告白された事を依存度高めの天才幼馴染に伝えたら催眠アプリを突き付けられた 作:じゅうぜん
「お邪魔します! ……って先生はいないか」
桃瀬さんと学校に着いてすぐに保健室へとやってきた。
まだ始業時間の三十分前ほど。担当の先生はいないらしい。職員会議とかかな?
「先生いない時は名簿だけ書いとけば使ってよかったはずだよ」
言われて桃瀬さんはそういえば保健委員だったなと思い出す。
クラスが決まった始めの頃に保健委員になっていた記憶がある。あれはたしか四月の頃だ。
……数ヵ月前は思い出せるのに、昨日のことが思い出せないのはなんなんですかね。
桃瀬さんが名簿に名前を記入しつつ、ふともじもじしながら口を開く。
「い、一応、一応ね? 念のため確認なんだけどさ」
ちらりとこっちを窺いながら、か細い声で問いかけてくる。
「今って二人きり……ですね?」
「え、そうですね……?」
しかし意図が全然わからない。急になんの確認なんだ。たしかに二人きりではあるけれど。
何も言えずにいると桃瀬さんが取り繕うように首を振った。
「ご、ごめん、なんでもなかったかも」
「……そう?」
「うん。……あれ……今日はそうなんだ……」
今日は?
ちょっとだけがっかりしたような雰囲気だ。何の事かわからないけど説明はないらしい。
(もしかして……告白の返事を聞きたかったとか?)
たしかに告白の返事をするなら二人きりが望ましい。今だって別に返事を伝えることもできるだろう。
ただ朝も歩きながら返事のことを考えていたけど――どうしてか『告白の結論がまとまらない』からまだ先延ばしにせざるを得なかった。
それも伝えておかないとな。
「ごめん桃瀬さん。告白の返事……テスト後でもいい?」
「へ? あ、うん。それは平気だよ」
「……ありがとう。ごめん」
二日も待たせてしまっているのにさらに伸ばすのは申し訳ない。
でも告白の返事を考えようとするとなぜか上手く考えられなくなるのだ。頭の中がぼんやりとして遠くから変な間の抜けた音が聞こえるような気もして……。
たぶん勉強の事も考えなきゃいけないせいで上手く頭が動かないんだろう。
そう思って、いっそのことテストも全部終わってから答えようと決めた。
桃瀬さんが怪我した足に自分で消毒液を塗って、絆創膏を貼る。
「終わったよ、ほなみん着いてきてくれてありがと」
「いやごめん。結局なんにもしてなかったな」
本当に着いてきただけだった。桃瀬さんが処置してるのを眺めていただけである。
「ううん、心配してくれて嬉しかったから」
「教室行こうか? ちょっと勉強とかもできそうだし」
「……そう、だね」
戻ろうとしたけど、桃瀬さんが立ち上がろうとしない。
「桃瀬さん?」
どうしてかじっと俺のことを見つめている。
「ほなみんとこうして喋れてるの不思議な感じ」
「不思議?」
「自分で言うのもなんだけど、わたしって急に告白してきた奴じゃん? そんな人といるのって気まずいと思うんだ。でも昨日も今も受け入れてくれてさ」
「そうかなぁ……」
本来はそうなのかもしれない。でもこの関係は桃瀬さんのおかげで成り立ってるようなものだと思う。
俺が返事を後回しにしているのが原因の一つでもあるんだし。
「それなら桃瀬さんだって俺が返事を引き延ばしてるのに話しかけてくれてるよ」
「そう? でもわたしはだって、ほなみんと喋れたら嬉しいから」
はにかんで言われる。不意打ちの好意を向けられて戸惑ってしまった。
桃瀬さん、告白してから気持ちを伝えることに躊躇いが無いんだよな。隙あらば好きだという感情を伝えてくる。流石にこの状況でいつも通り立ち回るのは厳しい。
むずがゆくなって視線を彷徨わせていると、桃瀬さんがふとつま先に視線を落とした。
「最初は絶望してたんだよ。告白してすぐはもう喋れなくなるかもと思ってたし」
「喋れなくなるかは……」
「わかんないけど、でも考えてたら
それを聞いた瞬間、ぱちっと頭の中の何かにスイッチが入る感覚がした。
「……
それから頭の奥から音が響きだす。
みょんみょんみょんと響く間の抜けた音。
寂しい。寂しい。寂しい。
そういう時は何をするんだっけ。
思考がぼんやりと空に飛んで、一つの命令が浮かび上がる。
――寂しいと言った時には頭を撫でる。
そっか、
桃瀬さんの手を掴んだ。
「桃瀬さん、こっち来てくれる?」
「え?」
そして桃瀬さんの体をゆっくりと倒して俺の膝に乗せた。
ぽかんとしていた桃瀬さんが、はっと意識を取り戻して叫んだ。
「ひ――膝枕されてる!? な、なんで!? いきなり何!?」
「ごめん……寂しくさせて」
「寂しいのはいいけどこれはなに!」
「いや、寂しくさせたら頭を撫でないと」
「……そ、そんな当たり前みたいな顔で言われても困るんですけど!?」
どうしたのかと首を捻りつつそっと頭を撫でた。髪はミオよりも少しだけふわふわとしている。桃瀬さんは「あー……」とか「うぅ……」とか声にならない声を上げながら目をぐるぐるとさせていたけど、最終的に両手で顔を覆った。
「……ほなみんのことがわかんないよぉ」
「……難しいこと言うね」
俺も最近、自分のことを謎に思うことが増えた。今朝も何か変だなと思ったような気がする。あれはなんだったか。でも今は思い出すよりも頭を撫でるのが大切だ。
頭を撫で続けていたら、少しして桃瀬さんが大きく息を吐いた。
そして不意に――俺の手をそっと掴む。
「……桃瀬さん?」
動かしていた手が止められる。これだと撫でられないんだけど……。
「電車の中で聞きたいことあるって言ったの覚えてる?」
「あ、うん。でも手がこれだとちょっと動かせなくて」
「ほなみんはテスト終わったら何する予定?」
俺の言葉がスルーされてしまった。
テスト後の予定。予定か……。今の所は特に何もないはずだ。ミオとプリクルを見返すぐらい?
「特に予定はないかな……」
「じゃあ――デートしよ?」
「え?」
思わず呆けた声を出してしまった。
真下に寝ころんだままの桃瀬さんが上目遣いで見つめてくる。
「嫌?」
なぜか喉が渇くのを感じた。
「嫌じゃないよ、もちろん」
「ほなみんはテスト後にお返事くれるんだよね」
「うん、そのつもりではある」
「じゃあデートしてそこで教えて?」
普段よりも強気だ。そして視線の引力から目が離せない。撫でなきゃいけないという命令が頭で鳴っているけど、それが抑え込まれるくらいには桃瀬さんに引き込まれている。
「……なんでデート?」
「告白の時に失敗したなって思ってたんだ。だって今まで二人で出かけたことなかったじゃん。機会はありそうだったのに、恥ずかしくて誘えなかった。本当はほなみんとずっと一緒に出かけたかったのに」
「そう、なんだ」
「ちなみにプリクルの映画がちょうど日曜日に始まるみたいだよ」
「たしかにそうだよね」
前々からその情報は見ていた。告白が無かったら誘っていたかもしれないけれど。
「行こ。二人で」
いつの間にか手に桃瀬さんの指が絡められていて、言葉と同時にきゅっと握り込まれる。返事を催促しているみたいに。じっと見つめてくる瞳に意識が囚われてしまう。
断る理由は特に無かった。むしろ冷静に考えたってありがたい申し出だ。返事をするタイミングを桃瀬さんが用意してくれている。俺もいつまでも引き延ばすわけにはいかないんだから、ここに狙いを定めた方がいい。その日までに返事をまとめる。答えを伝える。それが一番いいんじゃないか。
「わかった。行こう……映画鑑賞会だね」
「映画鑑賞会?」
ぱちりと桃瀬さんが瞬きをする。いや別に深い意味があるわけじゃない。
「いや……ちょっとデートって恥ずかしくて言いづらさがあって」
「ふふ、なにそれ。いいよ、名前はなんでも――けど」
繋いでいた手が緩やかに滑って桃瀬さんの小指が巻き付いてくる。
小指と小指が結ばれる。指が約束の形になる。
桃瀬さんが呟く。
「絶対、約束だよ」
頷いて、それから思う。
ああ、頭を全然撫でられていなかった。
寂しくさせた時は頭を撫でないといけなかったのに。
こうして俺はテスト後に桃瀬さんとデートをする約束をした。
ベッド脇のリュックについたルクスのぬいぐるみから、何かずうっと変な音が漏れていたことには気づかないままだった。