【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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XIV.竜作
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 ――― アーミー本部

 

「申し訳ありません、大佐……。偽の命令書だとは露知らず、このような事態を招いたこと、不徳の致すところであります」

 「丙」と背中に黒く大きく印字された防弾ジャケットを身に纏った部隊長が、顔を俯かせて言った。

 

「何に謝罪する?後悔も……それらは今、不要だ。責任は私がとる。今は、必要な情報を得たいのだ」

 敷島大佐が静かに言った。

「相手は若い女の科学者一人、それだけだった筈だ。しかし、なぜお前達強襲部隊から逃げ遂せたのだ?どうやって?それが知りたいのだ」

 

「はっ……我々があのレンタルオフィスに踏み込んだ時、対象は丸腰でした……いえ、そのように見えました」

「どういうことだ?」

「サイレントタイプの閃光弾(スタン・グレネード)だったように思えます、断定はできませんが……部屋の灯りは始めから薄暗く、我々は入室直後に暗視ゴーグルを装着しました。対象は、ポータブルコンピューターのディスプレイの灯りに照らされて、確認することができました。対象に投稿を呼びかけて、次の瞬間、目の前が真っ白になりました……全員がそうでした。ゴーグルを付けたことが仇になりました」

 

「しかし、現場の後処理で、そのような物は見つかったか?」

「いいえ……痕跡はありませんでした。理由は不明です」

 

「解せんな……実弾を撃ったというのは?どのようにして発砲に至った?」

「あの、偽の命令書に、アンチスキルとの協定以前の装備を認める旨があり、我々全員が装備のグレードを上げていました。お恥ずかしい話ですが……部下の一人が、フラッシュの中で不安に駆られたとのこと。一発、発射しました。対象は、ベランダへ逃げ、隔板を突き破り、非常階段を通って逃げたものと推測します。外で待機していた4名の組は……こ、これもまた失態で申し訳ありません、上階の騒ぎに気をとられ、捕縛に失敗しました」

「……その銃は?」

「規定に則り、保管庫に」

「厳重に保管しろ。後日、軍法会議で槍玉に挙げられるのだろうから」

 こめかみを押さえる大佐を前に、部隊長は、ただ俯くばかりだった。

 

 

 

「妙だと思わんか」

 木山春生に対する強襲部隊を率いたリーダーへの聴取を終えた後、大佐は傍を付き従う部下に言った。

 

「はい。木山春生が、肩に銃創を負った状態で、部隊の追跡、監視の目をかいくぐり、街へ消えた点。庇い立てする訳ではありませんが、『丙』一個小隊の落ち度と断ずるには、些か不自然かと」

 部下が自分の意見を述べると、大佐は小さく頷いた。

「その通りだ。しかも、部隊を目眩ましさせる武器を所持していただと?現場の検証で、スチール管どころか炸薬の残滓すら出て来てないというのだぞ」

 

 大佐は、顔を改めて部下へ向けた。

「木山春生が何らかの能力者という可能性は?」

「客員として招聘した際の身分調査では、能力開発を受けたという履歴はありませんでした」

書庫(バンク)から照会した情報か?」

「はい」

 大佐は僅かに顎を引いた。軍人でもない若い女一人が、痕跡を残さず、手負いの状態で軍の手を逃れたというのが、どうにも不自然に思えた。

 

「やはり、本人に直接問い質してみるべきだな」

「本当に行かれるのですか?東京からはここに留まるようにと。外にはマスコミの目が……デモ隊共も騒ぎ立てるかもしれません」

 

「謝罪しに行くのだ。少なくとも、名目上はな」

 大佐は言った。

「もしも本人に会えれば、何か掴めるかもしれん。衆目が集まり、病院側に拒まれるならば、それも良い。既に状況は袋小路である以上、泥水を啜るようなマネでもしなければならん。たった一人の怪我人相手に、トップが頭を下げに行くという様にな。

 信頼できる部下のみを連れて行く。全員、()()()の恰好をしろと伝えろ」

 

 

 

 ――― 第八学区、商店街

 

「……本日午前11時過ぎから始まった、政府・与党及び野党の最高幹部会では、未明に発生した、学園都市第七学区に於ける銃撃事件について、議論が交わされました。この事件を巡っては、学園都市の警備員(アンチスキル)中央部広報官が、取材に対し、『20代の一般女性1名が銃弾による怪我を負って、近隣の警備員支部へと助けを求め、その後病院に搬送された』と述べています。また、事件現場となったレンタルオフィスの近隣住民から、アーミーの特殊部隊が強襲をかけたとの情報が複数寄せられていますが、政府は現在の所、公式の声明を発表していません。野党側は政府に対し厳しい追及を行ったものと見られ、与党幹部からも、政府が早急に対応すべきとの指摘が挙がったという情報もあります。

 会議は現在も続けられていますが、12時30分頃の途中休憩の間に、野党第一党・講民党の根津幹事長は、記者団に対し、次のように述べました。

 

『まるで第二次大戦中の特高です。学園都市との共存・共栄を掲げる我が党として、断固糾弾します―――学生の街、未来ある若者の街の、平和と科学技術を守ると、前々から防衛省は言ってきたんじゃないですか?それが、一般人に向けて発砲を起こしたとなると、これはもう、全く逆で、平和の破壊者と言わざるを得ない―――この7月に入ってから、学園都市内に過剰な兵力展開をしているのではないかと、多くの指摘があった訳です。現地の指揮系統はもちろん、防衛相、ひいては首相の任命責任も、当然問うていくことになると―――』

 

 なお、休憩中には、大塚防衛相も姿を見せましたが、報道陣の問いかけには無言を貫きました。また、ある与党筋からは、9月に控える総選挙を前に、春の税制改革を受けた批判による支持率低下が著しい中、これ以上の政権への打撃は避けたいとの声が聞かれ、政府及び防衛省として、軍幹部の更迭を含めた厳しい処置を早めに決断するのではとの観測が流れています」

 

 

 

「それは本当か?竜!」

 部屋の片隅に置かれた、古い小さなテレビからは昼のニュースが流れている。その映像と音に背を向け、島崎が鋭い目を見開いて言った。

「アーミーのボスが、病院に見舞いに行くなんたぁ……」

 

「ああ。確かな筋からの情報だ」

「根津様か!?」

 島崎からの問いに、竜作は頷いた。

「それだけじゃない。統括理事会の筋からも、より詳しい動向を教えてもらえた」

「……あの忍者めいた奴か」

 

 パイプ椅子に座る竜作は、島崎の方へ少し身を乗り出し、語り始めた。

「あの大男は、あと30分もすれば、第七学区の病院に姿を見せる。目立たないように、周囲には数名のお付きしかいない。あの街には、アーミーがアンチスキルと合同警備を敷いているが、今、あいつらは犬猿の仲だ。その辺の学生だって知ってる。その上、兵隊どもは今、アンチスキルと同レベルの武装しかしていないことになっている。未明の発砲事件の後だ、余計慎重にならざるを得ないだろう」

 

「つまり……これ以上ないチャンスだな」

 島崎の声には期待感が満ちていた。竜作は、テーブルの上で組んでいた手を改めて握り直した。

 

「根津様が、もう各労組に動員をかけてくださった。病院の周辺、学生街でデモンストレーションが始まろうとしている。俺たちはそれに紛れて、隙を見て、奴を仕留める」

 

「あいつも所詮、図体ばかりでかい、能無しだったな」

 島崎がせせら笑った。

「実験体には逃げられるわ、部隊には無茶な命令を出すわ……いや、それとも指揮系統がぐちゃぐちゃなんじゃねえのか?挙句の果てに、今のニュースの感じだと、中央からも切り捨てられるみたいだしな」

「ああ、俺たちが引導を渡してやろう」

 

「ちょっと待って、竜」

 立ち上がった竜作に、ケイが声をかけた。額には、偏光能力(トリックアート)の男と戦った際の傷を示す湿布が貼られている。

「第七学区で、攻撃を?あそこは学生街だよ。今までデモだって大々的にやったことはなかった筈。学生にどう見られるか……」

 

「ケイ。今、この学園都市では、若者から老人まで、みんなアーミーを敵視している。いや、いずれそうなる。奴らは一般人に銃を向ける、鬼畜だとな。だからこそ、同志たちが声を上げようとしているんだ」

 竜作の答えに、ケイは一歩近づいた。

「アーミーは私だって憎い。けど、私が言いたいのは……」

 

 目を伏せたケイに対し、竜作が少し苛ついたように肩を揺らした。

「なんだ、どうした。お前らしくもない。時間がないんだぞ」

 

「……今、風紀委員(ジャッジメント)も多く外の警備に駆り出されている。学生の能力者ばっかりの街で、デモ隊には能力者を敵視する者も多いはず。そんな街中で、下手に狼煙を上げれば、思った以上の混乱を招くかも。それは、私達の首を絞めかねないんじゃ―――」

 

「ケイ!」

 竜が大きな声を出し、ケイはびくっと肩を震わせた。

「いいか、革命成就へ向けた大きな一歩を跨ぐ、二度とはないチャンスかもしれないんだぞ。あの大佐は、遅かれ早かれトップの座から降ろされる。その後では遅い。我々の力を示すには、今しかないんだ。この学園都市の外では、今も大勢の同志が、官憲にその身を踏み躙られているんだぞ!お前がそんな弱気でどうする!」

 竜作は、部屋の扉を指差して言い放った。

「チヨコさんに連絡を取れ。すぐに武器が要るとな。すぐだ!」

 

 ケイは目を伏せ、青痣が残る腕で一度拭うと、無言で部屋を出て行った。

 

「……珍しいな」

「ああ」

 島崎の言葉に、竜作が短く答えた。

「ジャッジメント連中と、深く関わらせ過ぎたか……まだまだ、アイツも子どもなんだ」

 

「いや、お前だよ、竜」

 島崎が腕組みをして、竜作をじっと見た。竜作は島崎へ顔を向けた。

「あんな風にケイちゃん相手に怒鳴るなんて。妹さんと同じようにかわいがってたじゃないか」

 

 竜作は暫しの間、黙った。

「……帷子(いこ)は妹だ。そしてアイツは……ケイは、妹の代わりにはならないさ。もう、革命の戦士なんだ。そうじゃなきゃ、困るんだ」

 

 竜作は小声で言うと、帽子を被った。

「行くぞ、時間が惜しい」

 

 

 

 ―――第七学区、木の葉通り ネットカフェ「ビーナス」

 

 介旅初矢は、ディスプレイに映し出されるネットニュースの記事に、充血した目を走らせていた。

 タバコ税増税……総選挙……夏休みを前に、治安悪化を受けた短縮下校措置をとる学校……アーミーの不祥事……

 

「……連続爆破事件」

 介旅は息を呑んだ。名前こそ出ていないが、第七学区内の男子高校生を重要参考人として手配しているとの記事が出回っている。

 介旅の手が震えた。

 掲示板サイトやSNSを覗こうものなら、自分の顔や住所が晒されているのでは?

 

 介旅には心当たりがあった。日曜日に、帝国に囚われた風紀委員の少女に、ドラッグと見せかけ、ただの炭酸ジュースを飲ませた。縛られた小柄な女の子を前に、罪の意識が芽生えたのだった。その日の夜すぐには帝国からの追っ手を避けて、寮には帰らなかった。明け方に寮に戻ってみると、自室の扉にはペンキのようなものでデカデカと脅し文句が書かれていた。

 

 ―――帝国ヲ裏切ル者。非国民ニ天誅下ス―――

 

 文字から垂れた跡が生々しいその文句は、およそ100年も前の戦争時代を思い起こさせる古臭いものだったが、小心者の介旅の心を折るには十分だった。

 それから二日。介旅はこのネットカフェの狭苦しい個室に閉じ籠っている。

 

 こんなはずではなかった。

 自分の何がいけなかったのか、介旅は幾度となく自問した。

 ジャッジメントに反感を持ったことだろうか。自分から日ごろ金を巻き上げるいじめっ子たちに、なすすべなくやられていたことだろうか。それとも、帝国の誘いにのり、レベルアッパーによって望外な力を得たことだろうか。今更、女の子一人を救おうとした所で、遅かったのだろうか。

 

 こっそり食料を買いに出た街中では、アンチスキルだけでなく、迷彩服のアーミーまで大勢警戒をしていた。

 どの道、自分に逃げ場はない。

 

 ならば、帝国に捕まるのが先か、アンチスキルに捕まるのが先か。

 

 アンチスキルに捕まれば、停学はまず間違いないだろう。下手をすれば退学、いや、ゲリラ紛いのテロ騒ぎを起こしたのだ、素点(ポイント)を大きく引かれて、普通裁判かもしれない。

 ならば、帝国は?

 介旅は身震いした。第一九学区の旧スタジアム跡で、自分の隣の男が、幹部の念動力(テレキネシス)による責め苦を受けていたこと、彼の骨が砕かれる音と悲鳴を思い出した。

 

「くそっ」

 介旅は悪態をつき、ポケットに手を突っ込んで塞ぎ込んだ。

 すると、ふと片手に触れる物があった。

 

 掌に乗っていたのは、一錠のカプセルだった。スタジアムで、一度だけ会った、「鉄雄様」から受け取った物だ。

 

「クスリ……そうか」

 帝国の連中は、どういう訳か、まだアンチスキルにアジトを知られていない。ならば、自分がその情報を携えて自首すれば?

 そうすれば、自分の罪も少しは軽くなるかもしれない。このカプセルだって、奴らが違法に取引している証拠として扱われるだろう。

 

 逡巡した後、介旅は決意を固めて、部屋の扉の前に立った。

 

 

 

 その時、扉が外側から開けられ、見覚えのあるパーマがかった前髪とネクタイ姿の男が待ち構えていた。

「探したぜェ、量子変速(シンクロトロン)サンよォ」

 

 介旅は、自分の内臓が全て一気に地面に落ちる感覚がした。

「た、隊長……」

 

 隊長の後ろから、帝国の構成員が数名、狭い室内に押し入ってきて、あっという間に介旅をリクライニングソファに押し付けた。

 

「あの廃ビルで、“鳥男”に外ばかり見張らせていたのは迂闊だったぜ。お前の心の内を読ませるべきだった……このクソ裏切り者が」

 

 ビニル革に顔を押し付けられ、介旅は息苦しかった。自分の涎が黒革の上でヌメリと光っている。

 辛うじて横目で様子を伺うと、視界には一本の細い物が見えた。

 注射針だ。

 

「カクテルで飲ませようとしたからごまかしがきいたんだよなァ。なら、やっぱ直にニンニク射っとくのが一番だよな。お前はこれから、ジャンキーになって、この街へ繰り出す。そんで、適当にその辺でイカれる。恥も外聞も曝け出せよ。そうそう、なんなら、能力使ってその辺ぶっ飛ばしたっていいんだぜ?ネットに動画、生配信してやるよ!バズるかなァ~?オイ」

 

 こんなはずではなかった。

 押さえつけられた片腕に、静電気のような痛みを感じながら、介旅は自分の運命を呪った。

 


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