告白された事を依存度高めの天才幼馴染に伝えたら催眠アプリを突き付けられた 作:蝉連山
部室で
「え、えっと……穂波くん……?」
「どうしました」
「どうしましたではないけれど……!?」
先輩が珍しく弱々しい声でぼそぼそと呟く。
一体どうしたんだ。こっちはハグをしてるだけなのに。
「その……穂波くんはいったい、なにを……?」
「ええと二人きりの時は相手が満足するまでハグしてるだけですが……」
「ま、満足するまで……ハグ……?」
腕の中で硬直している先輩の様子を窺う。
先輩は俺の顔を見つめ、自分を抱きしめてる俺の腕を見つめ、ふと顔を上げた。
「……え、まさか?」
そしてまたじっと俺を見つめてくる。至近距離の先輩なんてかなり珍しいから流石にどきどきしてきた。だいたい先輩とは一個テーブルを挟んで座っていたのだ。近くで見ると先輩の顔の整いようがよくわかる。ミオで美少女は見慣れていても、こう近いと……って別にいつもやってるのになんでこんなに慣れてないんだろう俺は。先輩がつばを飲み込む。
「……穂波くん?」
「はい」
「……穂波くんはこの状況、違和感はないんだね?」
「違和感?」
この状況とは何を指すのか。先輩はなんだか顔が強張っていて赤いけどそのくらい。俺は二人きりだから相手が満足するまでハグしてるだけだ。
「……特にはないですけど」
「そ、そうなんだ!」
先輩の声がちょっと裏返っていた。そして口の端っこがむずむず動いている。……え? なんか笑ってる?
「確認しよう。念のため。念のためね?」
「はあ」
「君は、二人きりの時は相手が満足するまでハグしてるだけだよね?」
「そうですね」
「つまり、満足するまではハグが続く――ということだよね?」
「もちろんですが……」
そんな当たり前の事をどうして聞くんだろう。
「よ、よし」
霧坂先輩は一つ息を吐くと、そのままゆっくり俺の腕に体を預けてきた。
「ふふ……なら、こうしても変じゃないよね? 穂波くん?」
「変じゃないですけど、大丈夫ですか? なんか楽しそうですね……?」
「ふふふ……ああ。大丈夫だ。ふふ……ほら穂波くん、まだ満足してないから、ハグは終わっちゃだめだよ……」
「それはそうしますけど……」
どうしちゃったんだろう。
霧坂先輩はいつも冷静沈着だと思っていたはずなのに。
「も、もうちょっと強くとかできるかな?」
「できますけど」
「ひゃっ……ふ、ふふ……上手だよ穂波くん……! うふふふ……!」
「…………」
疲れてるんだろうか。
(生徒会長の仕事ってそんなに激務だったんだな)
俺たちは先輩に仕事を任せ過ぎていたのかもしれない。
労わろうともう少し優しめにハグを強めたら「ひゃ……」とまた可愛らしい声を出してしなだれかかってきた。
これからはもうちょっと先輩を労わろう。
◆
穂波くんが帰った後、部室で椅子の背にぐったりともたれかかっていた。
ここにはもう誰もいない。私もすぐに帰らないといけない。
でももう少しだけ一人で余韻に浸っていたかった。
(まさか……こんな役得に出会えるなんて)
突然可愛い後輩が抱き着いてきた時は何事かと思った。
本当に驚いた。
後ろから手を回されて、抱きしめられる。私の妄想していたことが具現化したみたいだった。
別に後ろからぎゅっと抱きしめてほしいなぁ、と具体的に思っていたわけではないけど。
可愛い後輩ともう少し近くで触れ合いたかったのは間違いない。
それがハグという形で出てきたのは最高だった。
(……誰がやってるかは気になるけどね)
彼が言っていた『二人きりの時は満足するまでハグ』という条件。
まさか彼がとぼけて言ってるわけじゃないだろう。
そんな子じゃないのは知っている。
急いで探るべき? ……でもヒントがない。ハグに気を取られてそんなことにまで頭は回らなかった。
(もう少しだけ、様子を見ようかな)
まあこれが悪い方向に向かうなら止めるべきだけど。
そうならないならそれはそれでいい。
私は生徒会長でもあり、周りからの目も気にしているけれど、別に善人というわけでもない。
可愛い後輩をもう少しだけ堪能したいという気持ちは、それを抑えようとする理性より勝っている。
君の前でだけは完璧で美人な生徒会長でいられたらいいと思っていたけど。
「――君が悪いんだよ、穂波くん」
◇
しばらく先輩のハグを続けて、暗くなり始めたころに解放された。
文芸部は秋元先輩がいなくなると、俺と霧坂先輩くらいしかその場にいない。
なので先輩が
先輩の方も想定した以上に時間が経っていたようで、申し訳ないと謝ってくれた。
きっと毎日、生徒会の業務で疲れているんだろう。それ自体は全然問題はないけど。
(ミオが怒るかもなぁ……)
今日はミオの家で俺が夕食を用意する日である。
材料は買ってあるけど、普段なら後一時間は早く帰ってたのでもう夕飯を食べている時間だった。
「ただいまー……」
しん、とした東雲家へと合鍵で入る。
二階建ての一軒家。中は明かりも付いてなくて暗い。
まぁ、暗いのはここの唯一の住人がだいたい自室に引きこもってて勿体ないから消してるだけなんだが。
そんな東雲家の玄関に上がったところで、なぜか廊下の隅にミオが体育座りでぽつんと座っているのに気づいた。
「え、ミオ? そこで何してんだ?」
「…………穂波?」
「おお、ただいま」
「――穂波ぃ!」
急に立ち上がって俺に抱き着いてくる。
「か、帰るの遅いよぉ……! なんで連絡しないんだよぉ……!」
「ああ……ごめん。丁度手が空いてなくて」
本当は遅くなると連絡を入れようとは思ったのだ。
けれど霧坂先輩にハグをしていたのでスマホは開けなかった。
ハグしながらでは画面も見られ放題だし、意識が散漫になるのは目の前の相手に失礼かもしれないと思ったのだ。
「手が空いてなかった……?」
それを聞いて、ミオがふと俺の制服に顔をうずめる。そのまますんすんと犬みたいに鼻を鳴らして、
「……他の女の匂いがする」
「え?」
「ねえ、もしかして穂波――他の女の人といたり……した?」
「そうだけど……お前匂いでわかったのか。すごいな」
犬じゃないんだから……と言おうとして、ミオが能面みたいな顔になっているのに気づいた。
「へえ」
あまりにも平坦な声。何その声。お前そんな声出せたのか。
「……どうした?」
「ううん……もしかしてだけどそれ、告白してきた人じゃないよね」
「いや、さっきまでいたのは別の人だけど」
「別の人? ねえ、まさかだけどさぁ」
ミオの目が大きく開かれて。
「──ハグとかしてないよね?」
「え?」
……なんか、怖い。
なんか瞳から虹彩が消えてて怖い。
低い声で喋ってるミオの肩に手を置いて、一旦引き剥がす。
そもそも朝からミオは様子がおかしかった。何か悪戯とか仕込んでるんじゃないだろうな。
「ミオ」
「……なに?」
「お前朝から変だぞ」
「…………えっ、変?」
「もしかしてまたなんか隠してないか?」
そう尋ねた途端、猛烈な勢いで目が泳ぎ出した。
「か……隠してないよ! 別に何か隠してたら桜の木の下に埋めてもらっても構わないし」
「それは隠してるやつだろうが!」
(……絶対なんか隠してる)
隠していることはわかる。
めちゃくちゃ目が泳いでるし、声が揺れてるし。
だがこういう時のミオは問いただしても何も言わない。頑固な所があるのだ。
「……ミオ?」
「か、隠してないもん」
どう見ても何か隠してる顔で目を逸らされる。
肩を落として、ため息を吐いた。
これは答えを貰えそうにない。
「……はいはい、わかったよ。じゃあ夕食作るから一旦どいてくれ」
「…………」
いつもならどいてくれるのに、ゆっくりと首を振られた。
抱きしめたままの手はほどかれていない。
「ミオ?」
「……今日は、作んなくていい。何か注文しようよ。出前とかで」
ミオがゆっくり腕を背中に絡めてくる。
やっぱりどうも様子がおかしい。
「……遅れたの、怒らせたか?」
「ううん、怒ってない。怒ってないよ――けどね」
耳元で呟く声は、いつもよりも低い。
「他の女の子と一緒にいたんだよね?」
「まあ」
「じゃあその分、満足するまでハグしないと」
「……俺、課題とかあるんだけど」
「私がやってあげる」
「……お前の脱ぎ散らかした服の洗濯とか」
「それも後でやろう?」
抱き着かれていて、ミオの表情は窺えない。
けれどなぜだか背中に冷たい物が走る感覚があった。
静かな声が鼓膜を揺らす。
「――上書きしないとだから」
細い腕が背中をつたって首に絡みつく。
「……なにを?」
「ハグして穂波。いつもみたいに。できるよね?」
「そりゃできるけど」
「
はいはい、と頷いてハグの力を強めた。ミオの引きこもって不摂生な体はずいぶん細い。桃瀬さんも先輩も細いが、ミオはもっと細い。一部は育ってるけど。……ん? ミオはともかく、二人が細いとか知ってるのは変だよな。いやハグをしてるから別に?
なんて考えてたら耳元で囁かれる。
「今、他の女の子のこと考えた?」
「……いや?」
「嘘」
言いながら脇腹をつねられた。なんでバレるんだ。
「寝る時もぎゅーしててね」
「……まぁ、それで満足するなら」
……あれ。
頷きながら、思う。
今のやつ、この前は断らなかったっけ……?
ぼんやりした記憶に腑に落ちない物を感じながらも、俺は要求通りハグを続けるのであった。
昨晩のことですが日間総合1位に到達しておりました
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