女教官は墜とされたい 作:コーネリア大好き
━━━2086年、21世紀にも終わりが見え始めていたその年、人類史を揺るがす戦争が起きた。
既存のエネルギー問題を解決する『ゲットー理論』の提唱によって人類は宇宙へ踏み出す力を手に入れ、新たなる時代が到来しようとしていた。誰もが地球外での発展に情熱を抱き、輝ける未来を予想したのだ。
しかし、まるでそれを待っていたかの様に牙を剥く者達がいた。正式名称不明、便宜上の呼称は『
既存の兵器ではレイダーに対抗する手段は皆無に等しく、22世紀を前にして人類は存亡の危機に立たされていた。
しかし……そこに希望の光が差し込んだ! 世界各国の英知を結集して開発された二足歩行型機動兵器『キャリバー』の登場により、地獄の淵から地球は蘇ったのである。
レイダーとの過酷な戦争において我々の希望として最前線で戦い続けていたのは、専用キャリバーを駆る当時10代の少年少女。それも軍属ではなく民間人によって構成されたチームだった。情熱、若さ、そして使命感。強靭な精神と共に彼らは月面に展開されていたレイダー本拠地を撃滅! 長きにわたる戦争に終止符を打ったのである!
「……」
だが、月面戦争が終わりを迎えた地球に再び危機が迫ろうとしていた。終戦から10年が経った今になり、レイダーは再び人類に牙を剥いた。それも以前よりも更に強く、凶暴に!
しかし案ずる事はない! 人類にはキャリバーが……そして、あの時の少年少女達の想いを受け継いだ新世代パイロット達がいる!
『俺……じゃなくて僕、頑張ります! 仲間達と共に、地球を守ります! あと教官も!』
『この馬鹿っ、ええと、そうです、頑張ります。私達『
「……はぁ」
〇
「なんですかこれ、この、珍妙な映像は」
高級ホテルのそれに近い、豪華な内装の控室。一度ハマったら抜け出せなさそうなくらい柔らかなソファに腰かけながら、アマギ・ケイは心底呆れた様子で携帯デバイスから投射されている映像を指差した。
この部屋まで付き添ってくれた政府広報官であるミヤノ・マミは満面の笑みで応え、
「何って、式典用のものですよ。この映像の後に大統領が演説を行う予定です」
「こんなもの流すんですか? プロパガンダと言うにはちょっと大袈裟すぎる気も……」
「大袈裟なんてそんな! あれくらいやってもまだ文句が出るくらい、皆さんが成し遂げた功績は偉大だと思いますがね、私は。ムフフ」
30代くらい、長い金髪に眼鏡まで添えて、いかにも政府の人間という風貌のマミだが、その声色は興奮から上ずっている。恐らくケイ達のファンで、先程まで流れていた映像に一枚噛んでいるのだろう。でなければ、ここまで出来に自慢げな素振りは取らない。
控室に通されて数十分。まだケイの出番までは遠いものの、現時点で凄く嫌な予感はしている。
「大体、また戦争が始まったというのに終戦記念式典を行うだなんて少しズレていませんか?」
「いいえ、政府としては再びの異星人襲来に対して断固とした姿勢を取る為に、何より地球に住む全ての人間に強い団結力を持ってもらう為にこの様な場を設けたのです。そして最も重要なピースが、アマギ教官とその教え子である『GOE』なのです」
「まだ20歳にもなっていない子供達なのに……」
「それを言うなら、十年前の貴女もそうだったじゃありませんか!」
「……ああ、そういう事?」
大体上層部がやりたい事は理解した。パイロットスクールの目玉にケイの名前をしきりに押し出していた連中である。大方、今回の式典でも『大戦終結の英雄が鍛え上げたパイロット達』という肩書であの四人を広告塔にしたいのだろう。
まったく、ケイが命がけで前線を駆け抜けていた時から成長しない。一度自分達でキャリバーに乗り込んで戦場のなんたるかを見て来いという話だ。
「はぁ……とにかく我々の出番が終わったなら、すぐに撤収させてもらいます。それでよろしいですね?」
「もちろんです。こちらこそお時間をいただき申し訳ないと思っております。まもなく式典が始まります。事前打ち合わせの方をしても?」
「ええ、さっさと終わらせましょう。確か、私が式典用のキャリバーに乗って『GOE』を引き連れて会場上空でパフォーマンスを行うんですよね?」
「はい! 今日の為に、ぴったりの機体を用意してあります」
ご機嫌な様子でマミはずっと脇に抱えていたデバイスを起動させると、画面に何かを映してケイに手渡してくる。またも嫌な予感を覚えながら受け取り覗き込んでみると、予想通りの内容だ。
豪華に彩られたキャリバーの画像。式典用という事もあり全身を装飾で彩られているものの、鋭角が目立つそのフォルムを彼女はよく知っている。
「これ私の『エクスカリバー』ですか?」
「そうです! 月面決戦の際に大破したものを修理した後、今の技術でリバイバルしたんですよ。どうですか、かつての愛機!」
「どうですかって言われても―――」
なんともまぁ懐かしい機体を引っ張り出してきた、というのが純粋な感想だ。
キャリバーの中でも専用機にはコードネームが振られる。ケイとその仲間達は大昔の騎士道物語から取られており、現在でも願掛けを目的に続いている風習だそうだ。
リーダーであったケイにはエクスカリバー。サブリーダー的立ち位置だった者にはアロンダイト……それはもう、きっちりと決められていた記憶がある。
そんなものを修理までして持ってくるなど、筋金入りのファンが企画したらしい。
「まぁ良いでしょう。私の方でも飛行コースと注意事項は把握済みです。任せてください」
「流石、大戦の英雄……! それでは出番になったらお呼びしますので、それまでにパイロットスーツに着替えてくださいね」
「スーツ……」
「はい! これも気合入ってますよ」
マミのご機嫌な語りは止まらない。彼女は軽快な足取りで控室のテーブルに置かれていた長方形の箱へと向かい、持ち帰ってくる。中身が何なのか気になっていたが、まさかパイロットスーツだとは思いもよらなかった。
さて問題は、『どんな形状なのか』である。わざわざ十年前の機体を引っ張り出してきたとあってはもうケイには答えが読めている。最悪な答えが。
「じゃーん! いかがですか、十年前に『チーム・ラウンズ』の方々が着ていたパイロットスーツでーす! これも最新技術で生まれ変わらせたものです!」
「……うわぁ」
予想が完全に的中した。箱の中身は、あの忌々しい『ぴっちりタイツ+必要十分な部分のみを守るアーマー』タイプのパイロットスーツである。
信じられない事をするものだ。もしかして式典を計画した人間は、何か脳に障害を持っているに違いない。ドン引きしながら手に取って広げ、そして下半身のあまりにも装甲が少ない箇所をまじまじと見つめ心から嘆息した。
「これは凄い。ホントに十年前と同じ」
「そうでしょう! 安心してください。当時よりも材質から何まで更新されているので、衝撃緩和はもちろんの事動きやすさも上がっています。んふふふ、懐かしいですよね」
「いやあの、そうまでしなくても現行のものではダメでした?」
「ダメです! なんといってもテーマなのは『10年前を忘れるな!』なんですから」
「……忘れた方が良い事だってあるでしょうに」
ある種おぞましいとさえ言えるパイロットスーツを眺めながらケイはぼやくがマミはニッコニコだ。だんだんとこの企画を推している人間の正体がわかってきていた。
嫌だと言っても通るものではあるまい。こうでもしなければ人類の団結が進まないなどとお題目まで掲げられては、拒否する方が悪というものだ。ケイは観念する事にした。
「わかりました。着ます、着ますよ」
「よぉし! それでは着替えていただいて、それから出番が来るまでここで待機していてください。私凄く楽しみにしてますので!」
満面の笑みを浮かべたままでマミは部屋を飛び出していく。入口のドアが開いた時にチラリと軍用のライフルを構えて待機する兵士達の姿が見えた。誰一人として通しはしない、という様子だ。
馬鹿げた場所に連れてこられてしまったが、英雄としての待遇で迎えられているのは間違いではないだろう。今いる控室などその最たるものだ。
(ここまでやられたら、仕方ないか)
念入りに部屋の鍵が閉まっている事を確認し、着てきた堅苦しい軍服を脱ぎ捨てる。この忌々しい衣装を着る為には当然の如く衣服は不要になり、下着のみで纏うしかない。男ならまだ良いだろうが、女性となれば気恥ずかしさは筆舌に尽くしがたい。
加えて、最大の問題は……アマギ・ケイ本人にある。
「―――普通、28の女にこんなの着せる?」
レイダーとの壮絶な大戦から10年。そして当時、アマギ・ケイは18という若さで最前線を駆けていた。
本来ならば色恋だの憧れだの胸のときめきなど感じる機会はいくらでもあっただろうに、彼女はそのすべてを経験しきる前に大人になってしまったのだ。
そんな28歳の女に、こんな全身タイツ染みたスーツを着せるなど拷問と呼んでも差し支えない。というよりもうそういう類の拷問と断言しても良い。
成熟しきった肉体を姿見に晒す。教官職についてからと言うもの体型の維持は絶やさなかったので功を奏したが、そこに映る自身の冴えない顔を見るとケイは言い様も知れぬ虚しさを覚えていた。
「……28、かぁ」
撫でつけられた亜麻色の髪、切れ長な瞳。若い内ならば良いが年を取っていけばきっと悪い形で表れていく事だろう。
考えれば考える程、気は重くなっていく。あと数年で三十路になり、そして本格的に自分の将来を受け止めていく年になるだろう。
(あの時、思い切って告白すればよかった)
ふと脳裏をよぎったのは結婚したチームの仲間達である。全員が所帯を持ち、しかも中には子供が産まれたという者までいる。正月に送られてきた家族写真を眺めては、酒をあおって忘れようとしたものである。
そう、つまるところ10年前の英雄と言っても一人の人間。結婚だとかパートナーだとか考えずにはいられない年頃なのだ。そんな女に、あろう事か10年前の破廉恥な服を着ろと言うのだから酷な話である。
「……サイズ合ってるのかな、これ」
胸元と尻のあたりが非常に窮屈で、心なしか息苦しい。太ったか……と口中でぼやきながら着替えが終わる。
鏡に映り込む姿は10年前の面影こそ残っているが、逆に言えば大きく変わり映えもせず成長してしまった事を示していた。
ネガティブな気持ちばかり出てくるのは良くない。前向きに考えていかねばならない。アラサーを目前に控え、かつての英雄は迫りくる強迫観念に重苦しいため息をつくのだった。