女教官は墜とされたい 作:コーネリア大好き
「つかさ、教官殿のパイスー姿マジやばくなかった? ありえないくらい対邪忍アカギだったんだけど。実在性? 透明度? かなり半端なかったかもしんない」
「トモエ、俺にもわかる言葉で喋ってくれないか……」
「え? たっくん知ってるでしょ対邪忍アカギ。見せたでしょ対邪忍アカギ」
「いや見たよ、見たけどあれ……18禁だったぞ」
「もうすぐ18ならかーわんないっしょ。え、それとも結構ウブ? ウブウブ?」
「二人共、一応ここ私の部屋なんだけど……」
チーム『シャルル』。かつて地球を救った英雄達『ラウンズ』の跡を継ぐと言われている優秀なパイロット3人組だ。
一見凸凹に見える3人だが、その実本当に凸凹である。一応リーダーポジションであるハヤテの部屋に残りの2人が転がり込み、くだらない話題に花を咲かせ続け、ハヤテが指摘しても止めてくれない程度には。
特にトモエ、トモエである。190センチの長身でベッドに寝転がり、縦の長さが足りない為に身を縮めてゴロゴロしている。せっかく整えたベッドがくしゃくしゃである。タクミはベッドの縁に腰かけた状態でトモエの爪先に脇腹を弄られて悲鳴をあげている。
「なんで私の部屋に来るのよも〜……」
「しゃあないじゃんね。たっくんは今朝の件で皆に嫌われちゃったし、あーしは整備終わらせて暇なだけだし。チームだしいいじゃんね」
「じゃんね」
「タクミまで調子乗るな! でも……そういうタクミだからあの場は教官助けられたと考えるべきかぁ」
アマギ・ケイ教官に迫る危機を、生命的にも社会的にも防いだのがタクミである。キャリバーの操縦以外に関する意欲というものが非常に低い彼であるが、唯一関心を寄せているのがケイである。本人曰く『追うべき背中』なのだそうだが、熱中とでも言うべきレベルに達している。
そんなタクミだからこそ、ハヤテとトモエの2人は少し離れた距離から『また何かしてるんだなー』という感想を抱ける。言い方は悪いが、画面越しにハチャメチャな動画投稿者を見ている気分である。
「でも、でも俺やっぱり教官に聞きたいな……式典でのマニューバについて」
「あー……まぁ言いたい事はわかるわあーしも。久しぶりにキャリバーに乗ってしかも最新の調整が施されている状態からマニュピレーター使っての刺突とか普通あそこまで速度つけらんない。流石10年前の英雄、『騎士王』と呼ばれるだけの事はあるわ」
「だよなトモエ!? 教官に聞きたくなるよな!?」
「いやそこはパスするわ。あーしが教官だったら『何コイツキモ、キモすぎてキモ』とか思うくらいには気にするところディープすぎ問題。ハヤテもなんか言っちゃえよキモいとか」
「話の投げ方雑過ぎるでしょ……あのねタクミ。教官は忙しい人なんだから、そんなしつこく聞いたりしたら迷惑でしょ。操縦技術向上を目的にするのは良いけど、ね?」
「ん……」
このチーム『シャルル』。メンバーの関係性はまさに姉弟である。面倒見の良いハヤテ、少しぶっきらぼうなトモエの下に弟ポジションでタクミがおり、たまにわがままを言って姉3人に咎められる。当初はからかい混じりに姉弟などと呼ばれていたが、今や『GOE』内で最早公式とでも呼ぶべき認識になりつつある。
仲間2人に釘を刺され、タクミはガックリと肩を落としてしまう。それもまた子供っぽい仕草であったが、それだけの純粋さを持ち合わせているのがよくわかる。
「でもさ、もう一つ気になってさ。今朝の教官ちょっと元気なかったじゃんか。俺気になるんだよ……この前の式典で、なんか凄い服着たせいなのかな」
「まぁあんな激ヤバタイツ全世界に中継されたらそうなるっしょ」
「トモエっ……でもそうね、確かにいつもの教官ならもっと私の説明に喝を入れてたと思う。そう言われてみれば確かにちょっと元気はなかった」
『シャルル』の3人はケイとの付き合いはそれなりに長い。新世代型キャリバーを駆る者として選ばれ、彼女の地獄の様な訓練を何度も味わったいわば師弟関係だ。故に3人は互いの気持ちがある程度は感じ取れる絆の様なものまで持ち合わせていた。
そんな彼らは『教官が何か思い詰めている』と気付き、そして行動に移す時がやってきたのだ。
「今朝教官はメディカルチェックを受けてから教室に来た。でもあの時点で予定の時刻を少し過ぎていたくらい……もしかして検査で何か良くない事がわかったとか?」
「教官、やっぱりキャリバーに乗ったせいで体が……?」
「私に聞かれてもわからないってば。うーん」
「んじゃ、本人に聞くのが一番でねーの。ひとりきりの時探して」
答えの見えない会話を遮り、ベッドの上で体を丸めた姿勢でトモエがそう言い出した。横からヤジを言う程度に留めるのかと思いきや直球の提案にタクミとハヤテは顔を見合わせた。
トモエという少女は見るからにテキトーで物事に無頓着でついでにおやつ感覚で男をつまみ食いしていそうな少女だが、実は非常に几帳面で何より気遣いができる。恐らく会話が停滞する事を見越していたのだろう。完璧なタイミングでの発言だ。
よっこいせ、と身を起こしたトモエは得意げな顔で微笑み、犬歯をギラリと覗かせる。純真無垢な子供が出くわせば泣き出しそうな凶暴なスマイルを浮かべながら彼女は、
「夜な夜な、ウチの教官が基地の外にある飲み屋でひとりで飲んでるの知ってるヤツ」
「初耳です」
「私も」
「なんならあーしも最近知った。その飲み屋の大将の息子さんと仲良いから聞いちゃった話なんだよネ」
「その息子さんっていくつなの」
「9。なんで」
「なんでも何もないでしょこの犯罪者。仲良いって何の話よ」
「ハヤテ。前から思ってるけどアンタたまに信じられないくらい頭ピンクになんない? ゲーム相手ねゲーム相手」
顔を真っ赤にして怒るハヤテを心の底から軽蔑した目で睨みながらもトモエは話を続ける。タクミはと言えば今繰り広げられた世に出したくない恥ずかしい会話に対してまったく興味がないのか、続きを聞かせろと言わんばかりに鼻息が荒い。
「んで、息子さん曰く、アマギ教官ずっとひとりで飲みながら大将に悩みを愚痴ってるらしいよ。酷い時泣き出すとか」
「教官……疲れが溜まっているんだ」
「いや、なんていうか近所のおじさんみたいな事してる方が私びっくりなんだけど……ともかく、その飲み屋に行けば教官と話せるだけじゃなく、悩みも聞けるかもって事よねトモエ」
「そういうコト。普通に基地内で話すよりかは良い感じに本音引き出せるっしょ。まず口利いてくれるかどうかがネックだけど。あい、トモエちゃんのお得情報でした。金払え~~~~」
「「え~……」」
「んだよ、親しき仲にも礼儀ありでしょーがよ」
◇
さてトモエに情報代(チョコアイス1箱分)を支払い、一行は基地を抜け出して目的の飲み屋へと向かう事になった。警備の人間達をどうしたのかと言われれば、3人は訓練された兵士である。スニーキングミッションなど容易いものである。
『GOE』の基地は日本の横浜にあり、離れたところにはしっかりと歓楽街もある。時には基地の人間と地元住民の交流もあり、それなりに良い関係を築けている。ケイが一人飲み歩いていてもスキャンダルとして取り上げられないのは住民の協力もあってなのだろう。
「あった、ここ」
「ええと……凄い店名ねこれ。『居酒屋オレン家』、こんなところにいるの?」
「なぁあっちにある『秘密の花園ダリア・オブ・ウェンズデー』って何?」
「たっくん、そっち行かないの」
興味津々で夜の街に飛び出しかけるタクミをトモエとハヤテの2人で引きずりながら『居酒屋オレン家』へと足を踏み入れる。外見こそ少し古びた様子で、本当にやっているのかと不安に思ったが、内装はよくあるカウンター式の居酒屋だ。
客はそれなりにいる様子だが空席は目立つ。カウンターのずっと奥に目を凝らすと、私服姿のケイが見えた。
「あっ、教官!」
思わず声を出してしまったのはタクミだ。この馬鹿、と残る2人が頭でも叩いてやろうかと手を振り上げようかというところで、カウンター奥のケイが手招きしているのが見えた。生徒が無断外出している事を咎めるつもりはなさそうだ。
カウンターの奥で黙々と作業している店主の様子をちらりと窺う。突然入ってきた3人の若者をジロリと睨みこそすれど、追い出そうという気持ちまでは見えない。
「貴方達、こんな時間に外出だなんてなかなか思い切った事するのね。火遊びのつもりなら今すぐ帰りなさい。夜更かしは体に良くない」
「いえ、私達はアマギ教官に会いに来たんです。今朝、様子が変でしたよね」
最初に話を切り出したのはハヤテだった。思い切り良く本筋に切り込んでいくとは思いもせず、隣でトモエが目を丸くしてしまう。
「そうですよ教官。俺、いつもと教官の様子が変だったんで心配になっちゃって」
「……なるほどね。私が心配で無断外出するだなんて、随分と健気な子達。でも心配しないで、体調不良とかじゃないから。ちょっとその、昔を思い出しちゃって」
座りなさい、と促されて3人はカウンターに腰かける。あまりにも身長が高いトモエは店内のどこからでも良く見える為、中年の客達は呆然と彼女を見上げていた。
「大将。この子達にソフトドリンク、適当に」
「あいよ……」
常連客として顔を覚えているらしい。ケイが気軽な口調で頼めば、店主の男はコクリと頷いて手早くオレンジジュースが注がれたコップを3人の前に出す。
子供扱いされているのか?とハヤテが口を尖らせたところでタクミがカウンターに置かれているメニューの一角を指差す。『オレン家名物 自家栽培オレンジで作ったオレンジジュース! お願いです 飲んでいただけませんか?』……どうやら、常連客のおすすめメニューらしい。
さてケイはと言えば、黒のジャケットにジーンズとなかなか決まった出で立ちだ。凛々しい顔立ちのおかげでいわゆるイケジョ感が迸っていた。対して『シャルル』の3人はタクミがTシャツ、ハヤテが長袖ワイシャツ、そしてトモエがパーカーとカジュアルだ。
「それで、私を心配してくれたんでしょう? ありがとう。でも気にしないでちょうだい。少し昔を思い出しただけだから」
「昔、ですか」
「ええ、この前キャリバーに乗ったおかげで……10年前を思い出しちゃったの。あの頃と比べて、自分は何か成長したのかなとか考えちゃってね」
そう語るケイの姿は、3人の教え子にとっては意外と言う他になかった。少なくとも自分の話を好き好んで切り出すタイプではない。むしろいつも必要な事だけを言い、時に厳しく時に労うタイプの人間であるという印象が強かったのだ。
つまるところ、そんなケイが過去を振り返る様な物言いをするという事はそれだけ想いを馳せているともいえる。禍根か、後悔か、どちらにしても溜め込んだものを吐き出したい気持ちなのである。
「……ここにいる3人は優秀な教え子で、そして私を気遣ってここまで来てくれた。そんな貴方達を見込んで、昔話をしてあげる。信じられないくらい情けないひとりの女の話よ、ハッキリ言って愚痴に近い。というかもう誰でも良いから話したい気分。聞きたくない場合はオレンジジュース飲んでさっさと帰る事をおすすめします」
「昔話って、もしかして10年前の大戦時!? それなら俺、めっちゃ気になります。教えてください!」
「わ、私も……! 教官から直接お聞きできるというのなら!」
少なくともタクミとハヤテが期待する内容ではない事くらいわかるのだが、それをトモエは絶対に口にしない。今の話の流れから飛び出す昔話など絶対ろくでもないと確信している。
しかしここで「じゃあ、あーし帰りまーす」と一抜けしたところで良い事などない。外見と物腰こそ人を威圧するが、トモエは仲間を見捨てはしない空気が読める人間だった。
教え子達の顔を眺め、それからケイは重いため息と共に、
「10年前……いつ死ぬかもわからない壮絶な戦いの中で自然と付き合う子達が増えていた。ひとりじゃ寂しくて仕方がなくて、誰かの温もりが欲しくて……困った事に私はそういう気持ちにならなかった。真面目過ぎて、そういう感覚を持つ事さえなかった」
「聞いた事があります。大戦時、キャリバーのパイロット間での婚姻が多かったと。ある種の熱病じみた勢いだったと言われる程度に」
「そう、でもある日、私にもその時が来た。どうしようもないくらい胸が弾んで、背中を視線で追いかける様になって……簡単に言えば恋をしてしまった。タクミ、ちょうど貴方みたいな熱血一本みたいな男にね」
「お、俺ですか?」
そこでタクミは少し顔を赤らめた。教官のかつての想い人に自分が似ているなどと言われれば、ドキドキを感じずにはいられない。ケイから顔を逸らす様に彼はオレンジジュースを煽った。
「まっすぐで、その癖たまに人の事を見ている。部隊のリーダーは私だったけど、皆を引っ張っていたのはいつも彼だった。そんな姿に私は心惹かれて、でも最後に想いは叶わなかった」
「それはどうして……」
「どうしてと言われるとね」
聞いている限りは叶わぬ恋の話である。ケイにもかつてそういう時代があった、そうある種の懐かしささえ感じさせる。若者3人組も真剣な面持ちでケイが次に何を言うのか、身構えていた。
だが彼女の口から漏れ出たのは、
「別のパイロットと普通にくっついていたし、しかも妊娠までさせていたのよ―――!」
「え、ええ……?」
「二股って事ですか?」
「いいえ、そういう事じゃないわ。でも私が告白しようか、どうしようか迷っている間に……くっついていたの」
「……あの、失礼承知で言うんスけど。あーしが思うにそれ、教官が一方的に好きだっただけでアタックしかけてないとかいうオチじゃないスか?」
「え……?」
何か嫌な予感が3人の脳裏をよぎる。最悪の可能性、否、最低の可能性が。
ケイが語るのは明らかな悲恋だが、供述には少々気になるポイントがある。何かこう、主観的すぎる。恐る恐るトモエが探りを入れてみると、更に怪しい感触がある。
「アタックって……つまりその、好意を示すとかそういう意味?」
「他にあるんスか―――?」
「な、ないけど、ないけど……でもそういうの、命賭けて戦ってる中でそうそうやるもんじゃないかなって」
つまるところそれは……いわゆるBSSという奴で、正しくはWSS(私が先に好きだった)で。
ああ、これもしかしたらあんまり真面目に聞くべきではないかもしれない。
『シャルル』の3人は、顔を真っ赤にしてひとりブツブツ呟く教官を前に、ある種の諦観さえ抱くのだった。