破瓜   作:みのひつじ

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蒼い轟雷

 

 

 

 ハンターズギルドから来た二人の調査員、セラヴィとリデルがカムラの里に滞在するようになってから幾日かが過ぎた。

 里の復興状況、里周辺の探索、及び生息するモンスターの種類、またモンスターの成熟度合、交易が見込めそうな特産品と流通ルートなど、調査は多岐に渡っていた。

 ハンターズギルドからセラヴィ達へ支給された、赤と黄色の揃いのサーコート装備は長期の任務に適応するため、メンテナンスを兼ねて加工屋であるハモンに預けられている。

 今では二人揃ってカムラの里のユカタに袖を通していた。

 

「……で、それでな露草くん。」

 滞在先にカムラの里の老舗旅籠である『神林亭』を融通してもらった二人は、神林亭の当代代理だと言う神座家の次男、露草と他愛の無い世間話をしていた。

 特に小柄なリデルは里のハンター志望だと言う里の青年達を気に入ってしまい、事あるごとに話しかけ、暇さえあれば構いに行っていた。

 一人は神有酒蔵の次男坊、蒼衣でもう一人は神林亭の当代代理の青年、露草である。

 

「…でな、事もあろうに『子供に酒は売れません』と来たものだ。こんな美しき妙齢の女性にだぞ?」

 語気を強めて少しばかり憤っているリデルは、一昨日に神有酒蔵の店先で酒の購入を年齢を理由に拒否された事を露草に身振り手振りも加えて熱心に語っていた。

「蒼衣くんが居なかったのが悔やまれたよ。彼なら私の事を知っていたからな。」

「それは、災難でしたね。」

 話し相手に選ばれた露草は困ったような笑顔を浮かべ無難な相槌を打ち、話に熱中して喉が渇いたであろうリデルに夕食後の緑茶を淹れる。

 露草の伏せ目がちな葡萄酒色の目が美しく、綺麗に結い上げられた髪から流れる一房が麗しかった。

 話を一段落させたリデルは、それを眺めながら淹れてもらった緑茶に息をふうふうと吹きかけながらちびちびと喉を潤した。

 そして別の話題を切り出した。

「……なぁ、露草くんはまだ家の仕事が忙しいのか?」

「どうしてですか?」

「なに、君とひと狩り行きたい、と思ってな。」

 緑茶を堪能し、空いた湯飲みを差し出してお代わりを要求するリデルに露草は驚いた顔をする。

「…………蒼衣とじゃなくてですか?」

 咄嗟に先にハンターになった幼馴染の名前を出してしまう辺り、露草は己の話術の未熟に歯噛みした。

 話の矛先を向けられて多少動揺した程度でお客様の話を逸らすとは。

 だが仕方無いだろう、と露草は心の中で言い訳をする。早熟な幼馴染はその判断の早さで速やかに成人の儀を済ませ、既にカムラの里のハンターとして活動を始めているのだから。

 

「うん。蒼衣くんの腕前は素晴らしかったとも。ともすれば、蒼衣くんが拘る君の腕前もきっと素晴らしいに違いないからな。」

 露草はリデルの言葉に一瞬息を詰めたが、悟られぬように平静を装い細く息を吐き出した。

 そしていつものように慣れた笑顔を作り出す。神林亭の当代代理の、常に優しく、優秀で、誰からも好かれる柔らかな『露草』の笑顔。

「……俺は、ハンターじゃないですよ。」

 けれど露草は忘れていた。

 目の前の小柄な可愛らしい女性は、ハンターズギルドから派遣されてきた手練れの一人だと言う事を。

「…いやいや。君は間違い無くハンターになるとも。」

「……、…」

 リデルの迷いの無い視線が露草を真っ直ぐに射抜く。露草が狩人になる事を一つも疑っていない目で。

 

 リデルの言葉に露草が返答を迷っていると、外から資料整理を終えたセラヴィが戻って来た。

「やーれやれ、フィールドワークの収集物はその日に整理するに限るな、………って、なに?リデル、また露草を困らせていたのか?」

「失礼な。楽しくお喋りしていただけだ。」

「露草にも仕事があるんだ、あんまり困らせるなよ。……悪いな、露草。リデルの相手してもらって。」

 セラヴィの登場にハッと我に返った露草は、手早く茶器を片付けて部屋からそそくさと退出した。

「………、…いえ、仕事ですから。」

 上手く笑えて居たかは、自信が無かった。

 

 

 露草は歩く。思案に耽り上の空で。

 ハンターズギルドから来た調査員の部屋を出て、回収した茶器を茶房に返した後、目的も無くカムラの里の通りをふらふらと歩く。

 暮れ六つを過ぎて頭上の空には夕闇を溶かし星が瞬けど、それらを露草が見上げる事は無かった。

 何も持たず空手のまま、無意識に歩き慣れた道をただ歩く。

 

『君は間違い無くハンターになるとも。』

 

 頭の中には先程リデルから言われた言葉が何度も何度も反響していた。何故、そのような事が断言できるのか。

 

 露草は狩人になりたくない訳じゃない。けれど露草の今までの環境がそれを許していなかった。

 身体の弱い兄に代わり、神座森林庭園の当主を継ぐのはお前だと幼い頃から言い付けられていた。

 大好きな兄の代わりになれる。その事自体は嫌じゃ無かった。……けれど。

 幼馴染と技を競い合い、同じ方向を見て里を守る夢を見ていた頃も、確かにあったのだ。

 

「…………露草?」

 名前を呼ばれて、ふと、足を止めて顔を上げる。

 そこには、しばらくまともに顔を合わせていなかった幼馴染、蒼衣の姿があった。抜刀していた槍を納め、滴る汗をそのままに露草の方を見ている。

 

 露草よりも高い上背。鍛えれば鍛えるほど、みるみる育つ豊かな筋肉。露草よりも育ちの早い、早熟の恵体。

 幼い頃から血を分けた兄弟のように育てられて来たのに、ここの所ずっとお互いに顔を合わせていなかった。

「蒼……なんでここに?」

「……何で、もなにも…。お前が自分でここまで歩いて来ただろう?」

 蒼衣に言われてはた、と辺りを見渡せば、地面を踏み固められた程度の広場と、その中央に建てられた打ち込み用の巨大な柱が目に入る。――カムラの里にある吊り橋の先の修練場までぼんやりと歩いて来てしまったようだった。

「あー……悪いな。修練の邪魔した。」

「いや、邪魔じゃ無い。……修練か?」

「……修練、じゃないな。」

「………………、…そうか。」

 蒼衣は何か言いたげにして、沈黙を選んだ。

 

 蒼衣の成人の儀の為に設えた、真新しい筈のアケノシルム装備には大小様々な傷がそこかしこに付いていて、よく使い込まれていることが見て取れた。

 露草の葡萄酒色の瞳が、ぼんやりと蒼衣の姿を映している。

 

 蒼衣は一呼吸置いてから、大盾を構え槍を展開する。

 打ち込み用の巨大な柱に対して重心を低く構えると、力強く踏み込み突きを放った。

 突き、突き、突き。真後ろに跳んで後退し、また突き、突き、突き。

 暇さえあればこの幼馴染はこうして反復し修練を積んでいるんだ、という事は蒼衣が打ち込む度に踏み込んだであろう場所にくっきりと足型が付いている事が証明していた。

(……真面目な奴。)

 自分の幼馴染に露草は素直にそう思った。

 幼い頃から蒼衣と言う幼馴染はサボるだとか、短縮するだとか、そう言った事をしなかった。

 

 蒼衣の成人の儀に使ったアケノシルム装備は、素材の量が足りなくて一式は作れなかった、と露草はハモンから聞いていた。

 けれども、この幼馴染はどれだけ時間がかかっても『一式』を完成させるんだろう、と露草には分かっていた。

 一つ一つ真摯に丁寧に。……露草のあまり得意では無い所を、蒼衣は腐らずにきっちり最後までやり遂げるのだ。

 それは蒼衣個人の美徳であり、露草の目には羨ましく映るものであった。

 だから露草は、その言葉をつい言ってしまった。

「…………手伝おうか?」

 心から出た本心だったが、露草からこぼれた言葉に、蒼衣はピタリと槍を止めた。

 

 蒼衣と露草は幼い頃から血を分けた兄弟のように育てられて来た。だから蒼衣には露草の言いたい事が分かってしまった。

 

「……、……………………………何を?」

 

 空気が変わり、張り詰める。

 露草の言いたい事が分かって居ながら蒼衣は敢えて問うた。露草に答えないで欲しいと、その言葉は言わないで欲しいと心の何処かで願いながら。

「……や、だからその、……素材集め。お前の装備、素材足りなかったんだろ?」

 露草は蒼衣の顔を見ていない。

 口数の多くない代わりに、煩い程に物を言う蒼衣の眼を露草は見ていなかった。

 風が吹き抜ける程度のほんのひと時、広場は静寂を選んだ。その後、

 

 ――――轟音。

 

「っ!?」

 蒼衣が握り締めて突き出した槍は、凄まじい轟音を伴って打ち込み用の巨大な柱に穴を空けた。

 その衝撃に露草は驚いて一瞬肩を竦める。

 何事が起きたのかと、露草が音の方を見ると蒼衣の顔は険しく怒りの籠もった眼で露草を見据えていた。

「……蒼、……」

 

 ――地雷を踏んだと間違いなく理解した。

 

「…………成人の儀も済ませていないお前が、俺を手伝うのか。」

 蒼衣は一呼吸、ゆっくりと吐き出す。そして寂しそうな貶しめるような顔でふっと笑った。

 露草は血の気が引く思いで絞り出すように蒼衣を呼び止める。

「あの、蒼……」

「笑わせるな。……お前に手伝える事は、何も無い。」

 露草の声をこれ以上聞いていられなかった。蒼衣は槍を畳むと納刀し、露草の顔を見ないようにして修練場を歩き去る。

 

 残された露草は深い深い溜息を吐き、その場にしゃがみ込んだ。

「…………やっちまった…。」

 露草が自己嫌悪に項垂れていると、しゃがみ込んだ足の間から土がモコモコと盛り上がる。

 やがてぴょこりと、柔らかな三角の耳が飛び出した。

「凄い音だったニャ。雷でも落ちたかニャ?」

「松……。いや、雷じゃ…なくないな。雷だわ。」

 それはこの修練場に開拓当時から住み着いている三毛アイルーの一匹だった。露草は特に馴染みのあるこのアイルーに名前を付けていた。

「僕らのお家、壊れちゃうニャ〜。」

「うん、悪い。」

「露ちゃん?」

「…………俺が悪い。……ごめんな。」

 本人が目の前に居なければ意味は無いと言うのに。露草は晴れない気持ちのまま、立ち上がって星の瞬く空を仰いだ。

 

 

 

 





第五話です。よろしくお願いします。
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