【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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島鉄雄が、多重能力者(のよう)であることについては、禁書目録の世界観に基づいた理由付けがあります。後々描写する予定です。


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「どう思う……」

 敷島大佐が、唸るように言った。隣では、Dr.大西が手に持った端末の画面をひっきりなしに指で撫ぜている。

「は……何せ先ほど申し上げた通り、類似の反応の検出が相次いでいる物で、断言はできませんが、学生街を起点としたトレースに基づけば、41号の仕業とみて間違いないかと」

 

「類似、類似だと!」

 やりきれない怒りを噛み締めるように、大佐が言った。

「これほどの力を振り回す輩が雨後の筍の如く現れてたまるか!!」

 

 大佐と大西がいる路地では、アーミーによる規制線が張られている。大佐達の目の前には、まるで戦車に轢かれた後のような乗用車の残骸がある。高さが大人の腰程にまで圧縮され、その下の路面すら細かく破砕され陥没している。アスファルトの亀裂は、車が押し潰された場所へと向かって、まるで蜘蛛の作る円網のような模様を描き、行使された力が車へと集中した様子を物語っていた。

 

「複数の目撃者から、15分程前に、先ほど41号が現れた服飾店のある通りから、こちらへ向かって早足で歩く4,5人の若者がいたと証言を得ています」

 部下の報告に、大佐は眉間の皺を深くする。

「……あの車の中に、何人いたか、最早数えることもできんのだろう」

 

「は、仰る通りで……機材を使えばこじ開けることはできるでしょうが、外から目視した限り、その……身体の損傷が激しく、身元特定には時間がかかるかと」

 

 大佐は、ひしゃげた車体にこびりついた血痕を睨んだ。かつて窓があったであろう場所から、ジャムパンの中身がこぼれたように、下に向かって垂れていた。

 

「奴はいつの間にこれほどまで能力を高めたのだ?」

 

「脱走後に何らかの作用が、41号にあったとしか考えられません。この短期間でこれほどとは!」

 大西の言葉には、どこか愉悦のようなものが感じられる。大佐は、自分よりもずっと背の低い科学者の頭部を忌々し気に見つめた。

 

「スキャンの範囲を広げろ。まだそう遠くへは行っていない筈だ―――空間移動の力に成長がなければの話だがな」

 

「あのう、大佐、お言葉ですが……」

 大西は、おずおずと言いながら大佐を見上げた。大きな目は、どこか探るような視線を放っている。

「その、大佐の指揮権は、まだご健在で……?」

 

「よく分かっているようだな」

 大佐は大西を見返して言った。

「そちらの言う通り、まさに時間は惜しいのだよ」

 

 

 

 ――― 繁華街

 

「やつら、催涙ガスまでつかってやがる!あの大佐め、早死にしたいのか!」

 竜作が、忌々し気に吐き捨てた。ケイにも、目尻をつつくような、ツンとした刺激臭が感じられた。

 

 いくら本質的には不法のデモ隊を取り締まるためとはいえ、アーミーの対応は過剰だ。既に、何十人という参加者が制圧され、拘束されている。そんなアーミーの攻勢に、デモ隊側も黙っていない。先鋭化した参加者たちが、暴徒と化して、激しく抵抗したり、通り沿いの店舗に矛先を向け、破壊行為を行ったりしている。道端に警備ロボがいくつも煙をあげて倒れているのも目にした。アーミーがやっていることは、火に油を注いでいるのと同じだ。

 これでは、政府どころか、統括理事会が黙っている筈がない。あの図体のでかい指揮官が引き摺り下ろされるなら、ケイも願ったり叶ったりだったが、学生にとって憩いの場となる筈の美しい街並みが壊されていくのは忍びなかった。

 ケイ達は、走り回る人波に紛れて、指揮官の姿を探し、目を光らせながら、機動隊から離れた方向へと移動していく。

 

「武器を捨てなさい!違法行為です!」

 ふと、ケイの耳に、毅然とした声が聞こえて来た。

 眼鏡をかけ、ブラウスの上に濃紺のベスト、黄色いネクタイを付けた女子高生が、デモ参加者の男に相対している。腕章は付けていないが、風紀委員(ジャッジメント)だろうか。

 

「お姉ちゃん、こわいよ……」

背後には、小学生ぐらいの女の子が怯えた表情をして隠れていた。

 

「あんたら学生には用はねえ!俺たちはアーミーにやられてんだ!あっちを取り締まれよ!」

「その、ポケットに忍ばせたもの、折り畳み(フォールディング)ナイフ……あなた、本当にただのデモ隊?」

 ケイは、その女子高生と会ったことがあるのを思い出した。喫茶店での爆破事件の時に、水流操作(ハイドロハンド)の男と戦っていた、ジャッジメントだ。確か、白井黒子の先輩格だったか。

 

 ジャッジメントの少女の言葉を聞いた男は、激昂した。

「てめえ、何で分かった―――まさか、能力者風情か!だったら話は別だ」

 男が、懐から何かを取り出し、振った。ギラリとした刃が見えた。

「お前ら、奨学金がっつりもらえるんだってな―――いい暮らしをできるのは、俺たちから搾り取られた税金のお陰って知ってたか?得体の知れねえバケモノが!!」

 

 ナイフを振り上げ、男がジャッジメントの女子高生へ向かっていく。女子高生の顔が怯えた物となり、背後の少女は、彼女の手をきゅっと握って目を瞑った。

 

 

「街の安全を守るために、日々働いているのに―――なんで狙われなきゃならないんですか?」

「街の人々の暮らしを守るのが、私共ジャッジメントの役割ですから」

「―――今日は、私たちを助けていただいて……ありがとうございました―――」

 

 

 ケイの脳裏に、あの日、ジャッジメントの少女達からかけられた言葉が蘇る。

 

 次の瞬間、ケイは猛然と駆け出していた。

 先に進もうとしていた竜作が何か叫んだが、気にしている場合ではない。

 

 ケイは、ナイフを手にした男に背後からタックルし、地面に倒した。

 すかさず、背中に乗り、頭を両手で抱え上げると、思い切り地面に打ち付けた。

 男が自身の顔面を手で覆い、呻き声を上げながらのたうち回る。

 舌を噛んだか、顎が砕けた筈だ。

 

「逃げて!」

 ケイは、はっきりとジャッジメントの顔を見て叫んだ。

 眼鏡の奥の目が見開かれる。

「あなた―――あの時の」

 

「お姉ちゃん、かっこいい!ありがと!」

 不安そうな顔から一転、顔を輝かせた女の子が、ケイに向かって礼を言った。可愛らしい二つ縛りを飾り付ける緑色の鈴が、凛と鳴った。

 ケイは、礼を言われたことに戸惑いつつも、一瞬、女の子に向かって小さく笑みを浮かべた。

 それから、すぐにジャッジメントへ向き直る。

 

「ここは危険。早く逃げて」

 

「ええ、だけど、あなた―――」

 ジャッジメントの少女が、ケイの脇腹当たりに目をやる。

 ケイは、しまったと思った。このジャッジメントは、透視能力(クレアボイアンス)の持ち主だった。

 ジャケットの内側に忍ばせた発煙弾を、ケイは思わず服の上から触った。竜作が大佐に奇襲をかける際の陽動として使おうとしていた物だ。

 

()()()、私には分かるの」

 ケイが、困惑したジャッジメントの視線を察し、言った。

「ここは危ないから、早く―――」

 

「何してる!」

 ケイの腕が突然引かれた。竜作が焦りを顔に浮かべて、ケイを連れ出した。

 

 ジャッジメントの少女がじっとこちらを見ている。ケイはあっという間に人波へと紛れて、彼女の視界から去った。

 

「あいつはジャッジメントだろう!この状況で何考えてんだ!」

「街の人々を、守ろうとしてる!」

 怒鳴る竜作に、ケイは言い返した。

 

「はァ?」

「あの子たちは、罪のない人々を守っているの!」

 竜作の手を振りほどき、ケイは叫んだ。

 

「私たちだって、目的は一緒のはず!あの子が襲われるのを黙って見ているなんて、できなかった!!ねえ、私、間違ってるの!?」

 ケイは、両の拳を握り締めて言った。

 周囲の喧騒が、どこかガラス1枚隔てた物の様に、ケイには感じた。それだけ、今の自分は孤独だった。

 目を瞑って立ち尽くすケイを前にして、竜作は押し黙るしかなかった。

 

 

 

「これは……ひどい……」

 ケイ達からやや離れた場所に立つ黄泉川は、鉄装の漏らした言葉に共感し、唇をきゅっと結んだ。

 デモ隊の大多数が、アーミーとは逆の方向へと頭を抱えて逃げ惑っている。気勢を上げて、シュプレヒコールを主張する看板や、どこからか持ってきたのか、スコップを振り翳し、アーミーへと殴りかかっていく者もいる。その一方、アーミーの、特に灰色の防護服に身を包んだ機動隊は、シールドで隊列を組み、黒い波のように通りの人々を威圧し、押し除けていく。抵抗するデモ隊参加者は、数人がかりのシールドで小突かれ、地面に倒され、警杖や警棒で叩きのめされている。シャツをまくられ、アスファルトの上を血だらけになりながら、半ば引きずられるようにして護送車に連れていかれる者もいた。暴徒の仕業か、あちこちの店舗や建物のガラスが割られ、一部からは煙が上がっているのも確認できる。

 

 虚空爆破(グラビトン)事件の犯人を無事拘束した後、再び通りに出た黄泉川の目に映った学生街は、怒号と、悲鳴と、足音が乱れ交い、普段の活気溢れる様相とは一変していた。黄泉川は緊張を滾らせながら、辺り一帯を目視する。通りに出ている若者、学生の姿は見られない。皆、通りから去ったか、屋内に避難し、息を潜めているのだろうか。

 

「この連中を落ち着かせるのは無理じゃん。けど……逃げ遅れた子どもがいないか、探さなければならんね」

「黄泉川先生、あの、ご無理なさらない方が……」

 鉄装が不安そうな目で黄泉川を見る。

「あの少年―――島鉄雄から受けた念動力、まるで圧し潰されそうな……私も正直、歩くのもしんどいです。体のあちこちがまだ疼いて」

 

「鉄装こそ、休んでな」

 黄泉川は、小脇に抱えていたヘルメットを被り直す。鉄雄から受けた攻撃の圧力で、顔面の耐衝撃バイザーにヒビが入っている。

「私なら、大丈夫。まだやれる。困っている子を、助けなきゃ―――」

 

 その時、黄泉川の無線に連絡が入った。

 

『黄泉川、聞こえるか!』

「支部長!」

 黄泉川はマイクに向かって声を張り上げた。

 

「ここはまるで戦場です。他支部にも声をかけて、人員の増員をすぐに―――」

『そこから撤収しろ、黄泉川』

「え―――はァ!?」

 黄泉川は、電話口から聞こえた上司の言葉に耳を疑った。

 

「この状況は、学生にも危険が及ぶこと、明白だと思いますが!」

『デモ隊とアーミーの間で起こっていることだ。我々が介入する義理はない。こちとら人員が足りないことなど分かり切っている。今は、勝手にやらせておけ』

 

「機動隊が強行鎮圧に乗り出しているし、そのせいでデモ隊も暴徒化している!それを分かっての指令ですか!」

『そうだ』

 にべもなく工示が言った。

「今、そこの通りの東西の両端に検問を敷いている。猫を噛むネズミ共をそこから出さなければいい話だ。後々、チーズを食い荒らした連中にも、走り回った猫共にも、相応の賠償を請求するさ。破壊された建物のオーナーたちには、しばらく耐え忍んでもらうことになるが……とにかく、我々七三支部は、検問に当たればいい。いいか、これは命令だ」

 反論しようと黄泉川は口を開いたが、通信は切られた。

 

 

 

「なんだよ、これ、めちゃくちゃじゃん……まじ、うざってえ」

 数人の男女の学生が迷惑そうな顔をしながら、道沿いのファミレスへと向かって黄泉川の傍を足早に通り過ぎていく。

 

 その集団へ、暴徒の一員が叫び声を上げ、顔を両手で覆いながら突っ込んだ。催涙スプレーで目を潰されているようだ。

 押し倒される格好になった女子学生が、悲鳴を上げた。

 

「な、なにこの人、アタマおかしいって!離れてよ!」

「てめ、あっち行けコラ!」

 仲間の男子学生が、もがく暴徒を女子から引き離し、両手を突き出した。そこでは突風が吹き、暴徒を弾き飛ばした。

 

「見ろ、仲間がやられたぞ!」

「能力者め!敵だ、囲め!!」

 殺気立った男たちがあっという間に集まって来たことで、学生たちは一気に青褪めた。

 

「まずい!」

 逃げ惑う人並みに逆らうように、黄泉川は囲まれた若者を救おうと駆け出した。

「黄泉川先生!」

 後ろから鉄装が叫んだが、振り返らず黄泉川は向かっていく。

 激しい人の動きの中を、黄泉川はぶつかり、よろけながら進んだ。

 

「やめるんだお前ら!」

 学生と暴徒集団の間に、先に割って入った者がいた。

 防弾ベストを身に付けた、アーミーの士官だ。まだ若く、少年のような顔つきだった。学生たちを庇うように、両手を広げて立ち塞がっている。

 

「叩き潰せ!」

 抗議の文言が描かれた看板を振りかぶった一人が、兵士に向かってそれを振り下ろした。バキッと木が折れる音がして、兵士は呻き、膝をつく。その間に、学生たちは頭を抱えて命からがら店舗の中へ逃げ込んでいく。

 他の暴徒が、ここぞとばかりに殴打し、蹴りを入れた。兵士は地面に倒れ丸まっている。

 

「よせ!!」

 黄泉川は歯を食い縛り、シールドの取っ手を握る手に力を込めた。体をシールドごと押し出すようにし、体当たりすることで、兵士をリンチする暴徒たちを蹴散らした。

 

「おい、アンタ、しっかりするじゃん!」

 声をかけながら、黄泉川は顔の至る所を赤く腫らした若い兵士に肩を貸した。兵士が何事か言うように口を動かすが、途端に咳込んで言葉にならない。

 黄泉川は兵士を支えて歩き出した。

「ひとまず、ここから逃げ―――」

 

 その瞬間、突然黄泉川の目の前に黒い塊が飛んできて、黄泉川は咄嗟に目を瞑った。

 額の辺りに鋭い痛みが走り、黄泉川は自分の体が奇妙に浮かぶような感覚を覚えた。

 

「黄泉川先生…… ・ ・ ・ 」

 聞き覚えのある声がしたが、ローパスフィルターを通したように籠っている。自分を呼んでいる。

 鉄装。大丈夫だ、自分なら大丈夫……

 

 上半身から倒れ込んだ路面は、夏の陽気によって熱され、まるでホットプレートのようだった。頬にヒリヒリとした熱さを感じた後、黄泉川の意識が、黒ずんだまどろみの中に沈んでいった。

 


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