午前10時30分 ―――アーミー駐屯地、本部、S館15階
「いつまで手間取っている!」
「も、申し訳ない、解除コードが、変更されている」
怒鳴りつける山田中尉を前に、Dr.大西は顔を引き攣らせて、しどろもどろになりながら答えた。
「恐らく、誰か私の同僚の仕業だ―――け、警備の兵士なら知っているかも……」
「ああ、全く持って素晴らしいアイデアだな」
山田中尉は歯ぎしりして素早く銃を取り出し、大西の眉間に突きつけた。
「死体の口をどうやって割らせるつもりだ!?イタコでも呼びつけるか?お前も、そいつらと一緒になりたいか?このベビールームに侵入できてこそ、お前をここまで連れて来た価値があったというものだ。これ以上我々を待たせるな!」
「そ、そんな無茶な……」
大西は息を呑んで、ちらりと自らの後方を見た。
ベビールームの出入口を警備していたアーミーの兵士たちは、武装解除を命じる欺瞞の放送を受けても、任務を放棄しなかったらしい。先ほど、山田中尉の部隊と接触し、投降を拒否した結果、全員物言わぬ
ベビールームの入口まで来て、大西たちは厳重に封鎖された扉を開放できずにいた。電気系統に干渉してセキュリティの弱体化を試みる別働隊がいるはずだったが、このラボの最重要区画の警備システムは独立したものだ。正統なコード入力無しには、外部から侵入するのは容易ではなかった。
「ちゅ、中尉!」
部下の一人が焦った声を出す。
「アイツは―――」
山田中尉以下、潜入部隊の兵士たちと大西が、そちらを見た。
「41号……」
大西は息を呑んだ。
先ほど大西たちが来た通路に、島鉄雄が立っていた。患者衣は至る所が破れ、返り血で染まっている。こちらへ歩いてくる度に、裸足がひたりひたりと微かな音を立てる。
その表情は、愉悦に染まっていた。
「『アイテム』は仕損じたかッ……!」
山田中尉は呟くと、ガスマスクを取り出し素早く顔に装着した。
「
「ま、待ってくれ!どうするつもりだ!?」
指示を受けた兵士たちが一斉にガスマスクを装着するのを見て、大西は慌てた。
「ゲロで喉を詰まらせたくなければ、早く扉を開けろ!」
白色のタッカーのようなものを右前腕に固定しながら、山田中尉は大西を一喝した。
大西は後ずさり、鉄雄の方を見る。
鉄雄は立ち止まり、興味深そうにこちらを見ている。
「へえ」
鉄雄が口を開いた。
「どんな手品だよ?やってみろよ」
「……やれ!」
山田中尉の合図で、兵士の一人がガス弾を放つ。
それはおもちゃの花火のように緩い速度で廊下を跳ね回り、灰褐色の煙を立ち込めさせた。
大西は恐怖で壁に手をつき、息を荒くする。
鉄雄の姿は完全に見えなくなった。
「撃て!」
そこへ一斉射撃が行われ、大西は轟音に耳も目も塞いだ。
すると、大西の顔のすぐ傍を何かが空を切って掠める。
やめろ!不味い!と部隊が慌てる声が聞こえ、大西はゆっくりと目を開けた。
何人かの部隊員が、血を流して蹲ったり、或いは倒れたりして、動かなくなっている。
跳弾か?と警戒する声を誰かが上げたが、違う、と大西は直感した。
「銃は―――ムダだ」
大西は悟ったように言った。
それを聞いた山田中尉が、ガスマスクの顔を一瞬だけこちらに向けた。
「もう、41号は、君らの手に負えない……」
空気の流れが突然生まれ、大西の目の前で、ガスが晴れていく。
廊下を照らす照明が何度か小刻みに明滅し、再び点灯した時、鉄雄が無傷で立っているのを目の当たりにした。
「……BC拡散弾!」
山田中尉が焦りを無理やり押さえつけて声を上げ、右手に装着した武器から、タイヤに空気を充填するようなパシュッという音と共に、何かを鉄雄に向けて発射する。生き残った部下も追随する。
その微細なカプセル様の弾丸は、10cmほどの距離を空けて、鉄雄の目の前で突然勢いを失い、全て静止する。
「つまんねェよ」
鉄雄が蠅でも振り払うような動作をすると、弾丸が向きを変える。
危険を察知し、大西は身体を丸めて扉の横で蹲る。
そこへ、肩に差すような痛みを感じた。
大西がそこを見ると、山田中尉たちが放った特殊な弾丸の内の1つが、自らの白衣を貫いて刺さり、小さな赤い染みを作る所だった。
「あ、ア……」
がたがたと大西は体を震わせた。あまりの恐怖に、息が詰まる。
息ができない。大西は自らの首を掻き毟り、身悶えした。
目から涙が溢れた。滲んだ視界の中で、山田中尉が前のめりに倒れる。
少しでも空気を吸いたくて、大西は体を仰向けに返した。
島鉄雄が扉の前に立っている。
自分の研究の、これまでにない最大の成果―――。
大西は喉に食い込ませていた片手を、鉄雄に向けて伸ばした。
それから間もなく、滲んでいた視界が急激に色を失い、暗転していく。大西は自分の体が浮き上がるような落ちていくような、形容し難い感覚に呑まれていった。
自分を止めようとした部隊の面々が悉く倒れたのを後目に、島鉄雄は「A-ROOM」と銘打たれた扉の前に立った。
この先に、子どものような老人のような風貌をした、3人の
ここを前に訪れたのは、1週間?いや、2週間ほど前だったか。
思い入れは無いはずなのに、鉄雄は自分が奇妙な懐かしさを覚えていることを自覚し、舌打ちした。
とにかく、自分はあのナンバーズに会う。そして、「アキラ」の居場所を聞き出す。
扉を破壊しようと、手を翳し、力を集中しようとしたその時だった。
後方から足音が聞こえ、鉄雄は振り返った。
「……誰だ、てめェ」
アーミーの兵士でも、敵対部隊でもない。
立っていたのは、1人の女だった。およそ戦場に似つかわしくない薄紫のワンピースを身に付け、すらりと背が高く、赤みがかった茶髪を腰近くまで伸ばしている。
女は鉄雄の問いに反応せず、じっと見つめ返している。
「誰だって聞いてんだよ」
再度鉄雄が問うと、女は返事をする代わりに、すっと左手を胸の高さまで上げ、掌を上に向けた。
「……?」
鉄雄が首を傾げた。
女の掌に、光球が現れる。
そして女が、腕を鉄雄に向けて伸ばす。
次の瞬間、目の前が青白い光で覆われ、鉄雄は顔を咄嗟に覆った。
辺りに爆音が響き渡り、ベビールームの扉は吹き飛び、開かれた。
同階 ―――
「本隊!本隊!こちら“イプシロン”!」
一人の男が、無線を相手に必死に声を上げる。
「
「挟撃だ!」
敷島大佐は自らも曲がり角から銃を撃ちながら指示を出す。
「私の合図で制圧しろ!3、2、1―――」
一際銃声の嵐が勢いを増し、そして唐突に止んだ。
「大佐、こいつら、我々の装備じゃないです……海外からの流れ者か、或いは学園都市の使い走りか」
部下が、事切れた相手の兵士の体を検分して言うと、大佐は眉間に皺を寄せた。
「政府の不穏分子と結託した、統括理事会の手の者か」
以前、ターミナルゲートで受け取った警告めいたメッセージが、大佐の脳裏に蘇った。
思い返せば、前兆はあったのだ。ここまで事態が切迫するのを止められなかったことに、大佐は自責の念を禁じ得ず、頭を振った。
「……負傷者はこれ以上追随しても、足手まといにしかならん。ならば、生きろ。演習場まで出れば、或いは命だけは助かるやもしれん。私と共に来るならば、死ぬ覚悟を持って来い」
顔を上げた大佐に、部下たちが黙って頷く。
「目的地は、もうすぐだ」
大佐は廊下の先を見つめた。
15階まで来た。「ベビールーム」は、この階層の反対側だ。
「今、何て?」
ケイは横を歩くチヨコに聞き返した。
「アイツらは、アーミーじゃない」
チヨコが、自身の半身ほどもある丈の軽機関銃を手にしながら、険しい顔で答えた。
先ほど武器庫で得たレーザー銃は、これもまた大きなバックパックに収めている。ジッパーの端の隙間から伸びた配線は、袈裟懸けに運ぶバッテリーに繋がっている。それらを合わせれば相当な重さになるはずだが、チヨコの身のこなしは軽い。
「奴らの銃さ……アーミーの支給品なら、あれは東京の企業が作ってるものだけど、アイツらのは違った。明らかに海外のを元手に作り変えたヤツだ」
「それってまさか……」
ケイは唾をごくりと呑んだ。
「……私たちの他に潜り込んでる、暗部の奴らが?」
「計画決行日を変えたり、いやに前半は静かだったり、おかしいことが多かった」
チヨコが声を潜めて言った。
「アタシらは……嵌められたのかもしれない」
この計画を実行に移した当初から、ケイの胸の内に引っかかっていた嫌な予感。
それが現実のものになりつつある。
それも、アーミーとの単純な戦いに収まらない、もっと悪い状況として。
ケイは顔を曇らせ、先を行くリーダーの背中を見つめた。
「この事、竜には?」
「言ったさ」
チヨコがケイに答え、それから首を振った。
「だが、ダメだ。アイツは聞く耳を持たない。島崎をやられて、冷静さを失ってる……」
「ああ、まだ手が痛ェぜ。ックショウ……なあみんな!」
2人の深刻な会話を遮ったのは、どこか能天気な金田の声だった。
慣れない発砲をした後、アドレナリンが引いたのか、利き手をしきりにひらひら振っている。
「ここは14階だろ?みんなは、これからどこへ?」
「金田君……」
自分たちの懸念とはかけ離れた様子の金田に対し、ケイはため息をつく。
チヨコと竜作も一度立ち止まり、振り返った。
「俺たちは―――」
「脱出。そうだろ?竜」
竜作の言葉を遮るように、チヨコが決然と言った。
「狙いのブツは手に入れた……島崎の分も、アタシらはこれを無事に外へ運び出さなきゃならないだろ?」
「……ああ」
竜作がチヨコのバックパックをちらりと見て、それから唇を噛み締めて言った。
「ああ、そうだ。分かってる、分かってるさ」
「そうか。俺は、上に上がるぜ」
金田の言葉に、ケイは驚いて振り返る。
「そんな!どうして!?」
「フレンダが言ってた。鉄雄は多分、この上の階だ」
金田が真剣な表情をして言った。
「俺の仲間だ。助けてやんねえと!そのために逃げて来たんだ」
「無茶言わないで。あなた一人で何が出来るっていうの?周りはどこに敵がいるのか分からないのに……」
ケイが引き留めようとしたが、金田は拳を握り締めて首を振った。
「俺は行くぜ!アイツ、以前すれ違ったときは、包帯巻かれてベッドに寝かされてた……アーミーの奴らに、これ以上好き勝手はさせねえぞ!」
「まあ待て金田。ケイの言う通りだ」
チヨコも金田を制止する。
「寝てる友達を見つけたとして、それからどうする?お前ひとりで背負ってく気か?このビルを1階まで?」
「……アンタらゲリラは、行ったっていいさ」
金田が静かに言った。
「俺一人だってやる。これは俺の問題だ」
「どうやら、そいつの言う通りになりそうだぞ」
進路の先を窺っていた竜作が言った。
「見ろ。下りは塞がれてやがる」
4人は階段の手前まで来た。しかし、下りの入り口は、非常シャッターが下りて閉ざされている。
「セキュリティは動かなくしたはず……!」
「ここらの階層は恐らく独立系統だ。なんたって、
顔を歪ませるケイに対して竜作が言い、それから別方向を向いた。
「……まるで誘われてるみたいだ」
竜作が見上げた方向は、1つ上の階へと通じる上り階段だった。そこは開放されている。
「いいじゃねえか。アーミーの奴らに鉢合わせたら、あの世へ漏れなく送ってやる」
辺りを警戒しながら、4人は15階の廊下へと足を踏み入れた。
「この階は……」
正面の窓から差し込む陽の光に目を細めながらケイが呟いた。
「ああ」
金田が左右に続く廊下を見回しながら言った。
「フレンダの言う事が本当なら、ここに例の―――」
「止まれ!!」
突然かけられた大声に、ケイも金田も肩を震わせた。
チヨコと竜作は素早く反応し、ケイと金田を元の階段の方へ押し込み、それから武器を構える。
「両手を頭の―――武器を持っているぞ!」
相手の声の緊張感が一気に高まった。
20メートルは離れているだろうか。緩やかにカーブを描きながら長く続く廊下の一方の先に、兵士の姿が見える。
「チッ……クーデターを仕損じた負け犬どもがまだ居たぜ」
竜作が勝気に笑みを浮かべて言った。
「ああ、だが向こうの方が、数が多い―――」
チヨコが言ったその時、金田が不用心にも前へ進み出た。
ケイが驚いて手を伸ばす。
「ちょっと、金田君―――」
「オーイ!撃つなァ!俺ァ仲間だ!」
金田が出た予想外の行動に、ケイ達は目を丸くする。
それは、対峙している兵士たちも同様だった。
「アンタらは別の道を探せ。俺が時間を稼ぐ」
アーミーの兵装を身に付けた金田が、ケイ達へ早口に囁いた。
ケイは目を瞬かせた。竜作とチヨコは顔を見合わせる。
金田は、再び前を向いて大きく口を開けた。
「助けてくれよォ!こいつらに捕まっていて……」
「ほう」
低い声を聞いた金田は、体を硬直させる。
兵士たちの背後から、大きな体躯が姿を現したからだ。
「それはそれは……どうやって着替えたのかは知らんが」
金田には見覚えがある。これまで何度も対峙した、威圧感を四方に飛ばす、見上げるような大男。確か、大佐と呼ばれていたか。
「収容棟で大人しくしているかと思えば、やはり間者だったか、貴様……」
顔を憤怒に歪めた大佐を見て、金田の生存本能が、自身の主へ急激な危機感を告げる。
次の瞬間、金田は踵を返して駆け出していた。
「逃げろォ!!」
「嘘でしょォ!?」
金田の行動の移り変わりっぷりに、ケイも思わず甲高い声を上げる。
「あのデカブツ、捕まったんじゃなかったのかよォ!!」
金田が走る横を、いくつもの銃弾が高い音を奏でて空を切り、突風のように追い越していく。
「逃がすな!!」
大佐が檄を飛ばし、部下たちが一斉に金田達へ向かって射撃する。
階段正面の窓が粉々に砕け、陽の光によって晴天のスキー場のように煌めいた。
「ここはダメだ!」
チヨコがケイと竜作に言った。
「別の道を―――」
しかし、竜作は手榴弾を取り出し、ピンを口に咥えた。
「竜ゥ!!」
ケイとチヨコが叫んだ。
「何を―――」
竜は応える代わりに、ピンを抜いた手榴弾を、大佐達へ向かって投げ付けた。
数十の風船を一斉に割ったようなけたたましい音が響き、硝薬の匂いを漂わせて煙が立ち込めた。
「チヨコ!ケイ!」
竜作が銃を構えて叫んだ。
「
「馬鹿言わないで!」
ケイも負けじと叫んだ。
あの人数相手では、どうやっても勝ち目はない。
「島崎の仇を、討つ!思い知らせてやる!」
言うが早いか、竜作は銃を煙の向こうへと立て続けに発砲し始めた。
「竜ゥ!!」
「聞こえねえよ!……今の内だ!行こうぜ!」
竜作の銃声が響き渡る中、金田がケイの袖を強引に引っ張り、反対側の廊下へと連れ出した。
「おい、そっちは―――クソッ!!」
チヨコはケイと金田が向かった先を苦々しく見た。それから、一瞬だけ竜作を振り返った。
「……死ぬんじゃないよ!」
チヨコは、ケイを守るべく、竜作に背を向けて駆け出した。
「……死体はありません。窓から落ちたのでしょうか……」
数十秒の打ち合いが忽然と止み、階段の手前を警戒しながら、アーミーの兵士の一人が言った。
「男一人に構うな」
大佐が言った。その体に新たな傷は無い。
「それより、残りの連中が向かった先だ……急ぐぞ!」
大佐の目は、「ベビールーム」へと続く廊下へと向いていた。
―――ベビールーム
そこは、無機質なこれまでの内装とは打って変わって、公園を思わせる、開放的な空間だった。
それでも、なぜか床や壁面、遊具、至る所に転がった玩具に至るまで、青みがかった配色が多く、絹旗はどこか冷たさを感じた。
「た、滝壺っ」
後ろから付いてきたフレンダが、肩を貸していた滝壺をひとまず床に座らせ、休ませようとしていた。
それを見た絹旗は唇を噛み、リーダーの元へと駆け寄った。
「麦野っ!」
何者かに操られているかのような様子の麦野は、ここでも部屋の真ん中に立ち、絹旗の声がまるで聞こえていないかのようだ。
それでも絹旗は呼びかけた。
「もう、いいんじゃないですか!?あの鉄雄って奴は超藻屑ですよ!麦野の攻撃を真正面から受けて、生きてるはずがないです!滝壺のためにも、ここで一度退却を―――」
麦野が何事か口を動かした。
「えっ?」
絹旗が聞き返すと、麦野はすっと左手を上げ、何かを指差した。
「
麦野の冷たい声が、今度ははっきりと聞こえた。
島鉄雄が、そこにいた。
1階層分に留まらない、高さのある空間。その空中から、いつの間にか姿を現し、ゆっくりと降りてくる。
「嘘ッ!」
フレンダが息を呑んだ。
「麦野の
その驚きは、絹旗も同じだった。
絹旗は警戒心を一層高めた。
こいつは、並の
鉄雄の裸足が、ひたりと床に降り立った。
「……どういうつもりだ、お前」
鉄雄がじっと麦野を睨みつける。
その広い額には、血が幾筋か流れているが、気にする素振りはない。
「なぜ、俺の名前を知っている。いや……なんだ、あの光は。お陰で死ぬかと思ったぜ……どこの能力者だてめえ」
麦野は黙ったまま、再び左手に光球を灯した。
それを見た鉄雄がぎりりと歯を食い縛って身構える。
麦野の手から、青白い電子線が鉄雄に向かって放たれた。
それは、鉄雄の眼前へと真っ直ぐ飛び、そして―――弾かれた。
まるで、見えない風防があるかのように、電子線は鉄雄の目前で湾曲し、背後へ逸らされている。それに伴って、鉄雄の背後の床や壁に亀裂が走る。
絹旗は驚愕して思わず身を引いた。麦野の光線の軌道を逸らす相手など、これまでに見たことが無かった。
それに、先ほど部屋の入口で先制攻撃を仕掛けた時は、確かに鉄雄に防がれることは無かった筈だ。
鉄雄は焦りの表情をやがて変えた。笑みを浮かべて、麦野をまっすぐ見つめ返している。
次の瞬間、鉄雄は宙へ高く跳び上がった。
麦野は表情を変えず、立て続けに光線を放つ。
その全てが狂いなく鉄雄を捉えているが、麦野を見据えた鉄雄の前に、やはり同じように弾かれている。
鉄雄は麦野のすぐ背後に降り立った。
思わず絹旗が声を上げる。
「むぎ―――」
「お前、強いんだな」
絹旗が危機感を感じて行動を起こす前に、鉄雄の呟きが聞こえた。
次の瞬間、麦野の体が横っ飛びに吹き飛び、壁を砕いてめり込む程に打ち付けられた。
フレンダの悲鳴が響く。絹旗と滝壺は、麦野の体が磔の様になってだらんと力を失っているのを目の当たりにした。
「お陰で楽しくって仕方ねェぜ!ありがとよ―――ハッ!ハッ!ハハーーー」
鉄雄が歓喜し、笑い声が木霊した。