【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 午前10時15分 ―――アーミー駐屯地、本部、S館15階、『ベビールーム』

 

「ダメだ、警備の大人から何も返事がないよ。どこかに行っちゃったのかな」

 26号(タカシ)が駆け戻ってきて言った。部屋の封鎖された出入口には通報ブザーが設置されているが、押しても押しても反応が無かった。

 

「さっきの変な放送のせいだ、多分」

 27号(マサル)が考え込んで言った後、電動車椅子を、多数のコードが繋がれたベッドへと近づける。

 

「どう、何が起こってるか見える?」

 

「こちらに近付いているわ」

 ベッドに横たわる25号(キヨコ)がそう言うと、タカシとマサルは不安そうに顔を見合わせた。

 マサルは車椅子からキヨコの方へとやや身を乗り出した。

「キヨコ、それは、鉄雄くんのことかい?」

 

「鉄雄くんも、そう」

 キヨコの見開かれた目は、天井の方へ、空へと向けられている。

「でも、鉄雄くんだけじゃない」

 

「ほかにもいるの?」

 タカシが聞いた。

 

「強い人……強力な、光を集める、操ることのできる人……」

 

「きっと、()()力を持った人だ」

 キヨコの言葉に、マサルはハッと驚いたような顔をした。

「この間、大佐とちょっと話しただろ。大佐はここのところどこか変だったじゃないか。きっと、敵だよ。僕たちを狙ってきているんだ」

 

「うわぁ!」

 タカシが頭を抱えた。

「こわいよぉ、どうしよう!」

 

「落ち着いてタカシ!」

 マサルはタカシの肩をさすった後、再びキヨコへと顔を向けた。

「キヨコ、鉄雄君は、どうするつもりだと思う?」

 

「アキラ君よ」

 キヨコが言った。その言葉の響きは、どこか夢見心地で、捉えどころがない。

「鉄雄君は、力を……今までよりも大きな力を持って目覚めてしまった。だから、今も大勢の人と戦い、殺している。これから、もっともっと大きな力を求めて、いよいよアキラ君に会いにいくの」

 

「……僕たちとアキラ君との“つながり”を狙ってるんだ」

 マサルが深刻な表情をして言った。

「もしもアキラ君が起きれば、きっとまた大変なことになるよ」

 

「止めなきゃ!」

 タカシが、キヨコのベッドの柵を掴んで言った。

「鉄雄君を、僕らでやっつけるんだ!」

 

「でも、敵は鉄雄君だけじゃない。強い人がもう1人、こっちへ来ているんだろう?」

 マサルもキヨコの元へ近付いて言った。

「どうする?2人も相手じゃ、僕らが力を合わせたって負けちゃうかも」

 

「アキラ君が起きるのは、止められない」

 キヨコの言葉に、マサルとタカシはじっと耳を傾ける。

「けれども、そこまでの道筋を、私たちは選べる。鉄雄君の力が、よりアキラ君に均しくなるようにすれば……きっと、未来も変わる」

 

「もしかして、わざとアキラ君に近づけるのかい?」

 マサルが聞いた。

「どうやって?」

 

「力は、力同士ぶつかり合うことで、大きくなる」

 キヨコはそう言うと、骨と皮ばかりにやせ細った片腕を、震わせながら空へと伸ばす。

「あの光を操る人を、鉄雄君にぶつければ、もしかしたら……」

 キヨコがそう言って目を閉じると、マサルとタカシは一度顔を見合わせ、それからほぼ2人同時に頷いた。

「分かった」

 

「やってみよう」

 

 タカシとマサルも、キヨコと同じように手を伸ばし、目を閉じた。

 

 

 

 

 ―――同館、14階、武器保管棟、開発研究部室

 

見つけたぞ!!

 竜作の歓喜の声が予想以上に大きく、ケイ達3人の仲間は辺りを急いで警戒した。

 

「大声出すなって竜ゥ」

 島崎がたしなめたが、竜作は詫びもそこそこに、目の前を指差す。

 

「こいつだ。アーミーのへそくりだぜ」

 竜作はそう言って、目的物が納められたガラスケースに目を凝らす。

 出入口を警戒しながら、ケイやチヨコも、竜作が見つけた物を確認する。

 ケイにとって、テーブルの上に置かれたそれは、一見、迫撃砲を二回りぐらい小さくした武器のように見えた。全体が光沢の無い黒色で、望遠鏡に似た砲身は腕一本分程の長さがあり、砲身の下には平たい部品が付いていて、持ち手か台座として使うのだろうかと思えた。砲身の根元のトリガーは小銃の物と似ているが、その上には左右両方に折りたたまれた照準がある。武器の後方の外見が、ケイがこれまで目にしてきたどの銃とも異なる。役割が推測できない複雑な機構がパズルのように組み合わさっていて、おそらく肩にかけることを想定した湾曲面の付近には、電気的な端子が幾つもついている。その内2つの端子には、同じく黒色をしたケーブルが接続されていて、その先は円をいくつか巻いた後に、すぐ近くの携行バッテリーと思わしき部品と繋げられていた。

 ケイたちにとっての今回の目的物だった。アーミーの新兵器だと、ケイは竜作やチヨコから聞かされていた。

 

粒機波形射出砲 ver.0.71……

 チヨコが兵器の手前に置かれたプレートの内容を読み上げた。

「アーミーが学園都市に寄生している理由だよ、コレが……噂じゃ、第3位だか4位だかの、高位能力者の研究から得られた産物だと」

 チヨコがケイに向かって目配せした。

「第3位なら、ケイ、アンタ知り合いだろ?」

 

「……御坂さん」

 一九学区で訣別した、常盤台の凛とした女学生。ケイは複雑な思いを、ただ一言、名前として呟き、吐き出した。

 

 竜作がレーザー砲をじっと見下ろして口を開く。

「コイツがどれだけ攻撃力をもったヤツかは分からんが……能力者の研究を応用した兵器ってのがもしバレれば、モロに条約違反で、政府は総辞職間違いナシ、防衛省の連中も首が面白いように飛ぶわけだ。言わば人体実験の産物なんだからな。俺らは無事これを盗み出し、仲間へ引き渡して、世界中の同胞へ、人民の目へ、白日の下へ晒すのさ。学園都市の内輪で盛り上がってりゃあまだ隠せたかもしれんが、政府お抱えの(アーミー)がこんなモノを生み出してたとなりゃあな」

 悪は破れたり、と竜作が気取って言い、透明ケースへと手を伸ばす。

 

「バカ、触れるな!」

 島崎が声を潜めて一喝した。

「振動センサーぐらい疑うのが普通だろ!焦るんじゃねえ!」

 

 悪ィ悪ィ、と竜作は両手を上げ、じゃあ頼むよ、と島崎に言った。

 

「お前は説明書でも無いか探してろ」

島崎は憮然と言い放つと、しゃがみこんでレーザー砲の警備装置の切断に取り掛かる。

 

「アーミーは近くに居ないみたいだけど、無理やりこじ開けちゃダメ?」

 

「この部屋に缶詰にされて、最悪ガスを吹き込まれてオダブツになるかもしれねえぜ?ゴールの前こそ、転んだらまずいんだよ」

 ケイの疑問に背中で答えた島崎は、作業を続ける。

 

「確かに、アーミーの兵隊一匹ともかち合ってない。不気味な位だよ」

 チヨコが唇を舐めて言うと、竜作は笑みを浮かべた。

 

「今日はツいてる。前向きにいこうじゃないか」

 

 本当にそうだろうか。このまま、何事もないに越したことはないのだが。

 ケイがそわそわしながら辺りを警戒している内に、島崎から安堵の声が聞こえた。

「オーケイ……ご開帳といこう」

 

 流石だ、と竜作が満足気に言い、ケースを慎重に取り外す。

 

「チヨコ、持ってみてくれ」

 このメンバーの中で最も銃火器の扱いに慣れたチヨコが、島崎から促されてレーザー砲を両手に持つ。決して小振りとは言えないのだが、まるで赤ちゃんを抱いているみたいだ、とケイは思った。

 

「フン……バッテリー式ってことは第3位(レールガン)の応用か?第4位はよく知らないが」

 チヨコはレーザー砲を様々な角度から手に取り眺めると、充電はされてるんだろうね、と呟き、傍に置かれた有線バッテリーのベルトを試しに肩に掛ける。

 

 その時、ケイの耳には微かに柔らかく軽い物が弾む音が聞こえる。

 警戒を緩めていなかったケイは、その音のした方を見る。

 

 床に、紐のついた円筒形の物が、速度を大分緩やかにしてケイ達の方へと転がっている。

 

 それを見たケイは、背筋が背骨ごと引き剥がれるかと思う程心臓を弾ませた。

 

みんな!!

 ケイは人生でこれまでにないほど口を開いて叫んだ。

「伏せ―――」

 

 次の瞬間、タイヤがパンクしたような音の圧が口を張り裂かんばかりに襲い、同時に視界全体が眩い白で溢れ返った。

 

 

 

 車の後部座席で揺られているような感覚。

 耳はキーンという高鳴りが僅かに引き、くぐもった連射音が聞こえる。

 目は開けられない。しかし、ケイの体を誰かが強く引っ張り込むのを感じる。

 

 ここにいろ!と聞き取れた。

 チヨコおばさんの声だと分かった。大きな手が自分の体を離れる。

 ダメだ。自分も反撃しなければ。作業着の内に潜ませた拳銃をまさぐる。

 安全装置を解除しようと試みるが、頭上を薙ぐ銃声がそのまま振動となって脳を揺さぶっているかのようだ、指が言う事を聞かない。

 

 島崎ィ!!と叫ぶ声が聞こえた。竜作だ。

 悪い予感が当たったんだ。親指の爪が剥がれかけていて痛い。それでも必死でセーフティーレバーを押し下げようとしながら、ケイは不意に涙を零した。なぜ、もっと仲間に訴えなかったのだろう。これは罠で、自分たちはまんまと誘い込まれたのだ。

 スタン・グレネードがスモークを撒き散らしたのか、それともまだ目が晴れ切っていないのかのどちらかだが、徐々にケイの視界が全体的に紫がかったシルエットを捉える位には回復した。ケイは銃を握り締めた右手を伸ばし反らして、作業台の陰からとにかく出入口に向かって弾倉が空になるまで撃った。

 手を一度引っ込めたその時、ケイの横を、掌程の幅でオレンジ色をした閃光が奔った。

 驚愕の声、絶叫が聞こえる。チヨコがレーザー砲を放ったのだ。

 なんだこれは、水撒きしてんじゃないんだよ!とチヨコが悪態をつくのが聞こえる。それと共に、再び応射が襲ってくる。

 おばさん!!

 ケイは叫んだ。叫ばないと、チヨコが知らぬ間に殺されてしまうと思ったからだ。 

 

 弾の補充に手間取り、数発分落としてしまった。

 足音がバタバタと聞こえ、物陰に隠れていたケイは目を見開いた。

 憎むべき、アーミーの兵士が、唇の端を歪めて立っている。真っ黒な銃口がこちらに向けられている。

 ケイがどうにか足を突っ張ってその場を回避しようとしたその時、別の人影が飛び込んできた。

 

うおおおおおっ!!

 その人影は、ケイを狙っていた兵士を思い切り銃床で殴り倒した。

 

 

 フレンダが制止するのを聞かず、金田は武器庫へと突入していく兵士の背中へと銃を撃った。

 武器庫の中から聞こえて来た叫び声は、十学区で共に帝国に対して戦ったケイの声だと金田には分かった。

 3人の兵士が膝から崩れ落ちる。

 それらを踏み越えて、金田は部屋の中へと駆け入る。

 

 誰かに銃を向けて命を刈り取ろうとしている一名を殴り倒した。

 その兵士は近くの作業台の角に頭部をぶつけ、ずるずると床に体を預け、動かなくなった。

 

 金田が左手後方を振り返ると、驚愕の顔をしたケイがいた。

 

「仲間の仇を!!」

 無精ひげを生やした男が怒り狂って銃を向けて来たことで、金田の注意は無理やりそちらへ逸らされた。

 

「わァァ違う違う!!俺アーミーじゃないんだって!!」

 金田は必死で弁解し、両手を上げた。自分が、アーミーの兵装を奪って擬態していることを失念していた。

 

 金田君!!と叫びケイが駆け寄って来る。

「待って、竜!!この人は敵じゃない!!」

 

「馬鹿言え!!」

 竜作は半狂乱で叫んでいる。

「ならばなぜ奴らの恰好を!?」

 

「分捕ったんだよこれェ!!」

 金田は変装に用いようと身に付けた軍服を指で摘んで見せた。

「俺はアーミーに捕まって押し込められてたんだ、元々!アンタら、他にも作戦仲間が居るんだろ!助けてもらったし、案内してもらったんだよォここまでェ!」

 

「竜、こいつはあたしも知ってるヤツだ」

 レーザー砲を担いだチヨコが、竜作の構えている銃に手をかけ下ろさせて言った。

「何でこんなとこにいるんだかは知らないが、ウチの店を帝国のガキ共が襲ってきたとき、この坊主は守ってくれたんだ、信用できる」

 ケイの顔がほんの少し、安心したように緩んだ。

 チヨコの逞しい体に、目立った負傷は無いように見える。

 

 竜作は息を切らし、自分の背後の床を振り返った。

 そこには、腰から背中を多数の銃弾で抉られた島崎が、血だまりをつくって蹲り、事切れていた。

「島崎さん……」

 ケイが息を呑み、竜作は島崎と金田を交互に見た。

 

「スパイかもしれん……」

 竜作が汗を滴らせた顔を金田に向けて言った。

「おい小僧。その仲間とは誰だ?」

 

「ああ、そこにいるぜ。オーイ!!」

 金田は出入口に向かって叫んだ。

 返事はない。襲って来た兵士たちの死体が転がっているだけだ。

 竜作が眉間の皺を深くする。

「……なんだと?」

 

「い、イヤ、ホントなんだって!さっきまでそこにいたのに……」

 疑いの目つきを鋭くする竜作に対し、金田は困惑の声を返す。

 チヨコとケイは顔を見合わせた。

 

「おーいィ!!フレンダァ!どこだァ?」

 金田が名を呼んだが、やはり返事は無かった。

 

 

 

 金田が呼ぶのを知らず、フレンダは一目散に駆けていた。

 金田がゲリラと顔見知りだとは予想外だった。武器庫は確かゲリラが目的地としていた所だ。そこを通りがかることになったのがまずかった。

 フレンダたち「アイテム」には、今回の作戦において、ゲリラは学園都市内の左派不穏分子諸共、抹殺される対象だと知らされていた。ただし、それは別動隊の役目であり、自分には関係ない。火の粉が降りかかる前に判断を決し、こうして本当の仲間との合流を目指していることは正解だと、フレンダは自信をもって行動していた。

 

 目的地は間もなくだ。フレンダは携帯電話を取り出し、リーダーへ連絡を試みる。

 

「……?アレ、麦野?」

 何度掛け直しても、リーダーからの応答は無かった。

 

 

 

 

 ―――同館、階段室

 

「あのー、麦野?聞いてます?」

 絹旗最愛は急いで小さな体を動かし、階段を駆け上がると、麦野に追いついて横から声をかけた。

 電気系統が切断されているせいで、エレベーターは使えず、絹旗たちは階段を使い、かれこれ1階から何層もフロアを上に移動してきた。格闘の心得がある絹旗にとっては問題でない。問題なのは、麦野が一心不乱に、黙々と上へ上へと昇り続けていることだ。

 

「いや、何かしら、超返事してくださいよ!」

 絹旗は、自分よりも頭2つ分程は背の高い麦野を見上げながら呼びかけ続ける。

 大人びた端正な麦野沈利の横顔は、まっすぐ前方、正確には階段を昇った先へと向いたままで、一向に返答はない。 

「あの黒服、麦野がおかしいのを見越して、超とんずらしましたよ!事前情報は疑わしいって麦野も言ってたじゃないですか!どんどん進んでいきますけど、目的地のラボはほんとにこっちで合ってるんですか?」

 

「こっちよ」

 麦野が唐突に返事をしたので、絹旗は逆に肩をびくっと震わせた。

「このまま、上へ」

 

「……むぎの?」

 絹旗は、今度は静かに、恐る恐るリーダーの名前を呼ぶ。

麦野の声はまるで氷のようだ。絹旗にとってそれは、生気を感じさせない。

 

 明らかに様子がおかしい。不安を覚えた絹旗は後ろを振り返り、更に目を見開いた。

「……滝壺!」

 もう1人の仲間、滝壺理后が、踊り場で手摺と膝にそれぞれ手をつき、喘いでいる。

 麦野に呼び掛けることに気を取られ過ぎていた。その事を悔やみ、絹旗は急いで階段を駆け下りた。

 滝壺の顔には汗が吹き出ている。息をぜえぜえとついているその様子から、絹旗は一瞬、立て続けの上り階段に疲れたのかと思ったが、すぐさまもう一つの懸念が頭をよぎった。

「ねえ、もしかして滝壺……誰か()()してる?」

 滝壺は絹旗の問い掛けに、目を閉じたまま、ふるふると首を振った。

 

 滝壺が否定したのはその通りだ、と絹旗は思った。滝壺のもつ「能力追跡(AIMストーカー)」の力は、体晶(たいしょう)を服用しなければ発動できない筈だ。体晶は、滝壺の能力を十二分に引き出すが、彼女の身体に掛ける負担も大きい。故に、服用するタイミングは見極めなければならない。ターゲットたる島鉄雄に会敵していない以上、麦野が滝壺へ体晶を渡したとは考えられなかった。

 

 滝壺が何か口を動かすのを見て、絹旗はより顔を近付ける。

「……え?何て?」

 

「勝手に……感じる」

 滝壺が、息を切らしながら言葉を紡ぐ。

「麦野の、AIM拡散力場に……誰か、干渉してる……誰?どこ?わ、分からない。知らない、パターンが混じってて、か、解析が難しい……」

 

 絹旗は更に混乱した。

 滝壺の言葉が嘘でないなら、勝手に能力が発動しているだけでなく、麦野は誰かしらの別能力者に操られているということになる。

 精神系?いや、単純にそうとも言い切れない。滝壺が察知しているということは、極端な話、滝壺と同系統の能力者がこの建物にいる可能性がある。

 

 絹旗は滝壺を背負った。麦野程ではないものの、自分よりもずっと体の大きい滝壺を運ぶ。しかし、自身が持つ能力故に、絹旗には苦ではない。上を見上げると、麦野は既に次の踊り場を通り過ぎて、靴音を響かせている。まだ昇る気だ。

 麦野の様子がおかしいのはもう確定的だった。「アイテム」の戦力的な核たる滝壺に目もくれずに一人突き進むのは、普段の麦野からしてあり得ない。麦野一人の強さの問題ではなく、滝壺に何かあったら最後、アイテム(わたしたち)の存在価値は大暴落してしまうのだから。

 滝壺の身体のことを考慮するなら、今すぐ体晶を服用させるのが応急手段だが、唯一体晶を管理している麦野は、先程から話が通じない。かといって、リーダーの許可なく勝手に戦線を離脱する訳にもいかない。

 ここは敵地。島鉄雄だけでなく、アーミーの残党にも遭遇するかもしれない。そのことを考えると、絹旗一人で滝壺を運ぶのは、万が一の時には不利に思えた。

 絹旗は麦野に追いつこうと足を早めながら、片手で携帯電話を取り出した。

 ここで頼るとしたら、あと一人いる仲間だ。

「……フレンダ、今どこですか?」

 

『もしもし?絹旗ぁ?もぉ心配したよ!麦野にかけてもぜぇ~んぜん出ないんだもん!』

 いつも通りの調子の良い声に、絹旗は若干安堵する。

 

「いいから、超聞いてください。なるべく早く合流します。滝壺が危ないです」

 

『えっ』

 滝壺の名を出したことで、事態の深刻さを察したのか、フレンダの声の調子が変わる。

『分かったよ―――こっちは今、S館の―――』

 

 絹旗はフレンダの応答を、途中から聞き逃した。

 麦野が、階段を昇った先の扉の前で立ち止まっていたからだ。

 絹旗は滝壺を背負いながら、急いでその横まで駆け上がる。

「麦野!話を―――」

 

「ここ」

 相変わらず冷え冷えとした麦野の声が、階段室に響いた。

 

「ここって……」

 絹旗は扉を見る。

 金属製の頑丈そうな両開き扉の表面には、無骨なゴシック体で、「S-15F」と記されている。

 取っ手に加えて鍵穴と一体化した端末が付いている。暗証番号を入力して開くようだ。

 その機械端末には目もくれず、麦野は掌を前にかざした。

 

「ちょ、麦野―――」

 慌てて絹旗は後ずさった。

 

 麦野が急に発した電子線が、彼女の今の声色を象徴するかのような温かみの無い白い光の塊となり、それは眼前の扉を溶かしていく。

 

『ねえ、絹旗ぁ!?聞いてるぅ!?』

 通話中のままの携帯電話から、フレンダの声が聞こえるが、絹旗は返事をしない。

淀みなく出口を開いていく麦野の姿を黙って見つめていた。

 背中に背負った滝壺の手が、絹旗の胸元を掴み、ベストの布地を握り締める。その手がガタガタと震える。

 

「この先」

 麦野が、開かれた扉の先を瞬きせずに見つめ、そう言った。

 

 血の匂いだ。絹旗は直感的に悟った。

 

 

 

 




アーミーのレーザー砲(SOLじゃない方)を、学園都市の研究成果応用の産物とすることは、投稿当初からの案でした。

バッテリー駆動の兵器を原子崩しの研究応用、とするのは無理な設定である気もしますが。

なお、原子崩しの正式名は「粒機波形高速砲」ですが、途中のプレートの表記が異なるのは故意です。

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