トライアド・シュークリーム 作:もちむぎ(はーめるんのすがた)
料理が苦手なキャラも好きです。古めかしいですよね。懐かしんじゃいます。
そういうお話です。
その教会は、街の中心地に必然のように存在していた。
自己を絶対とし、周囲の建築はあくまでも自身から枝分かれし、育て上げたとでも言いたげな──そんな空気を漂わせていた。
事実、国教会から枝分かれした教会のひとつなのだから──あるいは、その空気も間違いではないのだろう。
夜闇と霧に覆われた教会の内部、礼拝堂は未だ明かりを灯している。昼間穏やかな空気の流れるそこは、今は静謐に、鉛のように重たい空気が流れている。
その片隅──長椅子の端に、3人組の男女が腰掛けていた。
一人は長身痩躯、仕立ての良いスーツと中折帽を被った黒人の伊達男。濃いオレンジのサングラスは、彼の視線を隠すためのものだろう。服装に見合う、落ち着き払った男だった。
一人は、先程の男よりもさらに一周り背が高い。がっしりとした体付きに、夜闇に溶けるような黒いコートを羽織った、軍服姿の美女。獣のように鋭い目と、荒々しいウルフヘアが目を引いた。
最後の一人は、細身の少年。中性的な顔立ちに、艷めく黄金色の長めで柔らかな髪が何よりも目を引く。着ている黒いシャツは仕立ての良いものだが、何より着ている彼自身の美しさがそれを塗りつぶした。
「……シスターはまだ来ないのか?」
長身の男──ウィル=クロカンブッシュが口を開く。
「私は出来るだけ来て欲しくない。どうせまた……」
「ルー。聞こえるよ」
苦々しい顔で口を開く美女……ティビア=ルーガルーの言葉を、人差し指を口元に寄せるジェスチャーで少年……アルノ=サントノーレが制した。
「そうだぜ、ルー。シスターに聞かれたら彼女を悲しませちまう。粛々と時を待とうじゃねえか」
「……くそ。どうしてお前たちは平然としてられる。……お前たちと違って、普通の胃薬は効きにくいんだぞ。私は」
ティビアはその大きな身体を縮こませるように胃を抑え、苦い顔で礼拝堂の奥……教会の生活スペース、とりわけキッチンがある方向を忌々しそうに睨みつける。
「そんなに苦手なの?シスター・アリアの手料理」
「ああ、苦手さ。苦手だとも!!……私が玉ねぎを食えないのを解って、克服のためと言ってオニオンスープグラタンを作った上で、更に残すと泣くんだぞあのシスターは。……私は、あの涙には勝てないんだ……」
「は。俺は好き嫌いの無い健康優良児なんでね。……ま、好き嫌いなくてもシスターの作る料理が……その、なんだ。個性的なのは確かだが……美女の手作りと冠が着くだけで、村娘が王妃に化けるもんさ」
「……冷や汗が止まらんようだが?」
「バカ。これはこの会を楽しみにしすぎて、俺の身体が喜びの涙を流してるんだ」
「だとしたらハリウッド顔負けの超大作をお望みみたいだね、ウィル?」
「そうだな。ではお前にチケットを譲ろうか」
「おいおいおいおい。俺たち友達だろ?感動作はみんなで分かち合おうや」
……軽口を叩き会う3人。彼らは、この教会に属する“代理屋”。善良な者に害を成した吸血鬼や食屍鬼、その他教会の定める害悪を掃除する、教会に認められた殺し屋たち。
相応に場数も踏んできた彼らだが……今はただ、彼らを束ねるこの教会のシスター・アリアが、定期的に彼らに振る舞う労いの料理を震えて待っていた。
「ルー、大丈夫?」
アルノが、心配半分、からかい半分の笑顔でティビアの顔を覗き込む。ティビアはその大きな身体を縮こませたまま、
「だ……大丈夫だとも。そう、ルーガルーの家の者がこ、こっこここれしきの事で」
「滅茶苦茶説得力ないよ。予防接種前の子犬みたい」
「言い得て妙だぜ。公園に行くって言われて、病院に連れてこられた実家の犬にそっくりだ」
「うるさいぞお前たち……!!」
と、ティビアが視線を鋭くした所で礼拝堂の扉が開かれる。
「遅れてごめんなさい。今少し手間取っていて……ジャムパイに入れるお魚の生きが良すぎて……もう少し待っていて頂けますか?」
柔和な笑みを浮かべるシスター・アリア。ブロンドの美しい髪と、慈愛に満ちた青色の瞳。均整の帯びた身体、本来隠すべきだが、かえって貞淑さがそれを引き立てる修道服……3人の胃袋を怯えさせているとは思えない、絵に描いたようなシスターそのもの。
「や。気にしないでくれシスター。腹が減ってた方が食事もより楽しめるってもんだ。たっぷり時間をかけて貰って構わないぜ。なあアル?」
「そうそう。僕たち、良い子で待てるから!それはもう、神に誓って!出来ればもっと待ちたいくらい!」
「あら……。本当、皆優しいのですね。皆のためにも、腕にこれでもかとよりをかけますからね」
そう言って、また奥に引っ込んでいくシスター・アリア。なんとも言い難い脱力感が3人を包んだ。
「……聞き間違いかな。ジャムパイに魚を入れてるって言ってなかった?」
「聞いたぜ。……それにしても、今ドアが空いた時に香ってきたケミカルな匂いはなんだ?俺の知ってる料理ってのはもう少し家庭的な匂いのはずだが……」
「……うう。あの匂いを嗅いだだけで、胃が裏返りそうだ……」
ティビアは益々縮こまり、胃を抑えた。ウィルは諦めたようにどっかりと椅子に座り、何やら携帯で調べ物を始める。
「何してるの、ウィル」
「今から入れる生命保険を探してるのさ。お前らも入るか?」
「うーん。ウィルはともかく、僕とルーは保険とか入れるのかな?」
「どうだろうな……。ダンピールと人狼の入れる保険か……保険会社が正気を失えばありえそうだけどな……」
「『銀の弾丸を受けた時の保険』とか、『胸に木の杭を打たれた時の保険』とか……探せばありそうじゃない?幽霊に遭遇した時の保険なんてのが昔あったくらいだしさ」
「纏めて死亡保険じゃ駄目か?」
「二人共、不吉な話ばかりするな……ぅぅ……どうして彼女は、素直にシュークリームを作ってくれないのだ……」
項垂れるティビア。もはや人狼の血を引く誇りはなく、そこには雨に濡れた子犬がいるばかりだった。
「シュークリームか……出来ればシスターが作るあれを最後の晩餐にする予定だったんだが……人生の予定ってのは、博打と同じだな……」
「……あれ系は得意なのに、なんで他の料理はダメなのかな……呪い?呪いなのかな……シスターなのに呪われてるんだ……」
二人も深く項垂れる。審判の日を待つ殉教者のようであった。
「……先週もっと食べておくべきだった……嗚呼、私のティビア……」
「えっ。先週?ルー、いつ食べたの?」
「金曜だ。俺はクロカンブッシュ、ルーはティビアをな」
「えっずるい!その日僕一人で仕事だったのに!?2人だけで!?返してよ僕のサントノーレ!!」
「……冷蔵庫にある。後で食べるといい。…………私たちがこの後、生きていればだがな……」
三人の深い深い溜息と、キッチンの窓から聞こえるシスターの鼻歌。そして、今まさに完成した謹製のジャムパイが挙げた痛ましい産声が、霧を裂き、静かな街を過ぎ去っていく。
審判のラッパを待つ3人。夜は、まだ始まったばかりである。
ヘルシングが好きです。ブラックラグーンも好きです。
好きなものを詰めました。カツカレーです。形になってるかはわかりませんが、読んでもらえたらうれしいです。うれしみ。
誤字とかあったら優しく教えてくれるとそっと泣きます。
きつく教えてくれた場合は泣きわめきます。