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ああ、今日は記念すべき日だ。
桜羽エマは待ち合わせの場所に一時間も早く到着してしまっていた。
その原因は、遅れてしまっては大変だからというのが当然として、ひとつ。
そして、今日のことが楽しみすぎて居ても立っても居られなかったというのが、もうひとつ。
待ちに待ったこの日がいざやってきて、エマは半ば家を飛び出すようにして駆け出したぐらいだった。
ただそこまでズレた時間に来ても、流石にまだ待ち合わせ場所には誰もいない。
近くで時間を潰しても良かったのだが、エマはそれでもずっとそこに佇んでいた。
それはあまり来たことのない地域で周辺施設を知らずに気後れしたというのも理由になくはないが、なにより。
待ち合わせの相手もまた、そういう性格であることが分かっていたからだった。
「まだかな・・・ううん、もっと先だけど、でも」
こうして誰かを待っていると、エマは特に理由もないのに嫌な想像ばかりをしてしまう。
ちゃんと来てくれるだろうか。まさか事故に遭ったりは。
「・・・さっきスマホで『今駅に着いた』って連絡もあったし、大丈夫だよね」
つい独り言が漏れてしまい、エマは首を振る。
そして、どうにも逸る気持ちを落ち着けようと深呼吸しようとした、その時のことだった。
「エマ」
後ろからかけられた声にはっとして、エマは弾かれたように振り向いた。
そしてその姿を見つけた時には、顔が綻ぶのを抑えきれなかった。
「ヒロちゃんっ!」
そこにいたのは、待ち人、二階堂ヒロ。
学生時代から今に至るまで、とても一言では言い表せない出来事と関係を共有してきた、エマの親友だった。
「元気そうで何より・・・っと、おいおい、エマ・・・」
相も変わらずクレバーな口調で再会を祝う言葉を紡ぎかけたヒロは、途中でたたらを踏んでその台詞を遮られる。
感極まったエマが抱き着いたせいだった。
「あっ、ごめん、ヒロちゃん・・・」
「いや、構わない・・・それより、ずいぶん早く着いているんだな」
「えへへ、今日ヒロちゃんに会えるって思ったら、気が急いちゃったんだ」
「そうは言っても、時刻は指定していただろう?以前とはいえ時間を守らないのはあまり正しいとは言えないな」
「う、ごめんなさい・・・」
少し窘めるような言い方にしゅんとしている間に、しがみついていた姿勢から引きはがされ、立たされるエマ。
こうして小言を挟まれるのも、凄く久しぶりな気がした。
一つ前の再会であった【島】では、とてもこういう会話が出来る状況では無かったから。
「・・・でも今も、まだ待ち時間よりは結構早いよね?」
「もちろん遅れるのはもっと正しくない。ある程度は余裕を持って来るさ」
「それならやっぱり、それだけ早く会えたってことだよね。お得だよ!」
「・・・まあ、そういう考え方もあるな」
こほん、と咳払いを一つ挟んでから、ヒロは肩をすくめてみせた。
エマが既に上機嫌なので、なんだか困ったように笑っている。
気を取り直すようにして、ヒロが言う。
「さ、行こうか、エマ」
「うん!」
せっかく出会えるこの一日、なにか友達らしいことをしよう。
エマの不器用な提案はヒロによって具体的な行動プランへと昇華され、この日をより良いものにしようとしていた。
◆◆◆◆
そう、今日は記念すべき日だ。
ヒロはエマと並んで歩きながら、思う。
ヒロは今日この日に計画していたことを脳裏に浮かべながら歩いていた。
万事抜かりなく。
直近でエマの方から一緒に出かけたいとの誘いがあったのは僥倖だった。
・・・きっと彼女の方はヒロが何故それをこの日にしたのか、気づいてはいないだろう。
「高校生活はどうだ?」
ヒロは再会してはお決まりの話題を口にした。
「あ、うん・・・なんとか上手くやってるよ。編入扱いだから色々訊かれちゃって、ちょっと大変だけど」
「・・・ああ、それは私もだ」
「そうなんだ。そう聞いたらボクもちょっと安心したかも・・・」
いっとき世間的には行方不明になっていたエマとヒロは全てが終わって以後、共に学生へ戻ることこそ出来たが、流石にその空白期間までも取り戻すことは出来なかった。
「でも、ヒロちゃんなら全然平気だよね」
なんて、ゴメン、失礼かなと言い直そうとしたエマを笑って制して、ヒロは首を振る。
「そうでもないさ。入学時には見なかった顔だというだけで訳アリの不登校児とでも思われるのか、すっかり不良扱いでね。まったく正しくない」
中学時代は優等生で通っていたというのに、少し余計な要素が足されただけで真逆の印象を持たれてしまって大変苦労している。
面倒だからと誤解を放置しているヒロにも問題はあると分かっているのだが、実際に学業から離れていた時期があるのも事実。
授業に追いつくのも大変だし、今のところそんな暇がないというのが実情だった。
「あはは・・・ヒロちゃんのちょっとダークな感じがそう思わせちゃうのかな?」
「待て、誰がダークだ」
「・・・口が滑っちゃった」
「あとで詳しく聞かせてもらうよ、エマ」
「あう、怖いよヒロちゃん・・・」
まったく、エマも言うようになったとヒロは嘆息する。
一方エマはなんだかんだでそういうところが上手いので、謎の途中入学生としてのイメージは病弱設定かなにかで補強されているのだろう。
「・・・エマももう、平気だろう?」
「えっ?」
「まだ友達がいないって顔じゃなさそうだ」
「あ、うん、えへへ・・・分かりやすいかな?」
「ああ。エマは分かりやすい」
偽りの記憶にしろ、正しい記憶にしろ、中学時代は輝かしいとは言えない学生生活を過ごしていたエマも、変わった。
もうヒロが色々世話してやらないとならない彼女ではなく、そこにはしっかりとした芯のようなものが感じられる。
それはあの【島】での出来事と、決して無関係ではないだろう。
ヒロは安心すると同時にどことなく寂しいような気持ちも覚えてしまって、即座に正しくない、とその感傷を切り捨てようとしたのだが。
「でも、ヒロちゃんが居てくれると嬉しいのは変わらないよ?」
横顔にそんな色を察したのか、それともただの天然なのか。
エマが屈託ない笑顔でそう言って、ヒロは少し面食らう。
そして、ぼんやりとその顔を見返すほかないのだった。
「・・・・・・そうか、それなら」
「あっ、あのお店、テレビで見たことあるよ!ヒロちゃんが好きそうなものがあるんだ!」
「あ、おいエマ・・・まったく、浮かれているな」
それはエマに言ったのか、自分に言ったのか、自分でも分からない。
エマもヒロも、あれから色々変わったことはある。
しかしまたこうして出会える境遇が幸運で、貴重なものであることに変わりはない。
時間はまだある。
今は素直に楽しもう、とヒロは一度考えを頭の隅にやって、エマの後を追いかけるのだった。