告白された事を依存度高めの天才幼馴染に伝えたら催眠アプリを突き付けられた 作:蝉連山
眠たい目を擦りつつ、ミオに呼び出されたので部屋に向かう。
「……発明品って言ってたな」
急に何のことかと思うが、あいつが発明品を作るのはこれが初めてじゃない。
前にも急にインスピレーションが湧いたとかで、表から数えると52枚、裏から数えると53枚になるという『七不思議トランプ』とか、誰が投げても絶対失敗しない『自立式お手玉』とか、本当に何に使うのかわからないような物を作っていた。
(またくだらないやつか……?)
それよりも昨日、最後に見たミオはずいぶんおかしな様子で部屋に引きこもっていた。そっちの方が不安だ。あいつは大丈夫なんだろうか。
眠気でぼやける頭で考えながらミオの部屋に入ると、
「ほなみぃ……きてくれたんだぁ」
「おわ」
散らかった部屋の真ん中にミオがいた。立ち並ぶモニターの青白い逆光の中で亡霊のように浮かび上がっている。
「だ、大丈夫か? お前とんでもない顔してるぞ」
「そぉ? 平気だよ、穂波がきてくれたから、もう平気、うん」
めちゃくちゃ平気じゃなさそう。
ほぼ寝てない俺より数段以上、顔色が悪い。
「どうしたの? たちどまってさ……」
しかも部屋がすごく汚い。エナドリの缶がそこら中に無造作に散らばっている。
こいつ、徹夜してたのか?
「こっち、おいで?」
「え? ――っておい!」
焦れるように腕を引かれて、ベッドに押し倒された。
ミオの力は弱いけど、こっちも寝不足の影響が出ていて抵抗できない。
そのままミオが体の上にのしかかってくる。
顔を寄せて長い髪が頬を刺した。熱っぽい息が額に触れてる。
「……あのね……? 私かんがえたんだけどね?」
「……おい、ミオ?」
「穂波は、ずーっと傍にいてくれるとおもってた。けどそうじゃないよね、穂波には学校があって、ふつうができるでしょ? まちがってたの。ぜんぶ思い込みでさ……」
「ミオさん? おーい」
「そうしたら穂波がいないのがちょっと不安で」
昏い虹彩が鈍く光って、奇妙な熱を帯びている。
なぜかその視線に囚われて目が離せない。
「ほけんがいるなぁ、って」
ミオが体を起こす。
モニターの光だけが浮かぶ薄暗い部屋。
ミオの手に持つスマートフォンが煌々と光を放っていることに気づいた。
「じゃーん。……今回の発明品はこちらー」
「……まさか、スマホ作ったのか?」
「ぶぶー……ちがいまーす。アプリだよアプリ」
ミオの口調は柔らかく、浮かぶ笑みはひどく優しい。
それなのにぞわりと背筋に冷たいものが走る。
「……どんなアプリなんだ?」
「催眠アプリ」
「は?」
いきなり変な言葉が聞こえて硬直する。
「だから……催眠アプリだよ」
「いやまさか……」
いくらミオだからと言ってそんなことあるわけ……。
(…………)
……まさか?
「嘘だと思う?」
理性ではあり得ないと思っている。
でも頷くことも、首を振ることもできない。
それから、逃げることも。
「嘘だと思うなら――試してもいいよね?」
「ちょっ……待っ……」
腰の上に座ったミオが、ゆっくりスマホの画面を差し出してくる。
そこには紫色の背景にハートマークが映し出されていて――。
(――あれ? これ、マジで)
ハートマークから目を離せない。
周囲の音が遠退いて、ハートマークが何個にも分裂して見える。
みょんみょんみょんみょんと頭の中で間の抜けた音が何重にも響いていて。
(吸い込まれ――)
◆
目の前で穂波がぐったりと意識を失う。
成功したんだと理解した途端、心臓が大きく高鳴った。
「本当に――できちゃった」
一度、胸に手を当てて深呼吸をする。
慌てちゃだめだ。まずは様子を確認しよう。呼吸は大丈夫。目の前で手を振ってみる。……反応はない。目は虚ろ。焦点が合ってない。想定通り、意識だけが朦朧とした状態になっている。よかった。第一段階はクリアしている。
そこでようやくほっと肩の力を抜いた。
「あは……」
誰かに取られるくらいなら、と思って作った催眠アプリ。
本当は昔から頭の片隅にアイデアはあったのだ。でも穂波がダメって言うと思って作らなかった。だって穂波に怒られるの嫌だし。嫌われたくないし。
でも穂波が他の女の子のところに行くなら話は別。
「告白なんて……受けちゃダメだよ」
ぐったりしている穂波に語りかける。当然、返事はない。力が抜けて穂波の意識は溶けている。すごく無防備だ。こうして眺めていると成功した安堵以上に――別の感情がどくんと湧き上がってくるのがわかる。
「ほなみぃ……」
間近。吐息が触れるくらいの距離。
こんな距離でも反応しない。当たり前だ。だってそういうアプリなんだから。穂波は今、ほとんど意識を失っている状態だ。脳からの命令をスリープさせて、外からの命令を待っている。だから、何しても気づかない。
「起きないと唇がくっついちゃうよー……?」
穂波は黙っている。頭の奥がびりびり痺れてきた。……あーあ。せっかく呼んでるのに。警告はしたのに。ほら穂波が起きないからなんでもされちゃうよ。それで学校も遅刻して、このままずーっと二人だけで――。
ごくりと唾を飲み込む。
「……なんてね」
催眠アプリを使えば、相手に命令を埋め込める。
つまり今は穂波になんでも言うことを聞いて貰える状態だ。
……でもここから先、もしかしたら上手く作動しない可能性はある。息を吐いて、心臓の鼓動を落ち着ける。まだ検証段階なのだ。慌てない慌てない。もし穂波に今意識があったらとんでもないことになってしまう。
一応、簡単なテストみたいな命令だけにした方がよさそうだ。別にへたれているわけではないですけどね?
「……まあ成功したらこの先何回でも機会はあるもんね」
ひとまず告白のことをどうにかするのは確定として。
あとは……ちょっとした我が儘でも聞いて貰おうかな。
◇
(――ん?)
眠りから覚めたような感覚で、一瞬頭がくらっとした。
目を閉じて頭を押さえる。
「……あれ俺、今何してたっけ……」
直前の事が思い出せない。
ミオに呼び出されたのだ。発明品があると聞いて……部屋まで来て……それから、
「――穂波?」
目の前、息が届くような距離にミオがいた。
こくりとつばを飲み込む音が聞こえる。
「……ミオ?」
「あっ……ごめん。平気? 頭抑えてたけど」
「……ああ。一瞬くらっとしたけど、もう大丈夫だ」
なんだろうこれ。寝不足っぽいな。夜更かしはやっぱりよくない。
というか……なんでここに来たんだっけ。
そこで頭に一瞬、もやがかかった。
頭の奥の方で、みょんみょんみょんという音が聞こえる。
目の前のミオと、俺を見比べる。
あ、いつもやってる
「……そういえば二人きりだし――
すぐ近くにいるミオに向けて
「ふ、ふぁ!」
「なんだその変な声は」
「こ、これって……もしかして?」
「いや……ほんとにどうしたんだ?」
怪訝な目を向けて、呟く。
「――『二人きりの時は相手が満足するまでハグ』、いつもしてるだろ?」
ミオがはっと慌てた様子でかくかく頷き始めた。
「うんうんっ、そう! そうなんだよね!」
「……なんだそのテンション」
「や、これはテストプレイ成功で嬉しいというか、ボディタッチ久々すぎてびっくりというか、これならもっとオプション入れとけばよかったというか……」
「何言ってんだお前……ってか、あれ? もうこんな時間か」
ずいぶん早く部屋に来たつもりだったのに、いつの間にか時間が経っている。この調子だとさっさと準備をしないと遅刻してしまうかもしれない。
ただ、
「遅れそうなんだけど……満足したか?」
「うん……あ、いやあと一分! 一分だけ!」
「はいはい……」
腕の中で「ふへへ……」と蕩けた声を出すミオを、きっかり一分ハグし続けた。
なんか今日のミオもかなり変だな。
こいつもやっぱり寝不足だろうか。昨日の夜よりは元気みたいだけど。
「ねえ穂波?」
「ん?」
「昨日の告白の返事って……どうするんだっけ?」
「あー……」
急になんでそんなことを聞くんだろうとも思ったけど、すぐにぼんやりして消えていく。
告白の返事。返事ね。
それも昨日考えたのだ。朝方近くまで考えて――。
「『考えつかなかったから、今日は保留にしよう』かな」
「……そっか」
なぜか嬉しそうにミオが口の端を釣りあげた。
どうしたんだろう。やっぱり変だな。
首を傾げながら、俺は学校に行くために部屋を出るのだった。
◆
部屋を出ていく穂波を見送って、ミオはアプリの成功に拳を握りしめていた。
口元を抑える。でもにやける顔が止められない。
「ふへへ……」
だって、うまく行ったから。
穂波が私の言うことを聞いてくれたから。
「これでずっと一緒だよね……♡」
窓の外から学校へ歩いていく穂波を見送る。
今日は『クラスメイトの告白を保留にすること』と『二人きりの時は満足するまでハグをする』という二つだけの催眠にしておいた。
ちょっと弱めの命令なのは、一応バレた時のことも考慮しているからだ。
もしバレたとしてもこれぐらいならきっと怒られるくらいで済むだろう。別にへたれたわけではない。
重要な催眠は慎重にやるべきなのだ。
間違っても嫌われたりしないように。
バレて、嫌われて、関係が崩れるのが一番嫌だ。
(今日はこれで十分)
でもすごく、ほっとした。
これがあれば穂波と一緒にいられそうだ。
次は他の女の子の告白なんてすぐ断ってもらうからね。
「……穂波がいけないんだから」
安心したら眠気が襲ってきて、吸い込まれるようにベッドで横になった。
丸くなるとすぐに眠気がやってくる。徹夜のせいだ。流石にもう眠たい。
けれどその時はまだ気づいていなかった。
今日の命令の対象が自分限定にはなっていないということを。
「ふぁ……流石に眠いかも……」
そんなことには気づかず、ミオは深い眠りへと沈んでいくのだった。