爽やかな初夏の風は朝の涼しさを伴って吹き抜けて行く。カムラの里には朝も早くから大通りの石畳を敷く職人たちの元気のいい掛け声が響いていた。
カムラの里の中心には、出来たばかりの大きなたたら場が聳え立ち、そのほど近くでは壮年の職人が質素な店構えの中で休まず手を動かし続けていた。
鋭い集中力で武具の刃を研ぎ、陽の光に翳して出来栄えを見る。カムラの里一番の加工屋の職人、ハモンだった。
ハンターズギルドから『カムラの里及びその周辺の調査』を任じられていた狩人のセラヴィ、リデルの両名は里の加工屋であるハモンの元を訪れていた。
「……こちらが研ぎを頼まれていた武器だ。」
「確かに。……良い腕ですね。助かります。」
二人が所属しているハンターズギルドからも『最高峰』と呼び声の高いカムラの里の職人であるハモン。
ハモンからメンテナンスの終えた武器を受け取ったセラヴィは、その力量の高さに感嘆の溜息を吐いたが賞賛された本人であるハモンは余所者からふいと視線をそらして仕事に戻ってしまった。
気難しいハモンの態度にもめげず、セラヴィの続きはリデルが引き取った。
「あぁ、本当に良い腕前だ。ただの研ぎ、されど研ぎ。地道な作業の中に光る腕前は百万ゼニーの宝石と言っても過言では無い。」
「リデル。」
「言うだけタダさ。感謝と賞賛はその日の内に伝えた方が良い。」
「いちいち表現がオーバーなのよ、お前……。」
うっとりと夢見心地な表情でハモンに研いでもらった自分の武器の刃を光に透かすリデルに、今度は呆れた溜息を吐いたセラヴィ。
賑やかで騒がしいその場所へ、ふ、と影が差す。
太陽の光を遮る程の巨躯の青年がハモンの元を訪れているリデルとセラヴィを見て困惑していた。
「ええと……リデル、さんとセラヴィさん。何故ここに?」
青年が尋ねると、セラヴィもハモンに研いでもらった武器の刃を少しだけ見えるように引き抜くと、煌めく白刃に微笑んだ。
「やぁ、蒼衣。俺たちはハモン殿に武器の研ぎを頼んでいたんだよ。」
「一昨日振りだな、蒼衣くん。ハモン殿の腕前は見たか?うちのギルドで頼んでいる研ぎ師よりも素晴らしいかもしれない。もちろんうちのギルドの研ぎ師も素晴らしいんだが、カムラに来た価値が何倍にも跳ね上がったぞ。」
鞘に収まったままの自前の双剣を愛おしく抱きしめ無表情でありながらくるくる回るリデルに、若干心の距離を取りつつ巨躯の青年蒼衣はセラヴィに尋ねた。
「……それも、カムラの里の『調査』ですか?」
「んー、調査っちゃ調査ではあるけどな。」
「……けど?」
何かしら引っ掛かるセラヴィの言い分に、蒼衣は続きを待つとセラヴィは武器をしまい、丁寧に布を被せた。
「俺らはハンターだよ、蒼衣。………腕の良い加工屋が居る、と聞いたら、それがどんなに遠方の地でも足を運んで自分の武器を預けたくなるもんさ。」
くるくる回り紫紺の長い髪を広げていたリデルもセラヴィの隣まで来てそれに同調する。
「腕の良い加工屋は、腕の立つハンターと直結するからな。……私達はハンターズギルドからの調査員だが、仕事のお陰でこちらに来れた。交通費も浮いてラッキーだったな。」
「リデル。」
『俺たちの交通費事情は言わなくても良いのよ』とセラヴィがリデルを窘めるのを横目に見つつ、蒼衣はハモンに話しかけた。
「それで、用と言うのは…?」
「うん、実はだな…」
蒼衣がハモンの元を訪れたのは、ハモンに直接呼び出されたからであった。
「一昨日、お前が狩猟したアケノシルムだがな。単刀直入に言う。……頭部が無かった。」
「…………頭部が無い?」
「そうだ。首から上がそっくり無かった。里守やアイルー達が回収しに行った時点で既に無かったそうだが………何か、心当たりはあるか?」
「…………特には、…」
唐突に告げられる不測の事態に、蒼衣は困惑し口籠った。
「どうした?何か、あったのか?」
その雰囲気から蒼衣の戸惑いを感じ取ったセラヴィが、話の輪に入る。ハモンは一瞬だけ余所者に対して眉根を寄せたが、それだけだった。
セラヴィにも話をするためにハモンは居住まいを正し、水を向けた。
「……一昨日の狩猟に付いて、お聞きしたい。」
「蒼衣と狩ったアケノシルムの事ですね。俺らに答えられることなら、なんなりと。」
セラヴィもハモンに向き直り、自分のハンターノートを取り出した。よく使い込まれたノートの、一昨日の記録のページを開き、内容を改める。
「一昨日の狩猟で貴殿らが下したアケノシルムだが、亡骸から頭部が失われていた。これについて何かご存じか。」
「頭が無い…?…アケノシルムに最終的なトドメを刺したのは蒼衣でしたが、頭部が千切れるほどの膂力ではありませんでした。…」
ハンターノートのページをめくり、セラヴィは当日の記録をなぞる。
「俺らもそれは確認済みです。………ただ、夕暮れになるから、と素材の剥ぎ取りは里からの運搬アイルーに任せて速やかにその場を後にしました。」
「ふむ………」
セラヴィの報告を受け、口を閉ざし思案に耽りだしてしまったハモンに、セラヴィは逆に尋ねる。
「……アケノシルムの頭部がない事は、何か里に影響があるのですか?」
「……里に、直接的な影響は無い。」
ハモンがそう断言した事で緊急案件では無いと悟ったセラヴィが、安堵の吐息を細く吐き出した。
「だが、」
「だが…?」
ハモンはそこで言葉を一旦切り、伺うように蒼衣に目を向ける。蒼衣は問題ないと言うふうに頷いた。
「……あのアケノシルムはそこの蒼衣の『成人の儀』用の装備を作るためだった。頭部が無いとなると、作れる装備は限られて来る。」
「成人の儀、……露草が言っていたやつか。」
「…………、……」
露草、の名前を出した途端、蒼衣の眉間に青年らしくない皺が刻まれたのをリデルは見逃さなかったが、セラヴィの手前黙っておく事にした。
「……そうだ、蒼衣や露草、『神』の字名を持つこの子らは成人の儀として己の手で狩ったモンスターの装備が必要になる。」
「神の、……あざな?」
「……百竜夜行の後、カムラの里復興に大きく貢献してくれた一族だ。神有、神座の両家の事を言う。」
「なるほど。……それで、その両家の子には成人の儀が必要だと。」
「一人前だという技術があれば狩りでなくとも良いのだが、蒼衣が志しているのは狩人だからな。」
「ハンターとしての一人前の技術は狩りをして装備を作れる事、か。職人の里らしい見解ですね。」
「一人前でもない子供を世間に放り出して、そちらに迷惑をかけるのも里の本意では無い。」
「まぁ、確かに。」
ハモンからハンターズギルドに迷惑はかけられないと言われてしまえばセラヴィは納得をせざるを得ない。
セラヴィが頷いて、話は終わったとばかりにハンターノートを閉じる。それを見て、ハモンは蒼衣に話を振った。
「それで、どうする蒼衣?」
「えっ。」
「今ある素材では、胴、籠手、脚の中から二箇所までなら作れるぞ。」
「二、箇所……」
成人の儀の装備は全く手に入らない物だと思っていた。が、部分的には作れると提案され、蒼衣は困惑した。
――成人の儀に自分で作った装備があれば、たしかにそれは成立する。
けれども蒼衣の脳内にあったのは、初陣でモンスターの装備一式を設えた神有家当主予定の己の兄の姿だった。
「えっ、と…」
あまりにも完璧過ぎる兄の姿が脳裏に呼び起こされ、言葉に詰まる蒼衣に助け船を出したのはリデルだった。
「……装備の二箇所だけでは成人の儀とやらは出来ないのかい?蒼衣くん?」
蒼衣とはかなりの身長差があるリデルは、下から真っ直ぐに蒼衣を射抜くように見据えた。
「君は身体が大きいから、二箇所作れるだけでも充分に素晴らしいと思えるが。」
「あ、ええ…。はい、……そうですね。」
どこか上の空だった蒼衣はリデルに視線を向ける。
体格の小さなリデルであれば、昨夜のアケノシルム一頭でも一式を作れただろうか、と嫌味無く考えてしまう辺り己もまだ未熟だなと思い直した。
こんな未熟者では、兄にまた笑われてしまう。
——未熟なら未熟なままで受け入れる。——
ハンターズギルドからの調査員のとは言え、狩人として先輩であるリデルやセラヴィを見て蒼衣は口元を引き締めた。
「ハモン爺様。」
「どこを作るか、決めたのか?」
「はい。胴と脚をお願いします。時間はどれくらいかかりそうですか?」
「そうさな、これから作業に取り掛かる。早く見積もっても一週間ほどはかかるだろうな。」
仕上がったら使いをやる、とそう言ってハモンは口を閉ざし作業に取り掛かろうとした。
「……あの、ハモン爺様。」
そんなハモンに蒼衣は先ほどとは打って変わって不安そうに声を掛ける。
ハモンにとってはもう何度も蒼衣から尋ねられた事なので、蒼衣が何を言いたいのか察して答えを先回りした。
「……露草の装備なら注文が入っとらんぞ。」
それは、蒼衣の幼馴染の名前。
簡潔にそれだけを聞くと、蒼衣はほんの少し落胆したようにため息を吐いた。
同じくハンター志望であるはずの幼馴染、神座露草の最初の装備の注文がない。
……その、意味するところは。
(成人の儀をするつもりがないのか?)
「そう、ですか。……分かりました。失礼します。」
精悍で巨躯の青年が、がっかりしたように背中を丸めて歩く姿は、まるでユクモで見られるアオアシラの様だったと、ハンターズギルドから調査に来ていたリデルは後に調査報告書に書き記していた。
第四話です。よろしくお願いします。