吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。 作:あんみつ炙りカルビ
「詳しく、説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしてます」
「いや、既に欠いて………んにゃあああああああ!!」
吾輩は猫である。名前はクロ、おはぎ、クラウン、タンゴ、モブガルド・ニャンディアス3世、キミリア。人間の頃の名前はヤマト。
現在、吾輩はモルガナによってひたすらにモフられている。あの取引を結んだ夜会から1ヶ月後の事である。
「私が何に怒っていますか、分かりますか?」
「勝手に、魔導列車計画にナツメ商会を噛ませようとした事?」
「それはまあいいです。ナツメ商会を噛ませても利益は出る計算ですから。他にあるでしょう? 大事な事が」
「アルチナにムサシ殿を鍛える事をお願いしたこと………?」
「ク〜ロ〜?」
「………吾輩の命を差し出す取引をした事?」
「貴方は! どうして! 簡単に! 命を! 賭けようとするのです!」
「にゃああああああああ!!」
揉みくちゃにされる吾輩を止めてくれる奴はもういない。でも仕方ないじゃないか。ムサシ殿のような実力者と今後も上手くやっていくのに吾輩を差し出すだけで協力を得られるのだ。やらないわけにはいかないだろう。
「なので、クロ。罰として、人間になりなさい」
「………? まあ、それは構わないが」
「そして、メイド服で私に奉仕しなさい」
「嫌です………ぎにゃあああああああ!?」
モフモフを通り越してガシガシと毛をむしられるような動きに変わったので、吾輩は屈するほかなかった。嫌々ながら、メイド服状態でモルガナの側にあるサイドテーブルにお菓子を用意する。
『ダメだよ、ますたぁ。もっと茶葉は蒸らさないとだし、ちゃんと入れる時は相手の好みを把握して茶葉を用意しなきゃ〜モルガナ様は香り豊かな方が好きなんだから〜』
「何で吾輩より、モルガナの嗜好に詳しいの?」
脳内に響くウルテマ先輩からの叱咤を受けつつ、茶葉を入れ直して紅茶を入れ………あの、すみません。モルガナ? 吾輩の尻尾をさわさわするのやめて頂けます? ちょっとゾクゾクするんだが? セクハラなんだが?
「モルガナ、お茶が入ったぞ」
「メイドの癖に生意気ですね。私の事はお嬢様か、奥様とお呼びなさい」
「奥様。お茶が入りましたよ」
「では、食べさせなさい」
「我儘すぎるな、この奥様………はい、あーん」
「ちょっと!! お姉さんが頑張ってるのに、何いちゃついてるのかしらぁ!?」
「隙ありぃぃっす!!」
ここぞとばかりにお嬢様プレイを楽しむモルガナの眼前に広がるのは、アルチナとムサシ殿が剣を交える光景だった。木の剣とはいえ、二刀流のアルチナの剣戟を受け流したムサシがすれ違い様に胴体に剣を叩き込み………ムサシ殿が勝利した。
「か、勝った………俺の勝ちっす!!」
「嘘、でしょ………お姉さんが、私が、剣で負けるなんて………!」
膝をつくアルチナに勝鬨を挙げるムサシ殿。吾輩もまさか、アルチナが負けるとは思わなかった。珍しく悔しさを隠さずに拳を地面に叩きつけるアルチナにその一部始終を見ていたロジェから一言。
「………10戦して1敗しただけだよね?」
「その1敗が許せないのよぉ!! 完勝する予定だったものぉ!」
「いや、ほんと………やる前の俺を爆発してやりてえっす。はぁ………考えが甘すぎた。げほっ………ここまで実力が離れてるなんて」
「一息ついたら、ムサシ? ほら、タンゴ様がお茶を淹れてくれたようですし。ね?」
「ロジェもティア嬢を連れて戻って来なさい。スケルトン退治は一旦お終いです。お茶会にしましょう」
「はーい」
骨の山から転がった頭蓋骨を踏み砕き、準備運動を終えたくらいのロジェがティアを横抱きにして戻って来た。ティアは疲労からかぐったりしている。死んでいるかもしれない。
まあ、ティアにとっては日常からかけ離れた空間によるストレスもあるだろう。何せ今の吾輩達がいるのは、古びた劇場………吾輩とサカイが亡くなった後にモルガナによって建てられた『黄金劇場』なのだから。
黄金劇場には吾輩が生み出した大量の金貨が眠っており、モルガナは自分が建てた劇場だからと転移扉による移動で研究費などをここから捻出している。同時にスケルトン退治をする事で体が鈍ることを防いでいるとか。
あの取引の後、吾輩達は滞在を得てムサシ殿の領地にやって来た。モルガナ達と情報を共有し、アルトリウスの恐ろしさへの対策をする為に。転移扉で移動して来た魔女3人はとりあえず吾輩を回収し、各々の行動に入ったのだ。
モルガナは吾輩成分を補給し、アルチナはムサシと10本勝負。ロジェはティアの魔法試運転に付き合うついでにスケルトンを倒していく。そして、全員が一区切りついたのが今というわけだ。
ひんやりとした湿気と古いカビの匂いが漂う観客席。崩れ落ちた天井の大穴から差し込む壊れ果てたシャンデリアの僅かな光が、吾輩達を照らす。豪華だったビロードの座席は無残に破れ、中から変色した綿が飛び出しているが、集まった面々は気にせずにまだマシな席へと腰をかける。
モルガナが杖で床を叩くと、観客席が移動し、円卓を囲うように再配置される。机には吾輩が淹れた紅茶とお菓子が並び、モルガナが香りを楽しむように口に運んだのをきっかけに秘密の会合は始まった。
「クロから話は聞きました。取引内容の一部に文句と不満と不評と罵倒がありますが………はっきりしておきましょう。貴方達にとってクロと私は仇かも知れませんが、クロが命を捨てて撃退しなければ立場は逆になっていた。その事だけは念頭において、次の言葉を話しなさい」
「いきなり釘を刺しに行くんじゃないよ、モルガナ」
開始早々、喧嘩を売りにいってるモルガナを宥めるが氷より冷ややかな目で返されて吾輩はお口をチャックする。あの目は本当に怒っている時に見るような目だからだ。
「クロは甘すぎるんです。あの日、私とクロは抵抗しなければ死ぬところでした。下手をすれば村人全てが死んでいたかもしれません。とはいえ言い分はわかります。なので許しなさい、とまでは言いません」
対峙しているムサシ殿とセレナ殿はすっかり萎縮している。出会った頃はまだモルガナが臨戦態勢でなかった事もあるが、体から発してる魔力に物言わせた圧と言外に恨み妬みを言いたいのはこちらだという事が伝わるからだ。
「けれど、これだけは言っておきます。貴方達の都合だけでこちらを恨まれても不愉快です。帝国の都合で私は生まれ、命を狙われ、振り回されて、好きな人と平和に暮らしたいだけなのに………玉座に座らなくてはならない。その為に無駄な労力を割かなきゃいけないことに対する補填はないのですか?」
「………私達も、その革命にぜひ協力を」
「
「ッ!! それは流石にやりすぎっすよ!!」
「であれば、お帰りはそちらからどうぞ? 貴方達はまだ勘違いしてるようですが………先に脅しをかけて来たのは貴方達です。礼を欠いた交渉が現状を生んでいる。実力による格付けも先程済んだようですからね」
交渉に入る前に、アルチナとムサシ殿が剣を交えた理由がこれか。ナツメ商会が誇る武力ではモルガナを動かすには至らない。対話をしようにも、最初の交渉による印象の悪さが足を引っ張る。後、吾輩との取引。
「私の育った村を守ってくださった事に感謝はしますが………私の中で貴方への評価は最低値です。それでも復讐をしたいのであれば、今ここで私達とやり合いますか?」
「それは………」
「まあ、巨悪たる帝国が相手なら怨恨を水に流して手を組むってのは理解できますが開幕から脅してクロを引っ張って? 挙句に復讐したいけど我慢してやるから後継を引き摺り下ろすのに手を貸せ? 幾ら何でもこちらに益がなさすぎます」
「やめろ。帝国とやり合うのに、味方がいる分にはいいだろう? 吾輩程度で──」
「クラウン。少し黙ろっか。キミは自分の価値への誤解がこの話をややこしくしてる気がするし。おいで、猫の姿でね?」
黙ってお菓子を摘んでたロジェに、遠回しに黙れと言われたので渋々黒猫姿でロジェの腕に抱えられる。小さく頷いたロジェにモルガナは頷き、再び取引に移る。
「味方、という面で言えばクロが王国に一言かければ彼の味方をするものは多く出るでしょう。何しろ、彼は王国を建国した張本人。加えて、亜人達の楽園たる連邦国の代表もクロに育てられた魔女です。帝国に恨み辛みを持つ亜人達すらも協力できるならば、わざわざ貴女達の力を借りる必要はない」
「………であれば、どうすれば協力いただけますか?」
「貴女達からは申し訳ないという気持ちが伝わって来ないのです。自分たちの都合を通す事ばかり考えている。帝国騎士の鏡ですね。後継と仲良くしたらどうです?」
ナツメ商会がモルガナの心を動かすには積み重ねが悪すぎた。吾輩が助け船を出さないと話がまとまらないのが目に見えるほどに。完全にモルガナは聞く耳を持っていない。どうでもいいのが伝わってくる。
「はぁ………姫様? 一応、お姉さんも帝国騎士だから言うけどぉ。これでも一般帝国貴族からしたら譲歩してるのよぉ? 確かに態度はいただけないけどね? もっと酷いと、『生贄法』や『奴隷法』の対象にされるから」
「聞きたくないので、掘り下げなくて結構です」
「生贄法は無実の親族を捕まえて、減刑を盾に戦場や他国への潜入に使う法律ねぇ。奴隷法は家畜牧場の奴隷達に教育を施した後、一般人と結婚させて『奴隷の家族は奴隷』との事で貴族を丸ごと奴隷にしたりもできるからぁ」
「聞きたくないって言いましたよね?」
「皇帝になろうって人が知らないなんて腑抜けた事言えると思ってるのかしらぁ? 少しは頭を冷やしなさい。ナツメ商会も、今回の件で私達と手を組むのであれば最初に会った貸し借りは正式に解消。そこはいいわね?」
珍しく、アルチナが苛立ちを交えた声にモルガナは居心地悪そうに居住まいを正し、ナツメ商会もビクッと肩を揺らして頷く。
「宜しい。じゃあ、話をややこしくしてるおはぎ先生の復讐の件の話をしましょう。ナツメ商会………というかムサシ団長は個人的な私怨でこの取引に失敗した場合におはぎ先生の命を幼馴染に委ねるって事だけど、認識は合ってる?」
「………っス」
「でも私達からしたら、旦那様を見殺しにした挙句、復讐を踏みとどまれと? それは納得できないわよねえ………だから、こうしましょう」
アルチナの目線の先、そこには疲れから背もたれに体を預けながらも固唾を飲んで流れを見守る少女がいた。その言外の目線にセレナ殿とムサシ殿の顔から血の気が引く。追って吾輩も理解した。
「
「そんな横暴認められないっすよ!?」
「横暴? 馬鹿ねえ。これは交渉で互いに妥協点を探さないとならない。魔導列車は互いに利益が発生する。砂塵の騎士団の指導も仮想敵の戦術を知れるし、私の錆落としも出来る。勿論、貴方達も強くなる。であれば、これが妥協点よ。貴方が最初からおかしな真似をしなければ、可愛い義妹の尊厳を差し出す必要はなかったのだけどねえ」
アルチナはそこまで言ってため息をついた。やりたくない事をやらされてるそんな目で。
「私は帝国にも美しいものはあると思ってる。きっとナツメ商会は純粋に帝国に人質にされたティアちゃんを守りたいだけなのもね。だからこそ、騎士たる貴方が私怨で全てを台無しにしてどうするの」
「だとしても、俺は約束を果たしたくて………」
「過去の女に囚われて、帝国への復讐ばかりで空回って、取り返しのつかない失敗をする前で良かったわね。今回の件を踏まえて、戦争で荒んだ貴方からちゃんと昔の貴方思い出しなさい──私が、彼にそうされたように」
アルチナに諭されたムサシ殿は黙って肩を震わせるばかりだ。セレナ殿もムサシ殿に手を伸ばして、触れずに膝の上へ置かれた。
これ以上は互いに退かない、そんな空気にムサシ殿の顔が土気色へ染まっていく。失敗すれば全てが台無しになるとわかった空気の中で、
「分かりました。絶対服従を誓いますわ」
お嬢様は確かに強く宣言した。
肉体はスケルトン退治による疲労からふらふらだと言うのに、目線だけはあの時と同じように乾いていた。何かに焦がれるように。
「ティア、貴女、何を!?」
「アルチナ様の言う通り、ナツメ商会はタンゴ様の命を担保に、貴女達は私の人権を担保にすれば対等な取引になる筈ですわ」
「ま、待つっす! それなら、俺が代わりに………!」
「義兄様は領主に加えて、騎士団長。何かあった時に失うには惜しい人材ですわ。なら私の方がいいに決まってます!
「ティア嬢? それは今の貴女には彼より価値はないと自白しているようなものですが? こちらが差し出すのは夜明の錬金術師。侯爵家の次女程度で釣り合うようなものとでも?」
「おい、言い過ぎだ。モルガナ。ここが落とし所だろう。吾輩としても彼女は欲しい………言っておくが、変な意味じゃなくて戦力的な意味でだからな? だからそのゴミを見るような目をやめてもらえるか? セレナ殿」
ロリコン………とでも言いたげな目に吾輩は弁明するが、目線だけでお菓子をもしゃもしゃしてるロジェを見られては返す言葉もない。一般的には『少女を育てて成長したら食うのが性癖』みたいな扱いをされてるしな吾輩。
これもう名誉毀損で勝てるんじゃないか?
「──舐めないでくださいまし」
そして、名誉を傷つけられたのは吾輩だけではなかった。
「確かに、今の私にはタンゴ様ほどの価値なんてないですわ! ですが、いずれ私は帝国1のピアニスト………いえ!! 世界一のピアニストになりますわ! 先行投資をするのであれば今のうちですわよ!! 何せ、今が最安値ですから!!」
机に音を立てて足を叩きつける。向けられた指先はモルガナに。当の本人は振動で揺れた紅茶のカップを支えながら、向けられた指先を掌で弾く。
「礼儀はなってない。不明瞭なものに投資はできない。それでも、貴女は自分の命を担保にするだけの価値があると?」
「貴女は価値が分からない人ではないでしょう? 今の価値は先程のスケルトン退治で分かったはずですわ。そこからどれだけ伸びるかも。まさか、女帝になろうとする方がそれくらい分からないようじゃ国は持ちませんわよ?」
セレナ殿が煽りまくるティアを慌てて座らせようとするが、ムサシ殿がそれを止める。いい判断だと思う。だって先程より遥かに機嫌が良くなってきているのだから。
ゆっくりと紅茶を飲み干して、静かにカップを置く。彼女の行動1つ1つに全員の目線が集まる中、誰かが唾を飲み込む音がした。
「──いいでしょう。ティア・F・ナツメ。貴女の全てを私に捧げなさい。貴女の献身を対価にナツメ商会に報いるとしましょう」
「っっしゃあああ!! ですわ!」
「ティアの口や礼儀が悪いのって、生まれつき?」
「お母様譲りですわね………」
渾身のガッツポーズをする彼女にセレナ殿が肩の力が抜けたように背中を席に預ける。それを見たムサシ殿が今にも死にそうな顔を更に歪めながら改めて取引内容と契約内容を整理する。
「………内容は3つっす。取引内容が満たせない場合、こちらはタンゴ様の命を。そちらはティアの人権を好きにする、という条件で結ぶっす」
「ではまず魔導列車計画への参入の件。それは誠意と謝罪として必要な物資を安価で手配致しましょう。後に資料の送付を願います」
「次に俺の部下達を鍛える件は、彼らにも話は通しておくっす。場所はこの劇場で………可能なら、新たに部屋を構築することは可能っすか?」
「可能です。代わりにアンオブタニウムをいただきたい。研究用として使いたいのです」
「吹っかけますわね………いいでしょう。少量であれば用意いたします。ただし、こちらは時間がかかりますからお待ちくださいな」
「最後に………アルトリウスを引き摺り下ろす。そうすればティアは解放されて、ナツメ商会は自由に動けるし、何なら洗脳疑惑のある彼を下ろすことで自浄作用が働くかもしれないっすから」
「ああ、任せろ。吾輩が場を整えてやる。出来なきゃ、アート殿に差し出すなりなんなり好きにしろ」
両者納得した上で、契約書にサインする。皆で読み込んだ代物だ。罠があるとは思わんが、それだけやってもダメなら諦めがつく。
「では、よき取引相手になれるように善処します」
「こちらこそ、前向きに検討しますわ」
吾輩は猫である。名前はクロ、おはぎ、クラウン、タンゴ、モブガルド・ニャンディアス3世、キミリア。人間の頃の名前はヤマト。
でもまあ、警戒心ばちばちな2人を見てると何かあったら嫌だなと思う吾輩なのだった。
「………クロ、少し時間いいですか?」
「ん? まあ、構わないが」
「少し、行きたいところがあるのです。付き合ってください」
*
いい機会だと思った。アルチナが言うように私も原点を見直す機会だと。
「お久しぶりです。村長さん。私です。モルガナです。お元気にしてましたか?」
「お、おお………モルガナちゃんか! 随分と美人さんになってしまって! そちらの隣の方は?」
「紹介します。私の夫のヤマト・クロスです。王国の錬金術師なんですが………村長さんには別の名前の方がよく知ってるかもしれません」
「ん? 君はどこかで会ったことがあるのかい?」
「まあ、気付きませんよね。村長殿。吾輩です。喋る黒猫だったクロです」
「………………っ!?!? なんと、まあ!? 人間が猫に変えられたんじゃないかと薄々思っていたが、生きていたんだな!! そうか、そうか!! その上、モルガナちゃんと結婚したのか〜いやはや、月日が経つのは早いもんだ」
打ち合わせを終えた私達は、かつて私達が育った村を訪れていた。念には念を重ねて、フードを被って銀髪を隠し、クロにも帽子を被ってもらう。村長宅………今では立派な石造りの家に住む町長となったパティに父は私たちを歓迎してくれた。
「パティは元気かい? 便りがないのは元気の証拠だとは思ってるんだけどね………」
「はい。パティは元気ですよ。この間、ロンと結婚式を挙げたばかりです」
「はっはっはっ!! そうか、遂にロン君と結婚したか!! いやはや、今日はとびきりいい日じゃないか! 嬉しい知らせが今日だけで2つも! そうだ! 2人ともこれを飲むといい!」
町長は棚から瓶を取り出す。中に見えるのは透明な液体。
「ツーウンユ家の領地ではこのお酒の元になる穀物………『米』と呼ばれる作物を栽培しているのだが、酒にすると非常に味が良くてだね。ツーウンユ家の特産品にもなってるくらいなんだ。さあ、飲みたまえ」
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って、瓶を傾け、私のグラスに透明な液体を注いだ。その瞬間、ふわりと果物のような華やかで甘い香りが鼻腔をくすぐる。
基本的に、私は隙を見せないために外ではお酒を自省していますが………注がれた液体から漂うそのあまりにも澄んだ香りに惹きつけられ、思わずグラスを手に取り、ほんの一口だけ舌の上で転がした。
「……美味しい」
驚きが声に出た。雑味がまったく無く、水のように澄み切っているのに、後から甘さと辛さの完璧な調和が口いっぱいに広がる。
「美味いな、以前吾輩の歓迎会の為にアルチナに用意されたものよりも遥かに」
私より酒飲みなクロが唸るほどの代物とすれば、余程のものだろう。絶句する私達に町長さんはにこにこしながら、もう一つの瓶をこちらに渡してくる。
「私からの結婚祝いだ。パティとロン君。そして、君たち2人に」
「そんな、吾輩達は貰えませんよ。こんな高価なお酒!」
「構わない構わない。この村………今の領地はツーウンユ家に管理され、ダンジョンの管理と訪れる者達の為に宿屋や飯屋で繁盛してるんだ。そして、算出された金貨によってツーウンユ家から食料を買っているのさ。ナツメ商会の商人達によってね。その護衛は領主様の部下の皆様が担っている。つまり、割と手に入りやすいんだ。町長権限でね?」
「それだけ聞くと、帝都よりも上手く経済が回ってるようですね。皆様が飢えていないようであれば良かったです」
私のせいで。と出かかった言葉を飲み込んだ。私という爆弾を抱えて、逃したというのに皆が帝国から処刑されなかったのは運が良かったにすぎない。
「そうだね。だから、モルガナちゃん。君が重荷に背負う必要はないんだよ?」
そんなことを分かってか、町長さんの声は静かで優しかった。
「君の出生については、予想がつく。君は帝国からすれば望まれなかった命かも知れないがそれでも
「そう………でしょうか?」
「当たり前だろう、モルガナ。主がいなければ『陽炎事件』は被害者がいたかも知れない。主が進める魔導列車計画が上手くいけばもっと救える人が居るはずだ。それに………吾輩は主に会えて嬉しいよ」
「クロ………!」
どの口が、私を嗜めるのかはさておき。クロがそう言って素直になってくれるのは珍しい。体ごと隣に座る彼に預ければ、ぽんぽんと揶揄うように頭を撫でられる。
「いやはやあっついねえ、お2人さん。仲睦まじそうで何よりだよ」
「「しまった、つい………」」
「日頃からそんな感じなんだねえ」
「んんっ。それではあまり長居して皆様に迷惑をかけるわけにもいきません。それでは私達はこの辺で」
にやにやとする、町長に咳払いをして私達は席を立つ。町長は見送りをしようとしたが、手を振って拒否をする。
ああ、でもこれだけは言っておかないと。
「町長、私はいつか堂々とこの村に帰って来ます。私が国の玉座につき、今度はパティとロンと3人で。必ず、帰りますから」
生まれは帝国だとしても、間違いなく私にとっての故郷はここなのだ。今の私は姿を隠さないといけないけど………いつか堂々とこの村に凱旋をしたい。
私を育ててくれた帝国の良き人々に、私の成長した姿を見せる為に。
「私達は君たち若者が平和に暮らしてくれればいいんだよ。でも………辛くなったら戻って来なさい。この村は君たちの帰る場所なのだから」
そんな私の宣言を町長は目を見開き、ゆっくりと頷いてくれた。遠回しな応援の言葉を受けて私達は町長の館を出た。
時刻は夜だというのに、かつての村とは思えないほどに光に溢れて人々の喧騒が聞こえて来る。
ダンジョンを目指す者や、そこで持ち帰った宝物を売り捌く商人たちで、かつての村は昼間以上の熱気に包まれていた。
かつては羊の鳴き声しか聞こえなかった静かな小道には、今や香辛料と炙り肉の香りが立ち込め、あちこちで歓声と乾杯の木樽がぶつかる音が絶え間なく響いている。
「今夜の舞台、あいつら新しい技を生み出してたぞ!」
「次はどの演目が解放されるんだ? 効率のいい金稼ぎが出来たらいいが」
すれ違う人々が口々に噂するのは、ダンジョンの最奥で踊り続けるスケルトンたちのこと。かつて黒猫の墓のつもりだった劇場は今の人々を惹きつけてやまない『ダンジョン』として栄え切っているのだ。
「変わりましたね、この村も」
「寂しいか? 自分の故郷がこうなってしまった事に」
「そう、ですね。変わってしまうのは仕方ないとはいえ、それでも良き変化ではあるのでしょうから」
昔は外貨を稼ぐ手段もなく、農作物や家畜を皆で分け合って生きて来た。クロがいた時よりも経済が回り、外貨を稼ぐようになった事で皆が富を持てるようになれたのは嬉しい。
「『停滞』を悪だとは吾輩は思わないが………何かを得たいなら結局『変化』しなくてはならない。この村も同じだろう。吾輩達が招いた悲劇を糧に生き残る為に変化した。吾輩達だけでも祝福してあげないとな」
クロの言葉に私も頷く。ダンジョンにより村が栄えても治安自体は悪くない。それはきっとツーウンユ家の紋章をつけた騎士達による見回りのおかげだろう。
「少しだけ、彼の評価を改めないといけないかもしれませんね」
確かにクロが引き込みたくなる気持ちもわかります。アルチナから1勝奪い取る剣の腕、私達の故郷を保護してくれている、英雄としての帝国での発言力。どれを取っても良い手札です。
ですが私からすればいきなり表舞台に私達を引き摺り出そうとしている強硬派………革命派と言ってもいいでしょう。
義妹が大事とはいえ、後継を引き摺り下ろす。復讐に囚われて眩んだ目がまともに機能していれば、しっかり手をとれたのかもしれませんが。
しかし、アルチナも甘いですね。ナツメ商会の次女の人権を私に預けるという事は私とクロに対する繋がりを持つ事が出来る。裏を返せば、相応の慈悲があった。まあ、見るからにクロに惚れている彼女が上手く妾に入ればナツメ商会的には御の字といったとこでしょうが。
そうなれば、彼女達は引き摺り下ろした後継から私を旗頭にして最終的には新たに玉座に座らせることに全力を尽くすだろう。私が女帝になれば、クロはその夫となり、その妾たるティア及びナツメ商会の力は増していくから。
だからこそ、
「………難しく考えてるとこ、悪いけどな」
どうしたら、彼らを動かせるかと思考を回そうとしてクロの声が私を現実へ引き戻す。彼の目はあの頃と同じ、大事な事を教えようとする教師としての目で。
「最初から人を上手く扱おうだなんて考えるな。性格も違えば嗜好も違うのに、それを忘れて金や女なんかの目先の欲で人を扱おうとした結果が今の帝国を作ってしまった。主には二の舞になって欲しくない」
「ですが、人を上手く扱うのも上に立つ人間としての必須技能なのでは?」
「かもな。でも今はもっと初期の段階だ。少ない味方に対して多大な敵がいるならば………まずは味方から背中を刺されない為の信頼の構築が大事になる。吾輩が大好きな積み重ねって奴だよ、モルガナ」
時折、彼はこうして何かを思い返すように私に大事な事を伝えてくる。それが異界の時に学んだ事なのは分かっていても私が知らない彼がいるのがちょっとばかり寂しい。
「そうですね、クロ。積み重ねがあったからこそ、あの頃とは違う関係でこの光景を眺める事が出来ているのですから」
だからこそ、ここを私は訪れた。ここには私と彼しか知らない光景が確かにあったのだから。
時が流れるにつれて、この村や私達の関係のように変わってしまうものがあったとしても、
『でも………辛くなったら戻って来なさい。この村は君たちの帰る場所なのだから』
変わらないものは確かにここにある。それを認識出来たならば、私はまた進んでいける。だって、私の始まりは確かにここにあったのだから。
『私は貴方やこの村の人と穏やかに暮らしていけたらそれでいいのです」
あの時から、私はただ──好きな人とこの村で幸せに暮らしたかっただけなのだと。
貴方がいない世界で血塗られた玉座に座る意味などないのです。
貴方とこれから先も生きていたいから、私は杖を持って運命に抗うのです。
「──戦う覚悟は出来たか?」
「はい。クロ。私は改めて宣言します」
クロの指先に私の指を絡めれば、彼も私の手を握り返してくれた。
「私は、女帝になります。この国の玉座に就き、国を変えます。私自身の幸せの為に。どうか、最後まで………側にいてくれますか?」
「──────」
返事は、喧騒に消えた。
微かに聞こえたその言葉に私は唇を落としたのだった。
シリアスというか重い話が続いてるので次回は軽い話です。
題名(仮)『クラウンが悪いんだからね………』乞うご期待。
感想ありがとうございます! 励みになります!
どしどしください! 待ってます!