女教官は墜とされたい 作:コーネリア大好き
意識が混濁する。コクピット内にはアラート表示がとめどなく流れていて、機体がもはやまともな制動さえ行えない事を訴えかけてきている。
右腕部、左脚部全損。大型のレイダーと相討ちになった際の爆発で完全にイカれてしまった。
なんとか肉体そのものダメージは打撲程度で済んでいるものの、頭を強く打ったおかげで視界がぼやけて仕方がない。
『月面中心部の破壊を確認! 我々の勝利です!』
『俺達、やったんだな!!!』
聞こえてくる通信音声は長い戦いが終わった喜びに満ちていて、思わず口元がほくそ笑んでいた。
終わった。命をかけ、仲間を失いながらも遂に地球を救う事ができた。『彼』と共に……!
そんな喜びは、数秒後に聞こえてきた会話であっという間に消え去っていった。熱が冷めていく様に、あっさりと。
『私達、生きてる! 私も……この子も……!!』
『愛してる、俺……本当に愛してる!』
何も知らなかった。自分が想い馳せていた相手は既に結ばれていた事、しかも、いつの間にかそういう関係でいた事。
命を賭して戦い、そして必ず生きて帰った上で想いを伝えよう。そんな風に1人で意気込んでいた自分があまりにもみじめで、アマギ・ケイ18歳はコクピット内で涙を流した。
『ケイ、泣いてるの?』
『そりゃ泣くさ! だって、戦いが終わったんだもの…!!』
追い討ちをかける様に誰もケイが流す涙の理由を知らず、彼女の慟哭は宇宙に悲しく響いた。
10年前、月面大戦終結。アマギ・ケイはどうしようもない失恋を経験し、今に至る。
◇
何故、ケイが居酒屋『オレン家』で1人酒を飲み、そして様子を見に来た教え子達の前で赤裸々な話をする事になったのか。原因は授業終了後の彼女にかけられた一本の通話からである。
『ケイ、久しぶり。急に連絡してごめんなさい』
「そんなにかしこまらないで。私達の仲でしょ? なんで連絡したくなったのかはわかる。酷かったでしょ、式典の私」
『え、ええ!? いやいや、そんな事ない! 相変わらずスラッとカッコいいスタイルで、私安心しちゃったよ。ケイは変わらないなって! 私なんか少し太っちゃったし』
通話の相手はかつての戦友、リナだ。『ラウンズ』においてガラテインという機体を駆り、実質的なNo.3ポジションだった。
今は軍をやめて主婦として生活している。夫は同じく『ラウンズ』のパイロットでリュウセイ……ケイがかつてほのかな想いを寄せていた人間である。
つまりは戦友でありながら、ケイ個人としては非常に気まずい相手だ。
「それで? まさか私の恥ずかしい姿を見たって報告する為だけに連絡したわけじゃないでしょ?」
『うん……実は、パイロットに復帰しようかなって』
「……どうして?」
『軍から連絡があったの。元『ラウンズ』に召集をかけているみたい。リュウセイにも来ていて……』
過去の英雄と言ってもケイ達の世代はまだ30にもなっていない人間達ばかりだ。つまりブランクこそあるがもう一度戦場に慣れてもらえば、経験者として参戦に復帰できる。ついでにケイにやらせた『10年前を忘れるな』の延長線でプロパガンダにでも使いたいのだろう。
声だけでもリナが躊躇っている事はすぐにわかった。軍に戻れば、またいつ死ぬかもわからない毎日が待っている。肉体的に復帰不可能なケイと違い、彼女はまだキャリバーに乗れてしまうのだ。
「リナ、単刀直入に聞く。復帰したい気持ちと、復帰したくない気持ち、どっちが大きい?」
『……』
「当ててあげる。復帰したくない、そうでしょ?」
『それは……』
「そう考えるのは当然よ。だって貴女はもう1人じゃない。家族がいる……なのにもう一度あんな日々に身を投じるなんて無理よ。もしも私が同じ立場なら復帰できない」
『っ……』
リナが息を飲んだ。彼女の事情はよく知っている。ケイは嘘偽りなく、本当の気持ちを伝えているつもりだった。
「お子さん、もうすぐ10歳ってところ? そんな年に母親が戦場に行くだなんて良くないと思う。それに、敢えて強い言葉で言うけれど……そういった環境に置かれていた貴女が今キャリバーに乗ったとして昔ほどは上手くいかないと思う」
『それは、どうして』
「死が怖くなるから。守るモノが増えすぎて、きっとリナは迷う事になる。そんな貴女はキャリバーに乗るべきじゃない」
『あ、あはは……手厳しいね』
「当然よ。私はもう乗れない体だけど軍人としての意識くらいは鍛えている。退役した人間が相手ならハッキリものを言わせてもらうわ。まぁ、柔らかい物言いでなら―――貴女達一般市民を守るのが私達の仕事。だからプロに任せて……ね?」
それはかつて部隊を率いていた人間としての言葉であり、そして幸せをつかみ取ったリナに対するケイ自身の言葉だった。
できる事ならば戦争などしたくはない。戦場に戻ってこようなどと家族を持った上で言うのならば張り倒してでも帰らせたい。10年前の戦争で多くの別れを見たからこそ、ケイはリナに戻ってくるなと意思表示していた。
『……わかった。ありがとう、ケイ。また貴女に頼っちゃってるね私』
「いいえ、誰かに頼れるのは良い事よ。特に自分の気持ちがモヤモヤするなら尚更。私はほら、そういうのすぐ割り切れちゃうから」
『でも、ケイはそれだとひとりぼっちになっちゃわない? 相談受けてくれる人とかいるんでしょう?』
「いたり、いなかったり? ふふふ。悪いけどもう切る。まだ仕事残ってるから。リュウセイによろしくね?」
『うん! 本当にその、ありがとうねケイ! 私……応援してる!』
そこでぶつりと通話を切って、ケイは腰かけていた椅子にどっしりと背中を預ける。
視線がしばらく宙を泳いだ後に、
「はぁ~~~~~~……」
重苦しい、魂丸ごと吐き出そうかという勢いのため息が出ていた。原因はもちろん今の会話である。
かつての戦友リナ。何度も肩を並べて戦い、強い絆で結ばれている相手だ。しかし裏を返すとケイとしては意中の人間を横からかっさらったという下卑た解釈冴えできてしまう。
違うのだ。わかっているのだ。あんな風に自分の気持ちを他人に伝えようとする姿勢だからこそ彼女はリュウセイの心を掴み取れた。想いを最後の最後に伝えようという甘い考えで合った自分よりもずっと、リナは真剣に恋をしていたのだ。
「……ダメ。今夜飲みに行こう」
少しずつ湧き上がり始めていた苦しみと悩みに飲み込まれる前に自らを浄化せなばならない。その一心でケイは仕事を適当なところで切り上げ、行きつけの居酒屋『オレン家』に赴き……そこで自分の身を案じたタクミ達に見つかったのである。
〇
「はぁ……わかる? 貴女達。私がどうしてこんなに悩んでいるのか」
「え、あ、いや、話は理解したっスけどなんて返すのが正解なのかクソむずくて困ってます」
「というか生々しくて」
ケイは思い切って最も悲しい過去をチーム『シャルル』の3人へと打ち明けていた。失恋してしまった事、忘れようとしていたのに思わぬ連絡でぶり返してしまっている事。そしてそんな自分が、嫌になってきた事。
「私、本当に自分が恥ずかしい。リナが良い子なのは凄くわかる。だからリュウセイと結婚したし、戦中に身ごもるなんて事までしていた。私だって応援したい……なのに、なのに私って人間はどうしてこう……」
愚痴どころではない、最早懺悔だった。いかに自分が醜い人間であるかを呟き続けるケイの姿にハヤテとトモエはどうしたものかと顔を見合わせ、口をモゴモゴとさせてしまっていた。
話の筋そのものは過去の失恋を未だに引きずっているという至ってシンプルな話なのだが、シンプルだからこそ若者には答えづらい話題である。というよりハヤテが言う様に生々しすぎる。
「……私、ダメな大人かもしれない。あんな恰好するし」
「お、俺はそう思いませんよ!」
ケイの感情が深いスパイラルを刻み、底を突破しようかというところで口を開いた男が一人。タクミである。顔を真っ赤にし、肩を怒らせて彼は拳を握り締めた。
「俺、教官がダメな人だなんて思いません! だって俺にとって教官は憧れの人ですから!」
「あ、憧れ?」
ケイは素っ頓狂な声をあげ、タクミの言葉の意味を理解しようと目を細めた。この何を考えているのかわかりづらい若さ一直線の少年は目に光を宿し、
「10年前、俺は教官に命を救われました。貴女が知らなくても俺は、本当にあの時嬉しかったんです!」
「それはパイロットとしての私で」
「パイロットだからどうとか関係ない! 10年前も今も、教官は教官です。厳しいけれどたまに優しさも見せてくれる。何より……俺を助けてくれた人です。だから俺、アマギ・ケイの背中に追いつきたくてここまで来たんです。俺のマニューバ、全部教官のアレンジですから!」
「私の―――?」
そう言われて振り返ってみると、確かにタクミがキャリバーを駆る際の動きは少しケイのモノに似ている様に感じられた。アレンジしたという言葉通り、意識してみなければわかりづらい程度に。
だがそれが本当であれば、タクミの基礎を作ったのはケイという事になる。
「今俺が生きているのは教官のおかげです。だから俺、教官をダメな人なんて全然思いません! それに……それに式典の時着ていた格好は無茶苦茶えっちだったと思います!!!!」
「え、は、はいぃ!?」
「タクミぃ!?」
「いいぞー、言っちまえたっくん」
続けてタクミの口から飛び出したのは信じられない程直球な言葉で、思春期100%なパワーが溢れ出ている。もちろんケイは驚いた。式典後は大体の男性が遠目からじっと眺める程度であったり、今朝の授業の様にそれっぽい質問をしてくるくらいだったと。だが真正面からそういう気持ち込みで言われるなど、恐らく初めての展開だ。
思わず視線を泳がせて言葉に詰まっているとタクミは勢いを増し、
「大体……話の流れから察するにもしかしてアマギ教官、ご結婚もされていないんですか!?」
「へ!? な、どうしてそんな事聞くのよ……そりゃその、お見合いの話とか来たりはするけど」
「お見合いしなくて良いです! 俺が教官と結婚します!!」
「へぇ!?」
「タクミぃ!?」
「おー、そろそろキモイライン入ってきている」
もしやタクミは酔っているのではないか?とケイは本気で考え始めていた。でなければこんな世迷言じみた言葉、素面で言えるはずがない。オレンジジュースに間違ってアルコールでも混じっていなければ、とても……!
そんなはずはないというケイの願望は、しかしまじまじと少年の眼差しを見つめるだけで崩れていく。本気だ。彼は心の底から想いの丈を口にしている。
「信じられなくても良いです。俺、ちゃんと言葉にしないと思っただけなんです。でも、でもですよ、マジで……マジで教官と結婚する準備はできていますから!」
「や、ややややや、何言い出すのよ。自分が無茶苦茶言ってる自覚はある!?」
「あります。ありますが……マジなのはホントです!」
「ひぇぇぇ……!」
思わずタクミの視線から逃れる様にさっと顔を逸らし、ついでに手を顔を覆い隠して赤面を隠そうとする。
熱の籠った目だ。性欲ではない、純粋な恋による熱を目に宿してタクミはケイを見つめていた。そんな視線を向けられたのは本当に久しぶり過ぎて、彼女の心をそれはもう乱す。
そしてこの状況を完全に蚊帳の外から見つめているのがハヤテとトモエである。困惑そのものを顔に浮かべていた2人がどうやって介入しようかなどと口をモゴモゴとさせていたところで、まるで示し合わせた様に全員の携帯端末がブルリと震えた。
「ッ!? 教官、レイダー出現の報せです」
「あーしら先に戻って出撃準備しときます。んじゃ、たっくん行くよほら」
「えっ!? でも俺まだ……うわぁ教官また後で!?」
幸運と言うべきか、レイダーがレーダーに捉えられた事による『GOE』への出撃命令が下されたのだ。トモエがすかさずタクミの首を鷲掴みにし、凄まじい勢いで脇に抱えるとハヤテと足早に店の外へと飛び出して行ってしまう。
一人残ったのは衝撃的な告白だけを聞かされたケイだ。出撃が決まったとあれば基地にすぐ戻って司令部で指揮を取らねばならないというのに、椅子に座ったままでピクリとも動けなかった。
「―――あの子」
(リュウセイに、そっくり)
どくどくどくどく、ばっくんばっくんばっくんばっくん。
早鐘の様にケイの心臓は高鳴る。抑えきれない程に、体の内側で反響し続ける。
その音こそときめきであると、恋であると彼女は知っている。かつて苛まれた忌まわしく、同時に愛おしかった感情が今再びアマギ・ケイ28歳に襲いかかろうとしている。
年の差は、11だというのに……!!