【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 7月20日、夕方 ―――第一〇学区 屋台尖塔 地下 スナック「春木屋」 

 

 

 

「てめえ澄ました(ツラ)しやがって!言いてえことがあンならはっきり言えってンだよ!」

 

「じゃ、はっきり言わしてもらうけどよ。状況は良くないぜ。日曜の計画は、止めるべきだ」

 

 目の前で山形と半蔵が火花を散らしている。山形が口角泡を飛ばして半蔵に怒りの声を上げ、半蔵は冷静に、しかし譲る素振りを一切見せない。二人の言い争いを前に、甲斐は頬杖をつき、眉間に皺を寄せた。

 

「ハッ!何を言い出すかと思えば」

 立ち上がった山形がせせら笑いを浮かべ、座ったままの半蔵を見下した。

「ビビったかよ?七学区のボスとかほざいてる割には、小っせェタマしかぶら下げてねえのか」

 

「へえ、こっちは、お前らの脳ミソの大きさを疑うぜ」

 半蔵が腕を組み直し、山形をじっと見上げた。

「排気ガスに塗れ過ぎか?CO(一酸化炭素)で縮んでんじゃねえんだったら、その頭をどうにか使って少しは考えろ……帝国の連中が、昨日一九学区で、警備員(アンチスキル)連中相手に暴れ回ったってのは聞いてんだろ」

 

「それが!?どうしたッてンだよ」

 

 相変わらず食って掛かる山形を相手に、半蔵が僅かに肩を竦め、口を開いた。

「いいか、お前ら走り屋共(バイカーズ)はどう思ってるか知らないが、俺たち無能力者武装集団(スキルアウト)にはな、(ルール)ってもんがあるんだよ。アンチスキルの目をごまかし、隠れ、逃げることはあれ、殺すなってヤツだ。なぜだか分かるか?俺たちは、レベル0の烙印を押され、学校なんか通えなくたって、それでも生き延びたいってのが願いなんだ。どっかの屍喰部隊(スカベンジャー)みたく、教師(せんせー)相手にわざわざこっちから手向かおうなんてことはしねえ。そんなことすれば、あっという間に目を付けられて潰されんのがオチだ。少なくとも、駒場さんの下で働く七学区の同胞は、それを守る」

 

 半蔵は言葉を区切ると、はっきりと一つため息をついた。

「で、『帝国』だ……アンチスキルを、少なくとも一人殺したらしいな?学園都市のアンチスキルをマジで敵に回すってことは、街全体に牙を剥いてんのと同じなんだ。もうその時点で、奴らは俺たちとは違う、もっとイカれたリングへ転がり込んだんだよ。俺らが手を出すまでもなく、どっかの部隊だか、もっとやばい連中が、奴らを徹底的に潰すだろうよ。他に良からぬことを企んでる者がいるとすれば、そいつらへの見せしめにもなるからな。訳の分からねえ音楽ドラッグをキめて、能力を上げた気になって、それで虎の尾を踏んでおしまいってヤツだ。そんなトチ狂った連中相手に、わざわざ危険を冒す必要は、これっぽっちも無い」

 

「……フン、そうか、そうかよ……」

 山形はやれやれ、といった表情で、首を振ったかと思うと、次の瞬間、半蔵の襟元を掴んで引き上げた。

 甲斐はそれを見て、たまらず制止に出た。半蔵の隣の席に座っていた浜面も立ち上がった。

「オイ、山形!!」

「止めろ!」

 

「必要は無い、だと?」

 山形は2人の言葉を意に介さない。半蔵の首元へ伸ばした手を震わせている。

「あいつらのお陰で、何人の仲間がやられたか分かってンのか!?アンチスキルがどうとかそういう大人の都合で決めるモンじゃねえだろ!これは仁義の問題だ!ここで落とし前をつけなきゃ、一体、誰がやられた仲間の無念を晴らすってんだよ!!あーそうか、そんなビビッてるもんだから、あの駒場のゴリラ野郎はここに来てねえって訳か。代わりにてめえのようなヒョロい下っ端をお使いによこすとはなァ!!」

 

「やめろっつッてんだろ!」

 甲斐は山形を後ろから羽交い絞めし、必死に半蔵から引き剝がした。小柄な自分よりも数段大きな体の山形を動かすのは、楽ではなかった。

 一方、山形の言葉に顔を紅潮させて、浜面が前へ進み出た。

 

「この、バカにしやがって―――」

 

「オイオイ、ケンカなら外でやれガキども!店で暴れんなら承知しねえぞ」

 カウンターの向こうから、スキンヘッドのマスターが鋭い声を飛ばして来た所で、一同の動きが一瞬止まった。

 

 甲斐は店の中を見渡した。

 店が始まってそう間もない夕方の時間とあって、部屋の中に人影は多くない。言い争いに怪訝な視線を向けてきているのは、カウンターに座る、ドラッグ中毒らしきモヒカンの男。唇の端から、涎をいつも垂らしている。そこから少し離れた席には、黒のパーカーを羽織り、フードを目深に被った小柄な背中。体格からして女のようにも見えるが、先日、ふらっと店に現れた高校生の少女が能力の暴発騒ぎを起こしたこともあり、何か訳アリなのだろうと甲斐には思え、下手に顔を窺うことは憚られた。部屋の隅の薄暗いカウチには、ニュートラルな外見をした常連のカップルが絡みつくように座っているが、二人はこちらを気にする素振りを全く見せていなかった。

 

「……よせ、浜面」

 半蔵が腕を上げて制した。浜面は小さく舌打ちすると引き下がる。

 半蔵は、口元を袖でぬぐい、乱れた服を整えると、至って先ほどまでと変わらない声で山形に向かって話し始めた。

「もちろん、俺たちのチームだって、帝国には少なからず被害を受けてる。だからこそ、駒場さんは、俺らの拠点を今不用意に離れる訳にはいかねぇんだよ、それぐらい分かれ。

 それよりもだ……日曜日に計画を実行するとして、本当に勝算はあるのか?」

 

「何だと?」

 

「あぁクソ、ダメだ、お前じゃ話にならねえ。氷でも噛んで頭を冷やせ―――なあ、甲斐。どう思う?」

 

「……どう思うって」

 半蔵から話を振られた甲斐は、暫く返答に詰まった。

「……帝国だって今、ガタが来てんだろ。幹部連中が、七学区の学生街でゴミみたいに死んでたって話は聞いたぜ?そうやって内輪もめしてるような連中が相手なんだ、いくら能力者が何人かいるっつったって、こっちが力を合わせれば、きっと―――」

 

「そうじゃねえだろ」

 半蔵が畳みかけるように言った。

「アンタ、分かってるはずだ。金田が―――あの暑苦しいリーダーがいなくなって何日経った?駒場さんは、アイツのことを評価してた。ところが、アイツは今、どこにいるか分からねえときた。そのことは、お前達のチームの評判を相当落としてるだろうが。で、結局の所、どれくらいのチームが、日曜日に集まることになってるんだ?」

 

「それは……」

 甲斐は俯いた。

 金田がアーミーに拘束されて以降、何とかチームをまとめようと、自分なりに努めて来たつもりだった。しかし、自分はこれまでいつも金田の相棒であり、金田がいるチームでしか行動したことが無い。甲斐は、自分に金田程のリーダーシップが無いことを痛感していた。事実、金田がチームに不在であると知れ渡ってから、急に周囲のチームの態度が明らかに素っ気なくなった。日曜日に、人殺しも厭わない狂ったメンバー揃いの帝国相手に、身を危険に晒してまで仇を返そうという気概のある声は、甲斐に届いていない。

 「対帝国」の旗印でまとまりかけたチーム同士の連合は、急速に瓦解しつつあった。

 その現実が胸にこみあげてきた甲斐は、何とか冷静に半蔵へ言葉を返そうとした。

 

 

 

「やはり、日曜日に抗争を仕掛ける気でいるのですね」

 凛とした少女の声が聞こえた。

(わたくし)も、そのことで……お話に加えて頂きたいものですわ」

 

 甲斐たちが顔を向けた先では、カウンターの端の方に座っていた人物が、徐にフードを脱ぐところだった。

 茶色がかったツインテールをなびかせて、白井黒子がこちらを向き、立ち上がった。

 

 

「アンタ、空間移動者(テレポーター)風紀委員(ジャッジメント)……!」

 

「覚えていてくださったのですね。職業訓練校一年生、工業科所属の甲斐さん」

 ツインテールを揺らして、黒子がつかつかとこちらへ歩み寄った。

「白井黒子と申します。まあ、名前も覚えて下されば、バイカーズ風情とはいえ、ほんの少しだけ、光栄と思わなくもないですわ」

 癪に障る話し方だった。甲斐はその顔に見覚えがあった。

「倉庫街の時、高場(アゴ)と一緒に来たヤツだな」

 

「オイオイ、ジャッジメントの嬢ちゃんがよ、こんなシケた()()の店へ何の用だ?」

 山形が、警戒心を露わにして黒子を睨みつける。

「知ってるぞ俺ァ。ジャッジメントってのは、学校の外で働いちゃいけねーんだろ?しかもここァ十学区だぜ?なァんでお嬢様がこォんな下界までご降臨なすったのかァ、何が目的だ?」

 

 山形のとびきり不愉快さを露わにした問いに、黒子が答えようと口を開いた時、ガシャン、とグラスが割れる音が響いた。

 

 

 

「じゃあっじめぇんとだぁア~!?腐れアマがよ!このォ!」

 その場の一同が怪訝そうに、明らかに素面では無いがなり声が聞こえた方を振り返る。

 カウンター席の中央寄りに座っていた、モヒカンの男だ。千鳥足で、肩をいからせながらこちらへ近付いて来る。

「お前らが俺のダチをよォ、アンチスキルにチクった所為だぞォ!?オイ、てめコラ?お陰でこちとら商売上がったりなンだよォ近頃ォ!!」

 男がむんずと黒子の細い手首を掴んだ。

 黒子は、ただ目を細めて男を見返している。

「あァ!?分かってンのかこのまな板―――」

 

 次の瞬間、甲斐の耳が風を切るような音を捉え、それと同時に、目はモヒカン男が鈍い音を立てながら頭から床に頽れるのを見た。

 

 辺りに沈黙が漂った。

 

「オイ……まさか、死んだんじゃ」

 

「まさか!」

 浜面が恐る恐るといった様子で言ったのに対し、黒子はため息をつきながら否定した。

「人間の前頭骨の最小耐性限界は900lb(ポンド)ですの。高さ20cmから落としたぐらいでは、ひび一つ入りませんわ」

 よく見ると、黒子の目元は僅かにひくついていた。甲斐の背筋に、唐突に悪寒が走った。

 

「なんでそう言い切れるんだよ」

 

「統計ですわ」

 

「統計って……」

 浜面が呻くように言った。

 甲斐がモヒカンの男の胸元を見ると、確かに上下している。脳震盪を起こしたのか、とにかく生きているようだ。といっても、これで不穏ないびきでもかき始めたら、要らぬ救急車騒ぎになるのでは、と甲斐は不安になった。

 

「大切なお客様を一名、倒してしまいましたが」

 黒子がカウンター向こうのマスターへ振り返りながら言った。

「ご迷惑でしたか?」

 

「いんや」

 マスターはこちらを見向きもせず、グラスを磨きながら答えた。

「そいつ、ここんとこツケ溜めまくってたからよ。そろそろお灸を据えてやろうと思ってたところさ。外へ放り出してくれねえかな?でかいゴミが転がってちゃあ、当店のホスピタリティにマイナスってヤツだ」

 

「もちろんですわ」

 黒子とマスターの会話を聞きながら、甲斐や山形は疑いの目を向けていた。マスターはまるで、最初からこうなることを分かっていたかのような態度だった。

 山形が立ち上がり、食って掛かった。

「オイ、タコ親父!てめえ、ジャッジメントなんか店の中に引き入れて、一体どういう―――」

 

「ねえ、皆さん!この男、運び出してくださる?」

 

「つもりだって―――ハァ!?」

 黒子の言葉に、甲斐も山形も目を丸くした。

 

「だってお前……お前が倒したんだから自分で……」

 

「よせ」

 半蔵が山形の袖を掴んで首を振った。

 冷や汗を浮かべている。

 

「できることなら」

 黒子が片手をこちらに向けて歩み寄って来た。

「善良な市民の方々のご協力を頂きたいのですが……」

 顔には、とってつけたような笑顔を浮かべている。

 甲斐と山形は顔を見合わせた。

 

「あなた方とは、是非ともお話したいことがありますの……まずは、場を整えませんこと?」

 笑顔とは裏腹に有無を言わせぬ圧を感じた甲斐と山形は、黙って頷き、床で伸びている男の体に手をかけた。

 

 

 


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