【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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良いお年を。


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 痛い。

 口の中は鉄臭い血の味で満ちている。

 足は両方とも捩じ曲げられた感覚があり、力が入らず、地面に這いつくばるばかりだ。

 そして何よりも、背に突き立てられた物。先端を鋭く折られた枕木が、体を投地した鉄雄の背に、深々と刺さっている。辛うじて脊椎は外れているが、(あばら)を押し曲げる程に突き立てられたため、内面から鋸を引かれるような耐え難い痛みが続いている。

 

 島鉄雄は、細かなバラスト交じりの血反吐を咽吐いた。

 無駄なことだと分かっていても、何とかまだ力の入る片腕を伸ばしてその場を逃れようとする。

 

 

 

 シューズが、伸ばされた鉄雄の指先を踏みつけた。

 鉄雄は苦悶の声を上げる。

 ただ踏みつけられている痛さではない。突き抜けるような痛みの跡、指先の感覚は唐突に無くなった。

 汗まみれの瞼をこじ開けて見ると、片手全体が、地面へとめりこんでいく。信じられない光景に、鉄雄は嗚咽を漏らした。

 

 そして、顔を上げた。

 

 自分の手を踏みつけている、痩せた人物が、細長い月を背景に、こちらを見下ろしている。

 戦いを挑んだのはつい数分前。しかし、まるで自分の攻撃は通じなかった。

 衝撃波も、念動力で飛ばした物体も、何もかもが弾き返され、自分を襲う凶器となった。

 それだけではない。たった少し触れられたかと思えば、とんでもない勢いで鉄雄は吹っ飛ばされ、地面に、コンテナに叩きつけられた。

 

 鉄雄は、目の前の人物に、今までに感じたことの無い恐怖を感じていた。

 圧倒的な力量の差を眼前にした、恐怖。

 

 夜の闇に慣れた鉄雄の目は、色素の抜けた前髪の向こうの、男とも女ともとれる中性的な顔立ちを視認できる。

 

 その人物の目は、鮮血を散らしたような赤い瞳で、それでいてどこまでも冷たかった。

 まるでこれから蟻を踏みつけるかのような、つまらなそうな目で、鉄雄を見下ろしている。

 

「やめ、―――やめろ、オイ―――やめてくれ……」

 鉄雄の息遣いは、鼓動と共に速くなるばかりだった。

 

 自身の片手首が、メリメリと音を立てて骨を砕かれていく。肉が、ミートハンマーで叩かれるように潰されていく。砂礫を皮膚下へと食い込ませながら、地面へと沈み込んでいく。

 

 自身の手から、肘、肩、やがては身体全体へと、鉄雄は死が自分を蝕んでいくのを感じた。

 

 

 

「ああああああああああ!!!」

 極限まで恐れを増大させた鉄雄が、ありったけの叫び声を上げる。

 

 眼前の人物は、俄かに驚き、目を見開いた。その途端、鉄雄を中心とした辺り一帯に、突如として地響きが鳴り渡り、地雷が爆発したかのように、大量の石礫や土が夜空へと舞い上がった。

 

 

 

 白い肌の人物は、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立っていた。

 遠くからの照明を受けて広がる光景をじっと見つめている。

 

 その背後で、土を踏みしめる音が幾つも聞こえる。

「計画外の戦闘は、予測された演算に誤差を生じる可能性があります、と、ミサカは懸念を表明します」

 一人の少女が、白い人物の背後から機械的に語った。

 軍用の夜間ゴーグルと、夏仕様の学生制服を身に纏ったその少女は、先ほど、貨物コンテナによって圧死した少女があたかも蘇ったかのように瓜二つの外見をしていた。

 

「今回の乱入者についての情報は未だ不明ですが、戦闘の状況からは、大能力者(レベル4)相当と推測されます。そのため、戦闘がもたらす能力成長曲線の歪みは無視できない物になり得るので、今後はセキュリティの到着を待ち、同様の事案を招くことは厳に慎んでいただきたい、とミサカは研究チームの要望をお伝えします」

 

 抑揚のない口調で述べる少女に対し、白い人物は一切顔を向けることなく、一つ大きく舌打ちをした。そして、ひらひらと片手を振った。

 話はそこで終わりだった。

 

 話しかけた少女は、口元の表情を一切変えず、その場を去っていく。彼女が向かった先では、同じようにゴーグルと制服を着た、超電磁砲(レールガン)と全く同じ容姿の少女が、デッキブラシを手に、コンテナにこびりついた血痕をこそぎ落としている所だった。

 

 白い人物は思案していた。

 学園都市の第一位たる自分に戦いを挑む者は初めてではなかった。それら「三下」は、自分に傷一つ付けられず、誰もが散々に打ちのめされ、命乞いをしながら、敗北していった。

 今回の相手の戦闘スタイルは、物体の投擲や衝撃波といった単調な物で、洗練されていない、その辺に転がっていそうな念動能力者(テレキネシスト)のやり口だと判断できた。そのため、いつものように力の向き(ベクトル)を操作し、全ての攻撃を相手へと返し、圧倒した。

ところが相手は、堪えられずに事切れるでもなく、絶望して発狂するでもなく―――忽然と姿を消した。

 つまりは、逃げられたのだ。

 

 学園都市に数多存在する能力者の最上位、たった一人頂点に君臨する一方通行(アクセラレータ)は、苛立ちを募らせ、ため息をついた。

 この実験場を警備する人員が2人、あの乱入者に殺されたらしい。まともに動けない位にはダメージを負わせたのだ。そう長くは持たないだろう。仮に生き延びたとしても、遅かれ早かれ、暗部の実験に首を突っ込んだのだ。すぐに身元が割れ、追っ手が差し向けられて、終いだ。もしもどこぞの対立組織からの鉄砲玉なら、その組織も落とし前をつけさせられることだろう。

 

 そう分かっていても、一方通行は釈然としない。

 

 (とど)めを刺す前に自分の手をすり抜けて逃げられたのだと思うと、苛立ちはなかなか消えなかった。

 

 一方通行は、先ほどに比べよりはっきりと舌打ちをした。その目の前には、テニスコートがすっぽりと入る程の広さの荒涼としたクレーターが広がっていた。

 

 

 

 

 

 7月19日、午前 ―――第七学区、柵川中学校

 

「あの島鉄雄って人……私たち風紀委員(ジャッジメント)にも情報が回ってきました。警備員(アンチスキル)は、彼を重要参考人……要は『帝国』の首謀者だってことで、正式に手配したらしいです」

 

 休み時間の教室の片隅で、初春飾利は佐天涙子と席を向かい合わせにしていた。初春が小声で明かす情報に、涙子が目を伏せる。

「カオリ先輩……大丈夫かなぁ」

 

 涙子の心配そうな声に、初春も頷く。

「昨日から、教員住宅の空き部屋に保護されてるらしいですけど、今日は学校に来てるのかどうか―――あれ?」

 

 初春が驚いて顔を向けた先、教室の出入口に、カオリが立っていた。

 涙子も驚いて声を上げる。

 

「っせ、先輩!」

 涙子の驚きの声に、教室のクラスメート達の視線が、一斉にカオリに注がれる。そして、ひそひそと噂話をするざわめきがさざ波のように広がる。

 

 周りの目をものともしない風で、カオリは教室を横切り、初春と涙子の傍まで歩み寄って来た。

「二人に、お礼を言いたくて」

 カオリが微笑んで言った。

「昨日は、私のために、危険な目に巻き込んでしまって……けど、たくさん気にかけてもらえて、ほんとに嬉しかったよ。ありがとう」

 

「先輩、あの、大丈夫、ですか……?」

 初春が、心底心配そうにおずおずと問い掛けると、カオリは笑みをより深くした。

「うん、わたしは大丈夫。ありがと、初春ちゃん」

 

「その、無理してないですか……昨日の今日で」

 心配を他所に微笑みを浮かべるカオリが、初春にとっては取り繕った表情に見えた。

 楽しい休日になる筈だったのに、虚空爆破(グラビトン)事件の犯人に人質にとられ、島鉄雄に襲われ……そうでなくても、カオリは今まで楽しいとはとても言えない学校生活を送って来た筈なのだ。ましてや、今日はセブンスミストでのテロ事件に巻き込まれたということが、噂に尾ひれをつけて、既にこの学校に広がり始めていた。普段以上の好奇の目が、カオリに向けられていて、それはカオリにとって苦痛であるに違いなかった。

 

 それでも、カオリは小さく首を振った。

「大丈夫だって―――わたし、自分が変わらなくちゃいけないから。昨日のことで、そう思ったんだ」

 

「変わる?」

「うん」

 涙子の疑問に、カオリは頷いた。

 

「今まで、いろんな人の言う事を聞いて、それに引きずられてばっかりで……そういう風に生きてきたんだと思う。だけど、初春ちゃんや涙子ちゃん、御坂さんや白井さんの姿を見て、自分はこうするんだって気持ちを、ちゃんと持たなくちゃいけないなって、そう思ったんだ……うーん、なんか、言い方が下手くそ?だよね、ごめん」

 

「先輩……」

 

「とにかく、もうわたしは心配されるばっかりじゃなくて、自分でも強くならなきゃ―――守ってもらうばっかりじゃなくてさ……もちろん、()には、もう守ってもらうわけないし」

 

 最後の方の一言は、とても小さい声だった。

 再び、「ありがとう」とぺこりと頭を下げると、カオリは初春と涙子に手を振って、教室を出て行った。

 

 

 

「……やっぱり、無理をしてるように見えるよ」

「私も、そう思う」

 初春と涙子が話していると、クラスメートのアケミが近付いてきた。

 

「ねえ、二人とも……」

 初春と涙子は、アケミの顔を見上げた。

「何?」

 涙子が聞き返すと、アケミは一息吸ってから、口を開いた。

 

「あの人と付き合うの、やっぱり、よくないんじゃない?」

「え」

 涙子が言葉に詰まった。アケミは話し続ける。

 

「昨日、セブンスミストで、あの『帝国』とかいう不良チームに絡まれたんでしょ?それでさ、あの先輩、元々バイカーズと付き合いのある悪い人でしょ……みんな噂してるよ。そもそも、あの先輩だって、その『帝国』とつるんでるんじゃないかって」

 

「それは―――」

 

「そんなこと、ないです!!」

 

 涙子が戸惑っていると、初春がガタッと椅子を揺らして立ち上がり、大きな声で言った。

 アケミが肩をびくっと揺らし、教室中の目が、今度は初春へと注がれた。

 

「あの人は―――カオリ先輩は、みんなが思ってるような人じゃないんです!優しくて、他人を想える人で―――ただ、今までちょっと傷つくことが多かったから……とにかく、どこぞのドラッグ撒き散らしてるスキルアウトと関係してるなんて、絶対ない!私が、ジャッジメントとして、()()()()()、断言します!だから……」

 初春は言葉を切ると、顔を紅潮させて俯いた。

 握り締められた両手が震えているのを、涙子が見つめていた。

「そんな噂話は、しないで、みんな。お願いします」

 

 静かに、噛み締めるように言うと、初春は席に座った。

「ごめん、アケミさん。熱くなっちゃって」

 

「ううん、でも、あたしは……」

 アケミが何か言いたげに、涙子の顔を見た。涙子は、小さく首を振った。

 

「……うん、初春さんがそういうなら、分かったよ」

 アケミが静かにそう言い、自分の席へと帰っていった。

 

「初春……」

 涙子がそっと名前を呼ぶと、初春は涙子に向かって、一度、はっきりと頷いて見せた。

 

 教室は、休み時間が終わり、次の授業が始まるまでの間、いつも以上に静まり返ったままだった。

 

 

 

 

 

 午後 ―――

 

「ねえ、ちょっと」

 3年生の教室から、荷物をまとめて帰ろうとしていたカオリに、声をかける者があった。

 教室で孤立しているカオリにとって、滅多にないことだ。カオリは不安に駆られて顔を向けると、そこには同級生である一人の女子の姿があった。

 黒髪を二つ縛りにした、内気そうな女子だ。確か、ユキといったか。

 自分によく突っかかってくる女子グループの一員だったので、カオリには見覚えがあった。

 

「少し、来てくれる?」

「え……」

「いいから」

 有無を言わせない口調だった。

 あのグループは、運動部に所属している勝気な一人の女子がリーダー格で、この子は陰に隠れている印象だった。こんな風に強い言葉をかけてくるのは意外だった。

 

 また、何か言いがかりをつけられるのだろうか。カオリは心が重たくなりつつも、どうせ逃げ場はないと諦めて、少しでも早くその場を切り抜けられるよう、指示に従うことにした。

 

 ユキはカオリを連れて、廊下を歩いていく。

 歩くたびに揺れるお下げを、カオリは上目遣いに黙って見つめながら歩いていた。

 

「昨日のこと、ホント?」

「えっ?」

 顔をこちらに向けないまま、ユキが突然話しかけて来たので、カオリは返答に詰まり、声を上擦らせた。

 

「いや、だからさ。セブンスミストのこと。人質になったって」

 

「あの……」

カオリは逡巡した。鉄雄君との繋がりをダシに、金を盗られるのだろうか。

迷った末に、カオリは思い切って正直に言う事にした。

 

「……うん、そうだよ」

 

「へえ」

 ユキは少しだけ、顔をカオリに向けた。

「……大変だったね」

 

「えっ!」

 

「何その反応、心配してあげてんだけど」

 

「……ありがとう」

 

 カオリにとって予想外の言葉だった。

 ユキは構わず、歩き続ける。

 

 普通教室棟を後にし、渡り廊下を過ぎ、特別教室棟の階段を上がる。

 

「あの、ここって……」

 たどり着いた先は、女子トイレだった。

 カオリが以前、いじめっ子グループからカツアゲされそうになった場所だ。

 カオリが落胆していると、ユキが今度ははっきりと顔を向けた。

 

「安心して。今日は、アンタじゃない」

「……どういうこと?」

 

 心配を露わにしているカオリに向かって、ユキは笑みを浮かべた。

 

「面白いモンが見れるの。きっと、アンタにとってもね」

 

 半信半疑で、カオリはユキに促され、女子トイレの中へ入って行く。

 

 

 

 個室が並ぶ廊下の入り口に立つと、カオリは息を呑んだ。

 

 まず、Yシャツ姿の男子が数人立っている。

 そして、彼らが囲む先に、頭から水浸しの姿で、誰かが座り込んでいる。

 

 グループのリーダー格の女子だった。

 唇を蒼白にし、わなわなと震わせている。茶色に染められた前髪が、額にへばりついている。水を被ってから間もないのか、髪や鼻、顎の先からは雫が滴り落ちている。リボンは水浸しの床に打ち棄てられ、ブラウスはぐっしょりと濡れて、下着の形や色が露わになっていた。いつもの勝気な様子は全く無く、恐怖に満ちた顔だった。

 

「どういうこと、これ」

 カオリが戸惑って振り返ると、後から入って来たユキが笑った。

 

「全部、コイツの仕業だったんだよ。笑っちゃうよね」

 

「仕業って?」

 

「盗みだよ、ねえ、ユミコ!!」

 

 ユキが指さすと、リーダー格の女子、ユミコはしゃくりあげた。

「ほんと、ごめん、もうしないから……許して……」

 

 取り囲む男子たちが、その様子をみてゲラゲラ笑う。携帯電話を向けて、写真や動画を撮っている者もいる。

 その様子を見て、カオリは、自分が苛められている時と同じような悪寒が背筋に駆け抜けるのを感じた。足元がふらふらしてきた。

 カオリはそれでもなんとか、湧き上がる疑問を口にする。

「で、でも、この人、自分も盗まれてたんじゃ……」

 

「私もそう騙されてたんだよ。でもさ、自演だったわけ。ぜーんぶね」

 ユキが言うと、男子の一人が手にしていたビニル袋を揺する。透明な袋の中に入っているのは、いくつもの財布だと、カオリにも分かった。

 

「ユミコのね―――コイツの能力は、光学操作だったんだよ」

「“だった”って?」

「あたしだって最近まで知らなかったもん。無能力者(レベル0)だって言ってたからね。で、コイツは、昔っから盗み癖があったんだってさ。さっき問い詰めたらそう吐いたんだよ。でも、ここんとこ急にうちらの学年、財布がなくなるの、増えたでしょ?それで、連帯責任っていうの?先生達に口酸っぱく説教されてさ、ムカつく―――そしたらなんのことはない、コイツがどう言う訳か、最近になって自分の体を透明化できるようになったんだってさ!それなのにあたしらは、コイツに命令されて、財布を探させられた。そんでアンタみたいな弱気なヤツをおびき出しちゃあ、イキってたわけよ。バカみたいじゃない?でもまあ……」

 

 ユキはまくし立てた後に、足元にあった清掃用のバケツを掴むと、カオリの横を通り過ぎてつかつかと歩き、思い切り中身をユミコへとぶちまけた。

 

「こう、ずぶ濡れじゃあ、透明になった所で、逃げられると思わないよね?ユミコ?」

ゲホッガハッと、ユミコは咳込んで涙を浮かべた。

「大体アンタ臭いんだよ。まあ、トイレの水ぶっかけたから当たり前か」

 

「おお、おっかねえなユキ……」

 男子の一人が囃し立てると、まんざらでもなさそうにユキがにやりとした。

 

「ていう訳でさ、あたしら今から、こいつに仕返しするとこなんだ。だってさ!今まで散々いいようにこき使われてきたんだ。ちょっとぐらいやり返したって、正当防衛(せーとーぼーえい)じゃん?そう思わない?」

 

「わたしは……」

 カオリは、一刻も早くここから逃げ出したい気分だった。

 財布がどうとか、自分もかつてユミコにひどい目に遭わされたとか、そんなことはどうでもよかった。

 ただ、自分と同じような責め苦に、違う誰かが、正に目の前で遭わされていることが、耐えられなかった。

 カオリの気持ちをよそに、ユキや男子たちがゲラゲラと笑う。

 

「なあ、どうするよ」

「とりあえず、服脱がしていい?」

「ええ!この臭いヤツを!?てめー趣味悪ッ!」

「けどさあ、俺、日頃っからムカついてたんだよねー。だってこいつ、(だん)バスの俺らにも練習サボるなとか、いちいち指図すんだもん、うっせーったらありゃしないっての」

 

「とりあえず、今からぜーんぶ、録画しとこうよ」

 下卑た会話をする男子たちに、ユキが言った。

「好きにしていいからさ……そんで、友だち皆にシェアしよ?そうすりゃ、コイツも懲りるでしょ」

 

 この後起こる状況を予想し、カオリは見ていられなくなり、その場を踵を返して去ろうとする。

 

「ちょっと、アンタ待ちなよ!!」

 ユキが憤慨して声をかける。

 

「アンタだってやられたんでしょ!?一緒に見てりゃーいいじゃん!」

 

 ユキの言葉に、カオリは振り向かずに答える。

「わたしは、そんなこと―――」

 

「じゃあさじゃあさ!ぜったい先生にチクんなよ!」

 ユキがカオリに向かって釘を刺した。

「ジャッジメントにもだからね!絶対に!もし言ったら―――」

 

 その時、ばしゃりと、重たい物が水浸しの床に投げ出される音がした。

 

「お、オイ、オイ!コイツ、ヤバいんじゃねえの!?」

 焦ったような男子の声を耳にして、カオリは振り返った。

 

 ユキも男子たちも、身を引いていた。

 ユミコが、床に這いつくばり、痙攣しながら、顔だけを上に持ち上げていた。先ほどまでとは打って変わって、歯を剥き出しにして笑っている。

 

「わ、ワたしタチは、だいじょうぶ。イけるンだ。―――もっとサキに。デあえるンだ。あ、アキラさマに。あ、あは、アハハハハハハハ!

 

 水が跳ねる音と、甲高いユミコの笑い声が木霊した。

 カオリはその様子を見て息を呑み、立ち竦んでいた。

 




そのアキラ様が一向に登場していませんが、最終盤に現れる予定です。勿体ぶってすみません。
大覚様万歳。


追記:
両原作の雄たる鉄雄と一方通行が戦ったらどうなるのか、ということについては、十中八九、一方通行が圧倒すると解釈しています。

理由として、「とある」側の大多数の能力者がそうであるように、鉄雄の能力は、一方通行のベクトル操作に対して相性が悪いことが挙げられます。鉄雄の攻め手(特に前半期)は、物を浮かす、飛ばす、相手をねじまげるといった、学園都市でいう所の念動力であるため、一方通行のベクトル操作によって悉く跳ね返されてしまうのではないかと考えます。

勝算があるとすれば、鉄雄が覚醒後にケイやジョージ山田中尉に対して行使した重力操作を、初手・先手で打つことかもしれません。旧作3巻の一方通行は、上条さんの無意識的なパンチに対応できなかったので、軌道の読めない重力操作は一矢報いる位の可能性はあるかもしれません。ただし、今話の鉄雄はそこまで冷静な思考ができる状態ではありませんでした。

一方で、鉄雄は耐久力があり、肉体再生にも長けているため、一方通行が止めを差すに至るには手間取るのではないでしょうか。

仮に、能力抜きの殴り合いに持ち込めるようなことがあれば、金田仕込みの鉄雄が勝つでしょう。

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