吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。 作:シャモロック
吾輩は猫であり、今は人間である。名前はクロ、おはぎ、クラウン、モフガルド・ニャンディアス3世、キミリア。人間の名前はヤマト。アゼル卿に連れられて、やってきたアトリエは確かにあばら屋と言っても過言ではない今にも崩れそうな建物だった。
「ここは私のかつてのアトリエでね。国家の錬金術師になった今でも初心を忘れないように建物を買い取って、資料整理などに使っているんだ。さあ、入るといい」
「じゃあ、お邪魔します………」
扉を開けると………開け、開かねえ。建て付けが悪いのか、暫くガタガタさせているとようやく開いた。振り返れば、アゼル卿が愉快げに微笑んでいる。確信犯だな、この人。
中に入ると、埃とカビの匂いが出迎えて咳き込む。内部も外から見た通りと言うべきか。机や椅子は腐り、形をなしているだけだし、本棚の本もスカスカで、試験道具らしきものが乱雑に散らばっている。
こんな所で研究なんてできるのか?
「さて、初見の反応も楽しんだ事だ。そろそろ案内するとしよう」
矢先、アゼル卿がスカスカの本棚を倒すと降りる為の階段が現れた。彼の誘導に従い、階段を降りていくと灯りとまたもや扉が現れる。こちらはあばら屋と違って、木製枠にガラスを利用した現代でも見かける扉だった。
「212、213、214………あ、ファウストさんと、だ、だ、だれ!?」
薄暗い地下室に反した軽い扉を開くと、ひんやりとした湿り気と、乾燥したハーブ、そして硫黄のような鼻を突く独特な臭気が混じり合った空気が流れ出した。
地下室だと言うのに明るいのは、棚に置かれた謎の液体が発する淡い燐光のせいだろうか。広さは案外大きく、だいたい20畳〜30畳くらいか?
壁沿いには柱時計があるが、日付が変わる前から針が動く気配がない。あれ止まってない? え? たまに動くんですか? アゼル卿? 修理出したらいいのに。
部屋の中央には材木の机と羊皮紙の巻物や、擦り切れた革表紙の魔導書が積み上げられ、ガラス製の器の中では、虹色の液体がコトコトと音を立てて沸騰し、細い管を通って一滴ずつエメラルドグリーンの雫を滴らせている。
そんな片隅の空いた空間で指先だけで、腕立てをしてる見慣れた少女はこちらを見て、慄く。まるで道端でいじめられてた相手に会ったかのような顔はやめて欲しい。
「やあ、ロジェスティラ君。彼は私の道楽に付き合わされてる見習い錬金術師でね。君の世話役を任せる事にしたんだ。自己紹介を頼むよ」
「えっと、吾………おれの名前はヤマト。気軽にヤマトと呼んで………大丈夫か? 顔が溶けてるように見えるが」
あうあう、と謎の奇声を漏らしながら溶けていくロジェ。人見知りどころか人間には不可能な液体化するのはやめてほしい。せめて霧化とか吸血鬼っぽいスタイリッシュな変身をしてくれ。
ひとまず、液体をかき集めてコップに入れた所でアゼル卿が中央にあった作業机に面したソファに腰掛けた。吾輩も空いてる木製の椅子に腰掛ければ、漸くロジェも人間体に戻るとアゼル卿が咳払い1つ。
「では改めてだが………私の名前はアゼル・ファウスト。『黄昏の錬金術師』と呼ばれている国家錬金術師だ。今は隠居生活を楽しんでいる道楽爺さんだがね」
「ぼ、ボクはロジェスティラです………あの、その、この人は」
「大丈夫だ。彼は口が堅いからね。だから、私もこうして助手にしているわけだ。だから、君も本当の名前を名乗って構わないさ………レイヴンの忘れ形見よ」
「ッ!? どうして、ボクの父の名前を!?」
さっき聞いたばかりだが、吾輩も驚きは隠せない。何故なら、吾輩が漫画で描いたのは詐欺師としての彼であり、義賊ではなかった筈だ。父親としての役目も義賊の使命からも逃げ出した愚か者として、描いていた筈だから。
故にここからは前提知識は捨てて、判断をせねばならない。今後も同じような事は必ず起きるだろう。今思えば、モルガナを襲ったサカイという騎士からイレギュラーは起きているのだから。
「私はかつて君の父に狙われていてね………帝国で少しばかり豊かな錬金術師だったとはいえ、しょっちゅう来ては便利な道具を奪われるわ、高い酒を盗まれるわ、自分の技術を試す場のように私の防衛装置で遊ぶわ………」
「父さん………ええ?」
「加えて、奴がそうやって遊ぶせいで帝国からは共犯者とされて国を追われるわで………溜まったもんじゃないわ!!」
「ぼ、ボクの父さんが迷惑かけてごめんなさい………」
憧れていた人のダメな姿にロジェの顔からショックを受けているのが伝わってくる。興奮していた彼もまた少し吐き出すと髭を撫でながら落ち着きを取り戻す。その目にはそれだけじゃない感情も宿っていて。
「だが──少し憧れていた」
「え?」
「帝国にいて、人間の汚さに絶望していた私にとって奴の自由奔放さはまるで星のようだった。人を救うために錬金術師を目指した筈が、いつしか上層部の金儲けに使われる。そんな降るだけの諦観の日々を壊してくれたのは彼だった」
「父さん………」
「悪に堕ちようとも善を成す彼になりたいと思ったよ………まあ、私には才能はなかったがね」
初めて聞いたその話は、確かにあり得るかもしれない。アゼル卿は老人だが、レイヴンは設定通りなら恐らくは半吸血鬼。アゼル卿よりは老化が遅いはず。ってか、なんだその熱い展開。吾輩も描けばよかった。
それに、アゼル卿が見るロジェの視線はかなり優しいものだ。孫を見るような慈しみと後悔が混じったような目を向けられ、彼女も少し困惑している。
「だが、ある日彼の自由も突然終わりを告げた。キミの父はあるものを盗まれた」
「父さんが、あるものを………?」
「──心を盗まれたのさ。監禁されていた奴隷達の中にいた高貴な藍髪をした長耳の女性。キミの母親に当たる亜人にだ」
「ボ、クのお母さん………?」
そ、そう来るかぁ………吾輩の時は詐欺師たるレイヴンが、家畜牧場に侵入して都合のいい嫁を探してた所を捕まえられたのが顛末だったのだが、凄いな。これだと愛に生きる泥棒みたいでかっこいい………吾輩のスピンオフがただダメなだけじゃないのか? これ。
「君の髪や性格は彼女によく似ている。顔立ちは父譲りのようだがね。しかし、帝国でか弱い女性を守りながら義賊を続けるのは難しい。風の噂で聞いた話だが、私が王国で錬金術師の地位を確立した頃、君の母を人質に五星騎士によってレイヴンは捕まったそうだ」
「………そして、ボクが生まれた」
「ああ。凡そ今から15年前の話だ。牧場に行く前に君を妊娠していたならば、そうなるだろう。知らない仲ではないとはいえ、王国在住に加えて、私にも家族がいる。奴の為にわざわざ助け船を出すつもりはなかった」
「見殺しにした、って言いたいの?」
「その通りだ」
「アゼル卿。そんな露悪的な言い方をしなくても………」
「事実だ。ヤマト君。そして、ロジェスティラ君。私が君を匿うのは、とある依頼の達成の為………そして、私の2つの心残りを解決する為だ。だからこそ、君に問いたい。君の父を見捨てた私に協力してくれるだろうか」
「………………」
「私のために、力を貸してくれるだろうか」
アゼル卿の問いかけはひどく曖昧だった。仲間というには浅く、敵というには遠い関係だったレイヴンを救えなかった事、義賊とはいえ盗人だからと、それは仕方なかったと切っても何らおかしくはないだろう。
「貸すよ、勿論」
「………良いのか?」
「貴方は助けられる位置にいなかったんだから、しょうがない。助けられる立場で、自分の手で殺したボクなんかよりよっぽどいいよ」
震えた声で、ロジェは頷く。帽子に隠れて伏せた彼女の顔は分からないが、ひたすらに後悔と懺悔が詰まっていた。聞いてるこちらが胸が詰まるくらいの諦めすら入った自棄の了承に、アゼル卿は目を伏せる。
「ざっくりは聞いてたけど、ボクの血が必要なんだよね。誰かを食い殺して糧にする事しか出来ないこの怪物の血が」
「ああ。簡潔に伝えるが、ミスト王女殿下を救う為に必要な肉体を作成し、賢者の石を利用して魂を移したい。魂を観測する方法は用意した。後は素体となる人形の調整と賢者の石。この2つを持って私の後悔を拭いたい」
「アゼル卿、その後悔って………先程の」
アゼル卿が黙って頷く。ここで先程、聞いた見殺しにした妹の話が関わってくるのか。ロジェもアゼル卿から滲み出る悲嘆に暮れた様子に姿勢を正す。吾輩も背筋を伸ばして、次の言葉を待った。
「私は昔、帝国の貧民の生まれでね。汚い飯を奪っては食べて………妹に血を飲ませていた」
「………血を?」
「妹は、吸血鬼の血に侵されていたのさ」
「「ッ!!」」
「幼い頃の私に、それを治す方法や手段はなかった。腹を空かせて、死体を貪る妹に血を飲ませて落ち着かせる対症療法しか取れなくてな………自分の無能さを呪ったよ」
「その気持ち………分かる気がする」
「結局、妹は乾きに耐えられずに吸血鬼になった。そして、腹を空かせた吸血鬼は飢えを癒す為に目の前の肉を………私を食べようとして、自殺した」
アゼル卿の手が震える。それを抑えるように手の平が彼の顔を覆い隠す。今でも彼の心に刺さった棘なのだろう。震えるアゼル卿の背中を摩る。痩せて骨張った体を落ち着かせるように、熱を送るようにすれば、その腕をアゼル卿が優しく叩く。
「すまないね。続きを話そう。妹は、最後の理性で太陽の下に飛び出して灰になって、風に消えた。それを見て、私は思ったんだ………もっと自分が賢ければ、色々な方法を知っていればまだ妹と生きて行けたかもしれないと」
「………だから、錬金術師になったんですか」
「そうだ。あの日、灰になった妹を救える手段を欲した。錬金術師になって、多くの事を知って、助けられる方法も手にして………彼女に助けを求められた。神が与えた慈悲だと思ったよ。あの日、救えなかった後悔を拭う最後の機会だとね」
アゼル卿の肌からヒリヒリとした何かが伝わるようだった。戦意とも呼べる、熱い何かが吾輩の腕から伝わってこちらまで火が付いたように熱く、高く気持ちが燃え盛る。
「ふ、ファウストさんは怖くないの? だって、自分が今度こそ助けられる保証はない訳だよ? また失敗するかもしれ──」
「
「それは、詭弁だよ………取り返しのつかない失敗だってあるよ」
「無論、だが
「じゃあ、何をどうすれば………ボクは、ボクは! あの日の失敗を取り戻せるって言うんだよ!!」
びっくりしたのは吾輩だけじゃなかった。あのロジェが机にヒビが入る勢いで拳を振り下ろせばそうとでもなる。あのアゼル卿ですら、あまりの剣幕に説法を辞めてしまったくらいだ。
「ボクなんかじゃ、もう死ななきゃ釣り合わないくらいの人を失った! それもボク自身の手で! モナ姉もアル姉も………ユニティさんでさえ、大切にしてるんだなって、見て分かるくらいの人を!! ボクが殺した………ボクが殺したんだ………こんなの、どうすれば良いんだよ………幾ら生き返るからって………次に蘇る保証なんて、どこにもない………ボクのせいで、あの人達は2度と笑い合うことも出来なくなるかもしれないのに………」
堪え切れない鬱屈とした感情が炸裂し、それがそのまま舌に乗って吐き出されたように思えた。激情が、胸に内側で燃えたぎるように、奮って砕けた拳から血の赤が壁に散り、掌でそれを乱暴に広げて机に落ちる。
自分は勘違いをしていたかもしれない。そうだ、そうだよな。それが普通なんだ。だって、ロジェスティラ・ルノワールはまだ12歳の子供で、簡単に割り切れるわけじゃないんだ。
「──分かるよ。その気持ちは」
そして、きっとこれは吾輩も顧みなきゃならない事だと思った。
本当なら死は永久の別れだって事を、吾輩は前世で痛いほどわかっているつもりだった。
でも、自分が死んだ後の事までは今まで分からなかった。死んだ後の世界なんて見る方法がないのだから。
吾輩が知ってる彼女達はずっと強いと、たかだか猫が死んだだけで立ち直れなくなるほどなんかじゃないと何処かで思っていた。
けれど、ロジェは泣いている。自分が殺した後悔に潰されそうになっている。もしかして、モルガナやアルチナ………妹や親友に、そして愛弟子も。残されたものたちはこう言う風に泣いていたのだろうかと思った。
──嫁も、おれが泣きながら死んだのは知ってるのかって。
「おれも事故で嫁と死に別れた。誰も悪くない。強いて言えば、運転していた嫁の隣でぐーすか寝てたおれが悪い。おれも人生でいえば、満点なんて程遠い。せいぜい平均点くらいだ。だけど、おれも機会を得た。嫁と笑える未来を取れなかったおれが………誰かと笑える未来を取るための機会が」
ロジェのすぐそばに膝を突き、泣く彼女の目元の涙を指で拭ってやる。出る前に持たされたハンカチを血が滲むロジェの手に巻きつけて、その上から優しく手を握ってやる。
「自分の無能さは今でも呪ってるくらいだが、それでもやらなきゃいけない使命がおれにはある。ロジェスティラ、君にはないのか? 無力さに苛まれてでも前を歩かなきゃならない使命や約束が」
吾輩は知っている。ロジェスティラがここから立ち上がれる強い子だと。漫画では、あの日にモルガナを傷つけていた彼女だが、償いの為に、約束の為に彼女は前を向いて歩き続けたのだから。
「………あ、るよ。ルノワール一族の復興………そして、ミスト王女を助ける。やぐぞぐがあるよ!!」
「なら、頑張ろう。おれも君も、満点は取れないかもしれない。だけど………まだ自分の最高点は更新できる」
完璧ではなく、最善を。満点ではなく、最高点を目指す生き方はかつての恩人から教わった言葉だった。
それに、おれは救われた。妹を養う事も、夢を叶えようとする事も全部完璧にやり切ろうとして、死にかけたおれだから、その優しさが今のおれを作っていると。
「それでも、ボクは………自分が大嫌いだ。何かになりたいって足掻くわりに前に進めてる気がしない。やらかすばかりで、自分で納得いく選択肢も選べない自分なんて………信じられないよ」
「なら、おれが信じるよ。君の事なんて、何も知らないおれが君を信じよう、君は凄いやつだって。だから、君もおれを信じてほしい。皆が笑える未来を掴めるようにって」
ロジェの手が、血が滲む手がおずおずと握り返してくる。
その掌は父が亡くなってから、ひたむきに鍛錬を重ねてきた努力の証だ。自分を信じきれないから、才能にあぐらを描かずに努力を重ねてきた表明だ。
そんな彼女が自分を信じられるように。
そんな君を信じる人がいるように。
「………ルノワール一族は帝国貧民の期待や信頼に応えてきたって父さんは言ってた。それが義賊の矜持に乗っ取って、自由に活動した結果だとしても、ボクは──ボクを信じてくれた人達に答えたい」
「そっか。なら、応えてくれ。特等席で見てるからな」
止まっていた筈の柱時計の針が、音を鳴らす──日付が変わった。
感想、評価ありがとうございます。忙しくて感想返せてませんが、ちゃんと目は通してますのでどしどしください、待ってます!