【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 午後 ―――第七学区、学生街

 

「こ、こんな騒ぎになってるだなんて、聞いてないですよ、黄泉川先生……」

 不安を隠さず、鉄装綴里が黄泉川愛穂に向かって言った。

「鉄装は見た事ないんか……まあ、私も色んな騒ぎの現場に出くわしたことがあるけど、この学生街で反政府デモとはね、初めて見たよ」

 嘆息して黄泉川は返事をし、目の前の光景を改めて見回すと、目を細めた。

「いや……政府だけじゃないか。色んなものに矛先が向いてるじゃん」

 

 休日ともなれば若者で賑わう、商店街の大通り。今、黄泉川達の目の前を覆い尽くす人並みは、休日のそれよりもずっと密度が濃く、流れは常に一方へ向かっていた。20代から30代の大人、中には40代と見られる者も少なくなく、ほとんどが男性だった。それぞれが思い思いの旗やプラカードを掲げ、一方向へ向かって気勢を上げながら歩いていく。書かれ、叫ばれる文言は、昼の速報で流れたばかりのアーミーの銃撃事件への抗議、税制の改悪の糾弾、労働環境の改善、ストライキ決行、来年に控えるオリンピックの中止要求など、主に政府や都政、資本家に向けられた物が目につく。木製の看板を手に歩く者も多く、柄の先でアスファルトの路面を叩く音は、無数のマーチングブロックを鳴らすようだった。しかし、黄泉川は別のことが気がかりだった。

 

「あれを見ろ、鉄装……あの赤いプラカード」

「……能力者優遇反対!?だって、ここ、学園都市ですよ!?」

「歩いているのは外から来た出稼ぎの労働者たち。学園都市の能力開発とは縁もゆかりも無い人々さ。来年のオリンピックで、学園都市が大覇星祭と抱き合わせて、能力行使によるデモンストレーションを行うことになってるだろ?そのために、今、インフラ整備の特需で、外からの労働力の受け入れが緩和されているからね」

 

「でも、だからって、なんで反能力者を訴えるデモを?訳が分かりません」

「私たちや、子どもらにとっちゃその通りじゃん。ただ、急速に進むこの街全体の再開発は、いくら自動化が進む学園都市といえども、結局人力に頼らざるを得ない規模まで膨らんじゃってる。しかも、開発を請け負う大手ゼネコンは、下請けにその仕事を流し、流された側が更にそれを別の企業に請けさせる……多層に渡って色んな連中が甘い汁を吸いに飛びついている所為で、設備投資や人件費に金が回らず、現場の労働者はかき集められたはいいが、劣悪な環境で働かされていることも珍しくない。それに加えて、外の人ってのは、ここの能力者の事を化け物扱いする、差別意識が根強い。そうして、不満は行政や雇用主だけでなく、より身近なところ、つまり、外の世界を知らない、子どもたちに向けられる……」

 

 この日は、七学区内の多くの学校が、虚空爆破(グラビトン)事件を始めとした帝国の活動の激化を受けて、午前放課にしている。当然、学生に対して、黄泉川たち教師は、寄り道せず、まっすぐ家に帰りなさいと口酸っぱく言っていた。しかし、道路の両脇や店舗の中には、若者の姿が多い。一足早い夏休みを楽しもうと街に繰り出した若者たちは、普段目にしないデモ隊の戦列へ出くわし、怪訝な視線を送っていた。

 

 俄かに、黄泉川たちから少し離れた場所が騒がしくなった。路肩に駐車している内にデモ隊の列に呑まれたのだろう出前配達の運転手が、デモ参加者数人に取り囲まれていた。

 

「まずいな、行くよ、鉄装」

 黄泉川が駆けだし、ハイ、と慌てて返事をした鉄装が続く。

 

「我々は、労働者の権利を勝ち取るため、断固抗戦するのみ!妨害は許さん!!」

 

「ハイハイ、そこまでそこまで!お兄さん、なんかお困り?」

 黄泉川は困り顔の運転手の前に立ち塞がり、詰め寄っていたデモ参加者に向き合った。額に「ゼネスト貫徹!」と書かれた白い鉢巻きを付けた男は、ギラギラとした目で黄泉川を睨みつけた。

 

「アンチスキルか。理事会、政府の手先が邪魔立てするか」

「この人が、あなたらになんかしたんですか?仕事中のドライバーのようだけど」

 口角泡を飛ばす相手に向かって、黄泉川は平静に聞く。感情が昂る人間の対処は、普段からの教師として、またアンチスキルとしての仕事柄、慣れたものだった。相手は運転手を指差して大声を出した。

「抗議活動をやめろと脅迫をかけて来た!これは、表現の自由と、争議権の侵害だ!」

 

「んなことしてないっすよ。俺はただ、次の配達先があるのに勝手にバイクをどかされてたから、やめてくれって頼んだだけで……」

 困り果てた顔で、制服姿の運転手が黄泉川に言った。

 黄泉川はため息をひとつつくと、再び口を開いた。

 

「この人も、私らアンチスキルも、あんたらの活動にどうこう口を挟むつもりはないよ。限度を守って平和的にやってる限りは、ね」

「その平和を脅かすものへ、我々民衆の意思を突きつけるのだ!」

 デモ隊メンバーは、誇らしげに作業着の胸を張った。

「アーミーの司令官だ。この先の大病院へ姿を見せるらしいからな。アンタらアンチスキルだって、アイツらのことは好きじゃねえだろう?」

 

「分かった、分かったよ、どうぞ、お行きなさいな」

「くれぐれも邪魔するなよ?俺も、誰も彼も、()()()、個人の自由意志でここにいるのだからな」

 黄泉川の言葉に、デモ隊メンバーたちはフンと鼻を鳴らすと、隊列に戻り、声高らかに歩いていった。

 

 

 

「……だそうです、運転手さん」

 黄泉川は、周囲の喧騒にかき消されないぎりぎりの声量で、運転手に向かって声を潜めた。

「この人らは気が立ってる。しばらくすれば、ここも通れるようになると思うから……」

 

「なんだよそりゃあ」

 あからさまに、運転手は残念そうな顔をした。

「アンチスキルだろ?なんとかしてくれよォ、頼りになンないなァもう……」

 

「あの、黄泉川先生。もっとちゃんと対応すべきじゃ……」

 おずおずと鉄装が言った。

「だって、今みたいに一般の人の往来が阻害されてるし、私らは何も聞いてないし、無許可デモじゃないんですか、これ?」

 

 鉄装の疑問に、さもありなんといった風に黄泉川は頷いた。

「まあ、許可はとってないだろうね」

「だったら、どうして!」

「よく使う手さ。さっきの男も言ってたじゃん?不満をもつ個人がたまたま同じ時間に、たまたま同じ場所で、たまたま同じ独り言をコールして、()()()()同じ方向に歩いているのさ。これは、組織化された行動じゃなく、個人の集まり。もっと言えば、普段より人通りが多すぎるだけだとね」

「そんな!法律では―――」

「道交法の77条、道路の使用許可のことを言ってるなら、確かに学園都市でも適用されるよ?けどね、一般の交通を阻害する状況ってのは、スピーカーやら演説台やらの、大きな、すぐに動かせない障害物を置いた場合とみなすって判例ができちゃってんじゃん。この人らは人数だけはデカいけど、モノで道を塞いでるわけじゃあないからね」

 

「……なんか、スッキリしません」

 鉄装が不満げな顔をするのを見て、黄泉川は再びため息をついた。

「まあ、私だって気持ちはおんなじよ。これだけ大勢の人間が、すぐにゲリラ的に集められたってのは、誰かが何らかの号令をかけてるとみて間違いないね……どっちにしろ、下手に刺激して、東京のような暴動になったら、今の段階じゃあ、人数差で私らは押さえ込めない。アーミーがどう動くか……機動隊(マルキ)を出張らせたりして、キナ臭いことにならなければいいけど」

 

 黄泉川はそこで、ふと腕時計をみて時間を確認した。

「道草食っちゃったじゃん、さあ、行くよ」

「えっと……どこでしたっけ」

「しっかりするじゃん、鉄装。デモ隊を観光しにきたんじゃないんだから」

 黄泉川は、デモの列が気勢を上げて歩いていくのとは別方向に目をやる。

「セブンスミスト。パトロールついでに、虚空爆破事件の聞き込み、やんよ!」

 

 

 

 黄泉川と鉄装が話している前を、デモ隊の列に紛れて、一人の男と若い女が進んでいく。二人とも、帽子を身に付けている。

 

「俺はこれから、『ポイント』へ向かう。2時間後に落ち合うぞ」

「……うん」

「さっき伝えた仲間に紛れろ。俺がやり遂げても、仕損じても、ためらわず投げろ。いいな?」

「……」

「ケイ!」

 怒鳴る竜作を後目に、分かったよ、と腕をひらひらさせたケイを見て、不満そうな顔をしながら竜作は早足で先へ進んでいった。

 

 ケイの視界には、デモの隊列の向こうに、白色の横縞が入ったアーマーを身に付けた人影が、いくつも見えた。

「……警備員(アンチスキル)……」

 本当にうまくいくのだろうか。と、ケイはジャケットの内側に忍ばせた「武器」に僅かに触れながら考えた。竜作の大声が脳裏にこだまし、咽返るような人並みの中で、ケイは自分が孤独だと感じていた。

 

 

 

「れ、超電磁砲(レールガン)!?あの常盤台の、第三位!?こないだ、銀行強盗を丸焦げに焼き上げたという、あの!?」

「さ、佐天さん、声がいくらなんでも大きすぎますよ……」

 デモ隊の喧騒から少し離れた、車も行き交う大通り沿いで、興奮した佐天涙子の声が木霊する。初春飾利は唇に手を当てて、涙子の肩を押さえた。

 目の前の少女の昂る様子を見て、御坂美琴は苦笑した。

「あ、アハハ……それほどのことは」

 その御坂の後ろから、コホンと咳払いが聞こえる。

 

「初春……もしや、お友達を連れて警邏活動に当たろう、等とは考えていませんわよね?」

「え!いやァ、ほら、上からも指示があったじゃないですか。虚空爆破の犯人の狙いをかわすために、腕章はナシ、あくまでも、アンチスキルが動いた場合の補助でいいって……」

 ジトリと見やる黒子に、初春は頬を掻きながら答えた。

 

「白井さんこそ、なぜ御坂さんと一緒に?」

 

「ああ、それは私が―――」

「じゅ、巡回先にたまたまお姉さまも用事があるとのことで、同行しているだけですのよ!?」

喋りかけた美琴を遮り、黒子が捲し立てる。

「決して、職務を放って、お姉さまの試着の様を目に焼き付けようなどとは露ほども考えておりません!」

「聞かなかったことにします」

初春は苦笑いを浮かべた。

 

「よく分かんないですけど……御坂さんも、ここで買い物を?」

 初春は、青を基調とした建物の看板に目を移して聞いた。

「ここ、フツーのチェーン店ですけど……」

 

「全然いいの!私ら、外出時は基本、制服着用だから」

 美琴は手を振って答えた。

「服はどこだっていいと思ってるよ」

 

「くゥ~……常盤台のエースたる御坂美琴さん、レベル5ながら、私たちと同じ視点に立って物をお考えとは……!感激しましたッ!」

 そう言うと、涙子は前に進み出て、美琴の手をがっしり握ると、ぶんぶん振り回した。

 

「私、佐天涙子っていいます!初春の友達です、どうかお見知りおきを!」

「あ、ハイ、よろしく、佐天さん……」

 美琴は、涙子の勢いに若干気圧されているようだった。

 

「ねえ、佐天さん!自分ばっかり目立っちゃダメですよ!」

 初春が頬を膨らませて言った。

「今日は、彼女に似合う服を探しに来たんでしょ?」

 

「あ、ごめんごめん―――御坂さん、もう一人、友達を紹介します、ウチの中学の先輩なんですけど―――」

 

 涙子と初春に促され、同じく制服姿の、しかし涙子よりも背の小さい少女が恥ずかし気に進み出る。

 

「あなたは」

先に反応したのは白井だった。

「あの時の!傷はもう大丈夫ですの?」

「なに?黒子、この人と知り合い?」

きょとんとした顔で美琴が聞く。

 

「え、えっと……カオリっていいます」

 小動物を思わせる上目遣いで美琴と黒子を窺いながら、カオリがおずおずと言った。

「初春ちゃんや、涙子ちゃんから話は聞いてます。白井さん、私を助けてくれて、ありがとうございました」

 

ぺこりと頭を下げるカオリに、黒子が微笑んだ。

「いえ、お元気そうで何よりですわ。ジャッジメントとして、当然の務めですの!」

 

「カオリさんね」

 美琴も笑って、手を差しだした。

「こちらこそ、よろしく!」

 

 二人の手が、ぎゅっと交わされた。

 


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