告白された事を依存度高めの天才幼馴染に伝えたら催眠アプリを突き付けられた 作:蝉連山
穂波と初めて会った時のことを思い出す。
あれは、私たちが六歳の時だった。
うちの東雲家が引っ越してきて、水村家の隣になったのがきっかけ。
『明日、お隣さんにご挨拶しに行くからね』
『同い年の男の子がいるみたいだよ』
両親にそう聞いて……私はとても怯えていた。
その頃の私はすごく臆病だった。
臆病すぎて、当時は両親も含めてほとんどの人と喋れないくらい。
両親は病気を疑っていたけれど、診てもらった結果はそうじゃなかった。
――病気ではないけど、感覚が鋭いのかもしれないね。
お医者さんにはそう言われた。
――そのせいで相手の表情の変化を察知して、違和感に怯えているのかも。
たしかに私はおかしな子供だったから、よく変な目で見られた。
他の同年代の子と比べたら明らかに変だ。当時は買ってもらったパソコンやゲームでよく遊んでいたけど、普通の子供は長いプログラミングの文字列を見て目を輝かせたりしないし、ゲームをバグらせてシナリオ上死んだ人をレベルカンスト状態で生き返らせたりしない。
それなのに「ふつう」はできない。
幼稚園に通うこと。その中で友達を作ること。先生の話を聞くこと。両親の言いつけを守ること。夜は寝ること。朝は起きること。ご飯は食べること。散らかしたら片付けること。みんなと同じにすること。
私は小さい頃から浮いていた。
周りの目は、私のことを色んな感情を持って見つめる。
嫉妬、疑問、恐怖、困惑、警戒、諦念、憐憫。
理解できない物を見るような目で見る。
それが怖いから――私はずっと他人の目に怯えていた。
けれど。穂波だけが違った。
「え、そのゲームなに?」
初めて会った日。私が一人で逃げるようにゲームをしていたら穂波が駆け寄ってきた。私が勝手にプログラムを組んで作ったあらゆるゲームのキメラみたいな謎のゲーム。その画面を見て純粋な瞳で呟く。
「なにこれ初めて見た! めちゃくちゃ面白そうじゃん!」
そして私の目を見た。
穂波の目は期待と高揚でキラキラ輝いていた。他の人みたいな理解できない物を見る目じゃない。気を遣うような様子でもない。
(みんなと、違う目だ)
手を伸ばしそうになる。
でもそこでうちの両親が言った。
『それはミオが作ったんだよ』
『こんなゲームは普通、無いよね』
『穂波君からも「ふつう」にするように言ってあげてくれない?』
高まりかけた気持ちが沈んでいく。
ああ、私は「ふつう」じゃないんだ。
(どうせこの子も同じだ)
「ふつう」じゃない私は誰にも受け入れられない。だから両親はいつも溜息を吐いてる。私のことわかってくれる人なんていない。機械だけ。機械だけは私の入力に正しく出力してくれる。私はみんなと違う。嫌だ。もう。私を受け入れてくれる人なんてどこにも。
けれど彼は首を傾げた。
「え? こんなすごいのになんで普通がいいんですか?」
あっけらかんとそんなことを言って、私に振り向いた。
目を白黒させている両親を無視して、さっきよりもずっと意思の籠った強い瞳で私の手を取った。
「これ、きみが作ったの?」
「うん……」
「じゃあ――もっとすごいじゃん!」
私の胸が、高く鳴った。
ずっとずっと、誰かにそう言ってほしいと願っていた言葉だった。
自分を認めてもらうのも、作った物を誰かに褒められるのも、全部初めての経験だった。
「……や」
「ん?」
「やって、みる?」
「いいの!」
――そうして私は穂波と仲良しの幼馴染になった。
穂波のおかげで、私はずいぶん「ふつう」の人間らしくなれたと思う。
両親は最初、穂波のことを鼻白んでいたけれど、二人の理想通りに改善していく私を見て考えを改めたようだった。
全部、穂波と一緒にいるためだった。
まあ結局学校は色々あって行かなくなったし、両親は今のところ家にはいないけど、穂波がいればよかった。
穂波はあの時からずーっと一緒にいてくれてる、優しい幼馴染。
いろいろあって私が学校に通うのをやめても、こんな自堕落な生活を続けていても、まだ幼馴染の関係でいてくれている。
きっとこのままずっと穂波は一緒にいてくれると思っていた。
思っていたんだけど。
◆
告白をされたと聞いて、いてもたってもいられなくなって、穂波に催眠を掛けてしまった。
徹夜で作った催眠アプリ。
過去に使っていた技術が流用できて、なんとか形にできた。
催眠はちゃんと成功した。それは朝に確認した通りだ。まだ催眠は続いているみたいで、穂波は私が言った通りにずっと抱きしめてくれている。普段は聞いてくれない我が儘もちゃんと答えてくれる。
けど、あまり気分は晴れない。今日は他の女の子と一緒にいたらしいから。
幸か不幸か、ハグをしたことで別の匂いが混じっているのに気づいてしまった。
(穂波って結構モテるのかな)
普段の穂波は、あまり学校での話はしない。
それは私が学校にあまり良い思い出がないせいだ。
私の方も勉強以外で学校のことなんて聞きたくないと思っていたけど……こんなことなら、もっと前から聞いておけばよかった。
「穂波、モテるんだね」
「……否定したいけど、告白されてるからなんとも言いづらい……。てかピザ食べにくいんだけどそろそろどかないか?」
私は穂波の膝に乗って、ネットで頼んだピザを食べている。
チーズが伸びるやつだから、膝の上に座ってると穂波は食べづらそうだ。
「やだ。まだ
「……チーズ付いても文句言うなよ」
「そしたら穂波にお風呂で洗ってもらう。それで既成事実を作れば婚姻届に署名もさせられる。これが天才の発想なんだよね」
「座っていて大丈夫です」
穂波を背中で堪能しながら、さっき教えてもらった話を反芻する。
どうやら穂波には学校で二人くらい仲の良い女の子がいるらしい。
その内の一人が告白してきた子。
あとの一人は生徒会長。
(生徒会長なんて、そんな人と接点あるんだ)
たまたま部活が一緒だったみたいだけど、ずいぶん面倒を見てもらってるらしい。
告白してきたクラスメイトの子の話も聞いた。どうやらプリクルの話で仲良くなったようだ。穂波に勧めたのは私なんだけどな。
ふと思いついたことを口にしてみる。
「穂波さ……私のヒモにならない?」
聞いたら、穂波がごほごほとむせた。こぼしては無い。えらい。
「きゅ、急になんだよ。さっきから婚姻とかヒモとか」
「ごめん間違えた。お金出すから学校とか行かないで、家事とか全部やってほしい。一種のアルバイト。社会経験。どう? 今なら超絶美少女も付いてくるし」
「……お前の世話が社会かどうかは怪しいし、しかもそれはほぼヒモだろ」
超絶美少女にツッコミが無いことはちょっと嬉しい。呆れられてるだけかもしれないけど。
困ったような顔をしてるから、もう少しだけ押してみる。
「うぃんうぃんだと思うけどなあ……?」
冗談めいた声音に、少しだけ本気を混ぜて。
頷いてくれたら話は簡単だ。穂波の生活は私がこの先ずーっと安泰にさせるし、私のメンタルもずーっと安泰になる。それがお金で済むなら何も問題はない。
でも穂波は変わらず眉根を寄せていた。
「いや……流石に学校は行くよ。というか、お前の世話なら毎日してるし」
「…………ま、そうですよね」
「なんなんだよ」
「なんでもなーい」
怪訝そうな穂波の視線はスルーして、残ったピザを口に運んだ。
これで頷いてくれるなら催眠アプリはいらない。
お金なら稼ごうと思えばきっと幾らでも稼げる。
でもそれだけじゃだめなんだ。
穂波をとられないためには。
(保険はある……けど)
穂波と一緒にいた時間は、他の誰よりも私の方が長い。
この時間と関係を覆すことはできないはずだ。
加えて切り札の催眠アプリまである。
盤石な構えなのだ。
それに――催眠された穂波は
だけど、安心はできない。
学校での穂波は私にとっては未知なのだ。
……外の世界は嫌いだ。
でも穂波がいる場所のことは知っておきたい。
(……少し無理をしても、探ってみた方がいいかも)
◆
寝る時間までずっと穂波にくっついて過ごした。
一緒に家事もやったし、宿題も詰まってる所は教えたりした。
穂波が帰ってきた直後は胸がもやもやしていたけど、背中からも前からも抱きしめられて、新婚さんみたいだと思ったらとても気分はよくなってきた。
寝る準備をした穂波が私のベッドを整えてくれる。パジャマ姿の穂波、珍しいかも。
「そろそろ寝るぞ」
「はーい。ぎゅー、よろしくね」
「はいはい……」
仕方なさそうな声を出して穂波が手を広げた。
どーん、と布団に飛び込んだら、文句を言いながらも抱きしめてくれる。子供の時みたいで嬉しくなった。
穂波がリモコンで電気を消す。
毎日ずーっとこうしてほしいくらいだ。
けど永久にハグしてもらい続けるわけにもいかない。
それじゃあ穂波の生活が壊れてしまう。
(バレた時、怒られないくらいの催眠にしないと)
絶対にできない催眠というのがいくつかある。
例えば、さっきの『学校なんて通わずここで暮らそう』という物。
これを催眠で強要したら監禁になる。穂波の日常を壊してしまう。
告白してきた女の子に『君のことが嫌いだ』と拒絶させる催眠も怪しい。そうしたい気持ちはあるけど、もう少し穏便に。最悪でも無かったことにするぐらいの方がいいだろう。
そうしないと穂波に嫌われるかもしれないから。
(穂波に嫌われるのだけは嫌だ)
催眠アプリは絶対じゃない。
バレた時に許される範囲内だけで使わなきゃいけない。
――今は、まだ。
なんて考えていたら、穂波が寝息を立てていることに気づいた。
「穂波?」
「…………」
「寝ちゃったの?」
「…………」
すぅすぅ寝息を立ててる穂波の寝顔は、小さい頃からずっとかわいい。
頬が笑みの形にとろけるのを感じながら顔を寄せる。そして唇に自分の唇を近づけた。
(…………)
穂波は唇をもにゅもにゅ動かして、首を捻るようにしながらまだ寝ていた。
今のはどんな夢になったんだろう。
そんな事を考えている今が幸せに思えて、急に胸が切なくなった。
催眠なんてなくてもあなたが私のものだったらいいのに。