを感じた。

 なぜ上条当麻は変な正義感を持ってしまうのだろうか。

 小男を抱え上げて、上条は歯ぎしりをした。

 

 


 

 

「あんたら兵隊さんに、ここの活動許可は出てないはずだけど?」

 

「命令で我々は展開しています」

 看板落下の事故現場付近では、黄泉川がアーミーの一兵隊と押し問答をしていた。黄泉川たちが支部から通報を受けて駆け付けた際には、既にアーミーが辺りを封鎖していた。

 

(……展開が速すぎる。前々から出張ってたか?)

 黄泉川の胸の内に、アーミーに対する疑念が膨らみつつあった。

 

 そうしていると、その場にいたアーミーの半数ほどが、東へ向けて移動を開始した。

「動いた!

 相手方の行動の変化に、黄泉川はすぐさま対応する。

「鉄装!この場を抑えておいて!」」

 

「はっ、はい隊長!」

 部下が緊張感を孕んだ返事を返す。

 アーミーはただならない様子だ。学生の平和を預かるアンチスキルとして、ここは放っておく訳にはいかないだろう。

 黄泉川は群衆を掻き分け、少し離れた所に停めておいた車両へと乗り込むと、すぐさま通信端末を手にした。

 

「こちら、警機73!東へ動いた!アーミーを追う!」

 

「黄泉川先生、そっちもアーミーが規制線を引き始めてる!」

 

「法を守ってんのはこっちじゃん、高場先生!」

 黄泉川は端末を握る手に力を込めた。

「外から来た連中に、この都市(まち)を好き勝手させるのは嫌いだよ―――行くよ!」

 

 第七学区の休日の通りに、サイレンの音が再び木霊し始めた。

 

 

 


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