【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 7月2日午後 ―――第七学区

 

 

 

 商店街を抜けた、金田たちが乗る警備員(アンチスキル)のパトカーは、学生街郊外の住宅街へと入りつつあった。都市軍隊(アーミー)の姿は、商店街の遭遇以来ない。運転する警備員が仲間と連絡を取り合いながら、追跡を避け、検問をかいくぐっているようだった。

 

「黄泉川先生、これからどこへ?」

 

「本当なら、その子を―――」

 黄泉川はツンツン頭の少年の膝に座る、息を荒くしている小男を振り返って言った。

「―――病院へ連れて行きたい所だけど、あっちはアーミーの警備が厳しいみたいじゃん。うちの支部の周りも警戒されているみたいだし。応急的にはなるけど、状態を診ることができて、且つ怪しまれなさそうなとこへ行くよ」

 

「それって?」

 少年が聞き返す。

「あんたの担任のとこさ、上条クン」

 

「えっ、小萌先生の……」

 上条と呼ばれた少年はキョトンとしている。

 

「あのさぁ、センセ。確かに俺達協力するとは言ったけどさァ」

 上条の隣で窮屈そうに座る金田が割り込んだ。

「どっかで降ろしてくンないかなぁ……」

 

「そうそう」

 甲斐も同調した。パトカーに乗り込んだチームのメンバー3人の中で、一番小柄な彼は、山形の上にのしかかり座る形になっていた。山形はさっきからずっとうっとおしそうに顔をゆがめているし、甲斐は車が跳ねる度に頭を天井にぶつけるので、居心地悪そうにしていた。

「そろそろオツムが……いてェ」

 

「てか、アーミーはあんたらの上司みてェなもんだろ」

 山形が怪訝そうに言った。

「何でさっきから仲悪そうにしてンだ?」

 

 黄泉川は少し間を置いてから、口を開いた。

「君らはさ―――アーミーについてどの位知ってる?」

 

「えっと」

 上条が首を少し傾げて答えた。

「学園都市の技術の外部流出とか、不正な持ち出しとかを防ぐために、‘出入り口’の警備にあたってるんだと」

 

「そう。それこそ国同士のパワーバランスを壊しかねないのもあるからね」

 運転席の、名前は分からないが、女性の警備員が言った。

 

「ただね、それは建前じゃん」

 黄泉川が目つきを鋭くして言った。

 

「建前?」

 金田が言った。

「おれらのまちをまもるへいたいさん、ってわけじゃねェのか」

 

「ボスが違うの」

 黄泉川が言った。

「あたしら警備員は、統括理事会を頂点とする学園都市の組織のひとつ。元はと言えば教員だし。けど連中は、本国の国防軍の所属。要は政府の駒じゃん。あたしらとは指揮命令系統が〇っきり違うの」

 

 黄泉川の言葉には、幾分嫌悪の心情が含まれていた。

「元々学園都市は、この国の科学技術発展を目指して建設された巨大な実験室。それが肥大して、成果を重ねて言って……今や科学で君らのような若者の能力の開発なんてのも当たり前にやってる。学園都市は世界もうらやむ先端技術の塊。機密保持の点からも、独立性を高めていって……政府はそれが面白くないんじゃん?」

 黄泉川は言葉を続ける。

「早い話が、あたしらの学校を、君ら生徒を監視して、どうにかコントロールに置こうとこの街に入り込んでるってわけ。技術の適正な保全なんて建前をつけてね……」

 

「だけど、こいつと何の関係が……」

 金田は具合の悪そうな小男を見た。

「鉄雄のことと言い、いまいち分かンねェぞ」

 

「その子は、多分、アーミーの研究機関に関係してるんじゃん?」

 黄泉川が言った。

「アーミーは、私らの学校でやってるような能力開発とは別系統で、能力を発現させる手法を研究してるらしいの。詳しくはあたしらも情報を持ってないんだけど」

 

「別の手法……」

 上条が、ほぼ白髪の、小男の頭に視線を落とした。

「子供を、こんな姿にしちまう研究なんて……そんなのあっていいのかよ!」

 

「もしその子が、何らかの被験者だとするなら」

 黄泉川が続けた。

「何せアーミーのその方面の研究は、なかなか表に出てこないから。興味深いじゃん?その子は手掛かりになるじゃんよ」

 


 

 

実験体(ナンバーズ)たちを、絶対に学園都市の科学者共の手に渡してはならんのだ」

 住宅街を見下ろす小高い丘の、小さな公園の駐車場に停められた、黒塗りの車の中で、敷島大佐が語気を強めて言った。そこには黒塗りの車の隣に、3倍はあろうかという大きな軍用のトラックが1台、鎮座していた。

「彼らが白日の元に晒されれば、あの力(・・・)にも触れられてしまいかねん―――26号の居場所はまだ分からんのか!」

 

「警備員の車両に乗り込んでから、衛星への発信が途絶えています」

 助手席の黒服が答えた。

「……逆を言えば、まだ車両で移動を続けているものと思われます」

 

「妨害されているな?」

 敷島大佐は歯噛みした。

「‘マサル’の力に、頼るしかあるまい」

 敷島大佐は手を組んで低く唸るように言った。それから、車のドアを開け、隣に停めてあるトラックの後部へと回った。

 

「どうだ、何か分かったか……」

 大佐は後部のドアを開け、中にいる者に呼びかけた。

 内部の照明は暗い。少量の銃器や計器類が置かれているほか、兵士が座るであろうベンチや、傷病兵を搬送する際に使われるであろう簡易ベッドが置かれていた。そして最も奥まった所には、別の人間が上半分をガラスで包まれた奇妙な椅子らしきものに座っていた。

「……ここから……西……だね」

 その人物が、小さなあどけない声で、ゆっくりと言った。

 

 小さな声であっても、大佐の耳には十分届いたようだ。

「西、か……」

 合点したように、大佐が頷く。

「何か目印になるようなものを、視てくれ」

 

 


 

 

「上条クンちはこの辺だったかな?」

 アパートや寮らしき建物が立ち並ぶ辺りまで車が差しかかった所で、黄泉川が上条に聞いた。

「どうする、降りたいかい?アーミーの姿は見えないけど」

 

「いや、俺も追われてるんで、まだ先生と一緒なら心強いです。それに―――」

 上条は横目で金田を見た。

「こいつら、この子に何するか分かりませんから」

 

「ンだとォ、このォ」

 金田は敵意をむき出しにする。

 

「やめな!」

 黄泉川が一喝した。

「とにかく、もうすぐ着くよ、小萌先生に連絡はついた―――」

 

「隊長!」

 緊迫した声で運転席の隊員が言った。

「―――アーミーです……」

 

 全員が、前方を見た。片側1車線の道路の先を、両車線ともどっかりと塞ぐように検問が敷かれていた。数台の軍用車まで居座っている。

 

「やべェぜ、先生」

 運転席の後部に隠すように頭を低くして、甲斐が言った。

「引き返そうぜ」

 

「この車両、マークされてるだろうしな」

 甲斐の後ろで山形が言った。

「まずいンじゃねェの?」

 

「そんな、こんなところまで……」

 上条が呟いた。

「やっぱり不幸だ……」

 

「黄泉川先生!」

 運転手が更に言った。より切迫した声色だ。

「後方にもアーミーが―――挟まれました」

 

「退去要請は無視か!舐めやがって、くそっ」

 黄泉川が歯噛みした。

「もう少しなんだけど……君たち」

 黄泉川はシートベルトを外しながら、後部座席の金田達に呼びかけた。

「何とかしてみるから、騒がずにいて。それと上条クン」

 黄泉川は上条の顔を見た。

「奴らの狙いは、大方その子……右手(・・)でしっかりと、抑えといて」

 

「……ハイ」

 上条がやや間を置いて返事をした。

 

 金田は、たった今の上条と黄泉川のやり取りに何か引っかかるものを感じた。それを問おうとしたが、黄泉川は運転席の部下に、近辺の警備員仲間にすぐ駆けつけるよう応援を頼むことと、いつでも車を出せるようにしておくことを告げると、すぐにドアを開け、降りていってしまった。

「……大丈夫かな、センセ」

 甲斐が頭を下げたまま、不安そうに言った。

 

「黄泉川先生ならやってくれるさ、つえーんだぞ」

 

「ッるせえ、黙ってろよ」

 

「んだと……」

 上条と金田が険悪に言い争う。

 しかし、この状況で流石に騒ぐ訳にはいかないと踏んだ甲斐と山形から非難がましい目で睨まれると、二人とも返す言葉を呑み込んだ。

 

 上条は、窓越しに外の様子を窺った。膝上では、小男が相変わらず荒い息で、背中を丸め、手をぎゅっと握りしめていた。時折、「あーっ」と掠れたような声が混じるその呼吸が、金田にはひどく不安を駆立てるようなものに思え、意識を外の黄泉川の方へと集中させた。

 

 


 

 

警備員(アンチスキル)第73支部所属、黄泉川愛穂」

 黄泉川は検問の兵士に身分を告げた。

「学生街で乱闘騒ぎを起こした少年達の身柄を移送中じゃん。通してもらいたい」

 

「その車は我々の任務を妨げた嫌疑がかかっている」

 兵士が答えた。先ほどの学生街の者たちとは異なり、迷彩風で身を包み、透明なバイザー付の軍用ヘルメットを被っている。警戒度の高さを伺わせた。

「武装を解除し、我々に預けなさい。また、君たちにも同行を願いたい」

 

「こちらは統括理事会の承認を受けて任務に当たっている」

 黄泉川が毅然と返した。「我々を拘束しようとするならば―――そうね、あんたら、ますますここの立場がまずくなるじゃんよ?」

 

「第2級警報発令中だ!」

 兵士が語気を強めて言った。

 

「だとしても、あたしらを逮捕する権限はないじゃん」

 黄泉川は眉一つ動かさず答えた。

 

「話にならないな……」

 兵士は一呼吸置いた。

「……こちらは、ある重要参考人を追っている。中を改めさせてもらいたい」

 

「だから、そんな大層なやつはいないって言ってんじゃん」

 あくまで黄泉川は取り合わない。

「中にいるのは、あたしの仲間と、可愛いスキルアウトだけじゃん」

 

 兵士が、ヘルメットの側頭部に取り付けられたマイクに手を当てる。

「……大佐。アンチスキルは要請を拒絶しています。如何しましょう?」

 無線で、上官の指示を仰いでいるようだった。

 

「それは嘘だな」

 そのすぐ後、検問で置かれているゲートの後ろに停めてあった黒塗りの車から、男が降りてきた。傾き始めた西日が、アスファルトの上に男の巨躯の影を落とした。

()()()()()()―――そうだな?」

 紺色の背広に深緑色のネクタイを締めた、聳えるような大男が、まっすぐ黄泉川を見据えながら歩み寄ってきた。有無を言わせぬ雰囲気を押し出して、近付いてくる。

 黄泉川の額から、一筋の汗が流れた。

 

 

 

 パトカーの中では、小男がハッと息を呑み、顔を上げた。緊張で目を見開いている。

「マサル……」

 小男が呟くのを、金田は確かに聞いた。

 

 

 


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