アイドル寄生もの   作:段ボールのようなもの

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死と出会い

 -1-

 

 地方都市に存在するどこにでもあるようなビルの4階、それが世間からは有象無象と呼ばれるような地下アイドルのプロデューサーである私が働く職場である。そんな職場の一室である会議室に普段よりも早めに来ていた私は呆然と室内を眺めていた。

 予算が少ないからと用意された複数のキャスター付き長机、プレゼンの為に使う小型のプロジェクター、本来なら満開の桜が並ぶ大通りの見える窓には日差しを防ぐ為にブラインドがかけられている。

 そんな見慣れている普段通りの風景……だが現在の視界には一つだけいつもとは違うものがある、私の担当アイドル『寄宮かのは』さんが首を吊った状態(・・・・・・・)で目の前に存在している事だ。

 その四肢は力なく垂れ下がっており、呆然と十数秒見つめても動く気配が全くない。

 その風景の異様さに驚愕し熱を持ったような脳内はしかしながら現状を理解したことにより冷めるどころか凍りついてしまっていた。

 事務所に居る誰かに助けを呼ばなければならない、警察と救急に連絡をしなければならないと頭の片隅では理解しているのに、助けを求める為の喉は乾き切ったように一言も声を出せず、足も何者かに縫いつけられたかのように動かない。

 ブラインドから溢れる日の光が彼女の生気を失った青白い足首を照らす。昨日までは確かに存在していた筈の彼女は何も話さない抜け殻となってぶら下がっていた。

「くそっ……」

 現状の理解をしてから数瞬の沈黙を経て正気を取り戻した私は靴を脱ぎ忘れる程に必死で長机の上によじ登り、震える手でロープに手をかけた。ほどけそうにない結び目を指先で探りながら、必死に彼女の身体を支える。

 小柄だったはずの彼女の身体が、こんなにも重いと感じるのは、生気を失っているからなのか、それとも彼女を失ったのではという恐怖で私の腕が力を失っているのか。

 ようやくロープを緩め、ゆっくりと床へ彼女を横たえた。心臓の鼓動を確かめるように胸に耳を当てても、そこからは何の鼓動も聞こえない。冷たい。硬直が始まりかけた青白い肌が、現実を突きつけてくる。

 その時だった。

 ぴちゃり──と、突如として耳慣れない湿った音がした。

 その音の発生源を見ると、かのはの口元に黒い液体のようなものが雨漏りのように落ちてきたのだ。どろりと粘り気を帯びた塊は落ちてきた勢いで口から床に溢れると、まるで意志を持った生き物のように震え、形を変えながら蠢いていく。

 私は声を上げることもできず、ただ後ずさるしかなかった。

 黒いそれは、蛇のようにするすると彼女の口元へ登っていき、体内へと潜り込むように吸い込まれていく。

 次の瞬間、彼女の身体が大きく跳ねた。

 がくがくと痙攣し、死んでいたはずの四肢が床を叩く。青白かった顔に色が戻り、濁っていた若緑色の瞳がぎらりと光を宿す。

 そして、信じがたいことに──彼女は小さな口角を上げて、笑った。

「……やっと、会えた」

 

 -2-

 

「……嘘だろ……」

 私は床に横たわる彼女の脈を確実に確かめた。冷たく、筋肉が硬直しかけていて、どう足掻いても“死んでいる”ことは明らかだった。

 なのに今、目の前で笑っている存在は一体何者だ?

 これは本当に私の知っている寄宮かのはなのか──?

「おまえ……かのは、なのか……?」

 喉の奥からしぼり出すように問いかける。

 彼女は、いや“それ”は、首を傾げてから愉快そうに笑った。

「知識はあるよ。彼女の記憶も、歌声も、癖も、全部ここに残ってる。でも意識は……私。臆病者で弱虫の寄宮かのはじゃなく、寄宮かのはの“中にいるもの”」

 ぞわりと背筋が冷たくなる。理解を拒む答えが、理解できてしまう。

 そして次に口から出てきた言葉は彼女の死の原因、

「じゃあ……この首吊りは……おまえの仕業なのか?」

 恐る恐ると口から出てきた質問に対して彼女は肩をすくめるようにして、あっけらかんと告げた。

「違うよ。偶然、この臆病者は投げつけられる小石のような言葉が嫌になって死んでただけ。私はそこに居心地のいい器を見つけた。それだけ」

 偶然──そんな言葉で片づけられるのか。私が必死に守ろうとした彼女の命が、そんな風に……。

「……じゃあ……どうして彼女に寄生した? どうして、わざわざかのはに……」

 質問の途中で、自分の声が震えていることに気づいた。恐怖か、怒りか、それとも理解不能な期待か。

 その答えは、予想外にまっすぐだった。

「だって、あなたが好きだから」

 彼女はためらいなく言った。光を取り戻した瞳で、力強く、真っ直ぐに私を見つめながら。死体のはずの唇が、恋する少女のように弧を描いていた。

「好き……? おまえが、俺を……?」

 信じられない言葉に、思わず笑ってしまいそうになる。

 だが目の前の“何者か”は真剣そのものだ。濁った死の気配をまといながら、まるで初恋を語る少女のように。

「そう。だから私は、彼女を選んだ。あなたが好きな彼女の姿で、声で、それならあなたに近づけるから」

 背筋が冷える。けれど同時に、どこか期待で心臓が跳ねるのを感じてしまう自分がいる。

 寄宮かのははもういない。だが目の前の存在は、彼女の記憶をすべて持っている。笑い方も、仕草も、歌声も──。

 ……だったら。

「……いいか、よく聞け。これからお前は“寄宮かのは”として生きるんだ」

 自分の声が震えているのを隠せなかった。恐怖からか、あるいは別の感情からか。

「死んでいたなんて絶対に言うな。バレればすべてが終わる。……できるな?」

 “かのは”は少しの沈黙ののち、ぱっと花が咲いたように笑った。

「うん。あなたのために、なんでもする」

 私は現状に目を伏せて心の中で呟く、

 ──これは、俺が背負った罪だ。

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