五十年に一度、百竜夜行と言う災禍に見舞われると謳われた里、カムラ。
数多のモンスター、すなわち『百竜』
その大襲来、すなわち『夜行』
それは暴走した無数のモンスター達が群れを成して津波のように押し寄せて人里を襲う現象の事を指していた。
「……しかもそれが元々群れを作る習性がない筈の中型から大型のモンスターまで大挙して押し寄せるって言うんだから、恐ろしいよな。」
「火竜を始め、轟竜に雷狼竜、……ハンターズギルドにとっては気合いの入る大狩猟クエストだな。」
ハンターズギルドからの使者であるセラヴィとリデルは、百竜夜行襲来の里であるカムラに現地調査に訪れていた。
事前にギルドから渡されていた資料はあまり多くは無いが、最も特筆すべき項目に目を通してセラヴィは溜息を吐く。
「百竜夜行ねぇ………。出来れば俺が生きている間にはお目にかかりたくない代物だな。」
「馬鹿、口を慎め。……ここは『カムラの里』だぞ。」
セラヴィが本心から吐き出した素直な感想をリデルはキツく睨んで嗜めた。
ここはカムラの里。百竜夜行に襲われた中心の里なのだ。住人の心情を慮れとリデルはセラヴィを睨みつける。
多少肩を竦めてバツが悪そうに『悪かったよ』とセラヴィは小さく零した。
二人が居る場所はカムラの里の大通りから大きく外れた、少し静かな場所に建っている一軒の老舗薬問屋だった。
名前を『神座森林庭園』
世の狩人には『神林亭』の俗称で知られる、薬膳が有名な旅籠だった。カムラの里に滞在し調査をしたい旨を里長フゲンに伝えた所、それならば、と用意してもらった宿だった。
最悪、里の近くのキャンプで野宿する事も視野に入れていた二人にとって、これは有り難い申し出だった。
セラヴィとリデルの前に向かい合わせに置かれた膳には丁寧に作られた朝餉が湯気を立てていて、食欲を誘う。
「……とりあえず、冷めないうちに食うか。」
「そうしよう。朝餉だから酒が無いのが残念だがな。」
「朝っぱらから酒は止めとけよ……。」
リデルは紫紺の長い髪を纏めて束ね、東の地での寝間着である『ユカタ』に袖を通し、カムラでの宿泊を満喫していた。特に昨晩は隣の酒蔵で扱っていると言う地酒を出されてからはすこぶる上機嫌だった。
対するセラヴィと言えば、梟の羽色の斑髪に寝癖を付けて欠伸をしながら頭を掻いている。カムラくんだりまで竜車での長旅に加え、昨日の狩りの疲れも抜けきって居なかった。
前回の百竜夜行から約二十年。当時の襲撃により甚大な被害を受けたと言う里は、訪れた狩人達にそうとは悟らせず活気に溢れていた。
里山の木々を切り倒し木材を確保し、大通りには石工達が集い威勢の良い声を掛け合いながら真新しい石畳を敷き詰めている。
これならばギルドとの流通もいずれ問題なく開通するだろう。
里長フゲンはカムラの里は復興の最中だと言っていたが、外から訪れた狩人であるセラヴィの目には復興と言うよりも……、
「おやすみの所、失礼します。」
思考の海に沈みかけたセラヴィは部屋の外からかけられた声にハッと思考を浮上させた。
「あ、あぁ。なんだ?」
「神林亭の者です。お客様がハンターズギルドから来られたハンターと耳にしまして、ご挨拶をと思いました次第です。」
セラヴィは一瞬、リデルに目配せをしたが食後の緑茶を優雅に啜っている相棒に毒気を抜かれた。
——任務は長丁場になる。今から気を張りっぱなしじゃ、先が思いやられる、か。
「あぁ、丁寧にどうも。」
動く気の無いのリデルの前を膝歩きで通り過ぎ、引き戸の扉を開ける。
そこには姿勢よく正座をした若い青年が居た。青年の黒髪は長く、美しく結い上げられている。
青年はそのまま床に手を付き、美しい姿勢で頭を下げた。その所作は指の先まで躾けられているようで、セラヴィは思わず息を詰めた。
「…この度はようこそおいで下さいました。神座が次男、露草。神林亭の当代に代わりご挨拶させて頂きます。以後、お見知りおきを。」
ゆっくりとした所作で顔を上げた青年、露草は葡萄酒色の瞳でセラヴィをジッと見る。
若い青年である筈の露草の瞳の中に、なにやら一癖も二癖もありそうだ、と感じ取ったセラヴィは困ったように笑って息を吐いた。
「どうも、よろしく。ハンターズギルドから派遣されたハンター二人だ。しばらく世話になる。俺はセラヴィ。あっちがリデルだ。」
「お二人はハンターとの事でしたので、何か不便がありましたら都度、店の者にお申し付け下さい。さしあたってはハンターに必須の道具箱の場所などを案内しようと思いますが………」
「あぁ、頼む。助かるよ。」
セラヴィとリデルは調査と言う名目で神林亭の青年、露草の案内を受けている。
「……ハンターの道具箱はこちらに。ウチの備え付けなので、ハンターズギルドのもの程大きくありません。潤沢に蓄える、などは出来ませんがこちらをお使いください。」
「いやいや、充分だ。これだけあれば装備のメンテナンスに使う素材も保管しておける。助かるよ。」
露草からアイテムボックスの場所を教えて貰い、鍵を受け取りセラヴィは人心地ついたように頷いた。そんな折、大人しく案内に付いてきていたリデルが口を開く。
「なぁ、露草くん。この里の療養所はここだけかい?」
リデルの言葉に虚を突かれた露草は、思い当たる理由を浮かべてハッとした。
「…お二人はどこかお怪我をされたんですか?もしや、昨日の狩りで…!?」
勢い良く振り返る露草の慌てぶりに、リデルは苦笑し首を横に振る。
「あぁ、いや、いや。違うんだ。私達はどこも怪我をしていない。……何、少し気になってね。神林亭は薬問屋として立派だが、今建造中の里の規模からすれば少し心許ないかな、と。」
――建造中、そう、そうなのだ。カムラの里は今、建造している真っ最中に思える、とセラヴィは思った。
リデルが案内された空っぽのアイテムボックスの中を確認しながら言うと露草は合点が行ったように『あぁ、なるほど』と頷いた。
「ここは旅籠と薬問屋が主ですから。医術の方は里の大通りに面した所に診療所がこれから出来る予定なんです。」
長く美しい黒髪が露草の頷きと合わせて揺れる。
「ハンターさんは外傷の方が多いですから、これからは大通りの診療所で診てもらうのが主流になると思いますよ。」
あくまでウチは薬屋なので、と露草は明るい声で続け、カムラの里の内情を少しだけ溢した。
「それに、外から来られるハンターさんだけで無く、この里育ちの里守もこれから沢山ハンターを目指しますしね。」
露草の言葉にリデルは昨日の狩りを思い出しながら、力強く肯定した。
「うん、そうだな。それはそうだろうとも。昨日、一緒に狩りをした大盾の子も、とても素晴らしい盾捌きだった。」
リデルが誰の事を言っているのか察した露草はそこで初めて年相応の青年らしい表情で少しだけ笑みを浮かべた。
「蒼の試練をお二人に手伝って貰えて、昨日の狩猟は滞り無く済んだと聞いています。」
僅かに嬉しそうな露草の声音に、黙って話のやり取りを聞いていたセラヴィがピンと勘づいた。
蒼衣の事を『蒼』と愛称で呼ぶ、この子は恐らく間違いなく………
「……もしかして、昨日蒼衣が夕暮れまで待っていた子って…君か?」
セラヴィがうっかりと口に出してしまえば、露草は罰が悪そうに葡萄酒色の瞳を泳がせて、セラヴィから視線を逸らした。
「あー……ええと、その………。アイツとは幼馴染でして………。俺は家の仕事があるから待って無くて良いって言ってあったんですけど、………」
「あぁ、やっぱりそうか。いや、責めてる訳じゃないから。怒ってないし、怒んないから大丈夫だ。」
しどろもどろに言葉を紡ぎ、今にも謝り倒しそうな露草をセラヴィは慌てて制止する。
「……と、言うか露草。君、蒼衣に怒られたりするのか?」
その様子からセラヴィがふと気になった事を聞いてみれば、露草の泳いで居た瞳は温度を無くし、沈んだように地面を見据えた。
「……怒られは…どうかな。してないと思いますが。」
自嘲気味に露草は自分自身をせせら笑った。整った顔が美しいだけあって、まだセラヴィよりも年若い青年の筈なのに酷く大人びて見える。
「少なくとも、蒼に期待はされてないと思います。」
「期待、ねぇ……。」
露草は一呼吸置くと、気持ちを切り替え顔を上げた。そしてセラヴィに対して深々と腰を折って頭を下げた。そこに幼い顔は無く己を律する神林亭の当代代理の青年が居た。
「つまらない話をしました。お客様の前で申し訳ありません。」
「いや、良いんだ。こちらこそ不躾にズケズケ聞いて悪かった。案内をありがとう。」
セラヴィがそう締め括ると、露草は踵を返して神林亭の仕事に戻って行く。そして幾ばくも歩かない内に何かを思い出したように『あ』と声を上げた。
セラヴィとリデルの方を振り返ると『そう言えば』と切り出した。
「蒼衣の成人の儀があるんですが、狩猟を手伝って頂いたお二人には参加して頂けるよう、後に正式に招待が来ると思いますよ。」
「ん゛??」
「小さな祝宴ですが、里の特産品を使った振る舞い御膳が出るんです。もし、良ければ。」
それでは、と腰を折り今度こそ仕事に戻っていく露草はそれ切り振り返りもしなかった。
残されたセラヴィとリデルはと言うと、
「………なぁ、その成人の儀とやらには酒は出るかな?」
「はぁ……頼もしいよ、相棒。」
呑気にそんな事を言うリデルに、セラヴィは困ったように笑うだけだった。
第二話です。よろしくお願いします。