【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 ――― 第ニ学区、アーミー本部

 

「『木原』だと!?よりによって……最もナンバーズを渡してはいけないところへ……何という事だ」

 自身と入れ替わりで着任するという、他駐屯地から来た中佐との会談を終え、会議室を後にして早々、敷島大佐は歯噛みしていた。

 数人の部下が、後から付いてくる。皆一様に無念の表情を浮かべていた。その内の一人が口を開く。

 

「あの一言には参りました……しかも、『アキラの管理についてはおいおい検討する』と……」

 

「馬鹿げている。金と引き換えに、あの3人のナンバーズを外の研究者共に引き渡すことが、どういう結果をもたらすのか分かっているのか?アキラの封印は彼らの動き次第で緩みかねんというのに!木原など、すぐにでも3人にメスを入れ、アキラを解放しにかかるに違いない…… “天上の意思”だか何だか知らんが、そんな絵空事のために、この学園都市230万人の生命を危険に晒せるか!」

 

「大佐、これはあまりにも……納得できません」

 憤った部下が言う。

「我々がこれまで心血を注いできたものは何だったのか……ナンバーズを、アキラを安全に保ち続けることが如何に困難であったか。まるで中佐殿は分かっていません」

 

「あの中佐は操り人形に過ぎん、本人は栄転だと思っているだろうが……この学園都市でアーミーを率いるということが、どれほどの重責か解っとらん。ナンバーズの移送の件も、中央が統括理事会に屈した証だ。内閣は斜陽、与党は総選挙を目前にしてジリ貧だ。最早、本国は学園都市に頭が上がらんのだろう―――Dr.大西はどこに?今日は姿を見かけていないが?この事は当然承知なんだろうな」

 

「それが……ドクターは本日、休暇を申請しているそうです」

 

「休暇だと?」

 大佐は思いがけない言葉に、訝しんだ。

 どんな娯楽よりも、薄暗いオフィスでデータの印刷されたレシートとの睨めっこを好みそうな大西が、休んでいるとは、大佐にとって初めて耳にすることだった。

 そもそも、大西は能力開発の研究者としては、学園都市の主流派から爪弾きにされた、日陰者だ。木原を始め、中央の学者たちを心底毛嫌いしていた筈だ。

 大佐は深まる疑念を表に出すように、眉間に何本もの皺を寄せた。

 

 

 

 

 

―――第八学区、商店街 ゲリラアジト

 

「決行の日……次の日曜日、23日。あのデカブツの大佐が解任される。確かなんだな?」

 

 竜作が念押しするように言うと、テーブルを挟んで反対側に座る、黒服にサングラス姿の男、門脇が頷いた。

「信頼してもらって結構だ。何せ、ついこの間まで、あの大佐のすぐ傍に控えていたものでね」

 門脇が、若干気取った口調で答える。

「指揮官交代の日、()()()()電気設備メンテナンスの予定が重なっている。お前達は、業者を装って侵入し、現地施設のセキュリティにハッキングしてもらう。入構IDは、先ほど渡した通りだ」

 

「それは分かった。だが、俺たちには俺たちの任務がある」

 竜作は、油断のない視線を門脇にぶつける。

「やらせてもらっていいんだな?」

 

「優先順位を違えず、こちらの依頼を完遂したなら、後は好きにするがいい。我々の側が引き起こす騒ぎに乗じてもらって結構だ」

 

「へっ、そりゃ上等だ」

 会合が始まってからずっと険しい表情をしていた島崎がはっきりと言ったので、竜は眉を上げた。

「竜ゥ、俺は反対だ」

 

「……どういうことだ」

 

「こいつを信用するに足る証拠が無い」

島崎は眼光をぎらつかせ、つかつかと歩み寄ると、目の前に座る門脇を睨みつけた。

「竜、俺たちにとって、特務警察がどれ程憎むべき相手か、忘れたとは言わせないぞ。この黒服共が、同志たちの血を流させたことを!」

 島崎は声に力を込め、徐にハンドガンを取り出し、門脇の額に突きつけた。

 

「島崎!よせ!」

 

「お前こそ目を覚ませ!竜!」

 止める竜作に対して、島崎が門脇から目を逸らさず語気を強めて言った。

「ここんところずっとそうだ……七学区のデモだって、焦って結局どうなった?失敗だったろう?」

 

「あれは、アーミーが我々の想像を遥かに超え、強圧的な手段に打って出たからだ。だからこそ、我々はこうして報復の機を窺っているんだ!」

 島崎の言葉に、竜作も声色を強くして反論した。

 

 しかし、島崎は譲らなかった。

「いいか、お前が焦ると、周りの仲間も気が揺らぐんだ!その証拠に、この場にケイはいないじゃないか。考えてみろ。頭を冷やせ!」

 

「お前―――」

 

「勘違いをしているようだ、お前達は」

 言い争っていた竜作と島崎は、割り込んできた声のした方を向いた。

 

 次の瞬間、島崎が座っていた椅子はけたたましく音を立ててひっくり返り、彼はくぐもった呻き声を上げ、床に引き倒されていた。

 竜作は一気に警戒感を高めて立ち上がったが、黒服の門脇は先程と変わらず座ったままだった。

 竜作はそこで初めて、島崎を引き倒したのがもう一人の人物だと気が付いた。会合が始まってから、始終黙り込んで部屋の隅に立っていた男だ。髪はほぼ坊主に近い刈り上げで、痩せた体躯にYシャツを纏い、臙脂色のネクタイを締めている。顔は頬骨がはっきりと浮き出ていて、門脇と同様サングラスをかけている。

 竜作には、男の行動が全く見えなかった。そして、なぜこの男の存在を忘れかけていたのだろうかと自身を訝しんだ。今、その男は剃刀のような殺気を放ち、片手で妙な角度に島崎の聞き手を捻り上げ、もう片方の手に拳銃を奪い取っていた。

 床で悶絶している島崎のこめかみに、痩せた男が銃口を押し当てる。

 

「やめろ!」

 殺される。そう危機感を募らせた竜作は目を見開いて叫んだ。

 

「お前達こそ、無駄な言い争いを止めるんだな。そんな物を見るためにここまで足を運んだのではない」

 

「杉谷さん―――」

 

「お前も黙っていろ。先ほどから温過ぎる。これは交渉ではない」

 杉谷と呼ばれた男が、何か言いかけた門脇に厳しい視線を向けた。

 

「どういう……ことだ……」

 銃口と床に顔を挟まれた島崎が、冷や汗を浮かべながら言った。

 

「少し考えれば分かりそうなものだがな」

 杉谷は、ゆっくりと銃を島崎から離し、そのまま自身の懐にしまった。

 島崎は、荒い息をつきながら、竜作の傍まで後ずさりした。

 

「七学区学生街でのデモの件、あれを統括理事会が何とも思ってないとでも?暢気なものだ。お前達反政府ゲリラは騒ぎ過ぎた。既に、いつ暗部に消されてもおかしくはない、学園都市にとって目障りな存在だ」

 

「し、しかし!アーミーへの作戦では、理事会は我々に手を貸すと!」

 竜作は、杉谷の言葉に耳を疑い、両手を広げて訴えた。

 杉谷のサングラスのレンズの向こうには、冷徹にこちらを見返す瞳が垣間見えた。

 

「今は、やつら本土からの兵隊共を手なずけるのが先だと総合的に判断されているだけだ。肝に銘じておけ。優先順位はいつでも変わるぞ。お前達も、精々足掻いて、利用価値を示すんだな。次にしくじることがあれば、すぐに照準はお前達へと合わせられる」

 

「脅しか?」

 竜作は、歯を食い縛った。

「もしも、我々に何かあれば、外にいる何十万という同志が黙っていない。我々は政界にも太いパイプを持っている。代償は高くつくぞ」

 

「……あの“ネズミ”の幹事長か」

 杉谷は、不意に笑みを浮かべた。

 

「……何がおかしい!!」

 竜作も島崎も憤慨した。

 杉谷は一度俯き、手袋をはめた右手の指で眼鏡を押し上げた。

 

「……竜作、と言ったな」

 杉谷が名を呼び、竜作は黙って次の言葉を待つ。

 

「……この学園都市へ、任を負って何年経つ……?もしも、未だ理事会を東京の政府が抑えられると、本気で思っているのなら―――哀れだな」

 

「それは……」

 竜作は反論しようとしたが、続く言葉が口から出てこなかった。

 島崎も、門脇すらも何も言わなかった。

 

 薄暗い部屋の中、杉谷の背後に、途方もない闇が広がっているような錯覚を、竜作は覚えていた。

 

 

 

 

 

 ―――第七学区、水穂機構病院

 

「涙子ちゃんッ!!」

 

 病室の扉をガラッと開けるなり、カオリは切迫した様子で駆け込む。

 

 その声に反応したのは、佐天涙子ではなく、初春飾利だった。

 ベッド脇の椅子に腰かけ、淀んだ視線をカオリに向けている。

 隣には、白井黒子も立っている。深刻そうな表情だった。

 

「……カオリ先輩」

 初春の声は、いつになく暗く、沈み切っていた。風邪のためにつけているマスクのせいだけではないと、カオリは察した。

 

「涙子ちゃんは……」

 カオリの問い掛けに、初春も黒子も、何も言わずに、顔をベッドへと向けた。

 患者衣を着せられた涙子が、物言わずに、仰向けに横たわっていた。身体にかけられた布団の上に両手が置かれ、輸液パックからの点滴チューブが右腕に繋がれ、更にその先の手首にはアナライザーが取り付けられていた。それ以外は、目立った異常がなく、カオリにはまるで深く寝入っているように見えた。

 

「涙子ちゃんは、一体……?」

 カオリは、声を震わせて聞く。

 初春は俯いたままだった。黒子は、迷ったように視線をきょろきょろさせてから、やがて口を開いた。

 

「……学校から帰る途中、公園で、友人たちと居合わせていて……その内の2人が意識を失って倒れました。通報した他の友人によれば、佐天さんが、幻想御手(レベルアッパー)を所持していたと……それは音声ファイルで、意識を失った2人は、それを携帯で聞いた後、突然錯乱したように倒れ込んだ……それからは、このように昏睡状態で……身体には何も異常がないのに」

 黒子はそこまで語ると、視線を俯いている初春へと向けた。

「これらは全て、初春が教えてくれたことですわ」

 

「私のせいです」

 初春がか細く言った。髪の花飾りが、心なしか萎れて見えた。

「何で気付かなかったんだろう……佐天さんが、レベルアッパーを持ってるだなんて。それを使いたいぐらい、能力のことで悩んでいたなんて……」

 

「違う!」

 カオリは急に強く否定した。黒子が驚いたようにカオリを見、初春は僅かに顔を上げた。

 カオリは、頬が急に熱を持つのを感じた。同時に、胸の辺りがきゅうっと締め付けられる感覚があり、それでも何とか思いを言葉にしようとした。

「私が―――わたしのせいだ。―――私、鉄雄君を止められなかった。鉄雄君が、レベルアッパーをばら撒かなければ―――ううん、違う、あの夜!わっ、わたしを、涙子ちゃんが助けたばっかりに―――わたしのせいで、こんな―――」

 

「お二人とも、間違ってます!!」

 黒子がぴしゃりと言った。初春は目の端に涙を浮かべ、カオリはしゃくり上げながら、涙がぽろぽろと零れ落ちている顔を拭った。

 

「二人とも、悪いことなど無いのです!もちろん、佐天さんも―――悪は、あくまで『帝国』です。奴らが、(わたくし)たちのすぐ近くまで、触手を伸ばして来ていると分かった以上、私たちは、その根元を叩きのめさなければなりません。それが、佐天さんを救う道ですの!」

 

 カオリも初春も、黒子の力強い言葉に、小さく、だがはっきりと頷いた。

 涙子が立てる呼吸の音が、規則正しく聞こえた。

 

 

 

「初春から、佐天さんについての一報が無くとも、私、ここへ来るつもりでいましたの」

 涙子が眠る病室を一旦後にし、三人は黒子を先頭に、廊下を歩いていた。

 

「それって……なぜですか?」

 黒子の言葉を意外に捉えた初春が聞いた時、3人はエレベーターの前に辿り着いた。

 黒子が壁面のボタンを押す。

 

虚空爆破(グラビトン)事件の犯人……介旅初矢も、今日午後、アンチスキルの取り調べ中に、意識を失って、ここへ搬送されています」

 

「えっ!!」

 声を上げたのはカオリだった。カオリの脳裏に、自身にナイフを向ける、殺気立った少年の顔が思い浮かぶ。カオリは身震いした。

 

「……嫌なことを思い出させてごめんなさい」

 様子に気付いたのか、黒子がカオリに声をかける。カオリはふるふると首を振った。

 

「元々、彼は仲間に強要されたドラッグの症状があり、薬物依存症回復施設(ダルク)で医師の立ち合いの下、アンチスキルが取り調べを行っていたのですが……ジャッジメントの仲間から知らされた情報によると、意識を失った後の状況は佐天さんとほぼ同様。この病院に、意識を失った状態で寝かされておりますわ」

 

「てことは、彼もレベルアッパーを……」

 カオリがそう言った時、目の前の扉が開いた。

 

「ええ。介旅が持っていた携帯電話からも、レベルアッパーと思われる音声データが発見されていますわ……けれども」

 3人はエレベーターに乗り込む。黒子はより上層の階へとボタンを押した。

 

「けれども?」

 初春が尋ねると、黒子は表情を少し曇らせた。

 

「まず、佐天さんや介旅がなぜ意識不明なのか、病院に担ぎ込まれたばかりの現段階では、何とも原因が判明しておりません。レベルアッパーの使用という共通項があるからと言って、音声データがなぜ、どのようにして対象者の能力を一時的に向上させた後、意識を奪うのか……不明な点が多いのです」

 

 確かにその通りだ、とカオリも思った。

 そもそも、ただの音が、どうやって人の演算能力を向上させたり、或いは脳の活動を停滞させて意識を奪ったりできるのだろうか。仕組みが全く分からない。

 

「それじゃあ、私達は結局、専門家の分析を待つしかない、という訳ですか……」

 悲しみを滲ませて、初春が尻すぼみに言う。

 

 しかし、黒子は首を振った。

「……いえ、ただ任せきりにするのは、私、我慢がなりませんので」

 

「え?」

 カオリと初春が疑問を浮かべた時、エレベーターが止まり、黒子は再び歩き出した。

「私がこの病院を訪れた理由のもう一つは……ここには、その手の専門家の方もいらっしゃると聞いたもので」

 

「専門家?お医者さんってこと?」

 カオリが聞いた時、3人は広い開放感のあるロビーにたどり着いていた。

 ロビーの先にはガラス張りの大きな扉があり、大人の目線の位置に、「特別病棟」と印字されていた。

 

「いえ……患者さんです。今から、その方に面会に行きます」

 黒子がそう言って、呼び出しのブザーを押す。

 カオリと初春が顔を見合わせていると、係員がガラス扉の向こうから、スピーカー越しに話しかけて来た。黒子がジャッジメントの腕章を見せて身分を明かすと、扉は横にスライドして開いた。

 3人は備え付けのアルコールポンプで手指を消毒し、病棟へと足を踏み入れる。

 

 涙子が入院していた一般の病棟に比べ、心なしか広く、明るく感じる。

 廊下をしばらく進んでいくと、黒子はある一室の前で止まった。

 

「……ここですわね」

 カオリと初春は、病室の出入り扉に示された表札を見た。

 

木山春生」と、そこには書かれていた。

 


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