強い日差しが石畳を暖める正午過ぎに、山のように大きな草食獣であるポポが引く一台の竜車がカムラの里の門をくぐった。
「やーれやれ、やっと着いたね〜。」
竜車の中から爽やかな声がして、荷台の幌を指先でめくり外を覗いた。
カムラの里に到着した事を確認すると、竜車に乗っていた人物は晴れやかな声で一緒に竜車に乗ってきた少年達に声を掛ける。埃っぽい荷台の中でもそりと身動ぎをする二つの影があった。
「ウツシくん、カガミくん、里に着いたよ。」
ポポの歩みは遅いと言えども、竜車の到着が昼飯時を過ぎたのには理由があった。カムラ周辺、特に大社跡を抜けるには明け六を待つ必要があるからだった。
「やっと着きましたか…。」
「長かった…。」
六つ時を避ける草食獣のゆっくりとした歩みは年若い少年達にはいささか退屈で苦痛であったろうが、背に腹は代えられない。
交通の不便はかなりあるが、カムラの里を出入りする竜車の足には代えられないのだ。
爽やかな声の人物は、やや小柄な体躯を氷牙竜の意匠に包んだ薄茶の髪の青年で、ゆっくりと走行中の竜車から降りると荷台の中に居る少年達に声をかけた。
その青年の背には同じく氷牙竜の素材から作られた大盾が背負われている。槍の持ち手には赤い宝玉がゆらゆらと揺れて陽の光に煌めいていた。
「ウツシくん、カガミくん。この竜車、ゴコクちゃんの所にお願いできるかな?」
「はい。」
「任されました!」
荷台の中の少年達は元気よく返事をすると、そのまま幌の中に潜って行った。竜車の中にはたっぷりとした建設資材が隙間なくピッチリと積み込まれている。
草食獣の引く竜車は、ゆっくりと集会所建設予定地に向けてガラガラと車輪を回していた。
ゆるく手を振り見送った薄茶の髪の青年は踵を返し、久しぶりの帰省に弾むような足取りで目的地へと向かった。
「ハモンちゃーん、久しぶり。」
薄茶の髪の青年が向かった先は、カムラの里の中心のたたら場のほど近くに居を構える加工屋ハモンの所だった。
青年の底抜けに明るい声にハモンは驚いた様に顔を上げた。
「柊。帰ってたのか。」
「ゴコクちゃんから急ぎの手紙を貰ってね。割と近かったし、竜車手配して帰ってきちゃった。」
柊、と呼ばれた薄茶の髪の青年はそこで居住まいを正すとハモンに向かって深々と頭を下げた。
「神有が長男、柊。ただいまカムラの里に戻りました。………………手紙で読んだんだけど、なんかその、ウチの弟がやらかしたみたいね…?」
そうしてハモンは柊に小さな腰掛けを出し、竹で出来た水筒を渡し、柊が里を出ていた間の事を聞かせる。
ハンターズギルドからカムラの里に調査員が派遣されている事、柊の弟である蒼衣が初めてモンスターを狩猟し成人の儀を済ませた事、作れた装備が少なかったこと。
その中でハモンは改めて、蒼衣が修練場の打ち込み用の柱に穴を開けた事を柊に告げたのだった。
「……いや、もう、ほんとに…………ウチの弟がごめんね??」
弟のしでかした所業を聞いて、柊は目を泳がせてハモンに謝罪した。やんちゃな弟を持つ兄貴の宿命ではあるが、まさか修練場の柱に大盾の槍で風穴を開けるとは。
「気に病むな。どうせあの柱はその内折れると思っていたからな。」
「うぅん、そうかもしれないけど……。」
「……まぁ、あと二、三年は保つと思っていたが。」
「ゔぅ……本当に耳が痛い……。」
柊が水筒で口を湿らすと、ハモンは懐から一枚の絵を取り出した。
「これは?」
「…森から少し離れたところに無人の小島があるだろう?そこに新しい修練用の打ち込み柱ではなく、カラクリを作ろうと思ってな。」
そこでハモンは言葉を切ると少しだけ得意げに鼻を鳴らした。
「……どうだ?なかなかの恐ろしさだろう?」
そこにはモンスターを模した修練用のカラクリの設計図が描かれており、柊は感嘆の声を上げる。
「へー!これ動くの??うわー面白い!!これからハンターになる子達が使えるような設計図って事か〜!」
「何か意見はあるか?」
設計図の数字を読み取った柊がカラクリの感想を述べるとハモンは眼光鋭く尋ねた。
「えぇ……ハモンちゃんの設計に素人の俺が意見言ってもねぇ。…………でも、背中側はもっと合金貼って厚くしたほうが良いかな?」
「……その心は?」
「ハンターと対面したモンスターが常に後ろ向いてくれる訳ないでしょ。」
「うむ。確かに。」
ハモンとのほんの短いやり取りの間に、柊はハンターとして相当な経験を重ねてきた事を伺わせる。
何しろこの『神有柊』と言う男は初陣で寒冷群島まで足を伸ばし氷牙竜を狩猟した猛者なのだ。
本人曰く『偶然だよ〜。俺はたまたま運が良かっただけだから、他の子は絶っっっ対に真似しちゃ駄目だからね!』と宣っていたが、その感性は既に歴戦の狩人だった。
柊とハモンはそれからもう少し、カラクリの設計についての話をして、水筒の中身を飲み切った柊がゆっくりと立ち上がった。
「さて、と。お茶ご馳走様でした。俺は一旦家に戻るよ。ギルドから里に来てるお客さんにご挨拶はその後かな。」
「後で装備を預けに来い。お前の事だから整備は怠っておらんだろうがな。」
「うん。そうさせてもらうね。ハモンちゃんいつもありがとう。」
水筒をハモンへ返し、柊は久しぶりの家路に向けて踵を返した。
カムラの里の賑やかな大通りからは外れた、少し落ち着いた閑静な場所に建っている一軒の酒蔵。
神有酒蔵。柊はそこの長男であった。
「ただいまー。お兄ちゃんが帰ってきたよ〜。」
家の中へ声をかけて足具を外す。やがて家の奥からゆっくりと廊下を少しだけ軋ませながら、のっそりと巨躯の青年が顔を出した。
「……兄貴。」
「ただいま、蒼。良い子にしてたかなー?」
やや小柄な柊からすれば山のように大きな巨躯だが、それでも可愛い弟が出迎えてくれれば嬉しいもの。
自然に笑みが浮かんだ柊が大きな弟を見上げると、蒼衣の左腕に厚めに巻かれた包帯が目に入る。
「…………、……成人の儀おめでとう。お祝いに駆け付けるのが遅くなってごめんね。」
だが、その左腕の事には触れず、柊はまず弟が成人を迎えた事を言祝いだ。そして手に持っていた紙袋を蒼衣に手渡す。
「これ、お土産。枇杷を貰ってきたんだ。お兄ちゃんと一緒に食べよう。」
柊から手渡された紙袋を大事そうに抱えると蒼衣は小さな声で『……うん』とだけ返して家の縁側までのっそりと歩いていった。
氷牙竜の装備を外し、一式揃えて宅配アイルーにハモンの元まで届けてもらうよう頼んでから、柊はやっと人心地ついた。
後で集会所建設予定地の様子も見に行かなくてはと頭の片隅で思案しつつ、縁側で待っているであろう大きな弟の元へ早足で行く。
蒼衣は縁側に座り、大きな背中を小さく丸めていた。好物なのだから先に食べていれば良いのに、柊が渡した紙袋は口も開かれず縁側に鎮座している。
片手で苦労しただろうに、長旅で疲れているはずの柊の為にまだ湯気の立つ緑茶も二つ用意されていた。
「先に食べていても良かったのに。」
「……うん。」
そう声をかけて弟の隣、空いている座布団の上に胡座をかくと縁側に鎮座している紙袋の口を開けた。
良く熟れて甘い香りを放つ枇杷を弟の大きな手に一つ乗せてやる。そこで蒼衣はやっと好物の果物を食べ始めるのだ。
可愛いなぁ、と思いながら何時もであれば柊に分かる程度に微笑んで食べる弟がなんだかずっと沈痛な面持ちをしていると気が付いて、柊も枇杷の皮を剥きながら蒼衣に尋ねてみた。
「…………露と何かあった?」
「…………。」
余談だが、柊はカムラの里始まって以来の天才と言われる程、頭の回転が速かった。
だからつい。つい当たり前のように。
弟の表情や、仕草や里の状況から、最短で答えを導き出して辿り着いてしまった。
所謂、可愛い弟の大地雷を踏み抜いてしまったのである。
「……………………。」
蒼衣の枇杷の皮を剥く手が止まってしまったのを見て、柊は咄嗟に自分がやらかしたのを悟ったが後の祭りだ。
「あー……えっと、喧嘩、でもした?」
「……………………………………。」
言葉を重ねてみれば、表情が分かりにくい弟の表情が更に沈んだのを見て、流石の柊も目が泳ぐ。
幼い頃から感情の発露が苦手な弟の先回りは良くないと思いながら、落ち込む弟になんて声をかけて良いやらと柊は焦る。
押し黙る弟に柊は一層嫌な予感が過ぎり、つい口をついた。
「…………もしかして、暴力…」
「手は上げてない。」
きっぱりと蒼衣が否定すると、柊はひとまずホッとして胸を撫で下ろした。
「……手は上げてない、…けど、声を荒げて、修練場の柱に八つ当たりした。」
「……うん。」
ぽつぽつと胸中を吐露し始めた弟に、柊は静かに耳を傾けた。
「……八つ当たりしたい訳じゃなかった。」
「うん。」
「……俺は、情けない。」
縁側に用意された緑茶はゆっくりと冷め、温くなっている。
柊は皮を剥いた枇杷を口に放り込み、数粒の種を吐き出して、温くなった緑茶を飲み干した。
「……蒼は自分が恥ずかしくなっちゃったんだね。」
「……俺は兄貴と違って、要領が悪い。」
「お兄ちゃんは蒼に背丈をあっさり抜かれたんだから、比べちゃ駄目だよ。耳が痒くなっちゃうからね。」
紙袋から二粒目の枇杷を取り出して柊は蒼衣に尋ねてみた。
「蒼はさ、露と仲直りしたい?」
「………………。」
先程よりはいくらか晴れた表情で、沈黙を選んだ弟に柊は心の中で『可愛いなぁ、もう』とこっそりと呟いた。
第七話です。よろしくお願いします。