【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 1台の黒塗りの車が、学園都市の街中を走っていた。分厚いスモークガラスの表面を、ビル街の姿が反射して流れていた。

 

 運転席と助手席には二人の黒服の男がいて、助手席の男は目の前に設置された機械をしきりにいじりっている。機械は地図が表示されたディスプレイと、レコーディングミキサーで使われるような大小様々なレバーがついている。男はインカムに向かって何事か早口で更新している。

 

「第七学区でのクラス2警報発令について、統括理事会から承認が下りました」

 

警備員(アンチスキル)からの退去要請を拒否しました」

 

「26号の現在位置は、メインストリート東、座標は……」

 

「現地の部隊の追跡は?」

 後部座席に座るのは、厳しい目つきをした敷島大佐だ。

 

「対象が商店街を抜けて逃走しており、まだ捕捉できていません。」

 

「鈍足めが……それにしても抜け道を知っているかのような逃げ足の速さだな?」

 

「26号は身元不明の人物に同伴して移動している模様です」

 

「何?」

 大佐は目を細めた。

「何者だ」

 

「追跡班の画像によると、第七学区の学生ではないかと思われます。」

 

「見せろ」

 助手席の男が端末を操作すると、後部座席側に設置されたディスプレイに画像が映し出された。髪の毛が逆立った、白シャツと黒ズボン姿の細身の人物が、子どもの体格をした人物の手を引いている。

 

「高位能力者である可能性は?」

 

書庫(バンク)にアクセスした限りでは、少なくとも大能力者(LEVEL4)以上の登録上の人物で、類似した外見の者はありませんでした」

 

「であるなら容易い。こいつも拘束対象に加えろ」

 大佐はその画像をじっと見つめた。

 

「はっ」

 

「ラボを呼び出せ」

 

「はい?」 

 大佐の一言に、前の2人の黒服は明らかに驚いた様子だった。

 

「27号ですか!?」

 運転席の男が声を上げた。

「しかし、第七学区に更に被験体(ナンバーズ)を出すのは―――」

 助手席の男は振り返って、サングラス越しに大佐を見た。

 

「兵隊が十人だろうが百人だろうが、取り囲んで捕えられるなら苦労はせん」

 大佐は、腕組みをする両の握る手に力を込めた。

「急げ!時間が惜しい!」

 

 

 

 

 

7月2日午後 ―――第七学区 路地

 

「なんで追っかけてくんだ!何したっていうんだよ!」

 金田達の目の前には、白シャツとスラックスという、いかにも高校生らしい少年が、焦りと憤慨の表情を浮かべていた。こちらを睨みつけながら、両手をやや広げて立っている。背後は行き止まりだ。メインストリートから商店街へ入ると、アーミーが既に人払いをしたのか、通りに目立った人の気配はなかった。金田達は、二人を商店街から更に脇に逸れた、袋小路に追い詰めていた。

 少年は背後に隠れた小男を庇うかのように、一歩後ずさりした。

 

「手前じゃねェよ、用があンのは、その後ろの坊ちゃんでさ」 ポケットに手を突っ込んだ金田が笑みを浮かべて言った。金田の後ろには甲斐と山形が、退路を塞ぐように立ち、更に他の仲間が路地の出入り口を見張っている。

 

「そいつのお陰で鉄雄……お前は知らねーだろうが、俺達のバイクチームのスクラム・ハーフなんだがよ。今、入院してンだけどもよォ、もし会ったら色々世話になったからよろしくって頼まれてンだよ」

 

「ふざけんなよ」

 少年が怒りを込めて言い返した。

「てめぇらのうるせぇ暴走がなんだか知らねーけど、てめぇらのやってることはただの憂さ晴らしだろうが!それに小さな子供を巻き込んで、許されると思ってんのか!」

 

「うるせぇな!」

 山形が凄んだ。

「いいご身分の学生様が粋がってンじゃねェよ!俺らの何が分かるってンだよ!」

 

「何だと!」

 

「まぁ山形、待てよ」

 金田は反して落ち着いた声で言った。

「アーミーが追っかけてきてることだし、時間はかけられねェ。そのガキが」

 金田は少年の背後で震える小男を顎でしゃくった。

 

「―――(とし)がなんぼだかしらねーけどさ、ただのガキじゃねェってことは分かンだ。お前はとっととこっから失せな」

 

「この子をどうするつもりだよ」

 

「どうする」

 金田は甲斐と山形を見やった。

「細けェことは後にして……」

 

「とりあえず、鉄雄の怪我の分だ、5・6発ぶん殴っとくか」

 

「馬鹿言いやがって!」

 少年は歯を食いしばった。

「この子の様子を見てみろ!明らかにおかしいだろ!病院に早く連れて行かなきゃ――――」

 

 メインストリートでアーミーに囲まれてから十数分。小男の顔は汗が吹き出し、息も走ったこと以上に荒く、上がっている。

 

「なら、猶更だ。早くどいてくンねぇと、お体に障るぜェ」

 金田と甲斐、山形が一歩踏み出した。その時、小男が大きく震えて、真一文字に口を結び、眉間に深く皺が刻まれるほど強く目を瞑った。

 

「あっ―――」

 少年は、周囲の異常を見た。ビルの壁際に積まれていた、ゴミ箱や得体の知れない袋、廃棄された自転車など、雑多なものが、少年の頭上より高く、4~5メートルほど浮かび上がっていた。

 金田たちも目を丸くして、その場に固まった。

 

 次の瞬間、浮かび上がったそれらが、金田達へ向かって、銃口から放たれたかのように、一気に直線的な軌道で向かった。

 

「うわぁああああ!!!」

 3人は体をかばったり、横に飛んだりして身を守ろうとした。地面に炸裂した、硬質な箱が大きな音を連ねて地面に激突し、空き缶でも入っているのだろうか、中身は金属音をけたたましく響かせた。。雑誌か何かの紙クズが頭上に広がって散らばるその様は、一斉に飛び立つ鳩の群れのように見えた。自転車もまたガシャンと大きな音を立ててバラバラになり、片方のタイヤがまり玉のように跳ねながら、小男の方目がけて飛んできた。

 

「危ない!」

 少年は咄嗟に、両手で小男を押さえつけて庇った。小男と一緒に、少年はジメジメした薄汚れた固い地面に倒れ込んだ。

 

 不意にやかましかったその場が静かになった。羽ばたいていた紙の群れは、蒸し暑く淀んだ空気の中を静かに落ちていき、おもちゃ箱をひっくり返したかのような缶ゴミや機械の部品は、それらに見合っただけの音を立てながら転がり、徐々にそのスピードを遅くしていた。

 金田達もまた、地面にうずくまっていた。甲斐は「血が……」と呻きながら、擦りむいた右手を見ていたし、山形は額を打ったらしく手で押さえていたが、目立った怪我はないようだ。金田は膝を突きながら、小男を睨みつけた。

 

「……その力か……」

 

「えっ?」

 少年の耳に金田の呟きが届いたようだ。

 

「その能力(ちから)で鉄雄を……」

 金田の脳裏には、警備員の詰所で黄泉川から見せられた映像が蘇っていた。金田の声色は、先ほどまでの落ち着いたものではなく、静かな怒気を孕んだものだった。

「何の能力者だ手前―――いや―――」

 金田は立ち上がった。

「一体、何者(なにもン)だ?」

 

 小男は、目を丸くして、金田を見て、それから、自分の肩を掴む少年の右手を見た。

 そこで、少年はハッとした表情になり、言葉を発しようと口を開いた。

 

「おいィ!金田ァ!」

 見張りに立っていた仲間の一人が叫んだ。

「アーミーが嗅ぎつけたぞ!」

 

 ヤバい!と、金田達は後ろを振り返った。

「どうする!?」

 甲斐が金田の方を見た。

 

「アーミーに捕まるのはごめんだ―――逃げるか!」

 山形が言った。

 

「あぁそうだな!勿論―――」

 金田は猛然と走り出した。少年と小男に向かって。

 

「こいつを連れてな!」

 金田の鋭い蹴りが、少年の腹にめりこんだ。少年の腹から強制的に空気が口をついて出て、たまらず半回転して地面に身を投げ出した。金田は乱暴に小男の腕を掴んだ。小男は振りほどこうとしたが、金田の握る手の力はそれを許さなかった。

 

「ごほっ―――待て―――」

 少年が呻いて立ち上がろうとしたその時には、金田達は路地の出入り口に向かって走り出していた。

 しかし、金田達にとっても安泰ではなかった。

 

「こっちに誰かいるぞ!」

 屈強なアーミーの兵士が5、6人、すぐそこまで迫っていたのだ。

「お前たち、何をしている!」

 

「ちくしょう!」

 甲斐は呻いて、アーミーたちが来た方向とは反対方向を指さした。

「逃げろ!」

 

「二手に分かれるぞ!」

 路地から小男を引っ張って飛び出した金田は仲間に呼びかけた。

「うまくアーミーを撒け!あとで春木屋(タコのみせ)で落ち合おうぜ!」

 

 山形は、先ほど小男に飛ばされて転がっていたゴミ箱を抱えた。閉まっていた蓋を思い切って開けると、山形は中身をぶちまけた。

「そらよっ!」

 あまり広くはない道に、多くの空き缶が転がった。

 

「うわっ!」

 数人の兵士が足を取られてつんのめる。

 

「よし、今だ!」

 金田は小男を引っ張ったまま、そのまま走り抜けようとした。

 

「待ち、やがれッッ!」

 しかし、その時に遅れて路地から飛び出してきた少年が、勢いをつけて金田の顔面を殴り飛ばした。金田は小男の腕を放し、倒れ込んだ。

 

「いっ―――てェな野郎ォ!」

 それでも、金田は殴り合いに関しては、恐らく目の前の少年よりずっと経験豊富だった。ひるまずに立ち上がり、少年に掴み掛る。

 

「こっちだって痛かったんだよ―――」

 少年は金田より頭一つ分背が高いため、顔面を押さえつけるような恰好になった。

 

「んだとこのォ!ひょろひょろしやがって!」

 金田は顔を抑えられながらも、少年の胸倉を掴んで引っ張り上げた。

 

「おい金田ァ!そんなことしてる場合じゃないって!」

 甲斐がひどく慌てふためいた。アーミーは先ほど山形によってひるまされたが、もう体勢を立て直し、数歩歩けば届く距離まで来ていたのだ。

 

「離せよこらァ!」

 山形は既に両腕を後ろ手にされて捕まえられている。

 

「まとめてこいつらを拘束しろ!大佐へ繋げ、26号を確保―――??」

 リーダー格と思われる兵士が怒鳴ったところで、けたたましいクラクションの音が鳴り響いた。間を置かずにエンジン音がクレッシェンドをかけて商店街に木霊し、揉み合う金田達に迫った。

 

「うわぁあああ!」

 金田と少年は、互いに掴み合ったまま、よろけるようにして避け、壁に体を打ち付けた。

 

 急ブレーキをかけて停まったそれは、警備員のパトカーだった。「73」と側面にペイントされているのが見える。助手席の窓は開けられていた。ポニーテールの女性が顔を出した。

「あれえ、あんたたち、何してんじゃんこんなところで!」

 

「あんた、こないだの先生―――」

 黄泉川だった。目を丸くして、金田達を見ている。

 

「黄泉川先生?」

 黒髪の少年が驚いたように声を上げる。

 

「えっ」

 金田は声を聞いて、たった今胸倉をつかんだままの少年の顔を見た。

「知り合いなのォ?」

 

「話はあと―――乗って!」

 ガチャリ、と後部座席のドアが開けられた。

 

「いいンすか?」

 

「いいから、早く!」

 金田の問いに被せるように黄泉川が叫び、窓から背後を振り返った。一旦は散らばったアーミーがつかつかと歩き、近づいてくる所だった。

「その子を連れてきて!」

 黄泉川が叫ぶと、少年がパトカーを避けて立ち竦んでいた小男に駆け寄り、手を引っ張って連れてきた。

 

警備員(アンチスキル)に警告!ここは第2級警報発令中だ、我々の警察権が優先される!妨害はやめなさい!」

 近づいてきた兵士が断固とした口調でまくし立てた。

 

「ハッ、うちの子らに手を出すんじゃないよ!」

 後部座席に、金田と小男を抱えた少年、更に反対側から甲斐と、兵士を振りほどいた山形が乗り込んだのを確認すると、黄泉川は叫んだ。

「出して!」

 

「はい!」

 運転席のもう一人のアンチスキルが返事をするやいなや、車は急発進した。アーミーが何事か叫ぶのが聞こえたが、金田達にそれを気にしている余裕はなかった。何しろ、男が4人も、小男を1人抱えて座るには、狭かったのだ。そこに、急加速による慣性が加わり、金田達はもみくちゃにされた。

 

「ってぇ!」

 

「いたいいたいいたい!手ェ踏んでる!」

 甲斐と山形が呻いた。

 

「黙って!少し我慢するじゃんよ」

 黄泉川が一喝する。

 

 金田はなかなか身動きが取れない状況で、隣に座る少年に向かって首を回し、睨みつけた。

「あとでてめぇ、タタキにしてやるからな」

 

「へっ、不良がうるせぇぞ」

 金田と少年が互いに罵り合う中、少年の膝に抱えられた小男は、肩で息をしながら、不安そうに身を縮めていた。

 

 

 

 

 

「大佐、26号は、身元不明の少年数名と共に、警備員(アンチスキル)の車両に乗って逃走中とのことです。」

 

「何?アンチスキルだと?」

 黒塗りの車内では、大佐が部下から新たな情報を得ていた。

 

「第七三支部のものと思われますが……」

 

「なぜ警備員がそこまで出張るのだ……!」

 大佐は歯噛みした。

「26号の現在地は?」

 

「はい、ここは……」

 助手席の部下がディスプレイを確認した。

「……このまま進むと、団地へ向かいます。第七学区の学生寮が多くある場所です。我々もそこへ向かいます」

 

「先に抜けると思われる箇所に検問を敷き直せ!絶対に逃がしてはならん」

 大佐は強く言った。

「“マサル”はどのくらいで到着する?」

 

「あと10分ほどかと……」

 

 大佐は窓の外を見た。ビルが立ち並ぶ中心街は既に遠くなり、閑静な街並みへと変わりつつあった。

「外は餓えた獣だらけだ、被験体(ナンバーズ)にとっては……一刻も早く、守らねばならん」

 

 黒塗りの車は、静かな街並みの中を、そこにそぐわぬ姿で、走り続けた。

 

 

 


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