吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。   作:シャモロック

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その選択は間違いではなかった

 吾輩は猫である。名前はクロ、キミリア、おはぎ。今はアルチナの部屋で看病中である。吾輩の尻尾は長年の経験により、自在に動かす事が出来るのだ。料理は毛が混入するのでダメだが。

 

「クロ〜ご飯出来たよ〜今日は採れたて野菜のクリームシチュー!」

「いつもすまんな、パトリシア」

「いいよ、いいよ〜クロが口を利いてくれたおかげでモナの道具もたくさん売れてウハウハだしね〜その返礼って事で!」

 

 アルチナの部屋の扉が開き、パトリシアがお盆と共に入ってくる。たっぷりの野菜とミルクの香りが堪らないが、何処で入手して来たのか。モルガナの錬金術の代物なのだろうか。

 

「それで、アルチナさんの様子は? かれこれ1ヶ月だけど」

「ひまわりのタキオン粒子」

「眠らせてあげた方がいいんじゃ………」

「吾輩もそう思ってるが、寝過ぎて眠れんらしい。起きてる間は支離滅裂な発言が多くなってきている」

「もう、帰らせてあげた方がいいんじゃない?」

 

 それはそうだが、帝国側もそれを許さないだろう。女性を無能扱いしていながら、彼女達が戦場から逃げた場合は敵前逃亡として問答無用で奴隷行きだ。下手すれば、人間家畜牧場行きだろう。

 

 どの道、回復せねば彼女に帰る場所も生きる場所もないのだ。

 

「とりあえず助かった。また明日も頼む」

「分かった。困ったら何でも言ってね! 私で良ければ力になるから!」

「ああ、助かるよ」

 

 ベッド側のサイドテーブルにお盆を置き、彼女は部屋へ戻っていった。それを見送り、吾輩はベッドの上に飛び移る。体を起こしながら低血圧の人間のようにぼんやりとしている彼女に匙を運ぶ。

 

「ほれ、口を開けろ。よしよしよく食べられたな」

「………死にたい」

「そうだな。未来を考えれば、そうさせてやりたいが………」

「ダメ、なのかい?」

「吾輩が主に死んで欲しくないのさ。きっと部下の騎士達も同じ気持ちだろう」

 

 ご飯を食べている時だけは僅かに目に光が灯る。ただ食事をしようとはしないので無理矢理匙を押し付け、口の中に入れさせる。食べてくれるだけまだマシだ。

 

 夕飯を食べ終えたら、体を清める作業に入る。ロン達から買った宝石から水を桶に移し、吾輩の尻尾で絞った手拭いで背中を拭いていく。

 白く綺麗な肌だ。逃げ傷など一切ない肌に浮かぶ垢や汗を拭い、今度は前面へ回る。

 

「………ごめんなさい」

「何故謝る。1番辛いのは主だろう」

 

 背中に比べると、やはり体の前は薄く白い傷跡でいっぱいだった。豊満な胸元や鍛えられた引き締まったくびれなど最初はやはり、くるものがあったが、今ではそういう感情もなくなっていく。

 

 ある意味猫でよかったかもしれん。人間だったら、下手に欲情して余計な壁や傷を生んでいたかもしれないしな。

 尻尾を器用に使い、彼女の肩から胸元、谷間から臍に下り、そして腹部を拭いていく。

 

「手慣れてるわね」

「吾輩、人間だった頃はよく病気の妹の世話をしていたからな。母親しかいなかったから吾輩に出来ることはなんでもやっていたさ」

「そう、なのかい………? じゃあ、お姉さんと一緒だ」

 

 下も脱がせて、しっかりとした足腰も拭きながら吾輩は設定を思い返す。アルチナの母親と彼女の関係を。それを語ってくれるなら、黙って聞くべきだろう。

 

「お姉さんは父親の顔を知らないんだ。ただ、母はずっと………あの人が迎えに来てくれるって信じてた。信じて、お姉さんを育ててくれてた。ルイスというミドルネームも父からもらったものらしい」

「それで彼は迎えに来たのか?」

 

 白々しいと自分で自分を罵倒する。迎えに来なかったのは、自分がよくわかっているだろうに。だけれど、吾輩が足元を拭いてるからか、特段彼女は気にせず答えてくれた。

 

「来なかったよ。でも、母はずっと私に言い聞かせてた。『我慢ですよ、アルチナ。いつかあの人が迎えに来てくれますからね』と。子供ながらにわかっていたよ………それが残酷な嘘だって」

「その後は?」

「結局、母が客からうつされた病気で死ぬまで来る事は無かったよ。最後までお姉さんに我慢するように言ってね。その後はスラムでゴミを漁りながら、その日をただ生きて来た」

「では、主はどうして騎士に?」

「………どうして、だろう? 何か、大事な事があったはずなんだけど。思い出せないや。多分、くだらない事だよ」

「それは違うんじゃないか? まあ、思い出せないなら仕方ない。ゆっくりと思い出していくといい。時間はまだあるからな」

 

 足を拭き終わり、いよいよ腕に触れていく。左腕は問題ない。筋量は落ちているがその程度だ。右腕の方は1ヶ月安静にしていたからか大分馴染んできているようだ。

 

「吾輩の肉球の感覚が分かるか?」

「ぷにぷにしてる………」

「感覚も戻って来てるようだな。暫くすれば、また元通りに剣も振るえるはずだ」

「………もう、むりだよ。お姉さんは剣なんて、もう」

「すまん。今のは失言だったな。この後はどうする? 寝付くまで何か話でもしてやろうか?」

 

 彼女の右目が吾輩を映す。尻尾を揺らせば目線もそれに準じて動くから視力も戻ってきているようだ。肉体の回復としてはかなりいい傾向だが、やはり心がついて来てないな。

 

 体も清め終わった後は、アルチナが寝付くまで側にいてやる。基本的には吾輩が人間だった頃の書いてた物語を語るのだが、今回の彼女はいつもと違った。

 

「おはぎの………キミが人間だった頃の話が聞きたい」

「吾輩が人間だった頃の話? それは………つまらんし、聞く価値はないと思うが? まあ、聞きたいなら話すが」

 

 この1ヶ月で吾輩が元人間である事を信じてくれるようにはなったが、まさか吾輩の話を聞きたいとはな。しかし、何から話したらいいものか? 吾輩の話、基本的につまらないからな。

 

「そうだな。吾輩、人間だった頃は作家みたいな事をしていたのだが、代表作が生まれるまではずっと我慢の連続だった」

「………辛くはなかった?」

「辛いのは当たり前だろう。さっきも言ったが、吾輩は妹の面倒を見なきゃならなかったからな。幼い頃は友人なんてあまりいなかった上、大人になってからも作品が褒められる事はなかった」

 

 正直なところ、どうして吾輩ばかりが我慢をしないといけないのかと思った事はある。病気の妹の世話をして、兄だから我慢しなさいと母に言われ、大人になって病気が治った妹が明るい学生生活を送ってたのを見て、どうして吾輩が辛い目に遭わなきゃならなかったのかと。

 

 大人になってからも、吾輩のオリジナル作品が褒められる事はなかった。まるでいちゃもんにも思えるような指摘に、幾ら潰しても湧いてくる虫みたいな技術の壁。

 

 何が足りないのかすら分からなくなって、何に悩んでいるのかすら分からなくなる。吾輩よりつまらないと思う漫画ばかり、雑誌に載るようになっていくのを見て吾輩の人生はずっとこうなのかと思ったりもした。

 

「でも、何でそんなに頑張れたんだい?」

「………妹がな。吾輩の作品が好きだと言ってくれたからだ」

「妹さんが?」

「吾輩、何度目かの落選に筆を折ろうとした時にな? たまたま家にいた妹が吾輩の作品を読んでたんだよ。そしたら、妹は『うち、お兄の作品ちょー好き! また次の作品待ってるから!』って」

「何というか………ありきたりだねえ」

「ああ、吾輩もそう思う」

 

 自分でもしょーもないとは思う。身内贔屓の発言に気を良くして、結局漫画をやめられなかったのだから。でも、そのおかげで吾輩はスピンオフ作品で人気を得られた。諦めなくて良かったのだ。

 

「ただ何となくわかった──結局、人生は我慢の連続なんだ」

「また、我慢か………」

「主には辛い話かもしれん。我慢の連続とは言うが、我慢した分、これから先の未来が良くなる………なんて保証もないからだ。目先の利益だけ欲するなら我慢なんてしないほうがいい」

「だろうねえ。犯罪者や男の騎士達はいつも幸せそうだもの。倫理観や常識を取っ払って欲望のままに動けたらきっと………人生楽しいだろうからねえ」

 

 遠い未来、まさにその通りの生き方をして死ぬ彼女の言葉は重い。こんな男こそが正義だという野蛮な世界より遥かに温い世界を生きて来た吾輩からじゃ言葉は軽いかもしれないが、

 

「それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()

「………何でだい?」

「男性騎士達が楽をしてるのは、主らがその負担を我慢して肩代わりしているからだ。そして吾輩らが、ここで呑気に話が出来るのも主の部下達が我慢して耐えているからだ」

「それって自己犠牲って言うんじゃないかい?」

「ああ、我慢ってのはそういうことだ。誰かの我慢が隣人を救う。そうやって人は辛い事を助け合って乗り越えて行くんだろう」

 

 実際、原作もやらかしはしたが皆が文句をぶつけたいのを我慢して各々の仕事をやり遂げた結果、スピンオフを見事成功に導けたのだ。吾輩だけなら何処かで失敗していただろう。

 

「──だけど、それだけじゃ我慢してる人は救われない」

「………え?」

 

 だが、それは上手く行った人間だから言える事だ。世の中、自分が我慢すれば良いと割り切って容量を超えた事でもう2度と立ち上がれなくなった人もいる。

 

 かつての友人たる企画担当者は言っていた。原作の補填のために、会社の古株達が何とかしようとして体を壊し、辞めていく姿を何人も見送ってきたと。

 

 アルチナもこのままではそうなってしまう。だから、そんな綺麗事だけを述べるつもりはない。吾輩、黒猫ではあるがブラック企業ではないが故。

 

「だから、毎日少しずつでいいから負けておくんだ」

「………? 負け、えっ? 何に?」

「自分の欲望に、辛い現実に。やらなきゃいけない仕事なんて、1日サボっても何とかなるさ。くらいの感覚で毎日を生きるんだ。そうすれば最悪だけは避けられる」

「………………むりだよ」

「主は責任感が強いからな。でも、むりじゃない。そりゃあ毎日サボってる奴や自分が主導で失敗したのに自宅謹慎という言い訳で逃げる奴には許されない。でも、誰もが認める頑張ってきた人間が少しサボったり、休むのをどうして止められるというのだ」

「でも………くには、それをみとめてくれなくて」

「ここの仲間は認めてくれる。司令官なんぞ、捨てておけ。主が本当に仲間と呼べる者は誰だ?」

「………りりぃ達、お姉さんについて来てくれる部下」

「だな。ついでに吾輩もだ」

 

 吾輩の尻尾が彼女の髪を掻き上げる。青紫の水晶の様な瞳から溢れる雫は左目だけだ。どうしたらいいか分からないと訴える彼女に吾輩は鼻を鳴らして笑う。

 

「そんな吾輩達から問いたい。主は何かしたい事はないのか? 好きな事を言え。吾輩が必ず叶えてやる」

 

 そんな吾輩に彼女は戸惑う様に口を開き、少し迷いながらもゆっくりと口にした。

 

「時間を気にせず寝ていたい。男の目を気にしないでご飯が食べたい──皆とこんな地獄から逃げ出したい」

「ああ。聞き届けた。吾輩に任せておけ。主を助けてやる」

 

 どこまでも仲間優先な彼女に、慈しみだけが募っていく。これだけ頑張っている人間が報われないなんて世の中おかしい。それなら、そんな世界にした吾輩が報われるように動くしかないだろう。

 

「おはぎ………どうして、なんだい? どうして、お姉さんなんかを………」

「──主があの乳母を見逃してくれたからさ」

「それ、は──」

 

 真っ直ぐに、彼女の瞳を見つめ返して、吾輩ははっきりとそれを告げた。答えを聞いて、彼女は唇を閉ざして沈黙を選ぶ。

 けれど、それは長くは続かなかった。ふいに彼女の表情が崩れた。閉ざしていた唇を噛み、大きく開かれていた青紫の双眸がわずかに細まり、それは今にも泣き出しそうな様子にも思えて。

 

「もしかして、君の娘の名前は───」

「モルガナ。帝国の皇帝の後継になる女の子………だった。今はただの錬金術師だ」

 

 その名前を聞いて、耐えきれなくなったのか。瞳にみるみる内に涙が溜まる。大粒の雫は瞬きと同時に流れ出し、彼女の頬を伝って透明な軌跡を描く。

 

「誇れ、アルチナ・ルイス・キャロル。主が初めて我慢を辞めて、帝国に反抗した小さな出来事は………確かに1人の少女の運命を変えたのだ」

 

 吾輩は猫である。名前はクロ、キミリア、おはぎ。頑張り屋の騎士が縋るように吾輩を抱きしめるのを黙って受け止めて、彼女の()()から流れる涙を拭うのだった。




次回、アルチナ視点
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