破瓜   作:みのひつじ

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夜の帳

 

 

 

 大社跡を吹き抜ける風がさわさわと芒の葉を揺らしていた。

 

 空は赤く染まり、夕陽が溶け出している。あと一刻も経てば、太陽は沈み六つ時を迎える頃だろう。

 そんな大社跡の芒野原に、絶叫に近いモンスターの雄叫びと無骨な足音が三つあった。

 足音が対峙するのは、白い体色の鱗を持ち後頭部に垂れ流したような赤い鶏冠、硬く鋭い嘴は鍛えた装備であろうとも貫くようにしてダメージを与えて来る。発火性の液体を体内に溜め込み、火球をもって外敵を排除しにくる好戦的な鳥竜種。

――傘鳥アケノシルム。

 

「頭頂の傘が開いた!気を付けろ!」

「奴のブレスは発火性の体液に頼っている。火炎袋は空っぽにしてやったはずだがな。」

 

 赤と黄色の揃いのサーコートを装備した狩人が二人、油断なく雄叫びの主であるアケノシルムと対峙する。アケノシルムの吐く火炎球の熱気に炙られ、梟の羽色の斑髪は所々焦げ付き、紫紺の長髪は汗でべったりとうなじに張り付いていた。

 アケノシルムは怒りに任せて赤い鶏冠を開き、強靭な脚で突進をした。

「避けろ!」

 斑髪の狩人がそう警告したが、赤い鶏冠の突進に狙われたのはサーコートの狩人では無く、この大社跡の近くの里に住む、東の戦装束に大きな身体を包んだ年若い青年だった。

「……、…」

 青年はアケノシルムの突進が自分に向かっているのを見て取ると、無骨な鉄色の大盾をしっかりと構えた。

 

 一呼吸置いて、鈍い音がドシンと響く。

 

 地面を踏み締めた青年の脚が下生えを削り泥を抉る、多少押されて数歩分後退はするものの、青年はアケノシルムの突進をその大盾で受け切った。

 アケノシルムの強靭であるはずの脚は前へ前へと地面を搔くが、目の前の鉄色の大盾は一つも進まず頑として譲らない。

 焦れたアケノシルムが嘴で大盾ごと青年を貫こうとして、フッと首を引けば、盾への圧力が緩んだ間隙を逃さず青年が鉄色の大盾の死角から長大な槍でアケノシルムの喉を的確に突いた。

 ギャア、と短い断末魔が上がり、アケノシルムは赤く染まった空を仰いで絶命した。

 

「大丈夫か!?」

 大盾でアケノシルムの突進を受け切った青年の元へ、赤と黄色のサーコートの装備をした狩人二人が心配そうに駆け寄った。

 どれ程の膂力で槍を突いたのか。青年が握り締めていた長大な槍の穂先にはアケノシルムの鱗どころか、千切れた肉片が少しこびり付いていた。

「…おぉ、………と、とりあえず無事そうだな。良かった。」

 アケノシルムにトドメを刺した青年の青年らしからぬ凄味に斑髪の狩人は感嘆の声を上げるが、青年の無事を確認して安堵したように頷く。

 そんな狩人を見て青年は槍を納刀し背負うと、狩人二人に向き直り軽く頭を下げた。

「………狩りの試練にお付き合い頂き、感謝します。」

 そしてここに来て初めて青年は年相応の表情で、ほんの僅かに視線を泳がせた。

「……、…その、ええと。」

 青年は困っている。それに気付いた斑髪の狩人が口元を緩め破顔した。

「あぁ、俺たちの名前か。そういや急な出発だったもんな。俺はセラヴィ。こっちがリデルだ。」

「ろくな挨拶も出来ずにすまないな、アオイくん。」

「いえ…。こちらもこちらの事情で二人をお待たせしてしまいました。」

 アオイ、と呼ばれたのは斑髪の狩人セラヴィよりも確実に頭一つ分は抜けている、大柄な青年だった。大盾の扱いを得意としている、東の戦装束を着たハンター志望の青年で名を神有蒼衣と言った。

 

 ハンターズギルドから派遣されたセラヴィ、リデルの両名は胸元にギルドの紋章の入ったサーコート装備『ギルドクロス』に袖を通しており、その主な目的は青年であるアオイが住む近くの里と周辺の調査だった。

 二人が今立っている、この大社跡と呼ばれるフィールドもギルドの調査対象の一つである。

 里の名は『カムラ』

 五十年に一度、百竜夜行と言う災禍に見舞われると謳われた里だった。

 

「ところで蒼衣くん。私たちを今まで待機させていたのは狩猟メンバーがもう一人居るはずだから、と聞いていたが……、」

 茜に染まる空を見ながら、小柄なリデルが口火を切る。

「私もセラヴィもまだ少し余力がある。君が待っていたメンバーを待って、もう一狩りするか?」

 モンスター素材の剥ぎ取りを終えた蒼衣はリデルの話に若干苦い顔をしながら首を緩く横に振った。

「……いえ、お申し出はありがたいのですが、もうそろそろ暮れ六になるので、…」

「暮れ六?」

「ええと、大まかにこちらでの日没の事を言います。暮れ六を過ぎると里の者は大社跡に入っては行けない決まりなんです。」

 蒼衣がリデルにそう説明すると、セラヴィは辺りを一瞥する。

「蒼衣。……その暮れ六とやらに、待っていた子が今からでも来る可能性はある?」

「無いですね。……アイツも暮れ六の事は小さい頃から親に厳しく言われ続けてますし、今ここで姿を現さないのなら、里に居ますよ。」

 蒼衣がほんの少しだけ眉間に皺を寄せ、怒りを滲ませたように言うと、セラヴィは一つ頷いた。

「うん、それなら里に帰還しよう。蒼衣の言っていた『試練』はこれで達成されたし、部外者の俺達の出番はないな。」

「セラヴィ。………いいのか?」

 リデルの声は咎める色も含んでいたが、セラヴィは目線でそれを嗜めた。

「俺達はハンターズギルドに派遣されたとは言え、ここに来たばっかりの部外者。現地の人の忠告は素直に聞いておくもんだ。」

「………、…」

「それに、半年前から予約で満杯の神林亭さんに特別に泊まらせて貰えるんだから、ここは里に戻るのが得策ってな。リデルだって楽しみだったろ?」

「………分かったよ。」

 セラヴィとリデルの目的であるカムラの里とその周辺の調査は大切な任務ではあったが、セラヴィは何よりカムラの里にあると言う老舗の薬問屋『神座森林庭園』を訪れるのを個人的に楽しみにしていた。

 ハンターズギルドからの任務は大切だが、個人の楽しみも無くてはならない。セラヴィはそう言う狩人だった。

「じゃあ、里に戻ろうか。っとそうだ、言い忘れてたけど。」

 狩猟したアケノシルムの亡骸はギルドからの回収アイルーとカムラの里から来るという里守に任せるとして、セラヴィはくるりと蒼衣に振り返った。

「…蒼衣、今回の狩猟は素晴らしい盾捌きだった。その腕前なら後日ハンターズギルドから確実にハンターとして正式に承認されると思う。」

「………はい。ありがとうございます。」

 セラヴィからの賞賛に蒼衣は折り目正しく頭を下げると、セラヴィは困ったように照れて頬を掻く。

「でも、あんまり畏まらないでくれ。俺達は君がハンターになったって君の上司になるわけじゃないんだからな。」 

 蒼衣はセラヴィの言葉に少しだけ考える素振りをしてから、そこで初めてほんのりと口の端を緩めた。

「……上司にはなりませんが、きっとお客様にはなるでしょうから。」

「むっ。」

「ウチは神林亭の隣の酒屋なので。」

 その言葉には小柄なリデルが反応した。若くとも自分より大柄な蒼衣を下から覗き込むようにしている。

「それは気になるな。美味い地酒はあるか?……セラヴィ程じゃないが、実はこっちに来るのが少しだけ楽しみだったんだ。」

「各地の酒を取り扱ってますが、地酒も少しはありますよ。……あまり名は知られてませんが。」

「幻の銘酒だな。いいな、とても良い。」

 好戦的な鳥竜種アケノシルムの狩猟を終えた三人は、夕陽が溶けて茜に染まる空を背にゆっくり歩いて帰路についた。

 

 

 これから訪れる夜の帳に、大社跡の芒野原はざわりざわりと吹く風を強くして芒の穂を揺らしていく。

 やがて遠くから、ガラガラと車輪が回る大きな音が大社跡に響き渡る。おんぼろの空の荷車を引いたアイルー達が車輪をギシギシと軋ませて、討伐されたアケノシルムの亡骸を回収しに芒野原まで降りてきたのだ。

「うんしょ、こらしょ。」

「急ぐのニャ。もうすぐ日が暮れちゃうニャ。」

「風が出てきたのニャ。ブルブル。」

 人の気配が無くなった暮れ六時の芒野原にアケノシルムの亡骸を回収しに来たアイルー達がニャアニャアと賑やかにしていた。

 

 その時だった。

 一際強く激しい突風が芒野原を吹き抜けた。

「ニャアッ!?」

 突風に驚いたアイルー達は地面にポテポテと尻もちをつく。

 打ち付けて痛む尻を肉球で擦り、ぶるりと頭を振って顔を上げればアイルー達の目に映ったのは、事切れたアケノシルムの頭部をずるりと持ち上げる大きな黒い影———

「でっ、」

 

「出たニャーーーーーッッッ!!!!」

 

 おんぼろでギシギシ軋む空の荷車から肉球を離して、四つ足で一目散に逃げて行くアイルー達。

 黒い影は逃げるアイルー達を追わず、沈黙を守り、今しがた事切れたアケノシルムの頭を拝借した。

 

 ざわりざわりと大社跡に強い風が吹き抜けて、柔らかな芒の穂を大きく揺らしていた。

 

 暮れ六時を過ぎた空には墨を零したような夜と、眩く瞬く星があるだけだった。




第一話です。よろしくお願いします。
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