天下の大宰相・呉鳳明伝 作:後世の歴史家
紙の普及と未曾有の豊作により、以前はドン底だった国力が飛躍的に持ち直した魏国の王都・安邑の王宮に信陵君の疲弊した姿がありました。
その顔からいつもの精悍さこそ損なわれていませんでしたが、億劫そうな様子を見るに気分はやや優れない様子。
それもそのはず。他の適任者が軒並み生死の境を彷徨っているというしょうもない理由により、苦手な兄王への報告を押し付けられれば信陵君とてヒトの子。気疲れぐらいはするのものです。
……しかしそんな理由で、この国の大王との謁見を拒否できないのもまた事実。
ただでさえ信陵君の兄は精神的に脆いところがあります。
面倒事は御免でしょうが、敬遠して距離を取りすぎたばかりに二心を疑われては堪ったものではありません。
そう観念した信陵君は安釐王のおわす玉座へ向かい、臣下の礼を徹底することに留意しながら諸々の報告を行いました。
「そうか、呉慶将軍の息子がのぅ……彼らの一族には、金輪際足を向けて寝られんな」
むろん良い報告もあった。秦との前線を押し上げた呉慶将軍の活躍と、その愛息である鳳明が示した才覚は王とて嬉しかろう。
だが悪い報告もあった。特に秦の白起将軍が長江の上流から楚を強襲──首都の郢を陥して国土の半分を奪った件は他人事ではない。
以前より秦の昭王と白起への恐怖に震えていた兄ならば、腰を抜かしても不思議ではないほどの凶報に違いない。
「私からの報告は以上になりますが、大王様より要望がありますればそのように手配いたします」
「そう畏まるでない。他に人はおらぬ。二人きりの時ぐらい、この兄に甘える配慮があっても良いではないか? それとも、そなたは……この兄を屁とも思っておらぬと?」
にも拘らず、今の兄には歳の離れた弟を揶揄う余裕もあるようです。
滅相もないと兄の追求を躱した信陵君はそう思わずにいられませんでした。
さては呉慶将軍の活躍と、綺羅星の如く現れた鳳明少年の多才ぶりをそれだけ心強く思っているのだろう、と。
実際、あの二人の献身によって、魏国の寿命は20年以上伸びたと信陵君は判断しています。
一時は秦軍の猛攻により王都まで迫ると思えた国境も、今では山陽以西まで持ち直し。
食料も潤沢で、農政改革の思わぬ副次効果により、暇を持て余した農村部の男衆という兵の成り手も有り余っている。
なるほど。ここまで状況が持ち直せば、精神的に脆いところのある兄王にも余裕が生まれるか……。
──そういった信陵君の推察に大きな齟齬はありませんでした。
しかし、彼は見落としていたのです。
「ところで弟よ。そなたにも以前に相談したことだが……そろそろ実行に移しても良い頃合いではないかな」
「は……? その、実行と申しますと……」
余裕のできた小人ほど、始末に負えないものは無いと。
「惚けるでない。命令じゃ。以前とは異なり、国庫にも人夫にも余裕のある今しか無かろう……。魏の王都を東に
その事を思い知らされた信陵君は、兄王の命令に気が遠くなるような思いをするのでした。
「……それで信陵君のお考えは如何に?」
「……確かに自国の王都が今の秦国に近すぎるのは問題だ。遷都の利は大いに認める。しかしな」
膝詰めの談判となった信陵君と蕭阿は、ほとんど同時に重苦しい息を吐き出します。
信陵君の異母兄である安釐王は引っ越し感覚で命じてきましたが、実際の遷都は玉座を他の都市に移して完了とはいきません。
王政府と行政機関も丸ごと移転することになりますから、それに掛かる経費と担当する文官たちの負担も甚大ですが、それよりも悩ましいのは新たな王都を整備する費用です。
一応、遷都先の候補になり得る都市には心当たりがあります。
例えば黄河の湾曲部に築かれた大梁ならば、洪水への備えこそ必要かもしれませんが今の王都に見劣りせぬ規模があります。
交通面も魏国西部とのアクセスは不便になりますが、秦軍の襲撃をより困難にすると考えればむしろ利点になります。
……が、問題はその造り。あまりにも無骨で老朽化した大梁の街並みは、他国の使者を招くこともある王都とするにはあまりにも見窄らしい。
その修繕にかかる費用を軽く試算したところ、不要物を撤去する無駄がある分だけ新築より高額という結果が出る始末ですから、せっかくの好景気に沸く魏国の宰相と公子がそろって頭を抱えるのも無理はありません。
「……とは言え、今の魏国なら十分に可能というのもまた事実。すまんが蕭阿も協力してくれ」
「……むろん協力は惜しみませんとも」
「そうか、有り難い。それとこう言っては何だが、いま一人、恥も外聞もなく縋りつきたい相手に心当たりがあるのだが……」
「奇遇ですな。
後に歴史家の司馬遷は、この時の信陵君と蕭阿を舌鋒鋭く批判するも、後半になるにつれて尻窄みになった挙句、この論評自体を闇に葬りましたが……結局原文が発見され、さらに後世の同業者からの信用が失墜したと史は伝えます。
『如何に呉鳳明が多方面の天才であろうとも、彼はこの時まだ8歳の子供であり、それを理由に任官を見合わせていたはず。にも関わらず遷都という国家の一大事業に巻き込み、過大な責任を負わせるとは何事であろうか。無論、魏国の遷都が呉鳳明の才覚によって比類なき成功を収めたことは知っているが、それは結果論に過ぎない。信陵君と蕭阿の決断は、呉鳳明という中華の至宝を決定的に損ねる危険があった。たとえ本人が快諾し、さらに実父・呉慶の事後承諾という事実があったとしても止めるべきであった。呉鳳明は後にもアレとか、コレとか、色々やって……すまん、取り消すわ。いいんじゃね? 本人も90まで生きて3人の嫁さんとの間に子孫をいっぱい残したんだから、これが最善だったんだよ。というワケでこの記録は適当に破棄しといてね?』
そんな愉快な司馬遷の掌返しも、当事者の手記を確認すれば納得というもの。
その日、呉慶将軍のお屋敷を訪ねた信陵君と蕭阿の二人は、これまでに見たこともないほどの歓喜を爆発させる鳳明の笑顔を目撃することになりました。
「やります! 是非やらせてください!!」
農工大の工学部を卒業して大手ゼネコンに就職し、幾つかのプロジェクトに参加した前歴のある彼にとって、困り果てた二人の提案はまさに天啓でした。
厄介事に巻き込まれたと解釈されても仕方ないはずが、まさかここまでやる気になるとは──鳳明のあまりの快諾ぶりに、卑屈な大人たちは逆にドン引きしました。
「いや、うむ……そなたの申し出は喜ばしいが」
「おほん。何しろ事が事なのでな。今日のところはあくまで相談。鳳明殿のお知恵を拝借したい程度なのじゃ……」
「はい、わかります。僕も大梁周辺の地理は把握してませんから、まずは下調べからですね」
いや、いやいやいや──そう言って首を振りたい心境でしたが、できませんでした。
かつてないほど積極的になった鳳明の背中越しに、「また兄様を困らせているのですか?」と言わんばかりに見つめてくる玲麟の視線が、信陵君たちに否定的な行動を許さなかったのです。
「王宮に大梁周辺の地理について記した書はございますか? もしなければ、僕が現地に向かって測量しますから、経験のある技師を何人かお貸しいただけたら……」
「そ、そうさな……儂も調べてみるが、はたして有るかのぅ。大梁の地図……」
「う、うむ……。君のやる気は嬉しく思うが、私も他に仕事があってな……」
不幸にも、鳳明たちの父親である呉慶は秦との前線に出向いて不在。
他に止められそうな人間に心当たりもなく、信陵君と蕭阿は視線で意思疎通して結論の先送りを図りますが、それも不発に終わります。
「わかりました。今から登城して旧知の文官に尋ねてみます。お時間を頂いてしまって申し訳ありませんでした」
「『いや待って! ちょっと聞いてお願い!!』」
玲麟の視線に呪縛された二人の大人に、喜色満面の鳳明を追いかけるという選択はありませんでした。
なんとか不審げに見つめてくる少女に言い訳して退去の許可を取り付けるも、子供の健脚に追いつけるはずもなく……呼吸を乱して汗だくになりながら王宮に帰還した信陵君は、すでに話を纏めた鳳明が大梁に出発したことを知って膝から崩れ落ちるのでした。
勿論、途中で脱落した老宰相も似たような末路を辿りました……。
……それからおよそ三ヶ月後。
この時代の常識からかけ離れた難事をやり遂げて帰還した鳳明は、その足で王宮に向かおうともするも、長いこと放置してしまった妹に泣きつかれて断念したものです。
「もうっ、本当に寂しかったのですよ兄様? 多くの方々に期待されている兄様にやるなとは申しません。ですがこんなに長いことお屋敷の外に出るんでしたら、どうか今後は事前に説明してください。玲はそれだけで納得いたしますから」
「うん、ごめんよ。さすがに今回の遠出は、僕の独断で決めていいことではなかったね」
しっかりと抱きついて離れない妹の頭を撫でながらも、鳳明は一切の邪念と無縁でした。
もちろん相手が7歳の女児、そして実妹というのも大きいでしょう。如何に端正な顔立ちの少女に抱きつかれても、鳳明に「相変わらず玲麟は可愛いな」という感想以外は湧き起こりません。
それは玲麟もあまり変わりません。
誰よりも尊敬して慕っていようとも、実兄の鳳明に向ける思慕は家族愛の範疇に留まります。
男女、3歳にして席を同じうせず……その儒教的な価値観は、決定的な変革期にある魏国においても常識同然なのですから。
……だから、このとき戸惑ったのは玲麟の方でした。
(まだ年齢的に許される範囲だけども、異性の家族に抱きつくなんてわたしったら……兄様に嫌われたらどうするのよ)
そう思いつつも離れようとしない妹に、鳳明はいつまでも寄り添いました。
彼も、実妹の思わぬ行動が多少気掛かりでしたが……見た目よりはるかに年長の鳳明は、それがいずれ気の迷いとして消えていくものだと承知していたのかもしれません。
その日の鳳明は三ヶ月も屋敷を空けてしまった負い目から、妹の我が儘を全面的に許容し、家族サービスに徹しました。
これには3歳になったばかりの弟も大喜びで、兄を馬代わりにしたことが露見して姉に叱られたりもしましたが、これはよくある事でした。
父親こそ不在ながら、多くの家人に囲まれた子供達は幸福な夜を過ごし、その翌日に鳳明は王宮に登りました。
目的は、三ヶ月に及ぶ測量の成果を報告することと、遷都の意義を説明すること。
「おや? もしや、そなたは……」
その途中で諸悪の元凶──もとい、遷都という国家事業を引っ越し感覚で提案した安釐王と遭遇したのは偶然でした。
「……違ったらすまぬが、この辺りを
「はい、大王様」
むろん鳳明に嘘をつく理由はありませんし、相手が誰かもすぐ判ったので直ちに臣下の礼を取りつつ認めたものです。
「やはりそうか! いや何、実のところ偶然を装ってバッタリ遭遇しないものかと探しておったのよ。そなたが本日ここに参ることは、蕭阿らの報告から当たりをつけていたでな」
そう口にして相好を崩す安釐王は初手から鳳明に好意的でした。
もちろん鳳明にとっては想像する
あの恐ろしい白起から身を挺して守ってくれる父親だけでも十分なのに、その嫡男ときたら他国の王族貴族や文官が羨む鳳明紙を魏国にもたらしてくれたばかりか、軽く数年分を凌駕する豊作まで引き寄せてくれた。
これにより軍の蓄えが万全になり、国境がより強固になってくれたのだから、台頭著しい秦国の猛威に神経をすり減らした安釐王としては、鳳明が望むなら愛娘を娶らせても構わないほどの好感を覚えるのも当然というものです。
大王手ずから恐縮する少年の手を取って立ち上がらせ、その肩を抱いて見せたのも過分な施しではありませんでした。
「して、そなたはこれより蕭阿らと遷都の協議に向かうのかな?」
どこまでも好意的な大王の仕草に鳳明はますます恐縮してしまいましたが、返答が滞ることはありませんでした。
「はい、大王様。先に帰還した部下に託した地図を基に、大梁周辺の詳細な模型を技師の方々が用意してくださったので」
「なんと! 新たな王都の模型とな!?」
「はい。今から皆様への報告を兼ねて、三ヶ月の成果を報告する予定ですが……大王様もご同行なさいますか?」
「無論じゃ。信陵君と蕭阿が何と言おうと参加するぞ」
「それではこちらへ。僭越ながらご案内申し上げます」
もちろん大王が閲覧する事態になれば、多少の混乱が生じることは鳳明にも想像できる。
されど短い触れ合いから大王の孤独を感じ取った少年は、彼を安心させたいと願ったのです。
斯くして入室の際に予想以上の困惑こそあったものの、鳳明が意図したプレゼンの舞台は整ったのです。
「ほほぅ? アレが鳳明の言っておった模型とやらか。今は勿体ぶって絹の布地で隠されておるが、そなたは既に拝見したか? この国の大王である余を差し置いて?」
「……そんなに虐めないでください。役職から模型の制作にも関わっておりますが、完成品を目にするのはこれからです。決して大王様を蔑ろにしているわけではありません」
上座にこの国の大王である安釐王に、次いでその異母弟である信陵君。
「俺は遷都には興味ないが、鳳明自身と奴が作ったという地図には興味がある。期待外れに終わらない事を祈るぞ」
「さすがに言葉が過ぎますぞ、霊鳳様。この場には至尊の大王様がおられる事をお忘れなく」
さらにこの国の王族であり、呉慶将軍と同格の魏火龍七師でもある霊鳳が続き、同席する文官の長である蕭阿が向かい合う青年を窘める構図の中、いよいよ呉鳳明と魏国の技師が完成させた模型の除幕が行われ──。
「『おおっ!?』」
……そのあまりの精巧さに、魏国の頂点に君臨する権力者たちは驚愕に震えるのでした。
「…………たまげた。これは俺のチンケな予想を易々と飛び越えてきたな」
大王の御前など歯牙にも掛けぬ不遜な青年をもってしても、その手は興奮による震えを抑えきれない様子でした。
それはそうでしょう。実際の寸尺に基づいて、実在の地形を立体的に再現した地図とでも言うべきそのジオラマには、彼らの常識を置き去りにするほど先進的な都市が築かれていたのです。
黄河の湾曲部に築かれた長大な石垣の堤に、まるで大洋を望むかのような船舶が停泊する港。
そして見事に区画整理された街並みに、何重もの防壁──これが自分たちの手で生まれ変わる大梁の姿かと思うと、何としてもこれを完成させたいという熱意が湧き上がってくる。
しかし──。
「皆さんがご覧になった模型は、僕らが測量した実際の地形の上に、今の魏国が持ちうる技術力で再現可能な未来の大梁の姿ですが、今日の本題はその点の是非を論じることではありません」
「ん? その口ぶりだと、コイツを完成させるのに金が幾ら掛かるのかや、工期は何年になりそうかとか、人夫はどれほど必要だとか、そういったコトをこの場で議論する気は無いと?」
「勿論それらの詳細を詰めることも大切ですが、その前にもっと大切なことがあります。それは都市計画の大前提となるこの都市を建築する意義そのものです」
鳳明を揶揄うつもりでいた霊鳳はあまりに馴染みのない説明に困り果て、視線で向かいの宰相に助け舟を求めるが、残り少ない頭髪を振り回して拒否する様子から、今のは文官たちにも意図の掴めぬ説明であると知れた。
「……余は秦国の侵略から民を守るために遷都を命じたのだが、それだけでは不足か?」
「はい、それだけでは勿体のうございます。僕は新たな大梁を中華の経済的中心にしたいと目論んでおりますれば」
「『経済的中心……?』」
今度こそ途方に暮れたように顔を見合わせる大王らを他所に、鳳明ら若手の文官は自信ありげです。
「すまんが、鳳明……君の言葉はどれも我々の常識に無いものばかりだ。もう少し噛み砕いて説明してくれると助かる」
とうとう白旗を挙げてしまった信陵君に謝罪するように、一礼した呉鳳明がいよいよその核心に触れます。
「わかりました。ちなみに信陵君は都市間の交易をどなたが担っているかご存知で?」
「……それなら商人たちだな。特に海に面していない趙魏韓は、塩の入手を斉に出入りする交易商人に依存していると聞いた覚えがある」
「はい。ですが実際には大変です。彼らは主に陸路……街道を用いて荷を運びますが、賊の襲撃に備えて護衛を雇わなければなりませんし、往来する各都市も相応の通行料を税として徴収しますから、僕たちはその所為で余計に割高になった商品を買わされているのです」
「ふむ?」
最初は畑違いも甚だしい経済の話などと、露骨に退屈そうな表情を浮かべていた霊鳳も、今ではすっかり鳳明の話に引き込まれています。
「これでは得をするのは金にがめつい商人たちではなく、各国を往来する中で避けられない立地に城邑を築いた都市だけですよね」
「その話は俺も聞いたことがある。例えばこの国だと滎陽だな。交易で栄えた都市が王政府を軽んじて、不満があるとすぐ独立するとほざき立てるとかな」
霊鳳の言葉に御三方もしみじみと頷く。
実際このような事例は、どの国でも枚挙に暇がないのが現実だ。
「そこで水運です。僕は新たな大梁を多国間の水運事業における中核都市にすることを狙っています」
そら、また新しい造語が出てきたぞと警戒する霊鳳でしたが、今回は段階を踏んだ分だけ鳳明の意図が読めるようになってきました。さすがですね。
「……水運ならとうの昔に各国が整備しているが?」
「はい。ただし利用できるのは独自の船を用意できる軍部だけで、他国の領域に出入りすることも適いません」
「だから各国が共同で水運を整備し、民間の商人に解放するというのか」
「はい、霊鳳様のおっしゃるように、各国が共同で水路を提供し、通行料の徴収も積荷の量に応じて一度だけ。これなら各国の商人たちも、危険な陸路より安全な水路を使うようになります。……何しろ輸送中の安全は各国の水軍が保証してくれますし、中継都市から法外な税を毟り取られることもないんですから、使わない理由がありません」
そうして中華の経済はますます発展し、最重要の中核都市となる新たなる大梁の建設資金は放っておいても回収できる──そのように説く賢しげな少年に、霊鳳は最後の悪あがきを見せるのでした。
「待て、税の徴収は最初の一度切りなんだろう? それで他国からやって来た商人どもからどうやって儲けを出す気だ?」
「他国から訪れた商人は大梁で宿を取り、酒や料理を注文しますし、こちらで仕入れをする時にもお金を落としてくれますから、それで十分ですよ」
霊鳳は鳳明の返答を耳にしながら、蕭阿たち文官の様子も確認したが……彼らは熱心に同調するばかりで、自身と同様に経済は門外漢の信陵君にも否定的な様子は見られない。
「……決まりだな。余は鳳明の献策を受けるぞ。蕭阿よ、金は幾ら掛かっても構わぬ。必ずや鳳明の提示した未来を実現するのだ」
「ハハッ」
そして鳳明の意図するところをカケラも理解していないにも関わらず、そのような決断を下した現王はいっそ大物だな。
こちらはなまじ鳳明の真意を暴こうとしたばかりに、とんでもない骨折り損をすることになったというのに……。
「だが悪い気はせん」
もしこれが実現したらと思うと、この模型を初めて目にしたような衝撃に何度でも襲われる。
鳳明の目指す先はまだ五里霧中だが……賭ける価値があると、身勝手な魏火龍七師に愛想が尽きかけた霊鳳はさっぱりとした笑顔を覗かせるのでした。
「鳳明。多忙なところに割り込んですまんが、あとで時間を割いてくれ。信陵君の叔父さんと宰相の爺さんも同様にな」
「どうした、急にやる気を出しおって……魏火龍七師の総帥になる野望はもういいのか?」
「意地悪な叔父だな。今の話を聞いて派閥争いに戻れる奴がいたら、ソイツの頭はどうかしてるよ。……とりあえず呉慶にばかり苦労させるのも悪いから、俺も前線に出向く。そうしたらこの捉えどころのない小僧も少しは俺の話を聞いてくれるだろう。許可を寄越せ」
「そいつは構わんが、鳳明は素直な子だぞ。お前が隔意を感じたとしたら、それは全面的にお前の落ち度だ」
「左様ですな。もちろん儂らもこの子を完全に理解してるワケではないし、三ヶ月前のように唖然とさせられることも多々ありますが……むぅ、頭が……」
「漫才に付き合う義理はないから行かせてもらうが、またな鳳明。今度は父親と同伴で会おう。……その時には俺を兄と頼ってくれよ?」
「こちらこそよろしくお願いします、霊鳳様」
……こうして鳳明はまたしても魏国を破滅の未来から遠ざけることとなりました。
これが彼自身の幸福に寄与するかどうかはまだ分かりませんが、とりあえず速攻で霊鳳に懐いたことから不幸にはならないことを祈るばかりです。