吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。   作:シャモロック

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君を先生と仰ぎたい

『何故、隊長は騎士になったのですか?』

『帝国の役に立つ為だ』

 

 その質問に滑らかに答えられるようになったのはいつからだっただろうか。少なくとも、見習い騎士の頃はそんな無味無臭な言葉ではなく、もっと青臭い希望に溢れた言葉を掲げていた。

 

『何故、隊長は剣を振るうのですか?』

『皇帝陛下を守る為だ』

 

 敵を斬って、魔物を斬って、犯罪者を斬って、血濡れた道を駆け抜けて登り着いた帝国騎士団の団長という肩書き。これがずっと欲しかったのだ。これが───を成し遂げる為に必要だったから。

 

『では何故、隊長は彼女を見逃したのですか?』

「それは──」

 

 ふと、自分の寝言で目を覚ました。目が覚めると、隣にいるはずの黒い猫がいない。トイレかと思ったが、どうやらずっといないのか、温もりは名残すらない。

 

 隣の部屋に足を運ぶと、ひやりとした風が頬を強く撫で、身を縮めた。どうやら彼らもいないらしいが、この肌寒さは何処から来ているのか。

 

 見れば、詰所へつながる入り口が開かれている。私は何故かそのまま、部屋から外に出れば詰所の小さな机に彼らはいた。

 

「起きたのか? アルチナ」

「あーあ、深夜のおやつ会がバレちゃった」

「いや、絶対パティのせいでしょ。入口閉め忘れたんじゃない?」

 

 目に映ったのは、窓から見える呑み込まれそうな真円の月。そして、それを見上げる黒い猫とその教え子達。黒猫は机に残りは椅子に座り、開け放った窓から月を見上げていた。

 

「こんな夜中に食べたら太るんじゃないかい?」

「じゃあ、主も混ざるか? 偶には不健全な日があってもいいだろう」

「いいね! せっかくだし、おやつも追加ー!」

「僕は温かいおやつがいいんだけどなぁ」

 

 思わず声をかければ、黒猫は仕方ないなとばかりに笑って机を空けてくれた。黒猫の傍らにそっと座ると、空になった数本のミルク瓶に視線を向ける。

 

「この寒いのに、よく牛乳なんて飲めるねえ。見ているこっちが寒くなりそう」

「クッキーには牛乳だろうよ。好きなの食え。パトリシアが作りすぎたからな。吾輩はお腹いっぱいだ」

 

 彼の為に用意されていたミルク皿に舌をつけながら、言うので私も思わず、クッキーに手を伸ばす。

 

「………おいしいっ!」

「ほんとっ!? よかったぁ………帝国って食事とか滅茶苦茶美味いって聞くから素朴な焼き菓子で大丈夫かって心配で………」

 

 さっくりと心地よい歯ごたえとともに口の中に運ばれたクッキーは、先ほどの感触はどこへと言いたくなるくらいに頼りなく、ほろほろとほつれていき、後味のバターの香りもたまらない。

 

「帝国ですと、チョコレートやワガシが有名ですよね。ただ、その分高いと聞きますが………」

「そう、ねえ。お姉さんは和菓子がおはぎが好きなのだけど………あれは騎士団の給料でも手が出しにくいから」

「元騎士団長でもお高いって………そりゃ、私たち庶民には手が出せない訳だよ」

「ふふ、すまないね。夢を壊すようで悪いけど帝国では女に払う金はないとされてるんだ。お姉さん含め、部下の皆は男達の3割貰えてればいい方さ」

「その点、王国とは段違いだな。同じ男尊女卑だが、彼方は実力主義だ。実力があれば女だろうと登用される。現に今の王国の双璧は男女の軍人のはずだ。それとこれを飲め。寝酒にはいいだろう」

 

 一区切りしようとした所で、視線は黒猫が用意したカップへ向かう。鼻孔をくすぐる芳醇なお酒の匂い。差し出された琥珀色の液体は、白い湯気を立ち上らせている。鼻を近づけると、それがホットウイスキーだとわかった。

 

「こんなに質のいいお酒なんて久しぶりかもしれないわね」

「ええ………帝国ってもしかして酷い?」

「パティ、僕ら下手したら村ごと帝国のせいで死んでたかもしれないんだから酷いのは当たり前………あっ、いやすみません!」

「いいんだ。外部から見ても酷いんだろう。我が国は男尊女卑が行き過ぎた結果、もう誰にも手綱を握れない状態になってしまってるからねえ」

 

 ぶっきらぼうに、そう言うと、私はさっさと自分の分のお酒を飲み始める。喉を滑り落ちると同時に、身体がぽかぽかと暖まっていくのがわかる。こんなにもお酒は飲みやすいものだったか。

 

 癖のある香りをシナモンと蜂蜜がうまく和らげているのだ。帝国の女では味わえないもの、猫である彼が飲む訳もなく、自分の為に作ったのだと思うと、胸の奥がむずむずとする。

 

「お姉さんはこんな事の為に、騎士団長になった訳ではなかったのに………」

「じゃあ、何で騎士団長を目指したんですか?」

「こらっ! パティ!! 人の柔らかい所に無闇に踏み込むなって!」

 

 でも酔えなかった。冷めた現実が私を夢の世界に行かせないからだ。

 

「何で、なんだろうね………お姉さんにもわからないの」

 

 何か大切な事があった筈なんだ。母は私にひたすら我慢しろと言って亡くなった。その後に私はスラムでゴミを漁りながら生きて来て………それから、誰かが何かを差し出して、ダメね。靄がかかってるみたい。

 

「ごめんなさい、思い出せないわ。きっとどうでもいい事だったのよ。きっとね。もう寝るわ。誘ってくれてありがとう」

「え!? じゃあ、その最後に1つだけ!」

 

 自分の部屋に戻ろうとした私に彼女は大きく息を吸い込むと、頭を下げた。並んで、彼女の恋人君も頭を下げる。彼らに感謝される事なんて私は何も──

 

「モナを助けてくれてありがとうございました!」

「そうじゃなければ、僕らはきっと彼女に出会えていませんでしたから」

 

 ──なかった筈だった。

 

 思い出されるのは、あの日の事だ。まだ私が一般騎士だった頃の話だ。今にも落ちて来そうな鉛色の空、見回りをサボっていた男騎士に代わって私は帝城周辺を見回っていた。

 

 こんな日は特に危ない。天気も悪く、雨でも降れば侵入者の痕跡など流されてしまうから。特に女である自分が見逃しでもすれば、打首ならともかく人間家畜牧場行きは免れない。

 

 今でも虫唾が走る光景だった。まるで家畜のように首輪に繋がれた女達。彼女らに人権はなく、ましてや自らが人間という知能もない。ただ、餌を食べて、排泄をし、服すら着れない畜生という生物でしかなかった。

 

 女騎士達は毎月1回は警備に回される。それが意味するのは薄々わかっていた。自分達が失敗すれば鎧は脱がされ、自らも帝国の繁栄の礎になるだけと教える為だ。

 

 頭を振って下らないと思う。けれど、生理的嫌悪は拭えない。らしくもない、天気が悪いせいだと思って見回りを再開した………瞬間、帝城の方からマントを深く被った何者かが飛び出して来たからだ。

 

『待ちなさい!』

 

 咄嗟に追いかけた。時刻はもうじき夕暮れだが、雲のせいで夜に近い暗さだった。そんな中で彼女は帝国の近郊に並ぶ森へ向かっていたのだから、止めなくてはならない。

 

 敵襲だろうが、帝城からの逃亡者だろうが見逃せば私自身の処罰は免れないからだ。幸い、相手の足は速くはない。こちらに気付いたようだが、このまま行けば森の入口で押さえられる。

 

『お待ち下さい! 騎士様! 私です!』

『何を言って………確か、貴方は乳母の………』

『どうか………どうか、見逃してくださいまし………!』

 

 もうすぐ背中に手が届くという寸前で彼女は振り返った。その拍子に脱げたマントの下からは見覚えのある顔が出て来たからだ。確か、そう最近生まれた皇女モルガナ様の乳母だったはず。

 

 よく見れば、胸元には小さなお包みが入った籠があり、その中身に気付いた時、私は反射的に剣を抜いて彼女の喉元に突きつけていた。

 

『貴女、何をするつもり!? 皇女を誘拐する乳母なんて聞いたこともないわ! 何が目的!? 王国に売っぱらいでもするのかしら!?』

『誤解です! 私はただ………この子を守りたいだけです!』

『今まさに誘拐しようとしてる人が言う台詞かしら? どの道、無駄よ。悪いけど、貴女を捕まえて手柄にするわ。皇女を救ったとすれば、次期団長の席は固いでしょうから』

 

 浅はかとしか言いようがなかった。世話をする内に情でも移ったのだろう。皇帝の後継が女だと聞いてため息が国中から漏れ出すぐらいには彼女の生誕は誰にも望まれていなかったのだ。

 

 彼女の母親に当たる人物も次、男児が生まれなければ家畜牧場行きだと噂されているくらいだ。そんな赤ん坊に憐憫を抱き、彼女を何処かに連れて行こうと言うのか。

 

『貴女は………同じ女として恥ずかしくないのですか? 生まれたばかりの赤子に何の感情も抱かないと!?』

『情に訴えようとしても無駄よ。貴女を殺して、手土産にする。私が騎士団長になるには必要な事だもの』

『そんなに………この愚かな国のお飾りの席が欲しいのですか? 女であるだけで価値がないと扱われるこんな国を! なのに、何故貴女は騎士団長を目指すのですか!?』

 

 感情的に叫ぶ乳母に対して私は───!

 

「別に大した事じゃない………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「へ? 美しいもの………?」

「もしかして、それが騎士になった理由ですか?」

 

 思わず溢した言葉に、彼らは律儀に反応し、黒猫は分かっていたかのように今度は優しい香りがするホットミルクを淹れていた。その牛乳の香りは幼い頃の記憶を徐々に輪郭を与えてくれる。

 

「………お姉さんがゴミを漁る場所によく家畜がいたの。帝国には人間を家畜として扱う牧場があってね。そこから逃げ出したのだろうそいつは私を仲間だと勘違いしてよく付き纏って来ていたわ」

「今、僕らとんでもない帝国の闇を聞いてない?」

「モナの幼馴染してる時点で取り返しはつかなくない?」

「2人とも、今は静かに聞いてくれるか? 吾輩にとっても大事な話だ」

 

 2人が頷いた所で私は話を続ける。

 

「幼い頃の私はまだ家畜だなんて知らなかったから、変わった人間だとは思いながら、適当にあしらってたの。でも、そんなある日、暫くの間食べられるゴミが見つからなかった。まだ小さい私は暫くご飯を食べなかっただけで、歩く事すら出来なくなってね」

 

 いくら我慢してもじわじわとお腹の音は鳴り止まず、口の渇きは喋る気力すら奪っていった。そんな中で、ある時、綺麗な食べ物と温かな牛乳が目の前に置かれていたのだ。

 

 訳もわからないまま、私はその食べ物………今思えばおはぎだったそれを貪り、牛乳が入ったカップを飲み干して飢えを満たす。そうして、最悪を免れた私は体を起こして気がついた。

 

「──家畜が、血の海に沈んでたの」

「それはつまり、その人が………アルチナさんを助ける為に食料を」

「知能がなかったから、食料を盗めばどうなるかまで考えられなかったのかもしれない。でも………その人はお姉さんを助けてくれたの。女であるお姉さんをね」

 

 あなたには、関係がなかった事なのに。

 それでも助けてくれた、名前も知らない貴方に。

 

 女だからと見下して、子供がスラムにいても何とも思わない知性ある獣達とは違った。

 知能がない家畜だとしても──国中の誰よりも人間だった貴女に私は何かを返したかった。

 

 こんな愚かな国でも、スラム上がりの小娘でも成り上がる事が出来たならこんな小さな美しいものを救えるかもしれないと思ったから………私は剣を握ったのだ。

 

「どうして………忘れていたんだろう」

「多忙による記憶の喪失だろう。少なくとも、あの乳母を見逃したのはまだ主にその原点があったからだ」

「でも、だから我慢し続けて出世の道を探し続けていた。最初の原点を忘れたまま、私はここまで来てしまったのねえ」

 

 漸くはっきりと思い出せた。

 あの日、私は乳母に対してこう言ったのだ。

 

『………1回だけ』

『えっ』

『かつて、私は美しいものを見た。知性のない家畜が誰よりも人間だった姿を。まだ無垢であるなら、その子はきっと人間として育ってくれる筈だから──帝国には置いておけない』

『──っ! ありがとうございます!』

 

 あのまま帝国で育てば知性のない人間に育っていただろう。でも、こんな国じゃなくて、もっと人の美しい所を見られる場所で育てたならば、きっとこの国を変える人間が生まれるんじゃないかって。

 

「だから、お姉さんはあの日は我慢を止めた。幸い、サボってた兵士の失敗としてあの件は処理されたわ。その後、お姉さんは騎士団長になって………ここに左遷されたの」

「そう、だったんですか………」

「もしかしたら、私が見逃した事もバレていたかもしれない。乳母も処刑されたと風の噂で聞いたしね。それでも、我慢し続けなきゃならなかった。私についてきてくれた部下達の為にも、こんな地獄から抜け出す為に」

 

 そうして、私は我慢し続けた。でも、それをやめる瞬間は幾らでもあったのだと思う。でも我慢しなきゃいけないと思い込んでいたのは、

 

「きっと我慢を止めた後に、今まで耐えてきた事への報酬がないかもしれないと………耐えてきた事に意味がないと示されるのが怖かった。お姉さんの行動は未来なんて変えられないと思わされるのが嫌だった」

 

 どんなに頑張っても明るい展望なんて、見えてこなくて、それでもひたすらに走り続けて、大事なものばかり溢していった。

 だけど、この子達が………あの日、生き残ってくれた女の子が教えてくれた。

 

「お姉さんの行動には意味があった!! だって、こうして、辛い時に助けに来てくれたんだもの!! それが分かっただけで、本当に………本当に良かったの」

 

 意味はあった。未来も変えられた。おはぎに言われたように、私は確かに運命を変えていたのだ。それが巡り巡って、私を私たちを助けに来てくれた。私の耐え忍んだ人生に意味があったと答えてくれた。

 

 それが、どれだけ嬉しかったか………きっと私にしか分からないだろう。

 

「なら、吾輩から主に聞こう──また耐え忍ぶ覚悟はあるか?」

 

 おはぎはいつもそう。まるでお姉さんのことを分かってるように、的確に気持ちに整理をつけてくる。その不敵な問いかけの意味はわかっている。アーシュラ達を助ける為に、準備は出来るかと。

 

「おはぎ。1つ聞かせて? お姉さんの腕は最短で何年かかる?」

「早くて2年。遅くても3年以内だ」

「なら──1年よ」

 

 驚きのあまり、黒猫が飛び上がったのを見てうっそりと微笑む。魔法のコツは掴んだ。切削は捨てて、塑像の方だけ極めてリハビリも含めれば凡そそれくらいでしょう。

 

「お姉さんの我慢に価値はあった。だけど、時間もそこまでかけられない。だから、1年。それ以上は認めないわ」

「辛い1年になるぞ………?」

「問題ないわ。お姉さんを誰だと思ってるの──先生?」

 

 帝国騎士団元団長にして、貴方の弟子よ。おはぎ先生?




漸く、アルチナ編終盤です。
歳上のお姉さんに「先生」って揶揄われたい人生だった。
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