【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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8/16 中盤を大幅に加筆しました。


XIX.麦野
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金属質の途切れの無い旋律がミニマリスティックに聞こえてくる。木山春生が聞かせてくれた、レベルアッパーのメロディ。それは春木屋で流れていたBGMに似ていた。

 

 

 長い黒髪を垂らした、陰鬱そうな少女が、顔を両手に埋めて、泣きじゃくるように言った。

「兄さんを助けなきゃ―――そのためには、力を高めて、超能力者(レベル5)にならなくちゃいけないの。じゃなきゃ、兄さんが……!!」

 

 痩せた体格の少年が、眼鏡の奥の瞳に憎しみを滾らせて言った。

「みんな、僕の敵だ。敵だったんだ……力が欲しい。そうして、僕を踏み躙り、嘲笑って来たヤツら全員殺す!殺してやる!!」

 

 逆立った髪型をした若い男が、片手に炎を浮かべて、絶望的な表情で言った。

「いずれこんな汚れ仕事、止めてやるつもりだった……仲間もやられて、もう、俺、どうしたらいいか……力さえ!もっと力さえあれば……」

 

 白衣を纏った木山春生が、立っている。

「数は揃った。あとは君次第だよ、島君。また会おう」

 

 力さえあれば。

 力さえあれば。

 一万を超える人の数だけ、声がする。

 力が欲しいと。

 

 月光に白い髪の映える男が、地に倒れ伏した自分を見やり、無言で歩み寄って来る、

 制服姿の少女が何事かを叫ぶ、

 カオリが泣き腫らした目で必死に語り掛けてくる、

 運転席で怯えきった男の目が見開かれる、マネキンが煌びやかな衣服の雨を切って吹き飛ぶ、軍服を来た兵士が宙に浮かび見悶える、バイクがトラックに衝突し燃え上がり、下卑た声を上げてクラウンのメンバーが踊り、木山春生が笑みを浮かべてこちらを見つめドクターが手を叩き大佐が警戒心を露わにして睨み炎が相手の顔を焼き尽くしカオリが金田が甲斐が山形が緑色が光が掌の26


 

「アキラ君が呼んでるわ。鉄雄君」

 

 幼い女の子の声がはっきりと聞こえ、島鉄雄は覚醒した。

 

 

 

 

 

 7月21日(金)、午前5時30分 ―――第十学区、「帽子屋」

 

「何かの間違いじゃあないだろうね、突如予定より2日前倒しで、今日決行するなんて……」

 慌ただしく銃器の準備を整えたチヨコが、険しい表情で呟いた。

 窓の外は既に夏らしく早い夜明けを迎えている。これから日が高くなるにつれ、また猛烈な暑さの一日となるだろう。

 ケイも不安を顔に浮かべて俯く。

 

「竜は何て?」

 

「あの坊主頭……杉谷といったか、ヤツからの指示だそうだ。事情が変わった、とね」

 

「何か、嫌な予感がするよ」

 バックパックの中身を漁りながら、ケイは言った。

「最近の竜、様子がおかしいと思わない?何か、やたら焦ってるというか」

 

「弱みを握られてる可能性はある、理事会の手先にね。じゃなきゃ、こんな無理な作戦に飛びいるもんか」

 チヨコが唇を噛み締めた。

「厄介なのは、これを中央(とうきょう)が追認してるってことだよ、竜の言う事が本当ならね……どのみち、ここで成果を出さなきゃ、アタシらの明日は危ない」

 

「おばさん」

 

「いいかい、ケイ」

 チヨコはケイに向き直り、その両肩に手を置いた。

「お前は一番若い。もしものことがあれば、自分が生き残ることを最優先に行動するんだ。あたしら大人の都合で苦しい思いをして、万一にでも死ぬなんてことがあっちゃならない。お前の未来は、お前のものなんだから」

 

「ありがとう。でも、私は死なない」

 チヨコの手に、自らの手を重ねてケイは言った。

「生き抜いてみせるよ。今までがそうだったように。だって、おばさんが一緒だもの」

 

 

 

 

 

 午前8時15分 ―――第七学区、警備員(アンチスキル)第七三支部

 

「同じことは二度と言わせるな、黄泉川」

 眼鏡の向こうの細い目を更に糸のごとく細くした工示雅影の言葉には、ピリピリとした苛立ちが聞き取れた。

緊急出動(エマ―ジェンシー)だ。君はその意味を理解できないほど時間外労働が溜まっているのかね?だとしたらすぐ休暇を取って家で寝ていろ」

 

「出動の意味なら理解しますが、問題は理由です、支部長」

 黄泉川愛穂は早足で移動する工示の後にぴったり張り付いて歩き、譲らずに言う。

「いくら夏季休業期間とはいえ、今朝になって突然、全学校への臨時閉庁の告知、それに加えて、アンチスキルに全員招集をかけ、その訳が、『アーミーにクーデターの動向有』とは?あまりにも青天の霹靂です。それをもって我々は今から、アーミー本部駐屯地及び学園都市内の各出先機関に出向き、即時の武装解除を求めるなど!」

 

「治安を保つ予防措置として当然の、上からの命令だ―――」

 

「命令!?確証は!」

 黄泉川の言葉は、憤りのあまり工示の返答に被さる。

「これが、政治的抗争の一環としての策略だという可能性は!?我々が今からやろうとしていることは、あまりに重大な意味を孕んでるじゃん。ゲリラ、海外の産業スパイ、政党間の覇権争い、過激派!いくらでもアーミーを動かそうとする勢力はいる!いや、学園都市(ウチ)の上層部がアーミーを一挙に排除し、軍事バランスの天秤をひっくり返そうとする目論見かも―――」

 

 ダァン!と工示が拳で壁を叩いた音により、黄泉川は足の動きも言葉も止めざるを得なかった。

 

「それ以上……言うな、黄泉川」

 工示が激情を無理やり押し留めたかのように、声を絞り出す。

「お前がいくら、向こう見ずでも、頑固でも、陰謀論に被れていても……そんなのはこの際、どうでもいい。だが、()の意向に逆らう姿を殊更に悪目立ちさせるな。正義感の旗を高く掲げ過ぎて、くそったれな肥溜めに堕ちていった奴は、アンチスキルの中にも少なくないんだ。俺は、自分の部下からそんな思いをする奴が出てほしくない。例えそれが、上司に対する敬意の欠片もないような人物でもな」

 

 踵を返した工事の背中からは、話は終わりだ、という意志が見て取れた。

 

「あの大佐は!」

 黄泉川は大声で語りかけた。

「私の病室まで、足を運んで来ました―――穏やかでした。これから職務を追われようとする人間とは思えない程。あなたもすれ違ったでしょう?それなのに、あんな‘フェイク丸出しの動画’が、前以て都合よく、我々の側()()にリークされるなんて……おかしいと思わないじゃん!?」

 

 足を止めていた工示は、こちらを振り返ることはなかった。

「たとえそのナリがチープでも。これまでの過程が重要なんだ。あの大佐は敵を作り過ぎた。本国からの指令が来ているというのがその証拠だ。お前は命令通り、待機しておけ」

 

 工示は再び歩き出し、慌ただしく行き交うアンチスキルの隊員の人波に呑まれ見えなくなっていった。

 黄泉川はその背中が視界からいなくなってなお、立ち竦んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 午前9時45分 ―――第ニ学区、アーミー駐屯地

 

『予定では明後日となっているが』

 

「そりゃあ何かの間違いですよ兵隊さん。そりゃ、俺たちは別にこのまま帰ってもいいんですがね。明後日やろうが今日やろうが、手間はおんなじじゃないですか」

 

 小規模業者用の通用口で、島崎が取り繕った営業スマイルを浮かべながら、カメラ越しに守衛のアーミー隊員と話している。

 その様子を見て、チヨコは隣の竜作にそっと話しかけた。

「おい、本当に話は通してあるんだろうな……いきなり2日前に押しかけられたら、宅配だって素直に受け取る奴は少ないだろう」

 

「今時は宅配便だって、直前に融通が利くシステムがあるってもんさ、携帯でこうポチポチっとな、チヨコさん」

 竜作はあくまで顔に余裕を浮かべている。

「理事会側は、アーミーに予定変更を伝えたと言っていたぞ」

 

「だといいが」

 守衛と予定より長く問答する島崎、それに対して疑念を抱くチヨコと、なだめる竜作。

 島崎がやや声を大きくして、何度か問い掛けている。どうも相手方の声が聞こえずらいようだ。

 ちぐはぐな仲間の様子に、ケイは不安が胸の内で膨らみ、鼓動と一緒に外へ漏れ出て、悟られるような感覚がした。

 

今、ケイ達4人は、アーミーの本部―――つまり、敵の本拠地へと侵入するべく、違法に提供された入構IDを携え、電気配線の修繕業者を装ってここへ訪れている。

 オレンジの制服を纏った4人は、武器や侵入工具を、金属探知を避けられる特別内装のキャリーケースに入れ、それを一人一台の台車に載せている。傍から見れば、変哲の無い仕事道具を運搬しているように見えるはずだ。

 ここまで準備を急ピッチで整えるのに、今朝は慌ただしかった。

 これまで、いくつもの任務をこなしてきたが、ここまで不安が募ることは、ケイにとって初めてだった。

 

『……今、確認がとれた、つい最近予定が変更になったようだな。カメラに一人ずつ向かい、虹彩認証をとること』

「どうも」

 モニターのスピーカーから聞こえて来た音声に対して短く返事した島崎が、他の3人に向かい、頷く。

 それから、4人全員がカメラに自分の顔を向ける。認証は、問題なく通過する。

 

『入ってよし。作業が終わり次第、速やかに退出し、必ず報告を入れること』

 

事務的な指示の後、ゲートが開かれると、4人は台車を押して施設内へ入った。

 

 

 ケイ達4人がゲートを通過したのを、守衛所の室内で、黒服にサングラスをかけた男がモニター越しに見届けた。

 それから男は、カーキ色のヘルメットを装着する。ヘルメットはヘッドフォンをそのまま接着したような耳元の部分まで覆う形状になっており、男は耳元の部分を操作する。

 

「中尉。“ツェねずみ*1達”はネズミ捕りへ入りました」

 

『ご苦労』

 

 短い返答を受け、黒服の男、門脇は交信を終えると、部屋を後にした。

 部屋に1つだけある椅子には、後頭部を柘榴のように弾けさせた守衛が座っていて、首をほぼ90度真横に傾けて動かないでいた。椅子の前にある操作盤には帽子が血塗れの乗っていて、盾に桜を重ねた紋章がべっとりと赤く染まっていた。

 

 

 

「……こんなもので易々と入れるものなんだねぇ。うっとおしいから早く外せて良かったさ。いざってときに照準合わせられなかったらどうすんだい」

 虹彩の模様を偽装するコンタクトレンズを外し、目を擦りながらチヨコがぼやいた。

 

「アンタならお構いなしだろ、いざとなりゃその腕っぷしがあるんだし」

 竜作が軽口を叩いて、空のペットボトルを差し出す。

チヨコは、ふんと鼻を鳴らし、そこへ外したばかりのレンズを入れた。

「余計な心配事は増やしたくないさね」

 

 4人全員のレンズを回収し、バックパックにしまい込んだ竜作は、仲間へと指示を出す。

「作戦通りだ。10時にヤマは動く。俺たちの持ち時間はその後、10時15分、つまり、今から30分だ。これから指定のポイントAへ向かう。

 ―――おい、ケイ。ケイ!」

 

 呼ばれていることに気付いたケイは、ハッと顔を上げた。

 

「しっかりしろ。もう敵の胃袋ン中だぞ」

 

「……ウン」

 非難がましい視線を送る竜作に対し、ケイは静かに返事し、頷いた。

 

 竜作と島崎が先に歩き出す時、ケイの右肩に、チヨコの大きな手が置かれた。

 チヨコが、ケイを見下ろして一度、はっきりと頷いた。

 優しい目だった。

 

 やるしかない。

 生き延びなければ。

 

 ケイは頷き返すと、チヨコの横に立って歩き出した。

 

 

 

 

 午前9時50分 ―――アーミー駐屯地内本部、4階、収容棟

 

 

 

「ちきしょう……」

 金田は、金属製の頑丈な扉に両手を打ち付けた。

 広さ4畳程の収容室内には、布団と、机、水道に、部屋の隅に仕切りも何も無く置かれたトイレがある。換気口は天井隅に近い場所にあるが、登る手段も格子を外す手段も無い。扉には金田の顔よりもやや高い位置に覗き窓があるが、そこからはただ無機質で陰気な廊下が垣間見えるだけだった。

 ここに押し込められたのは、特務警察が職業訓練校に乗り込んできた火曜日だった。金田の感覚が正しければ、それからもう3日目の金曜日だ。いくら特務警察の捜査を妨害したからといって、なぜこれほどまで自分が拘束されるのか。

 

「鉄雄……」

 薄くつぶれた座布団に胡坐をかいて座り、机に肘をつきながら、金田は仲間の名を呼んだ。先にアーミーに捕われ、謎の能力の向上を発揮しながら、クラウンを乗っ取り、ジャッジメントにもケンカを売りながら、勢力を拡大させた張本人だという。これまでの尋問では、鉄雄との関係性を尋ねられたが、そんなものはアンチスキルにも話したことだ。なぜ、アーミーが自分をここまで拘束し、留め置くのかが理解できなかった。

 そして、鉄雄は今、このアーミーの本部に、自分と同じように囚われている。それも、担架に乗せられ、傷だらけの、意識の無い姿で。2日前、釈放される途中ですれ違ったのは、金田にとって、久しぶりの再会だった。人格の変貌だとかレベルの高い能力者になっただとか、噂でしか耳にしていない鉄雄の現状を確かめるには、余りにも一瞬の邂逅だった。

 思えば、あの時に鉄雄と行き会ったことが原因で、拘束期間が延びたのかもしれない。事実、昨日は特にこれといった尋問がなく、ひたすら退屈な時間を過ごしていた。

 

 鉄雄を助け、解放しなければ。そして、自分のチームのもとへ連れ戻し、今までに何があったのか、洗いざらい吐かせなければ。

 金田の胸の内に、仲間に対する情が火花を立てて静かに燃えていた。

 

 

 そんな時、廊下の方から物音が聞こえ、金田は顔を上げて扉を見た。

 金田にとって違和感を覚えたのは、女の声が聞こえたからだ。ここは男子の収容棟のはずだし、女の隊員が自分に応対したことは無かった。

 金田は、扉に近づき、耳をそばだてた。

 

「―――俺?3班の丸亀ってんだ!いやなんでって、マジで君、かわいいからさ……ちょーっと仲良くしてくれりゃあ、ここの暮らしぶりも随分変わるッてモンよ……」

 

「ホントぉ!?それマジでサンキューって感じ!こんな陰気なところ早く出て行きたいしィ……あ、んじゃあさぁ、ここに島鉄雄って人が捕まってるって聞いたんだけど……あ、なんか40?だとか41だとか番号で呼ばれてるとか……」

 

 鉄雄!?

 女が鉄雄のことを探っていると分かると、金田は集中を高めた。

 一瞬、鉄雄のことを探ろうとしている女の正体が気になったが、疑問を振り払って、まずは話を聞き続けることにした。

 

「―――あー、名前は知らねーんだけどさあ、数字があるってことは、そりゃきっとナンバーズだなあ」

 

「ナンバーズ?」

 

「そうそう、犯罪者じゃなくて、実験体として……でも、君、なんでそんなこと知って―――」

 

「ねえねえ、その人、どこにいるかなぁ?教えてくれなぃ?」

 

「えっ、ちょっと待って、さすがにそりゃ機密―――」

 

 ダァン、と今まさに耳を押し当てていた扉が衝撃を受け、金田は飛び退いた。

 

「ねぇねぇ、教えてくれるならさぁ、いろいろお礼、しちゃうよ?」

 女の声は高めで、幼い印象と色香が同居するものだった。

 金田は無意識に唾を飲み込んだ。

 

「ま、マジでッ!?うわぁ金髪碧眼美少女いい匂い……ウン、ナンバーズってのはさァ、主にS(サウス)館に特別収容棟があってさ、それが13階だか14階だか……だったかなァ、まあ俺でも流石にセキュリティ権限ないんで入れないけど―――」

 

「にゃはっ!!丸亀さん!マジでスパダリ!!最ッ高―――!!

 じゃあね、クソ野郎」

 

 呻くような音と、乱れた足音の後、けたたましい破裂音と共に、金田の収容室の覗き窓が粉々に砕け散り、ガラスが内側に散乱した。

 それから、何か重たい物が床に落ちる音がする。

 

「結局、男なんて下種ばっかって訳よ……ってヤッバッ!!発砲しちゃったよコイツ!早いとこ逃げて麦野に知らせなきゃ―――」

 

「おいおいィ!!ちょーっと待ってくれェ!そこのアンタァ!!」

 金田は足元のガラスを器用に避けながら、壊れたガラスの外へ向かって、声の限り叫んだ。

 

「は?何?急いでんだけど」

 声の主は、少し離れた所にいるのか、割れた覗き窓からは姿が見えない。

 

「あんた、誰だか知んないけど、鉄雄を探してるんだろ?俺の仲間なんだよ、そいつ!」

 

「ふーん、どうでもいい訳よ、そんなの」

 返答は、先ほどまでの猫なで声とは打って変わって冷たい。

 それでも、金田は必死に呼びかけた。

 

「俺の仲間!で、最近どうもアーミーの連中に能力弄られたっぽくって、ここに捕まってる!顔も知ってる!情報が欲しいんだろ!?なァ、俺をこっから出してくれ!」

 

 暫し沈黙があった。

「……能力って、それ、()()()()?」

 冷静に問う声が聞こえた。

 

「この7月からだ!それまではアイツ、無能力者(レベル0)で―――」

 

「ふーん……ちょっと顔、見せて」

 つかつかと歩み寄る足音が聞こえ、金田の目には、のぞき窓の向こうに、鮮やかな金髪と濃い青色のベレー帽が乗った頭が見えた。

 続いて、甲高いモーターの駆動音と共に、分厚い扉に取り付けられたハンドル部分が裁断されて始めた。火花が散ったので、金田は驚いた身を引いた。

 ハンドル部分が切り取られカランと音を立てて床に落ちると、金田は扉を急いで開け放つ。

 

 廊下に立っていた人物の姿を見て、金田は目を丸くした。

 金田は人形に詳しくなかったが、まさにフランス人形という言葉がぴったりの美少女だ。ベレー帽とウェーブがかった金髪、夏に似合わないブレザーと、集団で踊るアイドルグループの衣装にありそうな、赤色とチェック柄のミニスカートを身に付けている。

 薄い碧色をした大きな瞳が、金田の姿を頭からつま先まで眺める。

 

「……ダッさ」

 

「開口一番それェ?」

 

「ええ~超ショックなんですけど!もし任務が長引いてたら、この私が、そんなアヒルみたいな囚人服着せられちゃってたなんて!」

 

「仕ッ方ねーだろ!俺だって好きでこんなの着てる訳じゃ―――」

 金田が胸に「P(prisoner)」と大きく示されている囚人服を摘んでアピールしたその時、ビィーッ!とけたたましく警報音が鳴った。

 

「いや、こんなことしてる場合じゃないんだった!!」

 

 そう言うと、少女は鼻血を噴いて昏倒している若い男の隊員の顔を迷わず踏みつけながら走り出した。

 金田も慌ててその後を追う。

 

「いい!?アタシは自分のことだけ考えて動くから、アンタは付いてくるんなら死なないこと!結局、自分の身は自分で守れって訳よ!」

 

「ちょっと待てって!」

 金田は息を切らしながら少女の横を併走した。少女は華奢な体格に似合わず、フォームの整った速い走りだった。

「とりま、アンタ、名前は―――」

 

「フレンダ!」

 金田へと顔を一顧だにせず、少女は短く答えた。

「役立たずだったらすぐ殺すからね、いい!?」

 フレンダと名乗る少女と金田は、警報音が鳴り響く中を一目散に駆けて行った。

 

 

 

 

*1
宮沢賢治 『童話集 銀河鉄道の夜 他十四編』 岩波文庫 1951年


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