天下の大宰相・呉鳳明伝   作:後世の歴史家

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古代に法治を根付かせる者・呉鳳明

 

 

 

 長平の堅牢な砦に籠る趙の大軍を丸ごと葬らんとした秦国の恐るべき企ては、しかし黄河の水位を監視していた魏国の介入によって頓挫させられ、必勝の盤面を喪失。

 

 これをもって戦況が場当たり的な消耗戦となったことを見かねた秦の王騎将軍は、趙の廉頗将軍に長平をめぐる両国の軍事衝突に終止符を打つことを提案。

 

 この采配を白起将軍も認めたため、足かけ1年10ヶ月間にもわたる「秦趙魏長平会戦」はひとまず休戦となりました。

 

 古代中国史にあるまじき秦趙両国の総力戦はとりあえず終わったのです。

 

 

 ……ただしくどいようですが、この段階では無用な衝突を回避するために、両軍が距離を取っただけに過ぎません。

 

 この休戦が一時的なものに留まらず、両国が認める講和に結びつくかどうかは双方の朝廷しだいですが、この一報に触れた趙国王政府はやはり激怒したようです。

 

 

「勝手に講和するとは何事か! 廉頗将軍は文武の別をなんと心得る!!」

 

「いや待て。現場の判断で一時的な休戦を行うのは職責の範囲ではないか?」

 

「何を言うか。この書状には魏安君との連名で講和を進めるとはっきり記しておろう」

 

「うぬぬ、廉頗将軍もそうだが、魏安君の振る舞いも看過できぬぞ」

 

「うむ。魏国から大きな支援を受けていることは事実だが、内政干渉は困る」

 

「そちらは正式に抗議したことをもって決着と見なせばいいが、廉頗将軍はどうする」

 

「更迭して謹慎させるしかあるまいが、果たして素直に従うかどうか……」

 

「いや、待つのだ諸君。我らは鳩の脚に括り付けられた走り書きの内容でしか現地の状況を知らぬ。正式な沙汰を下すのは早馬の使者が到着するのを待ってからにすべきではないか?」

 

「平陽君の言うとおりだ。軽挙妄動は秦国を利することになる。自重すべきだ」

 

 

 まさに朝廷を二分する激論──そのなかで廉頗将軍の更迭に触れる者も居ましたが、秦国の間諜というわけではありません。彼らも趙国の重臣として、長期の軍事行動を支えてきた者たちです。

 

 特に新領土獲得に意欲的な平原君の一派は、私人としても多額の投資を惜しまなかっただけに、事実上の痛み分けという結果が受け入れられなかったのでしょう。

 

 ……しかし、そのなかにあって、戦時中に代替わりした王の傍にある藺相如の痩身は揺るぎないものがありました。

 

 

「王よ。どうかご安心を。今は揺れておりますが、彼らとて数日後には納得しておりましょう。やはり廉頗将軍にお任せして正解だったと」

 

「……うむ。父王の遺言にも国難の時期にこそ藺相如と廉頗を頼れとあった。余もそなたらを信じるぞ」

 

 

 さすがの藺相如も事の詳細はまだ掴んでおりませんでした。

 

 ただ、彼は知っていたのです。刎頚の友である廉頗将軍が最善を尽くすことを。

 

 

 ……その信頼は最上の形で報われました。

 

 廉頗将軍が正式な使者として送り出した人物は、廉頗四天王の筆頭格である玄峰であり、彼は見事な弁舌で朝廷の疑心を摘み取ったのです。

 

 

 無論、彼は虚言の類を一切弄しませんでした。

 

 むしろ白起の恐るべき計略と、それにより生じた被害を包み隠さず報告した上でこう言ったのです。

 

 

「……というわけでな、魏安君の計らいと廉頗の奮戦により、儂らの首は皮一枚で繋がったのじゃ。

 無論、この状況からでもやれと命じるのならば儂らはやる。

 しかしのぅ……さらなる延戦は魏国のより大きな負担となる事は明らかじゃ。

 それでも貴公らはやれと命じなさるか。白起が長平まで導いた黄河を渡り、まだ50万は残っておる秦軍を上党の地から叩き出すまで戦えと、そう命じなさるか?」

 

「いや、十分だ。玄峰殿、もう十分だ。もはや講和を進めるしかない戦況なのはよく分かった」

 

「うむ。よくぞその状況から五分に持ち込んでくれた。またしても魏安君に大きな借りを作ってしまったが、ともあれ、よくやってくれた」

 

 

 長平の戦況を正しく理解した朝廷の重臣たちはそう言うのがやっとでした。

 

 

 げに恐ろしきは人を人とも思わぬ白起の暴虐とそれによる被害よ。

 

 これでもし、趙軍の総司令官が廉頗以外の人物であったら、はたしてあの白起を退かせるところまで持っていけるだろうか……。

 

 ましてや、人為的な洪水に閉じ込められた趙軍を救済するために、魏国が多くの兵を死なせたと知った今は迂闊なことを口走るのも命取りだ。

 

 

 そう思った彼らは見事なまでに玄峰の掌の上で転がされたわけですが、横から見ていた藺相如は愉快そうに笑うだけで余計な事は言いませんでした。

 

 

「王よ。お聞きになった通りです。ここは秦との講和を推し進める以外ありますまい」

 

「うむ。藺相如には苦労を掛けるが、引き続き宰相として朝廷の差配を頼むぞ」

 

 

 こうして趙魏両国は足並みを揃え、秦との関係改善を模索することになりますが、ここで時計の針をしばし巻き戻すことをお許しいただきたい。

 

 

 趙国王政府が現状を正しく認識するまでのあいだ、鳳明たちは廉頗将軍の記念すべき対白起戦初勝利を祝う宴に籠りきりだったわけではありません。彼はそれより他にも大事な仕事を抱えていたのです。

 

 

 もちろん廉頗将軍の宴会は美味しいイベントが盛りだくさんでした。

 

 例えば宴会から逃げ回っていた李牧将軍が廉頗将軍に首根っこを掴まれて連れて来られたり。

 

 義勇兵の立場に落ち着いた匈族の若武者が何事か相談して信陵君に渋い顔させたり。

 

 他にも周囲の大人が悪巧みをした結果、酒をしこたま飲まされて酔い潰された鳳明が目を覚ましたら、なぜか全裸の摎将軍と同衾していたというイベントもあったりしましたが、彼には据え膳に手をつけるよりも大事な仕事があったのです。

 

 

 それは戦死者の遺体を回収──中身が丸ごと現代日本人の彼は、疫病の原因となるこれらを政治的にも道義的にも放置できませんでした。

 

 

 秦軍の参加兵数60万のうち、戦死者はおよそ8万。

 

 趙軍の参加兵数57万のうち、廉頗本隊の戦死者は火傷を含めておよそ12万6千。李牧別働隊の戦死者はおよそ2万4千。

 

 魏軍は参加兵数7万2千のうち、霊鳳と凱孟の率いる軍の戦死者はおよそ1200。龍譚と張良の率いる軍の戦死者はおよそ8700。

 

 

 これらの遺体は、秦趙の諍いを仲裁した魏国の太子・魏安君(呉鳳明)の計らいによって可能な限り回収され、それぞれの母国へ送り届けられることになります。

 

 戦死した兵はその場に放置し、野犬の餌にするのが当たり前であった時代に彼はそうしたのです。

 

 

 その為でしょうか……当初は魏軍単独での回収作業となりましたが、何故そうするのかを問いかけた趙軍もすぐに協力するようになり、最終的に秦軍もこれに倣いました。

 

 

「余計な仕事を増やしやがって……どうせ国内向けの人気取りだろうによ」

 

「……かもしれん。だが俺は嫌いになれんよ。魏安君の人柄とその采配をな」

 

「チッ、お前までいい子ぶりやがって……まあ、俺も嫌いじゃねえけどよ」

 

「それより隆国、これより我らはどうするのだ? いかに白起将軍の同意が得られたとはいえ、殿が事前の想定にない停戦を進めたのは間違いない。ただちに帰国し、王政府の承諾を得る必要があると思うのだが……」

 

「それなんだが、どうもそちらには白起将軍が志願されたらしい」

 

「白起将軍が?」

 

「うむ。殿も講和の件は一任されたようで……俺たちも遺体の収容が終わったら帰国の途に就くことになると思うが……」

 

「なんだよ、歯切れの悪い。なんか知ってんならさっさと吐けや」

 

「……殿が仰るには、魏安君の主催する合同慰霊祭に参加するために、魏国の王都・開封まで同行するつもりだと」

 

「はあっ!? なんじゃそのなんちゃら祭ってのは!!」

 

 

 王騎将軍傘下の幕僚たちが困惑するのも無理はありません。

 

 葬儀の概念はこの時代にもあり、歴代諸国の有力者や裕福な商人はこれを盛大に催しましたが、それはあくまで自分たちの生活に余裕があればこそ。貧しい農村部の出身である末端の兵士たちがこの恩恵に与ることは難しい。

 

 そんな時代に、鳳明は魏国の戦死者を国を挙げて弔うことを計画していたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秦趙停戦の合意から約半月後──帰国した鳳明の姿は、開封からほど近い小高い丘の上にありました。

 

 

 遠く黄河の向こうに、長平の山々を望む広大な霊園には、長平派遣軍戦没者と記された慰霊碑があり。

 

 白の喪服を着せられて、可能な限りの死化粧を施された兵士の遺体が、家族と最期の別れを済ませて出棺し。

 

 これらすべてが埋葬され、道教の祭祀が使者の魂を慰めたあと、鳳明は参列したゆうに5万を超える遺族にこう語りかけました。

 

 

「どうか、しばらく耳をお貸しください。彼らは趙国に援軍を送ることを決めた私の命令で長平に赴き、そこで戦死しました。ならば、その責任が私にあることは明白です」

 

「鳳明様!?」

 

「そんな! 鳳明様の所為じゃ──」

 

 

 そのとき鳳明は騒めく遺族らに微笑み、しかし頑固にも、その首を断固として横に振ったそうです。

 

 

「私は、国家の名において行われたあらゆる行為に関して、為政者が責任を負わなければならないと考えています。

 即ち、長平の地に軍を遣わした政治的、軍事的、道義的責任は私にある。……この責任から逃れようとすることはあまりにも醜悪です。

 何故なら国政を司る者がその責任から逃れたとき、国家は容易く腐敗し、惨めに滅びることが明白だからです」

 

 

 鳳明の言葉に李斯が頷きました。その眼に熱いものを湛えているのは、今の鳳明に法家の理想を見たからでしょうか。

 

 

「今回の派兵は、趙の滅亡を座視すれば、次に滅ぶのは我が魏国という私の危機感から出たものですが、そんな事情は戦死した兵たちには関係ない。

 彼らには家族と幸福に生きる道があった。にも拘らず、彼らは私の命令にしたがって戦死した。ならば私は彼らが戦死したことにより生じたあらゆる不利益を弁済しなければなりません。

 よって、私は魏国の一切を安釐王より与る者として、皆さんにお約束します。戦死した将兵の遺族には十分な一時金と、遺児を養う配偶者には十分な生涯年金を支給します。……そして、これは今回だけではなく、今後も同様です。

 魏国を取り巻く中華の情勢は、今後も厳しいものが予想されます。しかし、私はこの国を預かる責任から決して逃げない。どうか皆様もこの無能非才の身にお力添えを。今の繁栄を私たちの代だけではなく、子や孫の代まで伝えるためには、皆様のお力がどうしても必要なのです……」

 

「うっ、うう……鳳明様……」

 

「なんと、なんと、勿体のないお言葉を……」

 

 

 為政者の責任を明確にし、国家によって与えられた損害は当事国が賠償しなければならないとしたこの宣言は非常に画期的で、歴史家の司馬遷は史記の『魏史鳳明伝』の中でこう絶賛しました。

 

 

『当時の徴兵は非常に乱暴で、軍が農村部の男を根こそぎ連行することが当たり前のように罷り通っていた。しかし鳳明はこれを国家による犯罪と定義し、志願兵のみの正規軍を立ち上げてからも、将兵の戦死は遺族の損害として手厚く支援する仕組みを立ち上げた。これは彼個人の徳が極めて高いものであったことの証明であるが、その影響は魏国に留まるものではなかった。鳳明のこうした指針は、画期的な水運を担う商人たちを通して各国の民の知るところとなり、彼らの離反・流出を危惧した諸王はこれに配慮した政をするしかなかったからである。今日でも中華七王が民に配慮した政を行っているのは、ひとえに魏の大聖君の威光が中華の隅々まで照らしているからであろう』

 

 

 そして、この宣言に感激したのは司馬遷や、当時の遺族たちだけではありませんせんでした。

 

 趙国を代表する立場でこの合同慰霊祭に参列した廉頗将軍は、傷だらけの顔をグチョグチョに丸めてこう叫んだとか……。

 

 

「気にいったわァ!! 己に課された責任から逃れぬことこそ(おとこ)の道なれど、ここまで徹底するとは誠に天晴れ……ならばこの儂が逃げ隠れして何とする!!

 魏兵の遺族たちよ。儂が趙の廉頗じゃ。此度は儂の無能非才ゆえに、貴公らには大変な悲しみを与えてしまった。故に儂もまた貴公らに弁済しなければならぬ。

 ……貴公ら父母の息子。妻の夫。子らの父親は誠に勇敢で、そして将兵の義務に忠実であった。彼らの献身がなければ、儂ら趙軍は残らず長平の地で戦死していたてあろう。

 故に済まぬ、済まぬ……彼らの代わりに生き残ってしまって、誠に相済まぬ。どうかこの儂を詰ってくれ。石を打ちつけてくれ。この場で殺されても恨みに思わぬ。どうか禍根を晴らしてくれ……!!」

 

 

 それは、まことに男臭い姿でした。暑苦しい姿でした。もはや礼服の胸元を濡らす物が涙か鼻水か涎かも判別がつかず、放っておいたら勝手に自裁しかねないほど面倒な姿でした。

 

 よって遺族は口々に廉頗将軍を慰めました。なんだか台無しのような気もしますし、さすがの司馬遷も廉頗将軍の振る舞いには辟易しようで、史記には短く『鳳明の宣言に参列した廉頗もまた感嘆する』とだけ記載しましたが、当事者は大変でした。

 

 最終的に全員が廉頗将軍の「刎頚の友」に認定されたらしく、一部の物好きは熱い抱擁を交わしたようで、その騒動を微笑ましく見守った王騎将軍は副官の騰にこう漏らしたそうです。

 

 

「わかりますか、騰。愚かしく見えるかもしれませんが、あれこそが()に立つ者の正しい姿勢というものです。

 呉鳳明然り、廉頗将軍然り。彼らは本能的に理解しているのでしょう。ヒトは流されやすい生き物ですが、地位や権力に身命を捧げることはありません。彼らは心底惚れ抜いた人物だからこそ忠義を尽くし、いざその刻限を迎えようとも微笑(わら)って受け入れるのです。

 それこそが名君・名将と呼ばれる者の資質なのですよ」

 

「例えば我らが殿のように、ですな?」

 

 

 そこで若干の茶目っ気こそ滲んだものの、騰もわかっています。

 

 ヒトがヒトを作る。騰の理解がそこまで及んだのも、王騎という最高の教材に学んだからです。

 

 兵としての武力。将としての戦略・戦術。そして方面軍司令官としての政治的センスにおいて、稀代の名将である王騎に引けを取ることなく追随する不世出の奇人──しかし、そんな騰だからこそひとつの疑問が拭えませんでした。

 

 

「……ですが殿。廉頗将軍が己の恥ずかしい過去に学んだのはわかりますが、呉鳳明は()から学んだのでしょうか。

 自国や友好国の兵士の遺体だけなら手厚く葬るのもわかりますが、彼は敵国である秦兵の遺体すらも残らず回収し、録嗚未らに引き渡した。

 無論そうすることで殿の歓心を買えるという判断があったのでしょうが、その発想がどこから出るのか……わたしは不思議でなりません」

 

「ンフフ、それは確かに気になりますねェ……。実のところ私もその点は不思議に思いますよ。

 以前は周囲の大人に恵まれたものだと思っていましたが、会談の際に拝見させていただいた信陵君と呉慶の姿は、むしろ振り回されている印象がありましたから、呉鳳明が神の化身、神農の生まれ変わりなんて話が出てくるのも納得です。

 そこまでこじつけねば、彼の頭抜けた発想を子供ならではの柔軟な視点として咀嚼できなかったのでしょうね」

 

「なるほど。ヒトは純然たる奇行にも何故そんな真似をするのかと、理由を求める生き物ですからな」

 

 

 これは疑問の回答にはなりませんが、騰はひとまず納得することにしました。

 

 何故なら彼の役割は呉鳳明という奇天烈な人物の製法を割り出すことではなく、稀代の少年宰相が戦乱に明け暮れる中華をどのように救済するか、その一点を見極めることだったからです。

 

 

 いずれにしろ、永い付き合いになりそうだ──廉頗将軍の引き起こした騒動を決着まで見守った騰は、主君である王騎将軍に一歩遅れて呉鳳明らに弔慰を伝えました。

 

 ともあれ、こうして合同慰霊祭は終了し、講和をまとめるために奔走した王騎将軍らの一行は開封の地を踏むことになりました。

 

 

 

 

 







とりあえずB地区を隠せばR-18のタグを回避できるって本当ですかね?


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