吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。   作:シャモロック

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アルチナ視点1話目。先生が死んだ後の話。
アルチナ編で回収しなきゃいけないのはこれで大丈夫かなと不安になる後日談。だから、普段より文字数多いよ、ごめんね。


されど剣は彼の手に

 ──私は貴方の為に、剣を振りたかった。

 

「それは………こういう意味じゃなかったのに………」

 

 返答はない。私が先生と仰いだ、仰ぎたかった黒猫は息絶えていた。綺麗な太刀筋で左右均等に斬り分けられて血の海に沈んでいる。

 もう戻らない命を見て、いつも私はこう思う。私の剣はこんな事の為に、磨いて来たものなのか?

 

「隙だらけ………! 今だ、かかれ!!」

「サジェスが死んだ! ざまあみやがれ! これで水源も帰ってくる!」

「お前ら! ついでにアイツの首を取ってウル様に提供するぞ!」

 

 やけに外野が騒がしい………そうだ。まだ戦闘中だったわね。辺りを見渡すが、どうも視界が滲んでしまっていて良くない。それでも経験は鈍い私の肉体を叱咤し、目の前の脅威に的確に対処する。

 

「がっ!」

 

 上段からの打ち下ろしを剣の峰で滑らせて、胴体を横一文字。

 

「はや………化け物めっ!」

 

 次に襲いかかってきた2人組の振るう剣、その太刀筋を予測し、最大の威力が出る前に止めて、返す刀で首を落とす。

 

「誰か………! ウル様を早く! ここは俺が時間を稼ぐ!」

「いい言葉ね。1秒でもそんなかっこいい台詞になるんだもの」

 

 先程突き技で心臓を撃ち抜いたはずだが、不屈の闘志で立ち上がってきた。けれど、お姉さんの経験上、気持ちが入っていようが負ける時は負けるのだ。

 

 鈍い体を再度、頭、喉、胴体の3連続の突き技で冥土へ送る………が、引き抜こうとした剣に妙な引っ掛かりを覚えた。

 

「おらあっ!!」

「なるほど、いい腹筋してるわね」

「今だてめえら! 命を燃やせ!! ウル様の為に!」

 

 どうやら腹筋で止められたらしい。そこへ頭上から私の頭をかち割ろうとする棍棒の一撃を無刀で挟んで止め、ウェアウルフに刺さった剣ごと前蹴りでトドメを刺す。

 

「生憎、この手の武器は使い慣れていないのだけど」

 

 そのまま奪い去った棍棒で、周りを囲んでいた魔族達の胸倉を掴み、頭をかち割る。1発でおしゃかになったそれを別の相手に投擲でぶつけ、視界を奪った隙に足元に潜り込み、足払い。

 

 そのまま掌底で意識をもぎ取り、背後から槍を持って突進して来たコボルトの攻撃にカウンターで顔面に裏拳を叩き込む。そのまま槍を奪い去り、先端を相手の側頭部に叩き込み、無力化。

 

 そこまでやれば、ほとんどの魔族が二の足を踏み始めた。これでいい。この膠着で時間が稼げれば、それでよかった。リリィ達の帰還もそうだし、何より先生の弔いもしてあげたかったから。

 

 気付けば、砦の外からの戦闘音が徐々に小さくなっている。司令官たるサジェスがやられたから、魔族達は逃走を開始したのだろうか。

 

「また会える………だなんて、本気で貴方は言ってたの?」

 

 あの子達………パティとロンは言っていたわね。クロは確かに死んだはずなのに、こうして帝国の最前線に飛ばされて来ていた。貴方は金貨を産むのが自分の魔法だと言っていたけれど、実は違うんじゃない?ってちょっと思ったりもした。

 

「一度だけなら奇跡………でも、2度目があるなら貴方に聞きたいの」

 

 遺体に手で触れるが、あのふかふかとした天日干しの布団のような肌触りはなく、血と泥で汚れてごわごわとしてるばかり。せめてもの礼儀として、遺体を真ん中で塑像し、形を整えて抱きしめる。

 

「どうして、どうして貴方は………こんな事を………?」

 

 疑問符しか出ない、でも永遠に答えの返ってこない相手に、私は空言のような問いを放つしか無かった。聞き届ける耳も、応じる口も、

 死体となった先生に、私の言葉はもう、何一つ届いてはいないというのに。

 

 私の魔法は欠損も治せるのに、どうして失った命は取り戻せないのか。綺麗な死体になったところで私の心が救われるわけもないというのに。

 

 もっと早く聞いておけばよかった。なぜ、こんな辺鄙な地にまで来て、お姉さんを助けてくれるのか。その献身の理由を貴方に聞きたかった。貴方の目はいつもお姉さんを見ていたから。

 

「魔族の前線の砦を押さえられた。これは帝国にとっての、大きな功績よ。でも──」

 

 その立役者が死んでいたら意味なんてないじゃない! 

 騎士団も、誘拐された人達も、そしてお姉さんも全部全部貴方がいたから誰一人犠牲を出さずに来れたのに!

 

「その犠牲が貴方1人だけだからって全員が許容できるわけじゃないのよ? 先生………お姉さんはこの戦いが無事に終わったら、元々は帝国から逃げる気だったのよ?」

 

 あの日、先生の提案は渡りに船だった。お姉さんを支えてくれた貴方と私の人生に意味があると教えてくれた後継の下で、私が見た美しいものを守りながら、帝国を打倒する。

 

 帝国はもう内側からは変えられない。あれだけ中身が腐ってしまったなら、もう外部から切り離し、新たに作り直すしかないだろうから。その為に、力を貸して欲しかった。

 

 まだ後継には会った事はないけれど、最年少錬金術師なら年齢によるやっかみもある筈だ。その風除けくらいならお姉さんにだって務まるだろうし、きっと先生だって口添えしてくれただろう。

 

 実力主義な王国ならお姉さんは邪険にはされないでしょうし、王国には密偵を疑われるかもしれないけど、暫く平穏な日々を享受していればきっと私を見る目は変わるだろう。それくらいなら余裕で耐えられる。

 

 そして──お姉さんを必要としてくれる人達に応えたかった。

 

『その子を何とかして手に入れたら、王国にいるモルガナを頼ろう。あの子は優しい子だ。吾輩を家族としてきっと迎えてくれる筈だからな。上手くいけば吾輩死なずに合流できる』

『家族にしてはやけにじっとりした情念を感じるのはお姉さんだけかい?』

『ははは、まさかそんなわけないだろう。モルガナが異種姦好きなわけでもあるまい』

 

 そんな会話をしたあの時、貴方は何か考え事をしていたようだけど、私はちゃんと言ったのよ? 

 

『──それじゃあ、末永くよろしくお願いします』

 

 少しドキドキする心臓を押さえながらもちょっと勇気を出して口にした言葉、お姉さんの一世一代の勝負を聞いてなかったのが今でも悔しい。聞いてくれていたなら、貴方はこうして死ぬ事はなかっただろうに。

 

「私の剣は貴方の為に。騎士の誓いくらいやっておけば良かったわね」

 

 狼男の腹部に突き刺さっていた剣を抜き、遺体を優しく地面に置いて私はそれを守るように前に立つ。死地に立ちすぎたせいか、肌がざわつく時は相応の危機が迫っていると本能が教えてくれるから。

 

「げほっ………! っ! 隊長! 無事、全員救出しました! ですが!」

「すげー強い奴が来てる! アタシの魔法でも対応できねえ! 今すぐ撤退の命令を!!」

 

 風や土魔法で何人もの誘拐された人達を抱えて来たリリィ達に一瞥すら出来ず、どんどん重たくなる空気にお姉さんは手だけで、撤退を指示。部下達はすぐに頷き、お姉さんの横を通り抜けていった。

 

「………隊長、また貴女に殿を任せてしまい、申し訳」

「謝るのは後にしましょう? 大丈夫、今回はちゃんと帰るわ。まだ確かめたい事も聞きたい事も残ってるの。それより先生の遺体をお願い。蝶よりも花よりも優しく丁重に扱いなさい」

「ッ!! 了解しました! ご武運を!」

 

 リリィが先生の遺体を抱えて、冷気で保護しながら逃げていったのを尻目にお姉さんは脱力し、剣を構える。

 崩れた中央の建物。その瓦礫が瞬きをするほどにどんどん小さくなり、最後は砂へと変わっていく。

 

 剣? にしてはあまりにも音が静かすぎる。でも残った瓦礫の切断面からして、何かしらで斬られ──

 

「うん。ウルの予定通りだね。きっと、アル様ならそうしてくれるって信じてたもん」

 

 瓦礫が崩れ、人影が姿を現す。抑揚のない声、まるで蓄音機に蓄えた言葉をそのまま使っているような気迫の薄さ。なのに、目の前の姿から目が離せない。

 

 それは戦場での本能が下した判断だ。命を脅かす外敵を前に、それから目を離す馬鹿などいるはずがない。と警鐘を鳴らす音。

 

「うん。まずはあのスライムを倒してもらい、ありがとうございます。おかげさまで水源は復活し、ウルも最高幹部に名乗りを上げる事ができました。お礼として貴方を見逃してあげるね?」

「待ちなさい………それは、その、違うんじゃないの?」

「ん? 違くないもん。ウルは魔族の最高幹部だよ? 今からだけど」

「だって──貴女、アーシュラでしょう?」

 

 夕焼けを思わせる橙色の髪の毛は綺麗に編み込まれ、余った部分はシニヨンに。服装も地底湖で暮らしていた軽装ではなく、黒を基調としたエプロンドレスにホワイトプリムと帝国でよく見る使用人の姿だ。

 

 けれど、明朗快活さは鳴りを潜めて仮面のような無表情をしている。ころころ変わっていた表情はとうの最初からなかったように。

 

「………ッ! サジェスの奴に乗っ取られたのね!」

 

 すぐに思いついたのはあのスライムだった。おはぎ先生だけに留まらず、彼女にも意識を移したらしい。この調子だと、奴隷達全員に意識を移してる可能性すら──

 

「それはないよ? サジェスはウルの提案に嫌々乗ってただけだもん。ウルはいつもこんな感じだよ?」

「………サジェスは保険を全員にかけてないのはどうしてかしら?」

「自分の力に自信があるから、負ける筈ないって思ってたの。地下水源もあるから、自信満々だったもん」

「地下水源………もしかして、あのスライム。貴方達の水まで勝手に使ってたって事? それは嫌われるわねえ」

 

 どうも、こちらが彼女の素らしい。淡々と答えを返していくが、何処か子供っぽい。まるでまだ幼児が無理に大人ぶっているようだ。

 

 道理で魔族側からあのスライムへの忠誠が感じられない訳ねえ。魔族も人間も無能な司令官の下で苦労しているみたい。しかし、この話を聞く限り、もしや魔族が言っていたあの女というのは………

 

「貴女のことかしら? アーシュラ?」

「ん!」

 

 首を縦に振った。つまり、彼女こそが魔族側についた女。ウル様と呼ばれている存在というわけね。アーシュラというのも偽名かしら。しかし、それはそれで疑問が残るわ。魔族に女性種がいるなら、どうして、彼女を礎にしないのか。

 

 それに、1番の疑問は私に対して攻撃を仕掛けてこない事だ。目線を彼女から逸らさず、辺りを伺えば魔族達は武器を捨て、仲間を抱えて逃げ出しているというのに。

 

「ん。別にウルは貴方と戦うつもりはないって言ってみる」

「………何故? 貴女達にとって私は敵のはずよねえ?」

「ん? 魔族からしたらそう。でも()()()()()()()()。元々の目的はますたぁが達成してくれてたもん。ウルはただ貴方と話がしたかっただけ。"ステータス・オープン"」

 

咄嗟に唱えられた聞き覚えのない言葉に身構えるが、何も起きない。なのに知らない言葉ばかりが増えていく。マスターって何? 何故貴方は魔族の繁栄道具にされないのか。その詠唱は何?

 

「ん! 期待以上。ウルが教えた空属性魔法のコツに、ATK値やDEF値もAGI値も予想成長ライン大幅達成してる。やったーばんざーい」

「?? その、訳の分からない言語はともかくとして貴女は何が目的なの? 魔族に与して何がしたいの?」

()()()()()()()()。それがウルの自分に誓った絶対の命令(オーダー)

 

 運命を乗り越える。その言葉だけは、人形のような彼女とは思えない強い意志を感じた。見た目や会話ぶりからして、不思議な子だが中身はかなり熱いものを持っているらしい。

 

 なんだか、興が削がれちゃったわね。

 

「お姉さんと敵対する気はないのよね………なら、幾つか聞かせてもらえるかしらぁ?」

「ウルに答えられる範囲なら」

 

 剣を鞘に納めて、武装を解除する。多分、ウルと名乗る少女の狙いは自軍の撤退。でも、お姉さんを倒すつもりはなく、会話でこの場に留めるつもりのようだ。お姉さんとしても消耗してる中でスライム野郎よりも異質な空気を持つこの子とは戦いたくない。

 

「まず魔族の状況が知りたいのだけど? 戦争をする理由は繁栄の為? であれば、何故貴方は道具にされていないの?」

「戦争は繁栄の為。でも魔族も過激派と穏健派で荒れてる。ハルは穏健派だけど、最高幹部達が殆ど過激派だから手綱が握れてない。そして、ウルは道具にはされない。だってウルは()()()()()()()()

「………頭痛くなってきたわねえ」

 

 どうやら魔族側でも意見が割れているようだ。とりあえず分かったのは目の前の彼女は道具にはされてないらしい。生きた人形というのが文字通りの意味なのかは分からないけど。

 

「次に、何故お姉さんを助けてくれたのかしらぁ? お姉さんは貴女達にとって都合の悪い戦力だったでしょう? この状況を招いてるわけだし」

「ウルの魔法はサジェスと相性が悪い。それに身内によって倒されたら不審感や似たような事を考える魔族が増えるもん。その点、アル様はぴったりの相手」

「………何故、さっきから私をアル様呼びするの?」

「ん? アル様はアル様。そして、ますたぁは神」

 

 とりあえず私を助けたのは、サジェス打倒に利用する為だったらしい。今思えば、看病の段取りや治療の手順に迷いがなかったから元々はやっぱり使用人らしき事をやっていたようね。

 

 あの時、捕まえられたのもお姉さんからちょうど良く離れる為………あと、サジェスに対する敵意を高めるようにって事かしら? 少なくとも仕組まれた計画よね。多分。

 

 でも、ふんす。と自信ありげに胸を張るが、会話になっていないのがつらいところだ。これはお姉さんを騙す何かしらの嘘じゃないわよねえ?

 

 何故、お姉さんならサジェスを倒せると分かっていたのか。それこそさっきの彼女の魔法に関係してそうだけど、喋ってくれるかしら?

 

「じゃあ、貴女の魔法について教えて」

「ますたぁの方が詳しい。若しくは、サラ様か」

「………………サラ様って誰?」

「ますたぁの奥様」

 

 聞けば聞くほど疑問しか増えないわねえ。サラ様というのは誰? 他の魔族の女性種? というかますたぁって誰なのよ? ハルって言ってた人の別名? 魔王の事だったりするのかしら?  

 

「もういいわ………最後に聞かせて。貴女達の魔物に金貨を産むような猫型の魔物はいる? 若しくは死んだら、生き返るような猫」

 

 それはある種の期待だった。おはぎ先生は元人間だと言っていた。でも人間を猫に変えられるような魔法などお姉さんは見たことがない。空属性ならもしかするとあるかもしれないが。

 

 でも、それより先に先生が『人間だったという記憶を与えられた魔物』という線を消して措きたかった。あれだけ頑張っている存在がそんな残酷な事実に気づかないままなんて辛いだけだから。

 

「いない。そんな魔物。カーバンクルが近いけど、お金を稼ぐ力はない。あと、喋ったりもしない」

「なら、おはぎ先生は本当に元人間なのね………また再会できるかしら」

「ん。だけど、キミリアの事なら、大丈夫。また必ず、会える。貴女達ならきっと」

「何を根拠に言ってるのよ」

「だって、ウルは信じてるもん。また何処かで会えるって。だから、寂しくないもん」

 

 ふと、彼女の顔が花のように綻んだ。雪が解けて春が来たようなその表情はこちらから見ても息を呑むような美しさがありありと出されていて。何となく、嘘ではないと思った。

 

 少し安心した。パティやロンの言う事を信じていないわけじゃなかった。敵かもしれない女の言うことを信じるわけでもないのだけど、彼女の考え方は何処か見習うべきだったから。

 

「そうよね………まずは馬鹿みたいに信じてみてもいいわよね」

 

 最悪ばかりの世界で生きて来たからか、希望を持つことを無意識で諦めていたらしい。自分では回復したと思っていたが、まだまだ帝国の闇に考え方が縛られているようだ。と苦笑。

 

「まずは信じてみようかしら………きっと私と同じように。ひょっこり、ロジェって子の前に現れたりするかもしれないものねえ」

 

 そうと決まればまずは帝国に帰還せねばなるまい。その後は、隙をついてロジェって子を回収して王国に向かおう。その間に、先生と再会できたらいいし、出来なくてもこちらから探すべきだ。

 

 そして、再会できたら次は先生を猫に変えたその下手人を探さないといけない。お姉さんは是非ともあの恩人ならぬ恩猫には人間に戻って貰いたい。

 だって一度、おはぎ先生に自分が人間だった頃の自画像を描いてもらった事があるが、

 

「そう………良かったわぁ」

 

 ──バチくそに好みど真ん中の美少年だったのだから。

 

 少し、脚色してるとは言っていたが長いまつ毛に艶がかかった髪。パッチリとした猫みたいな瞳に薄い唇と男らしさとは掛け離れている童顔だったが、それがいいのだ。

 

 何せ、騎士団の男達に理不尽な性的嫌がらせや露骨ないやらしい視線など受けていれば純粋な少年少女の清らかさに惹かれない訳がないだろう。歳下好きで何が悪い。先生は今の私より年上らしいが、構わない!

 

 そんな顔立ちをした相手が、あれだけ世話を焼いてくれていた上に年齢も近いと来たら、それはもう狙いに行くしかあるまい。既に行き遅れどころか売れ残りに違いないのだ。こんな良物件逃したらもう2度と家庭なんて持てやしない。

 

「ふふふ………その為にもまずは下手人を捕まえないとねえ」

「相変わらずの歳下好き。サラ様曰く、しょたこん?で何より」

 

 最後の最後で貴重な情報を貰えたし、そろそろ部下達の撤退も済んだことだろう。結局、彼女は何がしたいのかいまいちわからなかったがまあ悪いようにはならなそうね。

 

「お姉さんは撤退するわ。見逃して貰えるかしらぁ?」

「勿論。近々、この砦は廃棄するつもりだから構わない。それにここを占拠してもあんまり旨味はないもん」

「でも、うちの上層部は無能だからねえ。ここを帝国の男達が占拠したら、彼らは見逃してくれる?」

「ん。無理。ウルは魔族と貴女達の味方であって、帝国の味方じゃない」

「そう………良かったわ」

 

 剣に指先を掛けて、彼女に背中を向ける。いつでも反応できるように態勢を整えていたが、本当に何もしないようだ。ならそのまま堂々と正門から出ようとして、

 

「アル様」

 

 と思ったら、最後に呼び止められた。言葉に干渉する魔法若しくは媚毒だろうかと思って剣を少し抜き、ゆっくり振り返れば………彼女は優雅にドレスの裾を掴み、頭を下げていた。

 

「貴女様に再会できて、このウルスラは光栄であります。そして、いってらっしゃいませ。貴女が見た美しさを………どうか最期まで忘れないで」

 

 そのカーテシーも非常に慣れたように彼女に馴染んでいた。まるで死地に赴く騎士の見送りに私はそれが罠かもしれないと思いながらも、別れの言葉を口にする。

 

「ありがとう。ウルスラ。貴女のご飯、とても美味しかったわ」

 

 剣を鞘に納めて、私は振り返ることなく歩き出す。堂々と敵砦の正門を抜ければ、遠くから砂埃と一緒に馬の音が聞こえてくる。背後から追撃の気配もないようだ。

 

 見上げれば、いつも薄暗い雲がかかっていた空に晴れ間が見える。きっと後継もパティやロンも………先生もこの空を見上げているのだろう。この世界の何処かで。

 

「そうだね、先生。私達はこの広い空の下で──繋がってるんだ」

 

 歩き続けよう。また会えるその日まで。

 この広い空の下、君と私の再会の日まで。




次回はアルチナ視点から語るモルガナとの対談。
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