吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。 作:あんみつ炙りカルビ
吾輩は猫である。名前はクロ、おはぎ、クラウン、タンゴ、モブガルド・ニャンディアス3世、キミリア。
迫る犬の首、その数は3体。後詰めか残りは動く気配はない。
「迎撃を!」
「玩具の魔剣:爆裂式」
「正典・光!」
玩具箱から取り出した魔剣3本を投擲。爆発にたじろいだ所でティアの光線が直撃。すると攻撃を躊躇うように元の水場へと戻っていく。
そして、しばらく間を空けると同じように奥の水場から首を伸ばして迫るのでティアの光で迎撃する。そんな単調なやり取りを3回も繰り返せば嫌でも気づく。
「何かの規則に則って攻撃しているようですね。レオナール殿はどう見ます?」
「タンゴさんの言う通りでしょうねえ。確認にこちらから行きますか?」
「レオナールくんは皆をお願い。機動力は私の得意分野だから」
3回攻撃をした後に、訪れる殴ってくださいとも言うべき隙。それを確かめる為に、アート殿が髪を結うとその場で軽くステップを踏み出した。
「【疾風】」
彼女がそう口にすると、マス目上にわけられた床を突風のように走り出す。迫る敵に対し、犬もまた迎撃に首を伸ばすが、やはり3回の攻撃は全て彼女が走り去った跡地を狙うのみ。
「やっぱり、3回! なら当たる!」
腰から抜いた短剣に風の魔力が宿る。その構えには見覚えがあった。10年以上前の、モルガナと共に倒したあの騎士の代名詞。
「【太刀風】!」
風の刃が犬の首に傷を付ける。かすり傷のようなものだが、それでも攻撃が通る事を教えてくれた。レオナール殿はそれを確認し、吾輩に耳打ちする。
「二手に分かれましょう。自分とティア様がここに残りますゆえ。彼女と一緒に前線を張っていただきたい。ティア様は後方からあの光でこちらへ迫る犬の迎撃を頼みます」
「任されましたわ!」
「承知しました。死なないでくださいね、皆様」
「お互いにという奴ですな」
それに後ろから見ていて分かったが、あの犬の首の攻撃には規則性がある。それはアート殿が床を蹴り、壁に張り付いて1回目の攻撃を交わした瞬間、吾輩もマス目上の床に踏み出せば、
「来ましたわ! タンゴ!」
「やっぱり、マス目を踏んだ相手を目標にしてるのか!」
こんな所までゲームみたいに再現する必要はないだろ! 助かるが!
最初にアート殿が近づいた時は風の速度でマス目を飛ばして進んだから、間の抜けた攻撃だったが、今回の狙いは正確だ。
だからこそ避けやすい!
直ぐにマス目から離れて、更にもう一歩踏み込む。新たなマス目に犬が迫るだろうが、
「ティア様!!」
「はいな!」
閃光が頭上で瞬く。見るまでもない。ティアの迎撃だ。吾輩はただ信じて、がら空きになった犬に突っ込めばいい。
『ますたぁ。先に言っておくけど〜スカイクラッドの基本形態は使えないからね〜。アレってますたぁの代名詞みたいなものだし〜すぐ正体バレちゃうよ〜』
「分かってる。だが、いざとなったら吾輩は使うぞ。それまでは錬金道具で何とか凌ぐさ」
玩具箱に入ってる錬金道具。日本刀や銃は入っているが、モルガナ曰く武器としては使用できない代物らしい。であれば、手元に生み出した金貨を電磁加速で撃ち抜くだけだ!
指で弾いた金貨が轟音を立てて、犬の首に突き刺さる。その衝撃にか思わずぐらついた所を間髪逃さず、次弾で畳み掛ける。
「アート殿!! 追撃を!」
「っ!! ごめんなさい! 貴方は中距離からお願いします! 近距離で私は注意を引きますので隙をついて攻撃を!」
「承知!」
そこからは単純作業だった。レオナール殿が令嬢達を宥め、マス目を踏んだ吾輩達の迎撃にティアが光線を穿つ。そして、生まれた隙を吾輩の電磁金貨が撃ち抜き、アート殿が注意を引く。
囮と攻撃、守備に分かれた瞬間に最早ただの作業と化した。最初は絶望からか体を震わせ、涙を零していた令嬢達もいつからか平常運転に戻り、中心にいるアルトリウス殿下にベタベタしてるくらいだ。
一方で吾輩達も余裕あるからか、唯一の変化とも呼べる犬の首による攻撃が増えていく事も瞬時に対応できた。危機的状況も最初は6本の首による攻撃にアート殿が囲まれたが、吾輩とティアの迎撃によって難を逃れたくらいでそれ以降は大きな問題もない。
「ダンジョンのしかも階層不明の主にしては弱いですわね?」
「ンンっ、たまたま運が良かったかもしれませんねえ。踏破したのは49階層とまで言われておりますが………もしかしたら、その何処かなのかもしれません」
「授業では10階までしか聞いてませんわ。この強さですと、20階層がいいとこですわね?」
「それに、本来ならもっと多くの人がいるとなれば犬の首もより不規則に私達を狙うはずですよ。ティア様。人が少ないことが今回はいい方向に回ってると思います」
こうして会話しながら思考を纏める事が出来るくらいだ。でも、嫌な予感がする。このダンジョンは吾輩は漫画では書いてないし、ゲーム内の内容とも変わっている。となれば残りはメディアミックスによる新たな展開しか考えられないが、
──
「さて、臣下達が削ってくれた事だ。そろそろ俺も動いてやるかな」
「頑張ってください、アル様ーっ!!」
自分でこの被害を招いたトラブルメーカーたるアルトリウス殿下、その仲間達と婚約者たるティア。吾輩は邪魔者だと仮定すると、もしかしてこれはアルトリウス殿下が主人公的な存在に覚醒する場面か?
いや、それはあり得ない………って言い切れないのがあの企業だからな。恐らく監修は馬鹿弟子だとして彼女の手がどれだけ入ってるかは分からないが、アルトリウス殿下をフォーカスするくらいならティアを押すだろう。
なら、もう一波乱あるよな。それこそアルトリウス殿下が何かをやらかすとか。
「タンゴ、下がるといい。俺の魔法を見せてやろう」
「あ、はい」
正直助かる。玩具の魔剣がもう底を尽きる。金貨は生み出せば問題はないが、犬もしぶとい。息を荒く、徐々に待機時間も長くなっているから衰弱してるようには見えるが………ここはアルトリウス殿下に任せて、見に回ろう。
「世の中には選ばれた人間と選ばれなかった者がいる。そして、選ばれた側が歴史を未来を作っていくわけだが………当然、やっかみや障害もより多く目の前に現れる。今の俺のように」
なんか語り出したな。それは吾輩達に無防備な主を守りながらやらせることか?
「才能があるから頼み事は引き受けるのが当たり前。解決できなければ掌返し。そんな選ばれた側の苦労も知らないで選ばれなかった側は口から塵にもならない文句を垂らすだけだ。そんな亡者に死ぬまで人生を邪魔されるなんて俺はごめんだね」
「今、私達の足を引っ張ってるのはどちらさまですかね………」
「ンン、タンゴ嬢。気持ちはわかりますが、今はどうか穏便に。戦力としては優秀ですから………」
「とても含みがありますわね。そもそもの発端はあのバカのせいですわよ」
前に出てポケットに手を突っ込みながら、彼は悠々と語るが吾輩達の視線は冷たい。
「だから俺は決めたんだ。選ばれたからには俺は皆を導こうと。背中で語り、皆が目標とする男になると決めたんだ。その信念に則り、お前はここで倒す!」
「皆を地獄に導いた貴方には憧れないと思いますわよー」
「ティア様、ぐっとこらえて下さい」
言ってる台詞は確かに主人公なんだが、自分でトラブル引き起こしといてその言い草は無いと思う。とはいえそれは口にはしない。事実、戦力として優秀なアルトリウス殿下を運用した方がいいからな。
「見せてやる、これが選ばれた人間である証」
魔力が形を成す。彼の周りに炎が、水が、風が、岩が今にも号令を待つように待機して、ポケットから出た指先に従って四つの犬の首を撃墜する。だが、犬の首はまだ2つ残っている。1つはこちらに飛んできたのを迎撃するが、もう1つはアルトリウス殿下に。
「二重属性は稀にも稀だが、俺はそれを超えるのさ」
それが不可視の力によってアルトリウス殿下の前に叩き潰される。皇帝を前に跪くように潰された魔物に、彼は足を置く。
「そう──五つの属性が俺には宿っている」
そして、足に力を込めた瞬間に魔物は落ちた果物みたいに潰れた。青緑色の血がマス目の床を染め上げていく。同時に触手犬達も首を垂れてマス目上の床に倒れ込む。
「………倒したんですの?」
呆気ない幕切れだった。暫く待つが、復活するとかそういうのもない。その立役者である殿下はこちらを見て、腕を突き上げて………死が遠のいたことを理解した令嬢達が彼に駆け寄っていく。
それを彼は笑いながら、引き連れて吾輩達の下に帰って来た。
「これが選ばれた側の人間だ。タンゴ。そして、君もこちら側に来る価値がある人間だ」
「………お言葉ですが、ご遠慮します。私にはそのような価値がないのですから」
聞いてる暇がない。今はそんな話をしている場合ではないからだ。階層主を倒したのに、どこにも出られそうな場所が見つからない。魔物が復活しないとも限らない。
「全く、自称婚約者は君を酷い目にあわせたみたいだな。確かにあそこは亜人に対しての差別が酷いと聞いたことがある。だが、俺はそんな程度の低い奴らとは違う。なぜなら」
だというのに、アルトリウス殿下の口説きは収まらない。ティアが必死に耳を澄ませて音の反響から出口を探そうとしているのだ。そちらの手助けをしないと………。
「
アルトリウス殿下が手を差し出す。令嬢達が憎しみを込めた目でこちらを睨んでくる。言ってる事は主人公みたいだ。ここだけ切り取れば、カッコよくも見えるが………決闘でドロップ殿を使い捨てにした彼をどこまで信じられるかの話だ。
「殿下。申し訳ありませんが、今はそんな話をしている場合ではありません。一刻も早くここを出て──」
「ッ!! 皆んな! 今すぐ固まってくださいませ!!
吾輩の断りを遮るようにティアが叫んだ。振り返った矢先に、足先から力が抜ける。いや違う。足場がない。踏ん張る場所がない。
破裂するような水音に、気づけば吾輩達は水の中にいた。すぐさま空気を求めて水上に出れば、ネヴィア殿やアート殿やレオナール殿と目があった。殿下は魔法を使って令嬢達を助けてるようだが………ティアがいない!?
「不味い! ティア様は泳げないんです!!」
「タンゴ、自称婚約者は放っておくんだ!! 彼奴は泳ぐ努力をしなかったからこの結末も仕方ない。それに泳げない奴を庇ってられない! 今すぐ見捨ててこちらに来るんだ!」
「くっ、とりあえずこちらを使ってください! 私は助けに行きます!」
玩具の魔剣:凍結式を壁ぎわの水に突き刺す。流石に水全てを凍らせる力はないが、壁際に氷の床を生み出す事は出来た。それを踏まえて、吾輩は息を吸い込んで、水の中に体を沈めた。
『ますたぁ! 右前方に2メートルくらい! そう、そのまま!』
『いたっ!! ティア!!』
力ない彼女を抱えて一気に水上に浮上する。彼女を抱えて、氷の床に身を起こすが………ティアが起きる気配がない。
「呼吸してない………!! どうしよう………!」
「アート。諦めるんだ。彼女はここで死ぬ運命だったに違いない」
「殿下はどいてください! 絶対に彼女は死なせない! ネヴィア嬢! 心臓マッサージを! 異界の人なら伝わりますよね!?」
「っ!! 貴方も、なの?」
「いいから、早く!」
気道を確保し、鼻をつまんで息を吹き込む。胸が膨らんだのを確認して、心臓マッサージを30回。人口呼吸を2回繰り返す。数回繰り返した瞬間、水を吐き出したので急いで顔を横に向ける。
「大丈夫ですか!? ティア様!?」
「………あ、た、んご?」
学生時代の夏休みバイト漬けの日々に、プール監視員のアルバイトで応急処置を学んでいた甲斐はあったらしい。息を吹き返した彼女の冷えた体に熱を渡すようにしっかり抱きしめて──
「………ぁ」
誰かが漏らした声に、振り返って吾輩は息を呑んだ。
先程倒した6つの犬の首がこちらを見ている。ただそれだけじゃない。水場が盛り上がり、波紋を呼ぶ。小さな泡は大きな泡に変わり、水中からその存在は姿を見せた。
まず見えたのは巨大な魚の尾。鯨を思わせる巨体が水面を叩き、それだけで氷の床を壊す衝撃が広がる。慌てて壊れた氷の床を起点に金の床へと変えるが、その間にも尾は水中に消え、見上げるような巨体が水上に出現。
水に濡れた黒髪からは生気のない目が覗く。見上げるような女性と思われる巨体の胴体からは6つの触手が伸びていて、それが犬達に繋がっていた。全体的に淡緑の鱗をした下半身が魚、胴体は犬、上半身の女体を見て、ネヴィア殿が喉をひきつらせながら呟いた。
「あれって………スキュラ?」
「それは手ごたえが無いはずですよ………私達はただの胴体相手に戦っていた訳なんですから」
スキュラ。魔物娘が大好きな人なら分かるかもしれないギリシャ神話の怪物。簡単に言えば上半身が女性で下半身が魚の怪物。
どう見ても、こいつが本当の階層主である事はわかった。ただ、だからってどうすればいいかなんて吾輩達含めても分からない。
目の前の光景を述べることはできても、把握ができない。絶対的な危機が訪れていることはわかるのにだ。
「落ち着くんだ、皆んな。ここは俺に任せて欲しい。俺の7つ目の空属性魔法を解禁する。タンゴ頼みがある。聞いてくれるか?」
「7つ目、ですか? 魔法は一人一属性。五属性までは分かりますが、なぜ空属性魔法まで」
「それはさっき振られたから秘密だ。今からでもこちらに来るなら教えるけど?」
茶目っ気あるウインクを手で落とす。御託はいいからと促せば、
「──時間を稼いでくれないか? 1分でいい。それだけで状況を変えられる」
自信ありげな表情に吾輩は迷う。信用出来ないし、信頼もできない。もしかしたら、更に状況が悪化する可能性もある。
スカイクラッドを解禁すれば倒せるかも分からない。ならまずは試してみてからでもいい筈だ。最悪は吾輩が死ねば皆を逃がせる隙くらいは作れるだろうしな。
「分かりました。ティア様を頼みます」
同時にスキュラの犬達の口に青黒い光が宿る。余りにも不味い一撃。考える暇もなく、吾輩は前に飛び出して魔力を解放する。
「【生涯保険】!!」
黒の極光が直撃する。すかさずダメージ全てを金粉や砂金に変えていく。後ろに通すわけにはいかない。吾輩の背中には守らなければならない人がいるのだから!!
極光がやめば、今度はスキュラの手からシャボン玉のような泡が散らされる。黒いシャボン玉は舞う金粉に触れると炸裂し、衝撃の余波によって吾輩も吹き飛ばされた。
「玩具の魔剣:爆裂式!」
それでも気を惹くために、スキュラに魔剣を投げるが触手に阻まれる。だがそれを待っていた。金貨を弾き、電磁加速した金貨ががら空きの胴体に着弾し、
「かったいな………たじろぎもしないか」
スキュラの顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。硬い鱗に金貨の焼け焦げた後は見えるが、そこまで聞いた様子はない。けれど時間稼ぎは終了だ。
「時間稼ぎ助かったよ、タンゴ」
気づけばアルトリウス殿下が浮いていた。重力操作によるものだろう。そのまま壁に手をつくと、壁の一部が金色に変わり炎によって溶けていく。するとどうだ。何処かの通路に繋がったようで。
「これで脱出できる。行こう! 皆んな!」
「は、はははは。やれば出来るじゃないか。アルトリウス殿下!」
玩具の魔剣による牽制を続ける。時間を稼げば、アルトリウス殿下が皆を重力であの出口につれて行くだろう。そうすれば、スカイクラッドを起動できる。一当てしたら、逃げればいい。
「玩具の花火」
魔剣が尽きる。だが、時間も充分だ。シアン戦にも使った閃光でスキュラの目をくらませて振り返る。後は吾輩が出口に向かえば──
「あ………タンゴ………?」
──ティアがその場に残されていた。出口から殿下が見下ろしていた。
「はぁ?」
『だめ!! ますたぁ!! スカイクラッド緊急展開!』
目の前の事実を受け止めきれずに、硬直した吾輩は横殴りに吹き飛んだ。壁にめり込む吾輩、衝撃はウルテマが展開してくれたスカイクラッドによって軽いものだが、直面してる事への衝撃は大きい。
「なん、で?」
「世の中には選ぶ方と選ばれる方がいる。俺は選ぶ側で、仲間達を導かなきゃならない。そうなると、どうしても非常な選択をする必要があるんだ」
「馬鹿なことを………! 私達を早く! そんな意地悪は今はいいから!」
吾輩は自分が生み出したであろう世界で、多くの不幸に出会ってきたし、理不尽を覆そうと頑張ってきた。今回も迷宮の理不尽はあったが、まだ何とかなる範囲だっだ筈だ。
「──君たち2人はここに置いて行く」
それでも目の前の理不尽だけは許容出来るわけがなかった。吾輩だけならいい。なぜティアを連れて行かない!? 抱えて逃げるくらいならそんな負担にもならない筈だ!
「君はさっき、俺の手を拒んだ。こちらに来ないと君は選択した。それを俺は尊重するよ。だからこそ、俺は──
理解できない。脳が彼の言葉を拒んでいる。
ああ………何処か平和で忘れていたかもしれない。これが王国なら、きっと力を合わせて乗り越えようとしただろう。魔女達がいたら誰もが見捨てないと最後まで頑張ろうとした筈だ。
でもここは帝国で、彼奴は不動が生み出した自己投影の塊だ。
「それと冥土の土産に教えておくよ。俺の7つ目の魔法は──『他人の魔法を自分の魔法に変える』空属性だ。壁を金に変えたのは、
「────まって」
「俺は自分が一番大切だ。その自己愛を持って神に選ばれた。こんな所で死んでやれるほど………俺の命は安くない。君の魔法は貰っていくよ。ありがとう、タンゴ。どうかお幸せに」
ここまでやるとは思わなかった。我儘で他責思考なら他の人もやっている事だ。仕方ないと割り切れた。
けれど、吾輩の魔法を盗んでご丁寧に出口を金塊で封鎖して………衰弱したティアとここに残される。
眼前にはスキュラが触手と共に笑っている。弱っているティアには目もくれず、吾輩を狙っている。魔法を発動しようにも、金貨が出てくる気配はない。つまり、生涯保険も使えない。
そして、最悪なのが──吾輩が死ねばティアも死ぬ。
今の溺れた彼女では本来の力など発揮できるわけもない。
勝たなくては、ならない。ティアを守る為にも。こいつに。
それが、吾輩に出来るのか? 魔法もない。魔女達が来る可能性もない。
「………よう、人魚の化け物」
それでも吾輩は階層主に向き直った。勝算なんてある訳がない。
負けの算段ばかりが頭に浮かんでは消えて行く。
「刺身にして食ってやる」
けれど吾輩は踏み込んだ。爪を出して、触手を切り裂く。泡を電磁砲で撃ち抜く。足場がないから空中に舞っている金粉と自分を電磁力で引っ張って移動する。
まだ、やれる。
触手から放たれる光線を電磁力で回避する。その隙に白雷水晶による一撃を頭上から浴びせる。これは聞いてそうだ。外皮が硬い分、内部はそこまで硬くないらしい。雷なら奴に通る。
いける、希望が見えた。
距離を取り、電磁力で黄金の鎧と周りに浮かぶ金粉を引っ張る。弾がないなら自分自身が弾になればいい。帯電する空気にスキュラも大技が来ると理解したのか、触手を集めるが遅い。
これは不完全な電磁加速抜刀。日本刀ではなく、吾輩が弾丸になる事だ。
「【不全・迅雷】!」
視界全てが分からなくなるほどの速度で撃ち出される吾輩。肉体への負荷はスカイクラッドと魔力強化で踏み倒す。
内部にさえ入り込めれば、後は体内から魔力尽きるまで雷で焼き尽くしてやれば、俺たちの勝──ボヨヨン、ち。
「え?」
止まった視界に半透明の巨大なシャボン玉が見え、スキュラがその膜越しに嘲笑っていた。間の抜けた音に気づけば背中に衝撃。体の酸素全てを肺から吐き出すようにして、自分が作った金の床に倒れ込んでいた。
「───ンゴ!! ──ないで!」
勢いを、そのまま跳ね返されたのか? 頭の中で反響音が凄い。床に血が垂れている。思わず顔に手を当てて、顔の部分に鎧がない事に気づいた。いや、顔だけではない。背中や胴体に当たる部分に鎧がない。視界だけ向ければ、散らばった残骸がそこにはあった。
「逃げ………ろ」
何処に?なんて頭が回っていなかった。勝てない。死ぬ。吾輩達は愚かにも、ここで。自分の声に力がないことを感じる。罪悪感に押しつぶされそうになる。
「いや、ですわ! 2人で帰るんですの!!」
吾輩の前に小さな影が立つ。誰かなんて語る必要もない。ティアが、あの小さな女の子が吾輩を守るように立っている。
今にも倒れそうなほどに震える膝で、弓をつがえてこんな吾輩を守ろうとしている。
「おいて、いけ。吾輩にはそんな価値は………」
「やめてくださいませ!! どうして、タンゴはそんな悲しいことを言うんですの!? 貴方は間違えていますわ!!」
極光が飛ぶ。ティアはすかさず、弓を奏でてそれを逸らす。波長操作による屈折だろうか。スキュラは今の事象に少しばかり警戒を露わにした。
勝機なんてない。生き残る算段なんてない。しかしティアは必死に光線を弾いて、吾輩と一緒に生き残ろうとした。
「そうやって、率先して身を晒す。だから、アルトリウスの野郎に利用されましたわ! 商品と一緒ですわ!! 金貨1枚の剣を使って料理する馬鹿はいませんが………銅貨1枚の包丁なら雑に扱っても諦めがつく!」
光線が逸れていくが、ティアの足は震えを増す一方だ。それでも与えられた僅かな余命に、彼女は叫ぶ。
「当然の話ですわ! 自分の価値を低く見積もれば、それだけ周りからも雑に扱われる! 貴方にはそれが分かっていませんの!!」
何かが、おれの心に突き刺さった。
『
あの馬鹿の言葉を思い出す。
『──無価値な貴方が捧げる愛には価値なんてあるのかな?』
時間を割いてくれたメイドの言葉が浮かび上がる。
『私は、女帝になります。この国の玉座に就き、国を変えます。私自身の幸せの為に。どうか、最後まで………側にいてくれますか?』
愛した妻の言葉に、吾輩はなんと返したっけ?
ティアが弾き飛ばされる。それでも小さな体で懸命に吾輩を守ろうとする背中に触手達の口から黒い太陽が浮かぶ。それがこちらへ向けて放たれた刹那、吾輩は自分がなんと返したかを思い出した。
『ああ。こんな吾輩を必要としてくれるなら』
何かを、間違えてる。そんな気がした。
次回『いつか気づく無価値なあなたへ』
明日、12時に投稿予定。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
次回が黒猫にとってのターニングポイントです。
お気に入り・高評価ありがとうございます。励みになります。
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